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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第二章:紅を知る、生活と別れ
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第二十五話:帰宅

 寒空の下、歩きまわることで体力と体温の双方を奪われるばかりだと気がつき、最終的に俺たち二人は家の壁に背中を預けて、二人で身を寄せ合っていた。

 それも、二時間と続けば限界を迎えてくる。


「タ、タクミ、こりゃあ駄目だ。兄貴が戻ってくる気配がねえ。ギルドまで、ギルドまで戻ろう」

「う、うん。凍死しかねないほど寒いから早く動くべきだったかもね。………でも、エリクスさんがこの後すぐに帰って来たとして、すぐに寝ちゃうんじゃないかな?もちろん、鍵をかけた状態で」

「………最終的に酒飲んで帰ってくるだろうしな…くそ、ここで待ってるしかねえのか」

「酒飲んだ後に寝ちゃうと、起きられないイメージってあるよね」

「まあ、アタシ達はつい一週間ほど前に気絶しちまってるしな…」


 赤杉の泉亭で行った、戦勝会の日の事である。…記憶は無いが。


「………まだかな、エリクスさん」

「………探そうにも、飲む場所いっつもちげえしなぁ…」


 しかし、待つことに決めたとはいえどのくらいかかるものか。流石に、辺りの家の暖炉が消えて、明かりが完全に無くなる前には帰ってくると思うけれど。

 …後一時間以内、かな?それなら死なない筈。


「………今更何だが、大丈夫かな?」

「何のこと?」

「ミディ」

「………クヴィロさんが密偵だったら、って事?」

「ああ。ギルドの中だけでいいって言ったし、ミディなら危険性にも気がついてる筈…何だが」

「………確かに、相手の対応次第って事も有るよね」


 ギルドの中だとは言え、例えば、切羽詰まった状況になれば話は別だろう。

 構成員さん達の中には、かなり腕の立つ人たちがいるようだが、それはつまり、クヴィロさんが逃げ出そうとした場合には、なりふり構っていられないという事でもあるのだから。

 但し、ミディリアさんの場合は、あくまでも俺の主観でしかないものの…。


「けど、なんか、大丈夫そうな気がするんだよな…」

「………タクミもそう思うか」

「だよね。………なにせ、父親が」

「やっぱり、英雄だもんなあ…現役らしいし」

「なら、それこそ大丈夫だろうね」


 安心しか感じないのは、本当にどういう訳なのだろうか。

 なんて話をしていると、通りの奥の方に見覚えのある影が。というかまあ、エリクスさんである。


「兄貴おっせえ…歩くのおっせえ」

「いや、酔っぱらってるみたいだし無理ないと思うけど」


 数分かけて、エリクスさんも家の前へ。

 と、ようやくこちらが家の壁に寄りかかり、凍え、震えている事に気がついたようだ。


「…何やってんだよお前ら。今日はいつにも増して奇行が目立つな」

「いや、違うんですよエリクスさん。こう…入れなくて」

「………鍵忘れた」


 おそらく恥ずかしくなってしまったのだろうレイリの、蚊の鳴くような声を聞いたエリクスさんは、一瞬、こちらを見て表情を固めて、そして僅かに「は」と声を漏らし、


「ハ、ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!ハーッ!ハーッ!」


 静かな夜中、街の隅々まで響き渡るような大爆笑をした。何というか、もう、レイリが不憫で仕方がない。

 隣を見れば、今までに見た事のないほどに顔を赤らめたレイリがわなわなとふるえている。そりゃあ、ここまで自分の失敗で笑われてしまっては恥ずかしいし、同時に怒りもするだろう。


「そ、そんな大声出して笑わなくたっていいだろうが馬鹿兄貴!」

「ハハハハ!鍵忘れて独りでに締め出された妹がなんか言ってるわ―…どっちが馬鹿だろうな馬―鹿!」

「んぎぃー!!」

「なんて声出してんのレイリ…」


 近くの家から『うっせえぞ!』と苦情が来たので騒ぐのはやめた。

 一瞬、エリクスさんも鍵をなくしている、なんて光景を思い浮かべてしまったのだが、まあ、そんな不幸が続く筈も無く、普通に鍵を開ける。………やっぱり現代のとは形が違うし、もしかしたら、あれだ。ピッキングとかできたかも。冗談だけど。


