第二十四話:再調査決定
「いや、ミディから聞いた話で、あー…こりゃギルドの構成員には密偵なんて無理だな。とは思ってたんだけどさ」
「そうよ?私だって、どれだけ頭を働かせても気づかれず情報を渡す方法は思いつかないわ。まあ、確実でない方法ならいくつかあるけれど、その程度の根拠で話している訳じゃないでしょうね?」
「………いや、ほんとに俺にはやり方が分からないんだけど。私生活まで監視されているんだったら、流石にどうしようもない筈」
レイリの脳内には、一体どんな方法が浮かんでいるんだろうか。
………俺が思いつける物、というと…魔術による通信、とかか?通信板、という物を使えば可能だろうし、レッゾさん曰く『高度な魔術』とやらなら耳に手を当てるだけで遠くの人間と会話が可能らしかった。
「魔術だよ。奴らは魔術を使ってたんだ!」
「………」
ミディリアさんのレイリを見る目が冷たい。どうやら、それは簡単に浮かぶ事扱いらしい。
「そんなの無理に決まってるでしょ?あのね、クヴィロさんは確かに魔術を使えるわ。…とはいっても、魔力そのものを音として飛ばすためには、魔術の腕では無く魔力そのものを扱えるようになる事が必要なの。そんなの、王宮魔術官にだってめったにいないんだから。
その上、それは話す側も聞く側も、双方が同じように魔力を使えないといけないの。その修業に何年かかると思う?」
「………一年?」
「最低五年!」
「おお…」
ミディリアさんがお怒りだ。そのうえ、この反応を見るにレイリの案は的外れだった、ということになりそうだし。
…しかし、魔力そのものを動かすのっておかしいのか?俺、ずっとそうやってきた気がするけど…。
「音って言う物が波で出来ているっていうのが分かったのも少し前よ。魔力を波打たせて音と受け取る事が出来る人なんて、どれだけ多くても二十人はいないんじゃないの?」
「………もしかして、それって他の人とは会話が出来ないんじゃないですか?同じように魔力を使うために修行をしているんだったら、互換性なんて皆無ですよね?」
「そう。だから完全に無駄な技術よ。それも合わせてさっきの二十人以下って言葉を使ったの。…ねえレイちゃん。無理」
確かに、そんな魔術を使うような奴いないだろう。一人と会話するためだけに何年も修行する今期も無いだろうし、クヴィロさんの年齢からして、ギルドの構成員になる前から修業をしていた事になる。
…そもそも、修行なんてしていようものなら即刻ギルドの隠密居しょっ引かれそうなものだし。
「ぐぬぬぬぬ…いや、まだだ!」
「まだだ!じゃないわよ…」
「レイリは、他に案が有るの?」
「…いや、ほら。瘴気とか、どうにかしたんじゃね?」
「なんて雑な理論よ…」
「瘴気を魔術で動かした、とか?魔力そのものを動かすのが難しいんだとしても、瘴気を動かす魔術を作れば」
「それにしたって、言いたい言葉ごとに新しく魔力の動きを決めないと行けないでしょう。というか、タクミ君もまだクヴィロさん密偵説を捨ててなかったのね?」
「う…。…じゃ、じゃあ、『はい』と『いいえ』みたいに、ある程度記号化された会話を繰り返すだけならどうでしょうか?」
苦し紛れの一言だ。それだけで情報の伝達が出来るかどうかは怪しいのだから。
「………まあ、それなら可能でもあるかもしれないわね。聞いたことない技術だけど」
「お、良いじゃんかタクミ!その調子だぜ!」
「え、えーと…」
しかし、思ったよりもミディリアさんに対しては効果が有った様子。
だが、もちろんそれでこちらの意見を鵜呑みにするミディリアさんでは無かった。
「動かされた瘴気を読む方法があれば、の話だけどね!」
「…じゃあほら!瘴気は魔力よりも目で見えやすいし、邪教の奴らが瘴気を操ってんなら、他の奴よりも見えてんじゃねえのか?」
「………それが正しいとなると、今度はクヴィロさんが瘴気を見る事が出来る、つまりは邪教の人間、ということになるのよ?」
今までのレイリなら、ここでミディリアさんの言い分を認めて自分の意見を引っ込めていた事だろう。だがしかし、今回は違ったようだ。
「クヴィロは魔術を使えるって言ったよな?確かに、そんなに腕っ節強そうには見えなかったしよ」
「………何か失礼な言い方ね。まあ良いわ。で、それがどうかしたの?」
「つまり、運ばれてきた瘴気を感じ取れる魔術が有ればいいんだろ?そういうことだろぉ!?」
「え、ええまあ…。レイちゃん怖」
確かに、…生き生きとし過ぎているというか。
だが、それとは別の所に何か引っかかるものを感じている俺もいた。そう、それは…。
「瘴気を感じ取れる様な魔術、って…」
「おっとタクミィ!それ以上は口に出してはいかんのだぜ!」
「…いいけど。むしろレイリがそれ以上人格崩壊させない方がいいと思う」
『いかんのだぜ!』って。
…レイリが言いたい事は分かった。確かに、瘴気を思った通りに操れるのなら、あの魔術で代用可能だろう。あの魔術は冒険者の中にも使える人が居た。俺は…多分覚えやすくなっているんだと思うけど、それでもきちんと練習すればできるようになる程度の魔術なのではないだろうか?
