第五話:決着と誤解
サブタイトル通り今回で戦闘試験は決着です。
「あ、あれ?…そうなんでしたっけ?」
勝たなくても良かったんですかね?というか、そうなってくると自分のさっきまでの必死の…文字どうり死を覚悟していた努力というのは何だったのだろうか…。
「………ああ、聞いてなかったのな、ミディリア嬢が言ってなかったのか?勝てなくても実力しっかり見せられりゃあそれで合格なんだよ」
「……………わ、忘れてました。」
そう考えるとさっきまでの自分の行動がだいぶ恥ずかしくなってきた。無駄に恐怖に駆られて、何かとんでもないことを口走ってきた気がする。
うわあ…自分で自分に引かざるを得ない。なんか、殺らなきゃ殺られるとか考えてた気がする。どういう状況になっていたのだろうか、自分の精神。
「まあ、これで勘違いはちゃんとなくなったろ?じゃあさっさと仕切りなおすことにしようぜ。お前も肩の力が多少は抜けてるみたいだし、今度はある程度本来のお前の実力って物がわかんじゃねえか?」
うっ…本来の実力、何て物、正直なところ全然無いんだよなあ…しかも貰った力すら使いこなせないと言うこの残念さ…うう、情けない。
い、いやいや、まだ慣れてないだけだからね、うん。これから生きていく分に関しては問題無い筈だ…。でも、今何もできないと言う事は…この試合、どうしようかな?
「わ、分かりました。…お願い、します」
ここは覚悟を決めるとしよう。よしんば勝てなかったとしても、ある程度戦えればいいと言うのだからまだやりようがある。必要な事はエリクスさんの動きをしっかり観察すること、自分に対して絶対に過大評価なんてしないこと、そしてなによりあわてず冷静に。これを実践したうえで、それでも駄目だと言うのなら、根本的に自分の実力が足りていなかったということであろう。
その時は一からコツコツやって行くだけだ。しっかりと修行を積んで、もう一度挑戦しよう。
「それでは………試合、再開っ!」
「よっしゃあ来い!今度もちゃんと倒してやるから、胸借りるつもりでかかってきな!」
「は、はいっ…うぉおおおおお!」
消えてしまったやる気をもう一度体に呼び戻す。エリクスさんの言うとおり胸を借りるつもりで行くとしよう。もともと一度も剣を振ったことの無い奴があんな剣で生きているような人相手に勝てるなんておこがましいことだった。今は足りない自分がそんな人たちとどれだけの差があるのか、それを知るために戦おう。
「おっっと、おう、ちゃんとした動きになったじゃねえか、さっきまでの力みも消えたし、これがお前本来の動きなんだろうな、いや、これはあれだな、さっきよりも戦闘能力は下がっているが、冷静に行動出来ている分は、評価上がったと思うぜ?」
…正直なところ、こんな形で真正面から年長者に褒められるっていう事は、嬉しいんだけど、なんだかこそばゆいんだよな…って今は試合中だった、集中、集中。今は剣を弾かれてしまったが、今度はもっと鋭く、的確に打ち込めるようにしよう。
「そんじゃあ、そろそろこっちも本気で行かせてもらうぜ」
へ?
ドゥオッォォォォ!!!
ぐっっっっっ!?お、重いっ!エリクスさんの剣の威力がさっきまでの打ち合いと比べて10倍は上がっている!今までの打ち合いがエリクスさんの本気だ、なんて思っていたわけではないけれども、いくらなんでもここまでの差があるだなんて考えもしていなかった。そもそも今の風切り音、本当に剣を振っただけで出せるようなものなのか?