「もう時間も時間だからな。そのまま寝るぞ」

「げ!今日もなんだかんだで汗かいてんだぞ!このまま寝たら明日恐ろしい事に」

「ほう?お前はこの寒い中、冷たい水で自分の身体を拭く、というのか…やれよ」

「やんねえよ!」

「タクミは!?」

「やりませんよ!」

「だろ?寝ろ」

「「………」」


 いや、まあ寝るんだけども。

 とにかく、俺に与えられた部屋へ入り、寝やすいように服を着替える。

 そして、壁に接しているベッドへと入り、目を閉じて。

 ―――控えめに壁を叩く音を聞き取った。

 その壁が、一体二人のうちどちらの部屋に繋がっている物かは分からなかったが、とりあえずはと思って軽くノックし直す。

 すると、コンコンと二回叩かれたので、同じように叩き返す。


「…タクミだよな?」

「…レイリ?どうしたの」


 壁から聞こえてきた小さな声、どうやらレイリらしい。ベッドへ横たわっている俺と同じ高さから声が聞こえているという事は、彼女ももう寝ているのだろうが、何か話したいのだろうか。


「いや、大事な話でも何でもねえんだけどさ。例えば明日、クヴィロが密偵だと分かったとしたらどうする?」

「…ちょっと気が早すぎない?」

「いいんだよ。例えばの話なんだから。で?」

「うーん…。例えば、だけど。その状況でクヴィロさんが大人しく捕まらなかったのなら俺も頑張らないとね。最初にクヴィロさんを疑ったのは俺なんだから」

「………なるほどな」

「…え?今何に納得したの」

「色々だ。さあ寝よう」

「………はいはい」


 まあ、別にいいか。


◇◇◇



「おはよう二人とも」

「おはようございますエリクスさん」


 レイリの朝食作りの手伝いをしているとエリクスさんが起きて来たので挨拶。


「おはよう兄貴。…酔いは抜けてるのか?」

「おう。体調万全だ」

「アタシはまだ若干頭いてえってのに」

「水飲んだ?やっぱりちゃんと対処しないと治んないっていうよ?」

「そういうタクミも…何ともなさそうだな」

「まあ、最初から酔ってなかったし…睨まないでよ」

「にらんでない」


 どう考えても睨んでいるのだ。


「…おーおー。で、朝飯は何だ?」

「いつもと変んねえよ。まあ魚は無しになるんだがな」

「そりゃそうだな、っと」


 そう言ってエリクスさんは椅子に腰かける。何というか、家長の風格とでもいうような物を感じるが。


「そろそろ何かしら結果は出たかと思うから、俺は衛兵の詰め所に行ってくるぜ」

「え、直接結果を教えてもらえるんですか?」

「まあ、一応俺が一人分連れて帰ったからな。報酬を蹴って、『そんなことより、俺はこの町を守りたいんだ!』ってクリフトに言ったら、情報を漏らしてくれる事になった」

「…漏らしてくれる、ですか」

「おう」

「クリフトさんが兄貴なんかに良いようにされるとも思えねえがな」


 そういうレイリと俺で、料理を机の上に並べていく。


「何をぅ…」

「さっさと食べろよ」

「だーったよ。まったく」

「俺たちはどうする?情報を聞くのはエリクスさんだけなんでしょ?」

「そうだな…。まあ、とりあえずギルドに行って、町の中ですむ依頼でも探そうぜ」

「…だったら、衛兵と合同で町の見回りとか?」

「タクミも好きだなぁ…」

「…なんか変な内容なの?」


 その目は何なの?本当に。

 しかし、どちらにしろそろそろ仕事をしなければ。懐に余裕はあるが、仕事をしない習慣がつくのはまずい。


「じゃあ、早めに準備しろよ。アタシはもう食い終わるぞ」

「早ッ!分かった。ちょっと待ってて」


◇◇◇


「………なんじゃそりゃぁ」

「…随分と、唐突な」


 ギルドの中に入ろうとした時、その外壁に張ってあった張り紙に気がついた。

『Cランク冒険者レイリ・ライゼン、およびDランク冒険者タクミ・サイトウは、即刻ギルド長へと面会すべし。尚、両名を見つけた者は、この内容を伝えるべし』

 なんとなく、道を歩いている間中視線が集まっている気がしては居たのだ。その理由も、今分かった。