「!待って、レイちゃんそれって」
「そう、そうだ。アタシが言いたかったのはミディとタクミが考えている物と同じ!」
「探査系魔術中位!『探査:瘴』の事ね!」
「言うなっつってんだから言うなよミディィィ!」
「だから何でそんなに怒ってるの…」
だが、実際良い視点だろう。瘴気を操り文字を作って、それを『探査:瘴』で感じ取る事は、恐らくできる。以前俺が使った時も、空中に漂う瘴気を、その流れとして目で追う事が出来たのだ。それが文字の形になっていたのならば、きちんと意味として読み取ることが可能だろう。
「しっかし、『探査:瘴』ねぇ…。確かに、瘴気を操って情報をやり取りしているという発想が今までなかったんだから、あり得ない話では無いんでしょうけど…」
「だろ?冒険者連中の方にも『探査:瘴』を使える奴はいるが、そいつらも衛兵たちに調査はされてる。ならやっぱ、クヴィロは怪しいって感じないか?」
「ううん…。まあ、確かにそうかもしれないけど」
「じゃあさ、とりあえず。近くにいるときだけでいいから見張っててくんないか?」
「………ああもう。わかったわよ」
「まかせたぜ」
「はいはい。タクミ君からは、特に何もないの?」
「お、お気をつけて」
「…そういう意味じゃなくって、話がってことなんだけど」
「え?あ、ああ。俺からは特にないです。レイリが話したいって事だったので」
「そう。じゃ、私は仕事に………しまった」
「「あ」」
そうか、ミディリアさん、確か一分くらいしか時間取れないって言ってたから…。
「おおい、ミディリア嬢!こっちの料理まだか!」
「早く運んでくれミディリア!もう置くと来ねえぞ!」
「すいませーん!注文お願いしまーす!」
「お皿下げてもらっていいですか!」
こうなる。まあ、五分近く話し込んだ上、晩御飯にはちょうどいい時間になっている訳だし、こうなるよな…。ああいや、悪いのはミディリアさんでは無く俺たちだろうけど。
「―――恨むわよレイちゃん!」
「恨んでも良いけど、しっかり観察はしといてくれよ」
「もー!」
「………なんかもう」
自由すぎるな。
パスタによく似た、トゥルペルツアという食べ物を食べ終わり、ギルドを出てレイリの家へと向かう。
但し、レイリに肩を貸しながら。
「ぬぁんでたくみは、そんなに酒が強いんだぁ…」
「俺が強いかどうかは知らないけど、レイリが弱すぎるんだよ。三杯でこんなじゃないか」
結局俺も、流れでバルという酒を飲むことになった。見た目からして発泡酒の様だったので、あっさりと飲める物だと思っていたら…レイリがこうなった。
俺は、以前も酔いつぶされてしまったように、どう考えてもアルコールへの耐性は低い物だとばかり思っていたのだが…頼んだ方のレイリが倒れてしまったのではどうしようもない。
しかし、何でこんなにも早く酔いを回してしまったのだろうか?ろれつも回っていないし、もしかして、俺よりもずっとレイリの方が弱い?