けれど、どうすれば良い?このままではエリクスさんから何かを学ぶ、という目的すら達成できなくなってしまいそうである。
―――いや、少し考えてみよう。今の俺には一つだけエリクスさんの持ってない物を持っている。それも貰いものでしかないのだけれど、それでもこの状況、どうにかできる可能性があるとすれば、それはやはり女神さまからもらった能力を利用することだろう。もちろん、魔術の様な実験すらしていないものではなく、より単純に、文字通り俺自身の体に宿った力。
すなわち、『身体能力の上昇』だ。
「ぐ、んぬおおおおおおおおっ!」
「なに?この坊主、一体どこからこんな力出していやがる!?」
よしっ!少しずつだけど何とか押し返していけている。このまま押し上げて、どうにかエリクスさんの剣を弾か「オラアッ!」
「ウグッ!!?」
…両腕を上げて剣を押し上げていた所為でがら空きになっていた腹を蹴られた。あまりの衝撃に一瞬だけだが意識が飛んでしまったようである。まさか、ではあったがよくよく考えれば隙だらけにも程がある、と言うほかない姿だった。挽回の為の糸口を見つけた気になって、周りを見ることができていなかったようだ。
しかし今までの人生…日本での生活も含め…腹を本気で蹴られたことなんて無かったから正直辛い。胃液が逆流してくるのをどうにかこらえ、乱れたまま整わない呼吸も俺自身の行動を阻害する。しかも中途半端に思考が戻っているせいで腹の痛みの酷さやら喉に感じる熱さが強く感じられてしまう。…もし、良かったことがあるとするならば、今はエリクスさんは動いていない、という事であろう。あくまでも試験、という事で追撃はしないと言うことになっているのかもしれないし、情けをかけているのかもしれない。 ただ、一つ確かなことは、そんなことをしていても余裕で俺に勝てる実力があるということだろう。
だが、このまま何もできないで終了、というのは…余りにも情けない。
「ハッ、アア、アアアアッ!」
「おお、まだ立てたか、てっきり今の攻撃で降参すんのかと思ってたぜ?まあ、もうほとんど限界みたいだがな、…まあ、これで最後の力を振り絞った、ってもんだろ?だから少しだけ待ってやる。お前の考える俺を倒す事が出来るであろう攻撃方法を考えてかかって来い。限界ぎりぎりのところで冷静に考えることができるか、それは一つの審査基準だからな。とは言えDランクには成れねえだろうけどな、……というか、聞いた話じゃお前は魔術適正云々でDランク試験を受けているはず、なんで魔術を使わな…いや、まあいいか。ほら、さっさと考えろよ、今は試合だが、こんな状況が現実にだって起こるんだからな」
くっ…意識が朦朧としている…でもエリクスさんがああいってくれているんだ、今自分にできる最善を見つけ出そう。
今までと同じような行動じゃあだめだ。そんなことをしたところでエリクスさんは同じように俺の攻撃を対処するだけだ…。
でも隙を突くにしたってエリクスさんがしっかりこっちを見ている現状すぐに反応されてしまう。何かをするには一瞬でもいいからエリクスさんの気を反らさなければいけない。だけどそう簡単にはいかないだろう。この場に他に利用できそうなものが有るわけでも無いのだし…いや、もしかしたら使えるかもしれない。そう思い地面を右足で強く蹴る。
「おいおい、いくら待つって言ってもよぉ、あんまり長引かせるようだったらさくっと決めちまうぜ?」
首を後ろにそらしながらエリクスさんが言う。
もうあまり時間が無い。だがむしろ好都合だ。自分で仕掛けに行くよりもエリクスさんから向ってきてくれた方がいくらかやりやすい。とっさの事ではあったが、準備は出来ている。
「ハア…少しは見所があるかと思ってたんだがな、まあしゃあねえ、さっさと決めさせて貰うぜ」
そう言いエリクスさんがこちらに向かって駆け出した。後はタイミングを計るのみである。
「うおおっ!」
エリクスさんが裂帛の気合とともに剣を振り上げる。
…その時を待っていた。
「なにっ!くっ、眼に砂が…!まさか、これを狙って…ッ?」
俺がしたことは単純。エリクスさんの突進に合わせて足を振り上げたのである。そう、砂の中に先端を埋めていた右足を。
眼つぶしが成功したことでエリクスさんに隙が生まれた。この機を逃すわけにはいかない。そう考え一気に斬りかかる。
「くっ、そがぁ!汚えなぁおい。だが嫌いじゃあねえぜそういうのォォォォ!」
!?今は碌に目が見えて無いはずなのにどうして全部防ぎきれるんだ?
そう思いながらもどうにか蹴りを繰り出す。
「くらえええっ!」
「おんどりゃあああああああああああああ!」
馬鹿なっ!どうしてその状況で足をつかめるんだ?しかも完全に投げの姿勢に入られている!
「ふんっ!」
結局あらがうことはできず、そのまま投げられてしまった。勝てる可能性がある最後の一瞬だったと言うのに、今の自分は宙を舞っている。
このまま諦めるしかないと言うのだろうか…。
いや、まだ諦めることはできない。だってそうだろう?前の人生ではずっと諦め続けていたけど、もうやめるって決めたんだ。違う世界で始めた第二の人生、今度こそ少し辛いだけで諦めたりなんてしない。最後の最後まで足掻きに足掻いてやる。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
そうして俺は、最後の足掻きとしてエリクスさんめがけて全力で自分の手の中の剣を投げつけた。
と同時、頭から地面に落下。
◇◇◇
「タ………ん!」
「起……下…い……ミさ…!」
誰かの声が聞こえる気がする。最近よく聞く声だ。
