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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第三章:暗中の白、浄化の光
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第三話:狩猟と真相の解明へ

 森の中、獲物を探して歩く。俺が生物を感知する必要は無いので、集団の後ろの方で、時折会話を挟みながらも、彼らの動きについて行く。

 あの後もう数度程、青年に生物の感知の方法を聞いてみたが、俺にはあれよりもう少し遠くまでしかその感知距離を延ばすことはできなかった。多分、魂光を纏っている事と同じように、この技術をそこまで実用的に扱えるのは彼等の特権のようなものなのだろう。

 何せ、こうして歩いている方向の先には、彼等の狙う獲物が居るらしいのだ。そう考えれば彼等の感知能力、ひいては索敵能力の高さたるや、末恐ろしいものが有るのではないだろうか。

 ともあれ、あれから十分ほど。そろそろ彼等が狙いを定めた獲物の近くに来ているらしい。ここまで堂々と歩いて来た彼等が、足音をひそめ始めた事からもそれがうかがえる。


「タクミさん。ここからは、慎重にお願いします。獲物も数は多くありませんので、一匹逃がすだけでもずいぶんと面倒なことになってしまうんです」

「分かりました、カルスさん。…ああ、魔力で獲物が何処にいるかの感知ができるかどうかの訓練も、止めておいた方がいいですかね?」


 ここに来るまでの間に、青年…カルスさんには、俺の事を名前で呼んでもらうことになった。三漬けではあったが、まあ、初めて会話した相手なのだから、むしろ当然であるとも思うのだが。


「ああ、それくらいなら特に問題もないと思いますよ?魔力の動きまで察知できる相手では無いですから」

「分かりました。それでは…」


 魔力を、ただただ単純に垂れ流す。強いて言うのなら、少し拡散する速さを高めてはいたが、正直ほとんどそのままの状態に近い。

 変に小細工をするよりも、そちらの方がずっとよく反応していたのだ。

 と、十数メートル先の木の下で、何かが飛び降りた音が聞こえた。

 そちらに、意識と魔力を集中させる。すると、そこに獲物が居るのがわかった。

 二本足で立っているが、それは非常に細く、体は縦では無く横に長い。全長、………一メートルくらい。ただ、食べられないほど細い部分が長さを増やしているようにも思える。


「鳥、ですかね?」


 俺は小声でカルスさんに聞く。彼もまた、小声で、


「ケドゥ、だと思いますよ?あの一羽を取れば、終了目標も大幅に達成できると思います」


 と答えてくれた。まあ、村人も五十人はいない、という程度だし、晩餐でしか肉を使わない、そもそもその量も少ない、となれば、そこまでの量は必要ないのだろう。

 その時、集団の先頭に立っていた男たちのうち二人が、獲物の居る方へ向かって無造作に歩き出した。…足音を消してはいるようだが、それだけで野生の動物の感覚の外へ逃げられるものだろうか?言っちゃあ悪いが、正直逃げられる光景しか想像できない。

 そんな俺の内心など知る由もないだろう二人の男は、着々と大型の鳥―――雉程度の大きさ―――の背後へと迫っていく。そして、

 スッ、っと。

 あまりにあっけなく、ケドゥは片方の男の腕の中に収まった。


「ええ…?」

「どうかしましたか?タクミさん。呆けた表情になっていますが」

「い、いや、何であんな接近の仕方で、見つかってしまわないんですか?」

「…?獲物の視界に入らなければ、特に問題は無いと思うのですが?」

「…いや、でも、野生の動物って、もっと気配が敏感な物だと…あれ?」


 こんな暗い場所なら、より視覚以外の感覚に頼ろうとするものだとばかり思っていたのだが、そうではないのだろうか…?いやいやそんな馬鹿な。自然は弱肉強食。食うか食われるかの世界だろう?そんな中で、頼りにならない視覚に何時までもすがっているとは思えない。