 レイリが、もう一度大きくため息をついて、


「………なんじゃあ、そりゃぁ…」


 と言ったのを聞いて、何となく緊張はほぐれたから、良しとしよう。

 ともかく、ギルド長に面会しなければいけないというのならそうするべきだろう。ただ、この状況で呼び出しをくらった理由として思い浮かぶ事が何かと言えば、


「やっぱり、ミディリアさんにクヴィロさんを見張ってもらうように頼んだのがまずかったかな…?」

「ま、そんな気はしてたんだよな。………ばれたら、そりゃあ怒られもするだろうしな」


 ギルド長は、ミディリアさんの父親なのだ。そりゃあ、娘に危ない橋を渡らせようとした奴には忠告の一つも入れるという物だ。

 レイリの場合、昔から友達だったようだしおそらく軽い注意程度で済むのではないかとも思うが、さて、俺の場合はどうだろうか?………よく考えれば、俺って漂流者みたいなもんなんだよな。これは、まずいかも知れん。


「………まあ、行こうか」

「だな。ここで立ち止まってても仕方ねえし」


 という訳で、ギルドの中へと入り、…何となく視線が集まった様な感覚を得る。もしかして、以外と顔が知られてたりするのか?結構タイムラグなしでこっちに視線が来たのだが。

 まあ、そんな事を気にしていても仕方がない。実際レイリはもう受付の方に行っている。ちなみに、今ミディリアさんは受付にいない。その事実は何だか、さっきの想像を肯定しているような気がした。


「行くぞタクミ。もうギルド長はお待ちだってさ」

「分かった。………行くよ」

「何でそんなに気分落とすかねぇ…ああいや。もちろん理由は分かるけどさ」


 通路を抜けて、二階、三階へと上がる。

 いつぞやも訪れたギルド長室に…語感が悪いな。校長室と同じニュアンスでは、駄目だったか。まあ、とにかく到着する。

 ここまで連れて来てくれた構成員さんが扉を開いて、俺たち二人だけがその中に足を踏み入れる。

 部屋の中には、机の向こう、椅子に腰かけてその更に奥の窓を見るギルド長と、そして壁際にもう一人、………微妙に冷や汗をかきながらこちらを見るミディリアさんだ。

 その表情を見た途端に、レイリが軽く天を仰いで、


「………漏らしやがった」


 と言ったが、万感の思いが込められ過ぎていてもうこちらからは何とも言えない。

 ただまあ、ここに来るまでは抑えていたようであるが、やはりあこがれの存在であろうギルド長から、直接叱られるというのは堪えるんだろう、とは思ったが。

 その時、ギルド長が椅子を回してこちらを見た。


「………その顔を見るに、既に自分たちがどうして呼び出されたのか、ということについては分かっているようだな」

「…はい。クヴィロさんについての事、ですよね?」

「ああ。………分かっているじゃないか」

「ま、待ってくれよギルド長!アタシ達はおふざけなんかじゃなく」


 レイリが一歩前に出て口を開くが、恐らくそれでは、この場合逆効果なのだろう。


「おふざけでは無い、か…。それこそ一番の問題だ」

「う」

「私の娘が、友人とおふざけで同じ職員に対して個人的に調査していた…それなら、実際のところ何の問題も無かったのだがね」

「………今からそういうことにしておくのは有りなんでしょうか?」

「ああ。もちろん、君たちもこれ以上妙な行動は慎んでくれる、という前提が有っての事だがね」

「…ええ。分かりました」

「…タクミ」


 仕方がない。正式に何らかのさばきが下されるのはまずいだろう。

 …もともと俺たちがする事ではないのだ、と言っては逃げになるのだが、それが賢い選択、というやつだろうか?

 ………そういうことも、できれば避けたかったけれど。


「ならば、今回は特に沙汰を下さない事にしよう。さあ、普段の通りの生活に帰ると良い」

「ありがとうございました」

「えう…ありがとうございました」


 レイリと共に部屋を出る。あれだけの大事だったとしては、かなり早く事態を収拾できた方ではないだろうか?

