第二十一話:手詰まり…?
「じゃあどうする?一回ギルドから出るか?仕事終わりにクヴィロの後を追うんなら、今ここにいたって何の意味もねえだろうし………そうだ、忘れてたぜ」
「ん?どうかした?レイリ。なんかやらなきゃいけない事ってあったっけ?」
「いや、明日の分の護衛依頼、断わっといたほうがいいだろ?」
「あ、すっかり忘れてた…レイリが思い出さなかったら、明日の今頃には大目玉食らってたね。危ない危ない」
今の状況で、悠長に遠出などしてはいられない。早めに断りを入れておかなければ、迷惑は広い範囲にわたってしまう。
ちょうどミディリアさんが受付に―――俺とレイリの奇行を見ていたかもしれない―――居るので、断わりに行こう。
「ミディリアさん。申し訳ありませんが、請け負っていた明日の護衛依頼について辞退させていただきたいのですが…」
「え?あ、良いわよ。………というか、さっきまで何してたの?机の下で遊ぶような年じゃないでしょうに」
「え、えーと…」
「ま、まあいいじゃねえかミディ!そんな事より、まだ事態できんだな?」
「ええ。依頼の開始時刻まで半日以上あるから、特に問題は無いわよ。違約金も…発生しませんね」
「良かった良かった。………ほんとに何でもねえからな?」
「私としては、クヴィロさんを見ていたように思えたのだけど。何かあった?」
かなりばれてる。と言うか、どう考えても考えが甘かったか。このままではクヴィロさんまで情報が伝わってしまうまでそう長くない。
………思いつきのまましっかりと作戦を立てず行動したのはやはりまずかったか…。
いやしかし、ここでもし正直に『クヴィロさんが邪教の密偵かもしれないので、監視してました』なんて口走ってしまった暁にはもう心象最悪、俺だけならともかく、レイリはミディリアさんと友人だ。避けるべき…いや、もし俺だけでも避けるだろうけど。
しかし、クヴィロさんを見ている事まで気が付いているなら………誤魔化せるか?ミディリアさんの勘違いだという事に出来ないという訳でも無いのだろうが…。
「………まあ、童心に帰ったというか。昔はこんな事して遊んでたな~、なんて?」
「礼ちゃんと一緒だからともかくとして、タクミ君の年齢で公共の場で机の下にしゃがみ込むなんて、場合によっては即お縄よ。………ほんとにのぞきとかしてないわよね?」
「してないですよ!」
「タクミ、お前…!」
「レイリは隣にいたでしょ!?のぞきなんてしてたら監視できない!」
「監視…」
「………………………………タクミィ!」
「ごめん」
テンションが上がった途端にこれだ。本当に子供のように口が緩い。母親に『はい、お口チャック』なんて言われた記憶がよみがえるほどだ。
いやしかし………誤魔化しづらいな。うん。
「………誰を監視してたの、なんて、最早聞く必要すらないんだけど?………何で監視してたのか、くらいは聞かしてくれるのかしらね?」
「………………………どうする?」
「………………………言うしかないね」
言うしかない、のだが。こんな公衆の面前でと言うのは、流石に…。
なんて俺の考えは、ミディリアさんにはやすやすと読み取れるものだったらしい。扉を開いて、奥で話そうというふうにジェスチャーしてくる。
「………おいタクミ、まさかお前ミディリア嬢にばれたのか?監視の事」
「…はい。そもそも最初から怪しまれてました」
いつの間にか近づいてきていたエリクスさんから、呆れたような声音で言われた。ため息までつかれて、もうなんというか。
「…ま、頑張って来いよ。なんだかんだミディリア嬢も目ざといからな…。あ、レイリもあんま変な事口走んじゃねえぞ」
「分かってるよ兄貴。………タクミは過剰反応するからな」
「あれ?ほんとにさっきの責任、俺が十でレイリが零?」
なんだか少し腑に落ちない所もあるのだが…、まあ俺の責任の方が大きいのは事実だ。強く言い返す事もあるまい。
ミディリアさんが右腕をなかなかの速さで何度も掬い上げるように動かしているあたり、もうこっちで話し合っているのを待つつもりはないという事だろう。………大人しく従おう。
廊下を進み、再び個室の中へと入る。まさか一日の間に何度もこの部屋に入る事になろうとは思わなかったな。
ミディリアさんに席に座るように勧められ、二人で―――もちろん別々の椅子に―――腰掛ける。
「………ま、話しにくい事もあるでしょうから、良いわ。ここでの事は黙っておいてあげる…勿論犯罪にかかわっていなければ、だけど。
さて本題。二人はどうしてクヴィロさんを見張っていたの?」
「………まあ、ほんとの事いっても良いんじゃねえか?ミディが嘘つくとも思えねえ」
「…そうだね。
………実は、ですね」
ミディリアさんにも、本日既に何度も行った説明をする。この回数が、俺の間抜けっぷりを証明する材料になっているような気がしてきた。
「へえ…ま、言いたい事は分かったし、ちょっと疑う気持ちまでも理解は出来るけど…でもね、その不審感は杞憂の筈よ」
