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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第二章:紅を知る、生活と別れ
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第十九話:視線

「そもそも、二人の実力そのものがランクを上げるに足るものかどうか、という所を考えればやはりまだ足りていないの」

「おう。兄貴と同じような奴相手に出来る、なんていうふうには、流石にアタシだって考えちゃあいねえよ」

「だから、とりあえずランクを上げはするけど、自分で大丈夫って思えるようになるまでは、今までのランクで頑張っていなさい」


 …書類上のランク上昇に抑えろ、と、そういう事だろう。

 無理をする必要はないのだから、こちらとしてもその方がいい。それに、この言い方を考えれば、ランク上昇時の試験的な依頼を受ける必要も無い、という事だろうし…強制的に受けさせられるものだったか?あれ。


「さてと。じゃ、今日も頑張ってね」

「よし。こっちも本来の目的に帰るぜ………なあミディ、適正ランクDの忌種討伐依頼って、今うちのギルドで取り扱ってたか?」

「ああ、あるわよ。多分」

「多分…また適当な管理だな。というか、依頼をきちんと整理しとけよ。正直あの状態じゃあ依頼を探すのにばかり手間がかかる」

「ごめんね…でも、依頼の数ばかり多過ぎて、面倒なの」

「何でそれでまかり通っちゃうんですか…?」


 システムが不思議だ。ギルド長なら、そういう所も厳しくやりそうなものだけど。…や、もしかしたら、それでも対処のしようが無い量なのかも。

 しかし、ある意味で今回のランク上昇って棚から牡丹餅みたいな物だよな。だって、邪教んついての知識を得られたのだって、シュリ―フィアさんと知り合いだったってだけが理由とも言えるわけだし。

 ………………あれ?よく考えたら、この邪教の事って、なんだかんだで大勢の人が知っているんじゃないのか? 

 だって、門前の広場で守人が誰かと戦った、くらいの情報は広まっていそうだし、近衛兵だってあんなに堂々と捜査もしている。事情聴取をしたというのならば、当然多少は情報も漏れてしまうだろうし…。

 気になる。


「…あのー、ミディリアさん。結局、あの邪教について、ってどのくらいに人が知っている事なんですか?今回俺たちは、奴らの事を知っていたからランクが上がった訳ですけど、近衛兵の人とか、シュリ―フィアさんとの戦いを見ていた人なんかは奴らの存在に気が付いていると思うんですけど」


 俺の質問にミディリアさんは、「うーん」と首を捻り、数秒の間をおいてから、


「結局、それがどんな組織か、ってところまで知ってる人は少ないんだと思うわよ。近衛や衛兵だって、きっとっかりと実態まで聞いてるのは上層部だけ。冒険者には、そこまで調べる方法が無い。ギルドの職員は…普通、ギルド長と、副ギルド長。筆頭書記官の二人、くらいのものね。ああ、勿論領主さまだって知ってるわよ」

「………名前だけ聞くと多そうにも感じますけど、やっぱり一部の人しか知らないんですね。情報の内容は?」

「それこそ、私が前に話した以上の事なんてずっと限られた人たちだけよ。領主に、ギルド長、近衛・衛兵隊長…この町でも絶対に、十人を超える事は無いわね」


 すると、レイリが疑問を持ったようで、


「なあ、何でそんだけの人間しか情報を持ってないんだ?そりゃ、前に、住民を怖がらせないために、とは言ってたけど、それにしたって、最初から徹底的に周知させときゃ話は別だろ?」

「ああ…確かに、危険な連中だって全員知っているなら、ある程度冷静な対処もできるでしょうし、そもそも邪教側もまともに行動する事も出来ない筈です」


 俺たちの疑問を聞いて、しかし、ミディリアさんは表情暗く首を横に振る。

 それはつまり、その情報を大勢にさらすことは許可されない、あるいは、危険であるという事も示す。


「それ自体も、既にほとんどなかった事にされようとしている物なんだけど…帝国のとある貴族が、邪教に関する情報を領民に公開しようとして………その前日に、惨殺されて発見されたわ。それ以来、最早奴らの情報をさらす事は禁忌扱いよ。