「タクミさん!」
一気に意識が覚醒した。この美しい鈴の音の様な声は、聞き間違えるはずもない。俺をこの世界に連れてきて下さった女神、アリュ―シャ様の声だ。
しかし、どうして彼女の声が聞こえるのだろうか?俺は今エリクスさんと模擬戦をしているのに…あ、いや違う、確かエリクスさんに見事に背負い投げを決められて、剣を投げて…そこからの記憶がないことを鑑みるに、気絶してしまったのだろう。つまり、睡眠時に限らず、意識が無い間はずっとこちらにいると言う事なのだろう。
「う、うう、アリュ―シャ様?」
「あ!やっと起きたんですねタクミさん。まだ昼ごろのはずなのにいきなり現れたからびっくりしましたよ~」
「す、すみません。さっきまで模擬戦をしていまして、最後に気絶してしまったのが原因だと思っているのですが?」
「ああ、なるほど…ですが、少し変ですね。気絶した場合もこちらと繋がりやすくはなりますが、精神が安定しないので基本的にはこちらには来れない筈…いえ、ただの偶然でしょう。それよりも気絶したと言いましたが大丈夫なのですか?」
「うーん、たぶん最後に背負い投げされて頭から落ちたんだと思います」
「…単純な背負い投げであれば、まあ、起きたころには多少頭が痛むか痛まないか…ということになるでしょう。しかし…それはどういったお相手なんですか?正直言って、とんでもない相手でなければ負けはしない程度には身体能力は上昇した筈なのですが…」
「あ、それは多分今の自分の身体能力についていけてないんだと思います。ちゃんと訓練とかをしていたわけではなかったので…」
「うっ、そうでした…。しっかり新しい体に慣れてから転生させるべきだったのですが早くしなければ魂が消えかねなかったのでその時間がありませんでした…。」
「え?魂が消える?」
「あ!ああ、ええっと、今はもう問題ありませんよ?ある程度解決することはできましたから、ええ、………もう二度とあの馬鹿どもを私の領界には入り込ませないっ…!」
…何がどう解決したのかは聞かないでおこう。その方が精神衛生上正しいと思うし…。うん。きっと神様にも色々大変な事があるんだよ。だって神話とかでも神様同士でたくさん問題起こしてたし…。
というか、神様の起こす問題って大抵人間の拡大版みたいなものだよな…。不倫したり、口が過ぎたり、夫婦げんかだったり、不倫したり。
…痴情の縺れ(もつれ)ばかりかよっ…。
まあ、たぶんあれだ、嫉妬や怨恨~ってやつだ。こればっかりは、ほんと人が口出しして刺激するべきじゃあないよな…
「まあ、そんなことは置いておきましょう。しかし、訓練ができていなかったのはまずかったですね、正直、考えていませんでした。…どこかで訓練はできますか?慣らすだけならば長くとも一日ほどでどうにかなると思うのですが…?」
「う~ん…今試合をしていた場所…ギルドの裏なのですが、そこでは冒険者が訓練をしていたので、登録ができているなら訓練も出来るはずです」
「それを聞いて安心しました。使いこなせるようになれば、こんな風に気絶されることも無くなると思いますよ。さて、こちらに来てから1時間ほどですか…外との流れの差を鑑みるにそろそろ起きる頃だと思います」
「そうですか…それでは、この先こんなことが再び起こらないように、より精進して参ります!」
「…どうしたんですか?なんだかいつもと話し方が違っていますけれど…」
「あ、いえ、少しテンションが上がってしまっただけです。問題はありません」
…恥ずかしい、気絶して恥ずかしかったことを誤魔化そうと変な事言ったけど余計に恥ずかしい…。
何と言うか、別に昔もクールじゃあ無かったわけだけど、こっちに来てからもっと自分の行動を制御できていないような気がするな…。これはちょっとまずいかも知れない。別に今は問題なんて無いけれど魔物だっているんだ、そんなときに冷静じゃあ無ければ命にだって関わる…。
まあ、それもあとで考えよう。正直目覚めてからやることが多過ぎる気がする。
ほら、こうやって意識が薄れていく、今日の朝も感じたあの感覚だ。
「…あまり、こちらの世界に“適応”しない方がよろしいですよ。…巻き込まれてしまいますから…」
アリュ―シャ様の言葉は、ほとんど聞き取れなかった。
◇◇◇
…自分の意識が表層に浮いてくるのを感じる。感覚が鋭くなったのか、神々の世界に行ったからかは分からないけれど、心地よいような、それでいて少し気分も悪い、そんな不思議な感覚であった。
視界はまだぼやけている。ここは一体何処なのだろうか?
「そろそろ起きましたか?タクミさん?1時間ほど経ちましたが…」
「…うっ、…んん、ん」
どこかから聞こえる声に、しかし朦朧としたままの意識では言葉を紡ぐ事も出来ずぼやけた返事を返す。
「…どうやら、頭を強く打ちつけすぎたようですね。もう少しお休みになって下さい」
「…え?」
「先に書類を運んでおこうかしら…?」
そう言って声の主は部屋からでていく。いや、あの声は間違いなくミディリアさんだろう。
結果を伝えに来てくれた筈なので、俺も起きなければいけない…と言うか、呼び止めないといけない。
布団から身を起こしながら、声を上げる。
「ま、待って下さいミディリアさん!俺起きましたよ!」
だが、廊下に出て行ったミディリアさんの耳には届かなかったらしい。
急ぎ廊下まで駆け出るが、しかしミディリアさんの姿は無い。眼鏡をかけたギルドの人に居場所を聞いたが、心当たりはないと言う。
俺が行くべき場所も分からない。いつの間にか着替えさせられていた薄手の服から、畳まれてある俺の服に着替え直して時間をつぶす事にしよう。