「ど、どうしてですか?正直、やり方に問題はあってもクヴィロさんが密偵だってことにはある程度同意を得られていたりしたんですが…」
クヴィロさんが密偵ではない、と言ってきた人は今までいなかった。もちろん、クヴィロさんの知り合いはいなかったし、現在ある程度の証拠を見せられたら多少気にかけるであろうクリフトさんや近衛の隊長もいたけれど…。
「ま。ギルド内の人に聞いた訳じゃあ無いでしょう?外部の人にはわからない事情と言う物もあるのよ…と言っても、それだけじゃ納得できないか。
まず、ギルドは邪教と敵対関係にあるわ。何となくわかっていたかもしれないけれど、これは公式の物で、冒険者一人一人まで管理できている訳ではないけれど、ギルドという組織そのものに属する構成員たちは、身辺捜査だってかなりのものよ」
『ギルド長の娘で、一応英雄の娘扱いされる事もある私でさえ凄く厳しく調べられたんだから』と言うミディリアさんの言葉に、嘘くささは微塵も感じられない。だが、
「それならむしろ、クヴィロさんの態度はどうなるんですか?邪教と敵対する組織の人員なのに、邪教に結構好意的です」
「ま、実際それは問題ね。…困ったことに、これでクヴィロさんに訴え出た場合は、タクミ君が密告者として扱われたりしてしまうのだけれど」
「う…」
た、確かにそうだ。あの発言を聞いたのは、俺だけなのだし。
「ついでに言っておくと、ギルド職員になってから邪教に入信した、って考えもありえないて言っていいわ。特にクヴィロさんみたいに出世した人じゃあね」
「え、その線もありえないのか?アタシとしてはかなりありえそうな話だと思ってたんだが」
「これも、内部事情を知らない二人には知る事の出来ない事だったけど、出世までした職員には、…隠密がついてるわ」
「「………隠密?」」
なにそれ。
「いや、確かに慣れない言葉だったかも知れないけど、本当なのよ?私も、最初父さ…ギルド長に教えられた時は嘘だとばかり思ってたけど、実際に監視用の隠密をつけるって文書が本部から送られてきたしね」
「…その監視って、もしかして家の方まで」
「そりゃまあね。仕事場だけ見張ってても、何の意味も無い訳だし」
「………こりゃクヴィロさんが密偵って線は薄そうだぜタクミ」
「………だね。…と言うか、クヴィロさんに限らずギルド側の人間が邪教に通じる事が前提としてすごく難しかったみたいだ」
「ま、そういうことよ。………ギルドとしても、今回の密偵騒ぎについては頭の痛い問題よ。その捜査に、結果的にとはいえ協力してくれていたわけだし、私から特に文句を言う事は無いわ」
「…すみませんでした」
つまり、場合によっては文句を言うし、そもそも問題行動だったと言うことである。
「………ギルドの中の瘴結晶について知っていた人間なんて、調査隊の人間と、瘴結晶の検査をした研究職の人間くらいの物だって言うのに、何でこうも面倒なことになっているのかしら。聞いた?冒険者はもう全員家宅捜索までやったらしいわよ。ご丁寧にも調査隊にいた冒険者と関わりのある人間ならば全てにね。
…それで見つかっていないのだから、恐ろしいなんてものじゃないわよ」
『何か決定的に見落としているのよ』と、ミディリアさんは自分の思考の海に没頭していく。
俺とレイリは目を見合わせて、互いに大きなため息を一つ、ついた。
さて、約十分ほどたった後、ミディリアさんと共にレイリと外へ出る。見れば、エリクスさんとシュリ―フィアさんも椅子に座った状態でこちらを見ていた。
「ま、捜査するにしたって思ったまま動いたりするんじゃ無く、落ち着いて行動することね」
「は、はい。………ほんともう、申し訳ありません」
「なんか、最近ミディにも手間かけさせてばっかりだった気がするしな…。すまん」
「いいわよ。そんな事。そりゃあ二人が悪意を持ってやったのなら話は別だけど、二人は二人で必死に頑張ってるだけじゃないの。それを怒ったりもしないし、…何より、これでも二人よりは年上。大人なのよ?お、と、な」
『年下が頑張ってるのを見て、応援しない訳もないでしょ?』なんて言うミディリアさんの姿は、とても大人びていて、
正直、『あれ?俺の方がずっと子どもなんじゃあないか?』と俺は思った。実際の年齢…前世との経過も含めてだが、それと比べれば十は確実に俺の方が年上だろうが…どう考えても、今の俺はまだ世間と言う物を知らないガキ同然だ。
いやはや、ダメ人間をやめるよりも圧倒的に、大人になる事を目指した方がよさそうだ。
「じゃ、また何かあったら来なさい…と言っても、密偵云々ならギルドじゃなくて衛兵か近衛よ。頑張ってね。二人とも」
「は、はい」
「おう、当然だぜ」
…何と言うか、俺の方が子供だと扱われることに拒否感を抱かないな。というか、転生してからずっとか?………まさか、俺は自分で自分の事を大人だと思えていないという事なのか?