そもそも、私だって前にあの話をした時も、かなり怖かったんだから………」

「………すまんかった、ミディ。そのあたりの話って、アタシ知らなかったから…」

「すみません。もう、あまりこの話については触れないようにしますので…」


 ミディリアさんに謝罪をし、案内されるに従って部屋から出て、そのままギルドの広間へ。ミディリアさんは、その後再びギルドの奥へと帰った。


「………ミディ、自分で気づいてたかは知んねえけど…ありゃ泣きかけてた、よな?」

「うん。………もしかすると、邪教についての事って、しっかりと情報を教えられている人からすると、かなり触れたくない類の話題なのかも…」


 思い返せば、シュリ―フィアさんからして奴らの情報は、どうにも比喩的表現ばかりで構成されていたようにも思える。それと比べれば、ミディリアさんからの情報は詳細なことこの上なく、それ故に、負担も大きかったと、そういうことになるのではないだろうか。


「なんだかんだで、詳しい事を知っている奴は全員嫌悪してる、ってことだよな?シュリ―フィアさんも、相当に憎んでたみたいだし…闇は深けぇな、全く」


 全くもってその通りである。聞いた感触からして、組織そのものはかなり昔からあるんだろうし、それでも根絶できていないという事は、もうすっかり蔓延ってしまっているという事なのだろうから。