 ………!いや、思い返せばここに来た日も、村人に取り囲まれるまで俺は全く、彼等の接近に気づけなかった。それこそ、最初に見つけた女性を視界に収めるまで…。

 という事は、これも彼等特有の性質という事…になってしまうのだろうか。魂光に、生命の感知、気配の遮断…凄いなこの人たち。

 この場所で生きていくために必要な技術、有用な技術…大体そろえてしまっている。ここで暮らすことに、きっと違和感を覚えていないんだろうな…。

 俺からすると、不便で仕方が無いのだが。


「おや、あちらにも何か居ますね。皆さんも移動するようですし、行きましょうか、タクミさん」

「あ、はいカルスさん。………凄いなほんと」


 最後の言葉はカルスさんには届かなかったようだ。まあ、それで良い。

 全員、新たな獲物に向かって移動を開始した。どうせ百メートルくらいは先に居るのだろう。森の中の百メートルは、本当に長いのだが。


◇◇◇


「ケドゥが、二羽も、獲れたのか。こちらと合わせれば、二日は持つだろうな」

「はい、なかなかの収穫でした」


 あれから一時間ほど森の中を歩いて獲物をとり続けた俺たちの集団は、村の近くにまで戻って、族長率いるもう一つの集団に、この狩りの収穫を伝えていた。

 こちらの集団のリーダーも、やはりこの村では中中くらいの高い人物らしく、村長に対しても居たって普通の態度で話している。と言っても、村長自身、他の村人と生活の質などが違っているという訳でもないらしい。なので、もともと精神的な壁など無いに等しい…というのはカルスさんの弁。

 村長側の収穫とこちらの収穫量は、どうやら普段の逆になっているらしい。つまり、こちらの方が多かったのだ。まあ、ケドゥという鳥が一羽取れただけで、かなり満足げな様子だったのだから、それが二羽、それ以外にも収穫が有る、という時点で大量だったのは間違いないのだろう。

 そんな事を考えて居た時、俺のわき腹をカルスさんが軽く叩いてきた。恐らく、タイミングを見計らって村長に話をしに行け、という意味だろう。


「…ああ、もう昼時を過ぎてしまったようだな。各々解散して、昼食をとるように。まあ、これから仕事が有るわけでもないだろうが」

「そうさせていただきます。それでは、私はこれの処理を行ってもらってきますので」


 そう言って、こちらの集団のリーダーだった男が収穫を抱えて村の奥へと入って行った。羽毛の処理か、肉を貯蔵するためのなにか仕掛けをするのか、と言った所だろう。

 そして、それ以外の人は村に帰り始めた。その動きはバラバラで、解散したのだという事がはっきりと分かる。

 族長もまた、一人で村の門をくぐった。俺はその後を追って、村の中心近くへと向かって行く。

 そして、族長が一つの家の前で足を止めた。その家は、心なしか他の家より大きいようにも見える。


「族長。お話し、よろしいでしょうか?」


 族長が振りむき、俺を、長く刻んだ年月に相応しい威厳を込めた視線で見据えた。


「話し、とは何だろうか?お客人。どうやら、先程の狩りにも、参加していた様だが」


 この村で出会った人物の中で、最も迫力のある人だろう。実際、俺は少し威圧された。

 だが、そこで『なんでもないです』などと言ってすごすごと引き下がってしまえば、俺はもう今のように族長の前に立つことはできないだろう。

 だから、今、確実に聞き出すのだ。俺をこの村に滞在させる理由を。分かるのならば、この場所そのものについても。

 …やはり、もっと村そのものとの関係を深めた後の方が確実だったんだろうけど、な。


「何で、俺をこの村に滞在させているんですか?俺は、ただこの村の近くの浜辺に流されてきただけの、この村とはかかわりのない人間の筈、ですよね?」

「…思ったよりも、それを聞きに来るのは早かったな。………良いだろう。家に入れ」


 族長は、目の前の家の扉を開けて、その中へと入った。


「分かりました」


 俺も、それに続く。


 中には、族長の妻と娘と思われる女性が二人。…というか、娘さんの方は、例の壺を抱えていた彼女だ。

 族長の娘だったのか…。だったらなんで、晩餐の席順はあんなに後ろだったのだろう。

 族長は、二言三言妻へと何かを告げて、奥の部屋へと入っていく。俺が住まわせてもらっている家は一部屋なので、やはり大きな家だ。

 俺が入ると、娘さんが扉を閉めた。…何故か興味深そうな視線で俺の事を見つめながら。朝はあんな感じでは無かったと思うが、どうしたというのだろうか。

 だがまあ、それは今現在大事な事ではない。俺は、族長の方へと向き直り、彼が何を語るのかを固唾を飲んで見つめる。

 そして、数秒の間をおいて、族長は口を開いた。


「…それではお客人。いや、タクミ・サイトウ殿。貴方をこの村へと招いた理由、説明させて頂こう。…理解できるかどうかは、分からないのだがね」


 族長は一度口を閉じて、そして再度話し出す。


「君は先程、自分の事を、『浜辺に流されてきただけ』と言ったな?」

「…はい。実際、その通りの筈ですよ?」


 それ以外に、何かおかしなことが有るだろうか?ああいや、この村に住んでいる人たちからすれば、俺は異質だろうけれども。族長が『族長』と呼ばれている事からも、ここに住んでいるのは一つの民族だけだ。それは、あの特徴的な容姿が示している。

