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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第二章:紅を知る、生活と別れ
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第二十話:募り始める不安

「………君たちは、つまりこう言いたいんだな?邪教に内通していたのは、冒険者たちや衛兵では無く、ギルドの上層部だ、と」

「はい。筆頭書記官という立場で疑われにくかったのだと考えられます」


 簡易的に、ではあるが、近衛の隊長に対しても、俺たちの仮説を説明する。


「なるほど。言いたい事は分かった。だがしかし、証拠と呼べるものが無いな。今の状態では、君たちが妄言の類を吐いているように見えるし、何より………ギルドは、例の邪教とは敵対関係にある。それを疑え、と言われても、簡単に動ける物でも無いぞ」

「それは…そうかもしんねえけど!」


 実際、貴族の命令を受けて動いているであろう近衛に、この程度の情報では意味を成さないか…。いや。落ち着いて考えれば、そもそもろくに証拠なんて揃っていないのだ。


「まあ、もうすこし話を聞いてあげても良いんじゃないかな?私の言う事を信用してくれるかどうかは分からないけど、その二人は、そこまで信頼できない人間じゃないよ」


 クリフトさんの、俺たちに対するフォロー。この仮説、クリフトさんは信じていてくれるらしい。

 何にしても、この話を補強するような情報や証拠が必要だ。ただ、問題なのは俺たち二人もそれ以上の証拠を知らないという事。

 事ここに至り、熱が冷めてきた、というべきだろうか。冷静になり、自分の発言の根拠の薄さに冷や汗をかいている。

 だが実際、少なくとも俺とレイリの視点において最も怪しいのはクヴィロさんだ。現状でも近衛兵による捜査が続けられている、という事は、密偵がいたということに関しては疑うべくもないのだろう。


「どちらにしろ、今の段階では動くことなどできはしない。・・・・・・・・そこの二人、何か証拠を見つけたのならば、再び報告をしてくれ。町にいる近衛に案内を頼めば、私の所に連れて来てくれるだろうからな」


 そう言って、近衛の隊長は道を歩いてゆく。領主の城の方角に歩いているのは、報告にでも行く為だろうか?だとすると、衛兵隊の詰め所を捜査するのも手づまりな状況を打開するためだった、なんて理由が有ったのだろうか。

 いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。


「………タクミ、ちょっと先走り過ぎたかも知れねえ」

「レイリ…。確かに、そうかも。でも、どうやって証拠を見つける?」

「二人の視点では、もうクヴィロさんが犯人で確定しているんだね。………その人の自宅、分かる?」


 エリクスさんが言っているのは、つまり…。


「自宅を捜査して、証拠を見つけるって事ですか?えーと、とりあえず俺は、自宅の場所を知りません。………そもそも、勝手に自宅の中まで入っていい訳では?」

「ないよ」

「ですよね…」


 この世界でも、そのくらいには人権…この場合はプライバシーを保護する権利を守っているらしい。良い事だが、足かせになる場合もあるんだな。

 だが実際、クヴィロさんが密偵だという証拠が無いのも事実だ。


「なあ」


 レイリが、何かを提案しようとしている。


「取りあえず、クヴィロを観察すりゃあいいんじゃねえか?怪しいと思って見れば、なんかボロ出してる所もあるかも知んねえし」

「………なるほど。確かにそうだね。…そう言えば、そもそもあのとき感じた視線が、クヴィロさんのものだったって事もあり得るのか…」

「ああ、そうか。確かにそうかもな。結局その視線の方向にクヴィロが居たんだし」

「だったら、二人はもう一度ギルドに帰るのかな?」

「あ、はい。早速観察しようと思います」

「いや」

「え?」


 レイリには、何かほかに考えが有るようだ。現状を打開する、画期的なアイデアが他にも思いついたというのだろうか。レイリは、なんだかんだで頭の回転が速いから、期待できる。