「………よし。それじゃあ、依頼を受ける事にしよう。今はまだ、俺たちにできる事もそう多くは無いと思うから」

「………それもそうだな。ああ、でもちょっと待ってくれ」

「ん?他にやる事、とかって有ったっけ?」


 レイリ自身も、これから仕事を受けに行くような事を言っていた筈だが…あー…。


「もしかして、エリクスさんに報告?」

「ほばッ?!バッ!違、違うわ!」


 違…っていないのだろう。間違いなく。なんだかんだで仲がいいのだ。純粋に報告か、場合によってはちょっと自慢混じりに、ということもあり得る。


「じゃあ、一回エリクスさんを探しに行こうか」

「だから何で…いや、まあ良いけどよ」


 ここで、「素直じゃないなぁ」、なんて心情を少しでも口に出せば、恐らくはなかなかに拗ねてしまうだろう。当然、黙っておくべきだ。


「シュリ―フィアさんと一緒にいるんだろうけど…あ!」

「ど、どうしたタク…あ!」


 ………古き良き、噂をすれば何とやら、だ。


「それで、シュリ―フィアさん。今日は何の用が有ってギルドに?」

「いや、いい加減に奴らの目的を探らないといけないのでな。それ故に、ギルドとの連携を取ろうと…む!おはよう二人とも!」

「ん?おお、まだギルドにいたんだな二人とも!」


 何というか、しかし、本当に…。


「間が良すぎる…」

「本当に、お二人ともなんてタイミングの良さだ…」


 驚かされてばかりである。


「ん?なんだ、用でもあったのか」

「ん、まあ、一応」


 エリクスさんとはまだ距離が有ったのだが、呟いた程度の声でもしっかりと聞きとっているあたり、本当に耳が良い。


「さっきな、アタシCランクになったぞ」

「………なにぃ!?」

「タクミはDランクだ。ふっ、コンビで兄貴を抜いてやるぜ」

「く、くそっ!こうなったら、どうにかして前のコンビと連絡取ってやる!良いか!あいつは俺と同じくらい強ぇえんだからな!」

「何でかませ犬みたいな発言するんですかエリクスさん…」


 どうやら自覚は無いようなので、結構本気でこの発言が出てきているようである。

 …しかし、エリクスさんのコンビについての話って、聞いた事が無いな。確かに、エリクスさんにもコンビはいたのだろうけど。妹にその制度を進めるくらいなのだし。


「………もしかして、某が例の邪教について貴殿等に話してしまったのがいけなかったのだろうか…?す、すまない。どうやら迷惑をかけてしまったようで」

「いえいえ、俺達としても、ランクが上がったこと自体は良い事ですので」

「そう言っていただけると、有難い」


 というか、あの状態でシュリ―フィアさんから何の説明も無い、という場合の方がもっと混乱しただろう。

 …ふと、視線を右側から感じた。それはシュリ―フィアさんも同じだったらしく、そちらを見る。

 だが、特に怪しい様な人物は見当たらない。そちらは、例の商店が有るのでそこに隠れているかも知れないが。


「………今のを感じたか?タクミ殿」

「はい。何と言うか、粘っこい感じの…あんまりいいものでは無かったです、よね」


 エリクスさんもレイリも、話に夢中で気がつかなかった様子。

 ………何というか、気持ち悪いな。


「あ、シュリ―フィア・アイゼンガルド様。こちらへどうぞ。ギルド長がお待ちです」

「む?そうか。エリクス殿!某は話し合いの方へ行かせていただく。貴殿はどうする?」

「あー…ここで待ってますよ。どうせ、今日もあんまりやる事は無いですから!」

「そうか、それでは少し待っていてくれ!」


 エリクスさんとそんな会話をして、シュリーフィアさんはギルドの構成員さんに連れられてギルドの奥へと入っていく。

 エリクスさんは、まだレイリと…意地の張り合いを続けている。どっちが強いのか、とか言う内容ではない。それはもう、エリクスさんが強いと決まっているから。むしろ、どちらが先にBランクになるのか、という事を言い合っているみたいだ。つまりは、レイリがこれからものすごく強くなる、ということだ。

 同じ事を、既に何週か話しているようだが…一向に終わる気配がない。そこに水を差す訳にも行かないので、

 さっきの視線の持ち主を、探すことに決めた。

 まあ、あくまでもギルドの中での話だ。そこまでの危険にもなるまい。


「商店の中…だったかな?でも、あそこ」


 前にプレストプレート買った時よりも、何故か大きくなっているんだよな…。

 別に前兆とかはなかった。でも、今日来たら既に、以前の数倍の面積を持っている事が見て取れた。

 横も広いが、錯覚の可能性もあるにしろ奥行きすら増えているように見える。

 当然、人が隠れる事が可能であろう商品の陰なども大量に増えており、これは非常にめんどうだ。一人で、となると見つけられるかどうかも分からない。分からない、が…それはそれで好都合。相手が、見つからずに逃げられると思えばきっとこちらに手を出すことなく出ていく。後は、それを見逃さずにいれば…って、それはそれで難しいか。

 まあ、先ずは行ってみよう。


「いやしかし、実際品ぞろえすごい増えたな」


 以前よりも、圧倒的に商品の数も種類も多い。…服とか、予備の鞄とかも買っておこうかな。もちろん今ではないが。

 商品の棚をかき分け、前へと進む。

 棚をかき分けなければ前に進めない、という事実に、このギルド内における整頓、という思考の足りなさにも気がついたが、恐らく手遅れなのだろう。こうなってしまっては、そう簡単に治る事もあるまい。

 ………怪しい人物、というのは、いないな。

 客は三人。見知った顔ではないが、冒険者の顔ぶれなど、常に変わる。護衛依頼で訪れた者や、旅人のような生活をする者すらいるという話だ。これで怪しいかどうかと言われても、正直判断は出来ない。

 今、粘ついた視線を感じる訳ではない、というのもある。その三人…正確には、二人と一人、二組の客は、全員が商品を見ている訳で。何処にでもいそうな冒険者Aとしか映らないであろう俺の事など、意識にすら入れていないのではないだろうか。

 こうなってくると、俺では無くシュリ―フィアさんに対して、あの視線は向けられていた、と考える方が自然…いや最初からだが。だがどちらにしろ、その理由は分からない。

 こりゃ手詰まりだ。そもそも、視線を感じたからなんだ、という話でもあるのだから。


「駄目だな…見つかる訳もなかった」

「なにが駄目だったんでしょうか?」


 突如、背後から声をかけられる。驚いて振り向くと、


「あ、クヴィロさん…」

「どうも、タクミさん。何をお求めでしょうか?」

「あー…実は、買い物をしに来た、という訳では無くて、ですね…。す、すみません」


 俺のその言葉に、当然ながら首をかしげるクヴィロさん。まあ、店にいるのに目的は買い物ではない、という俺の方がおかしいのだ。しかし、本来の目的を言った所で、理解は得られそうにもない。


「ああ、冷やかしに来たという訳ですね。確かに、王国側からも物資等が多く届きまして。急遽店舗を拡大していますから、品揃えだけを見にくるお客さまもいらっしゃいます」

「え、これ、救援物資みたいなものなんですか?」


 実際の所、販売という形になっているのだからそれそのものという訳でもな筈だが…。いやしかし、


「届くの、早くないですか?王都って、かなり遠いんでしたよね?こんな量の荷物を用意して、更に運んで…と考えると、もう何日か掛かるんじゃあ…」

「まあ、瘴気汚染体が大量にいると分かった…つまり、守人の派遣を決めた時点でこの準備もしていたんだと思うよ」


 ………まあ、分かるか。しかし、以前クリフトさんはこの国の貴族は腐っている、とかそんな事を言っていたと思うが、流石に国民の救済を放棄するほどではなかった、という事だな。なんか、ちょっと安心だ。