 だが、その要素は俺を排除する理由にしかならないのではないだろうか?封鎖的な集落は、余所者を嫌うと聞くし。

 …いや、先ずは族長の話を聞くことを最優先するべきだ。考えるのは、それからでいい。

 俺の返答に対しての族長の反応を窺うと、彼が少し、何かに納得した様な表情を浮かべている事に気がついた。


「ああ、君の主観からすれば、そうなのだろうな。だがしかし、私からすれば、いや、この村に住む我ら全てとしても、君は『だけ』などという言葉で片付けていい存在ではないのだ」

「と言うと?俺がここに居ることで、何かの利益が生まれるんですか?正直、働かせようと思ってもそこまで有用な戦力にはなれないと思いますが」


 そう言いながら、俺は自分でも、族長が言いたい事は、そんな俗な事では無いのだろうと感じていた。何せ、いちいち口ぶりが重大事を伝えるようにゆったりとしていて、その上喜びまで感じているようにも思えるような唇の傾きなのだ。

 そんな表情の人から、そんな浅い内容の言葉が出てくるとは思えない。


「私たちが、どうしてここに村を作り、暮らしていると思う?」

「…この場所なら、自分たちの能力で暮らして行く事が簡単だから、でしょうか?」

「いや、それはむしろ、ここで暮らして行く事ができた理由だ。…君ならば、分かる筈だ。ここで暮らして行く事の難しさが。いや、確かに私を含めたこの村の者は、ここで暮らすことに、少なくとも命に関わるほどの影響は受けていない筈だがね」

「俺なら分かる…?影響…?」


 …つまり、俺がここで、誰かに頼るわけでは無く一人で暮らした場合に発生する危険は何か、ということか?

 …暗い。

 暗いから獲物がとれない。

 暗いから家を作ったとしてもそこに戻れない。

 暗いから危険が迫っても気がつけない。

 つまり、暗いという事が一番命を奪う可能性の高い危機ということになるのか。


「暗い事が危険で、でも、皆さんは魂光で光って周りの様子が少しわかる上に、生物の所在までつかめるから、きちんと集落を作って生きて来られた、って事ですよね?」

「うむ。そのくらいには物事を考える力も有るようだな。ならば、もう少し答えを出す為の手助けをさせてもらうとしよう。

 君が浜辺に流れ着いた時の景色を、思い出してみたまえ」


 次第に饒舌になってきた族長の言葉を受け、俺も数日前の記憶を蘇らせる。

 目が覚めたら暗くて、で、森が有る事はなんとなくわかって、その反対に自分が居る場所が浜辺だってことも分かって。

 …それ以上に何か、気にする事が有っただろうか?

 だって、あの後は村人に囲まれて、徒歩五分くらいで村について、…それだけ。

 景色、景色ねぇ…。木々に変な所は無かったし、浜辺もまさに自然そのまま。暗い中でもうっすらと白い砂が、海との間に一本の線を作り、それはかなり遠くまで延びていた。………ん?


「砂浜、だけ?…船が無かったような」

「そう。…これだけ村と海の距離が近いというのにね。本来なら、そこに溢れるという海産物を求めて、漁に出ていてしかるべきだろう?」

「はい。動物や鳥を捕るよりも、恐らくは比較的簡単に食料を入手できる筈です」

「だが私たちはそうしない。そう出来ない。なぜなら―――」


 息をのみ、族長の発する言葉に耳を傾ける。

 しないのではなく、出来ない、という言葉を使った以上は、海に何かの問題が有るということになる。例えば、海、または海水に触れるのが危険だ―――塩で成仏してしまう、なんて風に考えるあたり俺は彼らに対してよっぽど強く幽霊のような印象を持っているようだ―――なんて事も考えるが、それなら、そもそも海辺に住む必要が無いのだし、ならば、別の理由が有るのだろう。