「んだかぁらぁ~なぁんでたくみは大丈夫なんだってきいてんだよ。あれ、すっごい強いんだからな………」
「それなら何で自分が倒れるまで飲んだんだ…?あれ、…寝てる?」
「………ん」
「…やれやれ」
まあ、今日はいろいろと頑張って、疲れてしまったのだろう。ここで無理に起こすのは、流石に気が引ける。
しかし、どうなる事やら、と言った感じだ。何がか、と言えば、それは邪教や、ロルナンに潜んでいる密偵についての話だ。レイリの言っている事には確かに一理あると、少なくとも俺とミディリアさんは感じたわけだし、その線で疑って行くのも…まあ、もし違ったら正式にクヴィロさんに謝罪に行くとしても、間違った行動とは言えないだろう。ああ、その時は疑うきっかけになった俺が先頭に立たないとな。
………邪教信者たちの取り調べは今頃どうなっているだろうか?毒は口から抜いたし、見張られているのだから、そう簡単に自害という行動は起こせないだろうとは思う、思うが…ただ、奴らからは本当に狂信的な物を感じる。
そう簡単に、情報を明け渡すことは無いだろうなぁ…。
そんな事を考えて、何となしに足を止めて顔を上げれば、何時の間にやらレイリの家。運びやすいように背中へおぶる形にしていた彼女の顔を見て、ふと思う。
………随分と、関係が深まった物だな、と。
友達、コンビ…別に、この二つの言葉を超えた関係になった訳ではない。だが、友達になって一週間と少し、コンビになってからであればまだ数日…そんな短期間で、ここまで誰かと関係を深めた事が有っただろうか?
人間関係という物は、それが人間同士の間で培われる物だからこそ、相手がどう思っているかは分からない物だが、少なくとも俺はレイリに、恐らく前世における両親に対して向ける信頼と負けずとも劣らない物を抱いているし、今回に限っては彼女もまたそうだと思っている。
俺の考えている事を、同じようによく考えてくれるし、その逆に、俺も彼女の考えている事についてよく考えられていると思っている。
こんな関係が続いてくれれば、とは思うし、そう簡単に壊れる物でも無いと考える。ただ、
「だからって、レイリに甘え出したら駄目だよな」
こんな関係が続いてくれれば、ではだめだ。続けようとする努力を自分でするべきなのだから。
そう簡単に壊れないから大丈夫という訳では無く、より強固に結び付いた関係にしたいと思うのだから。
レイリだって、今日言っていた。先を考えなければいけない、と。もちろん、彼女がそんな意味で言っているのかは分からないけれど、俺だって明日の事すら分からないのだ。ならば考える事をやめてはいけない。
………だが、少し寒いな。冬の夜はやはり厳しい。暖かい食事の後だというのに、もう芯まで冷え切ってしまった。
レイリは未だに起きないが、しかし、こんな中で寝ていたら風邪をひいてしまう。取りあえず言えん中に運ぼう。
………ドアノブに手をかけ、回し、引いて―――鍵が開いていない事に気がつく。
当たり前の事だ。町中に立地する立派な家に、鍵をかけないなんて大胆な事はしない。エリクスさんだってそうだろう。仕方がない。レイリを起こして鍵を出してもらおう。
「レイリ、レイリちょっと起きて」
「………」
声をかけるだけでは、何の反応も帰って来なかった。
かなりしっかりと眠っているようである。一瞬、まさかと思って耳をすませば、しっかり寝息が聞こえたので間違いない。永眠した訳ではないのだ。
仕方が無いので、前傾し、間違ってもレイリを落とす事のないように気をつけながら、小刻みにジャンプ。振動を与えて起こそうという考えである。
「…!…!…!…うぐぉ!」
「あ、起きた?」
「………はぁ…?って、そうか、眠っちまって…あれ、何でまだ外にいるんだ?別に入っても良いのに」
「入っても良いのにって言われても、鍵が無いんじゃ無理が有るでしょ?」
「ああ、そういう事か…。…というか、何でアタシはおぶられてるんだ?取りあえず、降ろせ」
「うん。よ、っと」
レイリを降ろして、少し伸びをする。
その間にレイリは扉へと近づき、懐を探って鍵を取り出そうとしていた。
だが、
「…あれ?持ってってなかったっけ?」
「………え?」
「い、いや、ちょっと待ってくれタクミ。えーと、だとすると鉢植えの陰に…」
「ちょ、レイリ?まさかとは思うけど」
「待て待て待て待て」
慌てたように鉢植えを掲げ始めるレイリ。だが…その下や家の壁との間に、何かが入っている様には見えない。
その後、数分のあいだ右往左往した彼女は、しかし、その動きを突如停止させて、
「………やっちまったかも」 と、一言だけ、俺から目を反らして呟いたのだった。