 なんて、例の視線の事も忘れて商品棚を見上げていると、


「そう言えば、タクミさんは例の組織と戦ったんですよね?」


 と、突然クヴィロさんから新しい話題を振られ、少し動揺する。例の組織?と、少し悩んだが…思い当たる事なら一つ。


「ああ、はい。組織というか、その一構成員と、って感じでしたけど。それも、俺自身では無くシュリ―フィアさんが主だって戦っていましたし」


 あの邪教の事だろう。組織、というとなんだか大人数な気がして困惑もしたが、確かに間違ってはいない。


「そうか…。今回は、戦いに来たという訳でもないから、どうにか無事ですんだね。既に聞いているとは思うけど、あの組織の力は強大だ。ずっと昔から活動を続けてきて、今の今まで一度だって壊滅の危機というものに合っていない」

「あ…確かに、そんな話も聞きました。人的被害も大きい、と言っていますしね」

「………そうだね。彼らにも目的が有るけど、だからって無関係な人の命を奪うのはいけない。でもまあ、死人の方が少ないのだけど」

「それはそうかもしれませんけど………どちらにしろ、人に迷惑をかけていることには変わりませんし」

「………………っ………」

「え?」

「いえ、何でもありませんよ。

 ただ、どの組織にも組織なりの主義主張というものはあるものです。それを、無下にすることも無いとは、私は思いますがね」

「は、はあ………」

「それでは、私は職務に戻らせていただきますので。ごゆっくり」


 あれ?クヴィロさんって筆頭書記官だったよな?という事は、邪教についてミディリアさんと同じくらい知っているだろうに、嫌悪感が薄いような…?

 …まさか!


「………ミディリアさん、娘だからってギルド長しか見れない様なレベルの情報まで見たの…?」


 だとすると反応の違いも分かる。ミディリアさんは真面目だが、思考は柔軟だ。父親を頼ったり、場合によっては情報を盗み見たり、なんてこともありえるだろう。


「それにしては………何か、違和感はあるけど」


 言葉にはできないな。うーむ…しまった!