「一回飯食ってからだ。………腹減った。もうすぐ運ばれてくる筈だ」

「え」

「ああ、お昼頃だからね。それじゃ、頑張って」


 そう言ってクリフトさんは詰め所の中へ入っていく。

 ………確かに、料理を注文していたけれど。そう思い、レイリの方を見れば、その姿は既になく。

 テラスの柵を飛び越えて、席に座る姿をようやく見つける事が出来た。


「………腹が減っては戦は出来ぬ、とか、そういうことにしておこう」


◇◇◇


 ギルド内。未だにクヴィロさんは売店で店員をやっている。視認しやすいが、この状況で何をする訳でもないだろうと思うと、微妙に歯がゆい。

 ちなみに、昼食はピラフのようなものだった。エビは入っていない。美味しかった。


「やっぱ、普通に仕事してるだけにしか見えねえな…」

「まあ、流石に堂々と悪事を働く訳もないよね。今ここには人の眼が有るし、そうじゃなくても立場上有る程度人を集める事になるだろうし」

「やっぱ、だれも見てない様な場所でやるよな…」


 今のクヴィロさんは、商品の配置を確かめたり、接客したり。何ら怪しい所は無い、普通の店員さんのような状態。

 イマイチ現状を打破するための手立てを手に入れられない状態ではあるが…まあ、諦めず見張っておくしか、今できる事は無いだろう。


「長丁場になりそうだね」

「ま、どうにかなるだろ。………あんな奴らと繋がってるっつうんなら、許しちゃおけねえよ」

「………だよね。頑張ろう。………と言っても、クヴィロさんが密偵じゃないかもしれないんだけどね…」

「そういう事言うから緊張がそがれちまうんだろー?」

「た、確かに…なんかごめん」


 何だろうか、俺って心の底から人を疑うって事をした事が無いのかも。………そんなピュアな心なんて持ってないか、流石に。

 そう、これはむしろ日本人的な感性だろう。疑わしきは罰せず、という、あれ。………これはこれで、嘘くさいけれど。


「………………お二方は、一体何をしているのだ?」


 その時、ふいに背後から掛けられた声に驚きながらも、しかし声は上げず振り向く。そこにいたのは、


「シュ、シュリ―フィアさん…驚かさないでくださいよ」

「さ、流石に今のは心臓に悪かったです…」

「タクミ殿、それは少し某に失礼というものではないだろうか…?というかだな、驚かされたのは某だぞ。会議を終えて外に出たら、友人二人が机の下で固まっておるのだから………何故騒ぎになっていないのだ、これで」

「「う」」


 確かに少しおかしかったか。しかし、隠れられる場所がここくらいしかなかったのだ。………いアマまでは誰にも見つかってはいなかったのだが。やはり、これが守人の実力というものか。


「それで、一体どのような理由でそのような奇行に走っている?意味も無くそんな事をする様な人だろは思っていないが」

「………少し、説明しづらい部分もあるんですけど」


 俺たちがクヴィロさんの事を怪しいと考えている事をミディリアさんに伝える。仮説だ、ということを強く意識しながらだが。ミディリアさんのような守人の影響力が非常に大きい事は分かっている。近衛の捜査を打ち切りのような形にできるのならば、その逆に捜査を始めさせることもできるのだろう。

 だが、証拠が無い今それはまずい。………ミディリアさんにまるで証拠が有るかのような話し方をすれば、強制捜査まで繋がりかねないかもしれなかったからだ。


「そうか………。そう言えば、こちらも、一応、という形にはなるが新たな情報を手に入れたぞ」

「それは、どういう?」

「ああ、この町から逃げて行った奴らが、ヒゼキヤで目撃されたということだ。その人数………八人」

「八人?」

「多くないですか?」

「ああ、某が追っていた時も、その後エリクス殿に追ってもらった時も、数人しかいなかった筈だ。………どこかで合流したのだろうな。ヒゼキヤ側にも既に多く潜入していたと考えれば、何処までも恐ろしい組織と言わざるを得ないが」