 隣のレイリが、俺の腕を引く。そちらを向けば、ある程度予想はしていたんだが…やはり、不機嫌そうなレイリの顔。


「………何でああいういい方するんだよ」

「今、一番早く事態を収める為に良いやり方だったんだよ。

「だからって、嘘言ったっていい事無いだろ」

「やっぱり、ミディリアさんが調べる、って言うのがまずかったんだろうね。…どんな形で課は分からないけどそれがギルド長まで伝わった。

 自分の娘が危険な目にあわされるのは嫌だろうから」

「…そうだろうけどよ」

「…後は、ギルド長が俺たちの考えそのものは大事にしてくれるかどうか、ってところだろうけど…」

「それに関しては大丈夫、とは思うぜ。下の者の意見も考慮するって人だしな?」

「えーと、『救国の英雄』の逸話か何か?」

「おう。だから、それに関しては大丈夫なんだぜ」


◇◇◇


「…と、父さん。あんな言い方ないじゃない。二人とも、ちゃんと考えて行動していたのよ」

「あんな言い方も何も、そうせねばいけない理由という物が有るのだ」


 ロルナン冒険者ギルド内、執務室。

 その部屋の主と、その男の娘は言葉を交わしていた。


「でも、そもそも私がやるって決めた事よ。それであの二人まで呼びだす必要が有ったの?………叱るなら、私だけでいい筈」

「そう思うか?………違うぞ。………もう少し考えれば分かる筈だ」


 男―――ギルド長である、ガーベルトは、彼の娘であるミディリアに、そう語る。


「分かるって…何がよ」

「真に密偵として、その疑惑を向けられるだろう人物の事だ。………なんだかんだと、親しくしていた様だから仕方が無いのかもしれないがな」

「親しくしていた人物って………まさかとは思うけれど、タクミ君の事?」

「ああ。………素性不明、その癖魔術などに高い適性を持ち、見る見るうちにその頭角を現した。更に瘴気汚染体の第一発見者、瘴結晶を掘り出し、守人シュリ―フィア・アイゼンガルドとも友好関係を築く。友好関係、という面でなら、あの兄弟もだ。

 瘴気を原因とした病の発症元を特定、邪教信者に対する捜査にも深くかかわる…素晴らしい、そう思うか?」


 並びたてられたとある青年の功績に、しかし、彼女は思いつめた表情に変わる。


「………まさか、父さんは、タクミ君が密偵だって言いたいの?」

「ああ」


 すんなりと、その問いかけに対する返答は帰ってきた。

 彼女からしても、なるほど、確かにそれは、ありえないと一息に斬って捨てられるほどに荒唐無稽な話という訳では無かった。

 考えてみれば、そのタクミ・サイトウという男は、確かに妙なのだ。今彼女の父親が上げた点だけではない。彼は現在Dランク…つい二週間ほど前には、その二つ下、Fランクであったというのに。

 この異常なランク上昇は、一度Dランクまで上がる事を可能とされていたとしてもやはり、あり得ないと言っていい出来事である。


「でも、…そんな、まさか」

「私にも、この町を守り事に関しては責任の一端を追わなければいけない立場だからな。当然、あらゆる可能性に対処しなければいけないんだよ。当然、自分の娘の数少ない友人になりそうな人間を疑うことも辞さないさ」

「………それ、って」

「………」


 彼は、その言葉に真意が隠されているかを含めて、それ以上何も語らなかった。


◇◇◇


「………あーもーッ!アタシ今日仕事できる精神状態じゃねえよ!」

「………それは、俺も同じかな。なんだか、時間がたってきてだんだん落ち込んできてる」


 ギルド長との面会を終えて、数十分後。俺たちは、未だにギルドの一階、その机でぐだぐだと駄弁っていた。

 …気力が削がれた、というのが一番近い表現だろうか。

 仕事というか、それ以外に対する気力も含めてほとんど零。

 ………多分、やらなくて良い負担まで背負っていたって事なのだろう。で、その負担を解消する時に、それを背負うために必要だった気力が突いて出て行ったのだろう。体中が倦怠感に包まれている。


「ああ………もう疲れた」

「本当だよ…」


 今の俺たちは、もう椅子に座って、机に顎を置いて相手の顔を眺めるくらいしかする事が無かった。………別の場所に視線なんて向けていなかったのだ。



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