いや、精神的には構わないが…しかし、年齢そのものが変わっているということに違和感を考えない様な人間だったとは。こんなタイミングで考え込む事でも無いだろうが、これは結構ショックだ。
まあ良い。もう、だからなんだという話でもあるのだ。これから変わると決めている。今の俺がどうだろうと構わない。
「なんかお咎め有ったか?その顔見る限り、大丈夫だったんだろうが」
俺たちの事を心配してか、エリクスさんとシュリ―フィアさんがこちらへと歩いてくる。
「いえ、特には何も。ただ、結局クヴィロさんは密偵じゃあないみたいですけど」
「何?貴殿はなかなか確信を持っているように思えたが、何故だ?」
「ミディリアさんから教えられたんですけど、そもそもギルドの構成員では、邪教と通ずる事が出来ないみたいで。………ずっと監視されてるらしいですよ」
「そりゃまた御苦労さんな事だな。………手掛かりなしたぁ、何時まで経っても邪教の目的に辿りつきゃあしねえぞ」
………現状、既に邪教の信者どもがこの町に戻ってきている。目的は、不明。
となると、やはりまずは
「エリクスさん。邪教の信者がロルナンに戻って来たって、衛兵さん達には?」
「ああ、見失った後には、一応」
「現状、邪教の者共を探し出すことを最優先課題として動いている。この様な状態であれば一般の兵たちでも奴らの事を見つけることは可能らしい。これもまた、奴らがその特徴である紅を隠さなければ、という話ではあるがな」
「だったら、そう長くない間に見つかるんじゃねえのか?そうなったら、………あれ?大人しく捕まるような奴らじゃあねえな、どうなるんだ兄貴?」
「………町中で、戦いになる、とは考えたくねえけどな」
脳裏に、門の前の広場でシュリ―フィアさんと邪教の信者が戦う姿が浮かぶ。あれを大規模に、そして、それがさらに人の多い場所で突如行われたのならば…そう考えると、その場で巻き起こされることになってしまうであろう惨劇までもが見えてくる。
「町の外か、港、海………そのくらいじゃないと、やはり危険ですよね」
「それ以外では、真夜中、というのも考えられはするが…そうなってくると戦いにくいことこの上ないのも、事実であるからな」
「下手に刺激すると危険、という言葉の意味がだんだん分かってきた…」
捕える………場合によっては、殺す、という事になるのかもしれないが、時と場所を選ばないといけない…。何と言うか、基本的に町側の方が不利だな。目的が分からない、というのが一番痛いのかもしれないけれど。
「………クヴィロが密偵じゃない、って事で決定なら、もうここにいる意味はねえ。自分の住んでる街くらい自分で守りきらなきゃいけねえからな。俺は俺で邪教の信者どもを探そうと思うが、…シュリ―フィアさんは?」
「某は、再度聖十神教会の方に向かい、協力を取り付けてこようかと思っている。先の会議では、教会との交渉に難儀しているという話だったが、邪教の信者そのものが町にいて、森ボと足る某が頭を下げれば動かざるをえまい」
「俺たちはどうする?レイリ。クヴィロさんは犯人じゃない。もちろん、今更仕事をする気にはなれないから」
「アタシ達も邪教どもを探すにきまってるぜ。兄貴とは別方向に行けば、効率的な筈だしな!」
「そうだね。エリクスさん!どこから捜索するんですか?」
そう声をかけると、エリクスさんはこちらへと振り向き、
「ああ、俺は一応、こっから門に抜けて、町を一周しようと思ってるぜ」
「じゃあ、俺たちは町の中心部から見て回ります」
「おう、二人とも、あんま無理すんじゃねえぞ」
「はい。危なくなったらすぐ逃げます」
「タクミ…まあ、そうすべきだけどな。んじゃ兄貴、また後でな」
「おう、また後で」
◇◇◇