「………ちなみに、その後の足取りは?」


 俺の問いかけに、シュリ―フィアさんは首を横に振ることで否定の意思を返した。


「またもや見失ったらしい。こちらから離れたのか…人員を補充して、またもやロルナンに潜伏しているのか」


『監視が強くなっている今のロルナンに潜伏できるなんて、考えたくは無いのだがね』と、シュリ―フィアさんは言った。


「………安心できねえなぁ…」


 全くもって同意である。


「しかし、ロルナンのギルドでは重役と言ってもいい男だろう?彼は。そこまで容易く裏切れる訳でも無ければ、それを見破る事もまた容易くは無い事だと思うがな」


 シュリ―フィアさんが、椅子に腰かけながら俺たちの疑いへと疑問を投げかける。


「そうなんですよ。………言っちゃあなんですけど、今のアタシ達は、クヴィロが情報を知れる立場にいて、邪教に対して謎の好感を持っているってだけでここまで疑ってますから」

「俺としては、後者の怪しさはかなりの物だと考えています。ただ…どちらにしても、密通そのものに関する証拠は皆無なんですよ」


 俺たちの今の行動が、決して確実なものではないのだと、シュリ―フィアさんに口にする。少し怪しい、というだけでここまで人を疑うのも、おかしな考え方だと思わない訳ではない。だが、現実としてこの町の中には未だ密偵が居るというのだ。


「…まあ、あまりおかしなことでも無いとは思うがな」


 だからこそ、シュリ―フィアさんの言葉が、基本的にこちらを否定してはこない事にかなり心は楽になっている。恐らくは、レイリも。


「結局、この町に密偵が居るということについては先程行っていた会議でもほぼ間違いないとされている。邪教の者自らが、組織の中に潜入できるとは思えないからだ。脅されていたのか、町に恨みでもあるのか、或いは、最近邪教に入信したか…流石に、後からどんな信仰を持つようになったか、なんて物を調べられる訳ではないのだからな」

「ああ………そうか、密偵だからって、悪人とは限らないのか。家族を人質にとられていたりすれば、情報を漏らすことだって」

「あり得る、か…。やっぱ胸糞わりぃ…けど、それでもアタシはクヴィロが怪しいと思うぜ」

「えーと、俺が聞くんじゃ元も子もないような話だけど、どうして?」


 俺がそう問うと、レイリは俺の顔を見ながら僅かに首を振り、


「タクミが、何かを感じてクヴィロに危険性を感じたっていうなら、やっぱあいつが密偵なんじゃないかと、な」

「………俺、そんな第六感みたいなもの持ってる訳じゃあないんだけど」


 瞬間的なひらめきだけで犯人が分かってしまうような高い知能を持った覚えはない。何でレイリは俺にそんな信頼を持っているんだ?


「そんな事言ったって、タクミは瘴結晶の埋まってる場所見つけたり、皆の病気の原因見つけたり、ちょっと前の話をするなら、瘴気汚染体を最初に見つけたのもタクミだって聞いたぜ?………ここまでやられると、なんか危険を察知する能力でもあんじゃねえのか、って思う」

「いやいや………………確かに出来過ぎのようにも感じるけど。でも、俺にそんな能力なんてないよ。それに、瘴気汚染体の話以外は、頭で考えたり、普通に目でとらえたりしただけだし」


 アリュ―シャ様からも、そんな能力貰ってはいない。………最近夢の中でも現れないな。顕れない、というべきだろうか?まあ、いい。恐らく、俺はもう既にアリュ―シャ様からすれば終わった仕事の様なものなのだろうから。

 しかし、本当に出来過ぎているような状況だな。運が良い…ということにしておこう。俺が幸運になったのかは分からないが、救えた人が居るのなら、嬉しいし。


「………ふむ、まあ、天性の物もあるからな。巡り巡って、悪い状況から少しずつ離れていくような流れを作れるのかもしれないよ」

「どう考えても買いかぶりすぎですよ、シュリ―フィアさん。………でも、どうしましょうか。全くもってこの状況を打開する方法が見えません」

「だよな…」


 自宅に押しかけられれば、はっきりするような気がする。堂々と証拠を置いている筈もないだろうが、例えば邪教に入信したてだというのならば、紅色の服が出てくるかもしれない訳で。