気付けば、辺りの寒さはさらに深まり、そして俺とレイリの二人とも、震え始めていた。
「…寒いよ?今日は」
◇◇◇
寒い部屋だった。ランプで照らされていても、暖房なんて無いのだから、この冬の夜では当然の事である。
町の中心部、そこに構えられた衛兵隊の詰め所。その地下。
とらえられた三人の邪教信者に対して、尋問が執り行われている部屋だ。
尋問が始まって数時間。しかし、目立った情報を手に入れる事は未だにかなっておらず、それは衛兵隊や近衛兵の精神を削りつつあった。
寒く、また薄暗い中で狂信的な言動を繰り返す相手との対話を続けなければいけないのだから、当然ともいえる。
それは、ここまで邪教信者を連れてきた二番隊隊長レッゾに代わり取り調べを始めた、この町の衛兵の長である、クリフト・グレイスも、また同じであった。
だが、そんな時、地上の詰め所へつながる扉が、開かれた。
「来てくれたか、ヅェル君」
「はい。クリフト大隊長」
その扉から入って来たのは、ロルナンの衛兵隊、その二番隊隊長レッゾ直属の部下、ヅェル・フォルサベルだ。
彼の声音は落ち着いたものであり、そして、その瞳にはこれでもかというほどの憎悪が籠っていた。
「………容体は、問題ない、のだよね?」
「…はい。幸いにも止血を即座に行う事ができましたので、命に別条も有りません」
「そう。…壊すのは、流石に認めるわけにはいかないよ?」
「壊しはしませんよ。その奥底まで探らせては貰いますけれど」
その会話の不気味さに、基本的には沈黙を貫き続けてきた邪教信者の一人が口を開く。
「………一体何をする気だ?王国は、捕虜に対して拷問での殺害を是とはしていなかったと思うが」
彼としても、自分の言葉に阿呆らしさは感じていた事だろう。それも当然だ。自分たちの行いを悪と思っていない彼等も、各国が敵対している事は分かっていたし、そもそも殺害が認められなかったとしても、どちらにしろ拷問は終わらない。死んだとしても『事故』の一点張りでどうとでもできる類の物でしかないのだから。
彼は今、死への恐怖を感じていた。だがしかし、それでも情報を吐きはしないとも、自分を戒めていたのだ。
だが、結果的に、それはこの町に対する認識の違いと、何より、ヅェルという男の情報を持たざるが故の甘い判断であった。
「煩いぞ、貴様」
「は、衛兵の数が一人増えた所で我らは、………」
「………どうした?何故黙ったのだ同志」
ヅェルが睨んだ邪教信者が、数秒後、その動きを止め、そして彼と目を合わせたままに固まる。他の信者が声をかけるが、しかし何の反応も返さない。
ガードン伯爵に仕える近衛兵、その隊長であるロイ・ヴァリフは、その光景を見て目を見開き、クリフトへと声をかけた。
「…彼がそうだったのか?君の所に出向しているという特殊技能持ちは…!」
「一部の魔術に限って、圧倒的な才能を持っています。まあ、『ただただ使える、というのは特殊技能と呼べるでしょうか?』と彼は言いますけどね。実際、王宮魔術官にもいるでしょう。彼の様な魔術を使える人間は」
「何年、人の精神に心を潜り込ませる為に魔術の修行をするんだ、という話だと思うぞ?私は………」
そう言って、ため息交じりにロイは頭に手を当てる。
だが、辺りにいる邪教信者たちはその会話に黙っていられなかった。
「ま、待て!精神へ直接接続する魔術だと!?何故そんな物を使える魔術士が!大都市とは言えこんな国境近くに!」
「国境近くで、大都市で、大港湾町の名の通りにいろんな人が入ってくるからに決まっているじゃないか………お、終わったみたいだね」
エリクスの言葉通りに、ヅェルは目線を男からはずし、そしてエリクスのもとへと近づいて行く。その背後で男が倒れ込んだが、気にしない。
「俺がここに来たのは、幼馴染と結婚するためだけですよ」
「いきなり惚気ないでくれるかな!?………で、情報は?」
「組織そのもの、という観点ではやはり何も。ただ、今回の目的については」
「そうか…それは朗報だよ」
「………他の奴らからも情報を引きずり出すんだろう?せめて早くやってくれ。不憫に思えてきたから」
ロイの言葉も、ヅェルとクリフトに対しては効き目が薄いようだ。
―――決して人目に触れぬ大港湾町の闇は、やはり部外者に知られる事のないままに蠢いていた。
だが、そこに潜む者たちが悪だ、とは決して限らないのだ。光と闇は表裏一体であるが故に。
ようやく第二章の終りが見えてきてホッと一息つきました。とはいえ、もう少しかかるのですが。
あと二日で私の冬休みも終わり…。
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