 そして、遂に族長が息を吸い込み、こちらを強く見つめる。


「―――壁が有るのだ」

「…は?」


 それは、意外な単語だった。


「私たちをこの村の近辺のみに封じる壁が。私たちが触れると、その体に傷をつける忌むべき壁が。………私たちは、ずっと壁の中に封じ続けられていた」

「…壁って、でも、俺はそんなもの」

「………だからこそ、君を招いたのだ」


 その言葉を聞いて、やっと納得がいった、つまり、族長から見て俺は、その、絶対に超える事が出来ないと思われていた壁の外から流れ着いた、特異な者なのだ。


「君は見たところ、生まれてから二十と年を数えていない身体の筈だ。ならば、間違いなく壁の外に住まうものだろう。

 …閉じ込められた時生きていた人間も、今や私のみ。今までは、叶わぬ夢など持たせぬまいと、外については、いや、壁の意味すら黙して語らぬと決めておったが…君を手がかりとして、未だ若き、未来有る彼等彼女らを、外へ。

 それだけが、皆より未来を託された私の願い。どうか、協力してはくれないか?」


 ………………………族長の思いの深さについては、分かった。それはきっと、族長が、他の、外の世界を知っていた人たちから継いで行った思いの総量と同じか、それ以上に深く、激しい者なのだろうという事が。

 ならば、


「協力します。俺に何ができるのかも分かったものではありませんが、それでも。…壁を、俺に見せてください」

「…協力、感謝する。壁までも、私が案内しよう」


 族長ともに席をゆっくりと立ち、そして、部屋を出る。

 族長は、奥さんに再び何か告げて、外へ出る。俺もそれに続き、村の門へと、先程歩いた道を逆に歩き始めた。


◇◇◇


 あの日、意識を取り戻したあの浜辺に、再び立つ。

 族長は、森から一、二歩ほど進んだ所で立ち止まった。そもそも、そのあたりに立っているだけで随分と負担が体にかかっているらしい。

 話によれば、件の壁は、海に入って十メートルほどの所に存在しているらしい。なので、ズボンの裾をたくし上げ、海の中へと入って行く。

 暗い海に入るのは、恐怖も伴うものだったが、そんな事は些事だ。

 これも族長から聞いた話だが、水位は変わるらしい。という事は、外側の海とも繋がっている筈だ。人、または生物が通り抜けられないのか、それとも彼らだけを隔離しているのか…とにかく、俺もその壁に触れてみなければ何もわからない。

 五メートルほどは海の中へと進んだが、深さが変わる様子もない。そのまま歩きながら、特に何の問題もなく壁が有るという十メートル地点へと到達できそうだと、

 思った瞬間、

 ミシッ、と、足、いや、膝から音がしたように感じた。


「…ん?」


 足を見たが、少なくとも何か異常が有るようには見えない。だが、ほとんど動かない。そして、そうして居る間に、だんだんと謎の息苦しさを感じるように思えてきた。

 …この感覚は、何だろうか。

 尻もちをつくように、後ろへと身体を倒す。跳ねた海水が体中にかかったが、息苦しさからは逃れる事ができた。

 そのまま少し後ろへと下がり、立ち上がる。一体、今のは何だったのだろうか?…いや、十メートル地点にはまだ到達していないが、族長の記憶が正確であるとは言い切れないかもしれない。壁に近づくにつれて負担が大きくなり、触れることで傷つきさえするのなら、距離感まで完璧だった方がむしろ凄まじい話だ。

 となると、俺の前方一メートル、砂浜からの距離にして約七メートルほどの位置に有るのが、彼らを、そして今は俺自身をも暗い世界に閉じ込め続ける壁なのだろう。

 そんな事を考えながら、ふと、顔に付着した海水の残りが、僅かに違う感触を返してきているような気がした。

 手で触れて、それを顔から取ると、その物体が僅かに、グニョン、とした感触を持っている事に気がつく。

 近くまで寄せて、何かを見れば、

 それは、闇の中でも異彩を放つ、紅色で。


「―――『探査:瘴』」


 魔力を使った第二の視界で確認しても、それは紛れもなく、超高濃度の(・・・・・)瘴気を含み、半固体状態になった海水だという事がわかった。そして、それが、俺の体の前側に、少量ではあるが、付着している事も。

 …それが、何処から来たのか。ただ、海水に含まれていたという話ではない。勿論、それだけでも恐ろしい事だったが。

 壁は。

 族長の語る、この地域全てを包んでいるという壁は、確かに、壁と言うにふさわしいほど凝縮、集中された瘴気で、その表面を紅く覆われていたのだ。

 展開が、1、2章と比べると早い、と感じていただけたでしょうか?こういうところも、変えてきたところではあります。


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