「………話は変わるが、エリクス殿を見かけなかっただろうか。待っている、と言っていたのに、何処にもおられない」

「「え?」」


 記憶を探る………確かに、俺たちがギルドに入って来た時もエリクスさんの姿を見なかった気がする。でも、そんな事が有りえるのだろうか?だって、あのエリクスさんだぞ?シュリ―フィアさんに『待ってる』、と言って、そのくせいなくなる、なんて事が

 ………有る筈、ない。


「………あり得ねえって。兄貴がシュリ―フィアさんを置いて、どっかに行くだと………!?」

「その言い方、微妙にエリクスさんにも悪い気がするけど…同意見」

「昼食を共にする、と決めていたのだが。やはり遅くなってしまったから、どこかへ食べに行ってしまったのだろうか…?」

「「いや、それはない」」

「ぬ?そうか」


 少し口調が本来の物になってしまっていたが、仕方がない。

 だって、シュリ―フィアさんとご飯の約束まで取り付けているのに、あのエリクスさんがそれを放棄するなんて…ありえないだろう。となると、何らかの理由が有るのだろうが…。

 この場にいないのは、事実だった。


「兄貴…一体何処行った?何やってんだよほんとに…」

「よっぽどの理由が有るってことなんだろうけど…だとしたら、探した方が良いかな?」

「まさか、何か事件が起きたのか?」


 エリクスさんを捜索するかどうかを話していたその時、


「す、すみませんシュリ―フィアさん!遅れました!」

「「「あ」」」


 エリクスさんが、ギルドの扉を開けて風のように入ってくる。そして、勢いをそのままに俺たちの下へ…正確には、シュリ―フィアさんのもとへと行った。


「なにが有ったんだよ兄貴」

「なに!?レイリの声が…何やってんだお前。タクミまで」


 ………そろそろ、机の下から出た方が良いだろう。

 椅子をどけて、這いずりながら外へ出て、椅子に腰かける。二人とも、呆れた目で俺達を見て来た。


「なにをやりたかったのかは知らねえが…聞いてくれ、また奴らが居た」

「奴ら、って…邪教か!?」

「声がでけえよ。…ギルドの外に、紅い色した人影が見えてな。まさかと思って見に行けば、案の定だよ」

「一度逃げたのに、またこっちに戻って来たって事ですか?………また何かしでかす?」

「目的が分からない、というのは実際に痛いな。………気を張っておこう」


 何処までも邪教の事ばかり起きている気がする。当然、悪い方向へと向かう物ばかりだ。


「で、お前ら二人は何やってたんだ?」

「ああ、聞いてくれよ兄貴」


 エリクスさんにも、机の下に潜るに至った経緯を解説する。


「面倒なことになってるな。そう簡単に証拠を上げられる訳でもないだろうし…」

「辛抱強く観察し続けるしかないかな、と思ってます」

「筆頭書記官なんて、仕事でもそこまでかかわる相手じゃねえからな…つうか、観察するなんて言っても中で仕事している間は無理だろ。どうすんだ?」

「………………どうしましょう」

「タクミ、お前は行き当たりばったりが過ぎるぞ。もう少し先を見るようにしろって」

「はい…」


 本当に穴だらけの計画だ。………やはり知能は低かった。しかし、どうすればいいだろうか。

 俺が悩んでいると、エリクスさんがこちらへと顔を寄せて、


「家に押し入るのは駄目だろうが、家を見張っておくのは良いんじゃねえか?」


 と言う。

 ………なるほど!


「仕事場では邪教と取引なんてしない。むしろ、何かを行うならばプライベートな場所だろう。隠れ家などを持っていたとしても、家とギルドとの間で空白の道のりがあれば、それを突き止める事も出来る…。ふむ、エリクス殿。なかなかに良き案だ」

「ありがとうございます。シュリ―フィアさん」

「………まさか、兄貴がここまで頭を働かせるとは」

「…恋の力?」


 二人に聞こえないように、小声で話す。………恋って、素晴らしい。



 実際、証拠が足りないような状況で、さらには現状その場では窃盗以外の被害は出ていない、ともなれば、無理を通してまで強制捜査はしないように思います。

 衛兵隊は、領主の管轄でしたし。


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