二人と別れ、レイリと共に町へと出る。かなり陽も傾いて、今日という日もまた終わりへと向かっている事が分かる。
大通りには、ここから見るだけでも幾人かの衛兵。しかし、今は冒険者などに声をかけているのではなく、むしろ誰かを探しているようであり、この町に再び邪教の信者が訪れたという情報が既にまわっているようだ。
「大通りは、俺たちが探すまでも無いみたいだね」
「となると裏路地だ。そっちにも衛兵はいるだろうが、大通りと比べて目につかねえ場所も多いしな」
通りを横断し、細い路地へ。とはいっても、記憶に有る限りでは車の一台程度なら通れそうな広さだ。意外にもかなり直線として長く、奥まで目を凝らせば、他の大通りにも続いている事が分かる。だが、この路地からさらに幾つかの道や、むしろ隙間とでも言うべきものにまで分岐している。
「これは………長丁場になるね」
「日が沈むまでには外に出てえ感じもするな。早いとこ行こうぜ」
「うん」
しかし、建物と建物の間なのだから当然ではあるのだが、暗い。
辺りが見えないという訳ではない。だが、物陰に小さく蹲られたら気がつかないだろうと思う。
ライトなんて便利な物は無いし、明かりを確保した方がいいと思うんだよな………。そう言えば、この町の建物って基本的に石造りなんだよな。なら、火なんかでも燃えうつったりすることは無い、かな?
「夢の中でしか使った事無いけど、やってみるか…」
「タクミ?何ブツブツ言ってんだ?」
「いや、ちょっと明かりを確保しようと思ってね。流石にこんなに暗いと、何処に誰が潜んでいるんだか分かったものじゃないから」
「明かりを確保、って、別にろうそくなんて持ってねえだろ?そもそも、火なんてつけられねえんだし…まさか!タクミは魔術で炎を起こせるのか!?」
「今回が初めてだけど、出せるよ」
「…ん?はじめて?」
ファイア!と、以前夢の中では叫んでいた気がするが、今はもう『風刃』、『水槍』など感じでまとめてしまっている。統一するべきだ。
「………………よし、『赤灯』………あれ?」
「つかねえじゃねえか」
「せ、『赤灯』『赤灯』」
「………」
………イメージが湧かない。
あれ?えーと、魔力を空中に浮かべて、それを燃や…どうやって燃やすんだよ!火種が無いんじゃ無理がある。
どうしたものかと思っていると。レイリが俺の肩をポンポンと叩く。
「大丈夫だぜタクミ。………見栄はらなくても」
「う、うぬぬ…」
見栄としか見えないのは事実だろうし、何も言い返せない。
………これは恥ずかしい。
「さて、無駄な事してないでさっさと行こうぜ」
「無駄な事とまで言う!?」
◇◇◇
路地裏を駆け回り始めて、二時間後。
「見つかんねえな…」
「気配の欠片も無いね…」
邪教の信者や、その痕跡なんかも見つける事は出来なかった。むしろ、俺たちの方が衛兵や近衛から声をかけられる始末。
………若い二人が、路地裏を走り回っているのならば、確かに声をかけるべき事ではあったのかもしれないが。
「冬だしな。もうそろそろ暗くなるぜ。………もう少しだけ見て回って、帰るか」
「素人がやっても、限界が有ったのかもね…」
諦めムードが充満している。個人的には結構頑張ったつもりではあったが、結果は伴っていない。
恐らく、後数十分が限界だろう。それでも、できる限りは。
そんなふうに考え、まだ行っていない路地へと入ろうとしたその時、
―――そこに、紅の外套が佇んでいるのを見た。
ギルド側も、獅子身中の虫とならないように対抗策は実行していると言う事です。当然、普通の手段で密偵などやってはいられません。
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