 咄嗟に店内を見回すが、既に先程までいた客も誰もいない。いくら犯人の特定が難しいからって、気を抜いて相手のしぐさすら見逃すとは…大失敗だ。気が滅入る。


「お、タクミ!こっち来いよ!仕事探そうぜ!」

「あ…分かった、ちょっと待ってて、レイリ!」


 取りあえず、買い物も後回しだ。今から遠出、服以外荷物を増やす理由はないし、少なくとも一度はヒゼキヤに寄るのだから。


「よし、何か忘れた物が有るわけでもないし…」

「タクミも手伝えよ!全然見つかんねえ…ヒゼキヤ行きなんていくらでもあるだろうが…」

「え?そんなに見つかんないの?………うわぁ」


 いい加減にこの依頼の乱雑さをどうにかするべきだと思うのだが…。まあ、とりあえず今はヒゼキヤ行き護衛依頼を探そう。

 護衛依頼を受ければ報酬が手に入り、そうでなければ乗合馬車の代金が出ていく。ここで依頼を受けないという訳にはいかない。

 いかない、のだが。


「あった!…明日か。次!」

「これは…一週間後か。論外だね」


 都合のいい依頼が、見つからない。

 いや、依頼に都合のよさなんて求めるのが間違っている、というのは分かる。分かるのだが…一度効率の良さというものを知ると、もう戻れない。


「………もうこれしかねぇな。夜に出るのは面倒だし、明日の朝にしよう」

「そうだね…。朝一番から来てるのに、ちょっと時間が足りなかったか」

「くそ…ランクさえ上がらなけりゃあなあ」

「それを言い出すと元も子もないんじゃないの…?」


 ランクを上げる為に依頼を受けている面もあるのだから。


「どうする?結局今日も暇だぜ」

「暇だぜ、って言った日にはもう忙しくなるのがお決まりになってきていると思うけど。取りあえず、町に出る?」

「おう」


 ギルドの外に出れば、既に火も高い。まだ、朝の範疇だったが、もう二刻もしないうちに正午だろう。


「とりあえず、どっか休める所に行こうぜ。こんな時間に、家に帰る気は起きねぇぜ」

「じゃあ、ちょうど良い場所でも探そうか」


 流石に食事にはまだ早い。公園…なんてものは無いが、広場にでも行って屋台なんかを覗いてみようか………………。

 違和感。

 拭えない違和感を、感じる。


「何だろうか…」

「ん?どうしたタクミ」

「いや、なんかさ、さっきクヴィロさんと話してたんだけど、それからずっと違和感が有って」

「クヴィロ?って、誰だっけ?」

「あの、眼鏡の筆頭書記官さん。男の人の方」

「ああ…あっちな。で、どんな話してたんだ?」

「商品が増えた、って言うのと、例の邪教について」


 前者に関しては、関係ないだろう。妥当とは思える理由だった。少なくとも、こんなに違和感が長引くとは思えない。つまり、


「クヴィロさんの邪教に関する説明に、何か違和感を感じた、というか」

「………アタシが分かるとも思えんが、聞かせてくれよ」


 何時かのように、広場の屋台で果物を買って、人気(ひとけ)の少ない方へと歩く。事が例の邪教にも関わる話であり、結局奴らが何処にいるかもわからない現状、見晴らしが効く上人の少ない場所を探した方がいいと考えたからだ。

 選んだ場所は、屋台の列の、その後ろ…つまりは壁際だ。


「で」


 ペクリルを齧りながら、レイリが切りだす。


「どんな話だったんだ?違和感を感じてもその原因は分からない、って事は、そんなに単純な話じゃないだろ?」

「うん。そもそも話したきっかけは、シュリ―フィアさんと話してるときに変な視線を感じたから、なんだよね。それで、その視線の方向には売店が有った」

「…兄貴と話してたから、分かんねえな。で、今の店員があいつか。それで?」

「結局視線の出どころが分からなくて、どうしようかと悩んでいた時に後ろからクヴィロさんが話しかけてきた。と言っても、普通に店員として。『何かお探しでしょうか?』なんていうふうに」

「そりゃまあ、アタシだって客が悩んでいるように見えたら声かけるだろうな」

「うん。で、品揃えが多い、とか、そんな話をしてたんだけど…こっちは関係が無いと思う。問題なのは、その後。邪教と戦った、って事について、何故かいきなり聞いてきた」

「いきなり…って、何の前触れもなしにか?」

「うん。ほんとに唐突で…『そう言えば』、なんて、突然言われた事を考えれば、一番最初に違和感を感じたのは、多分この時だと思う」


 そうだ。俺自身は邪教についての話など口にしてはいない。なのに、『そう言えば』、なんて無理に話題をそっちに持って行った…何故だ?


「………いや、そもそもアタシとタクミが邪教の奴と戦った、ってことくらいそいつも知ってる筈だ。筆頭書記官何だろ?だったら、その辺の情報も管理している筈だぜ。なにしろ突然コンビが同時にランクを上げるんだ。理由だって目を通す筈だぜ」

「だよね…。だとすると、何でそんな事聞いたんだ?………それで、話の続きだけど。今回の邪教は、戦いが目的じゃないから無事だった。とか。後は、ミディリアさんが言っていたのと同じで、組織の力が強大、とか、歴史の長い組織だ、とか」

「ん?………ああ、確かに瘴結晶を奪って帰ったんだしな。そりゃそうか。………町に攻め込んでくることもあり得るって事か、こえぇ…」


 一人一人があの戦闘力だとして…それが大勢で攻めてくる、と考えれば、確かに恐ろしい。それをしない、という事は、頭数(あたまかず)自体はそれほどでもないのだろうか。


「後は、あっちにも主義主張はある、とかだったかな。どう思う?」


 大凡、クヴィロさんとの会話の内容すべてを伝え終わってレイリの表情を見れば、違和感というよりも、疑問を感じているような表情で。

 それはつまり、思考が有る程度形を持っているという事ではないだろうか。


「レイリは、何か気がついてる?」


 再度問いかけてみた。すると、


「いや、何が分かってる、ってわけでもないんだぜ?でも…」

「うん」

「多分、そいつ邪教の事そんなに嫌ってねえ」

「………ええ?」


 いやいや、一応邪教と対立している事にもなるであろうギルドの職員が、邪教に嫌悪感を抱いていないなんて事は…


「あり得る、か。確かに、邪教と呼ばない、出来る限り肯定しようとする、悪い面を見ようとしていない…いや、これはもう間違いないかも」


 どう考えてもクヴィロさんは、邪教に対し悪感情を抱いていない。抱いていない、というと言い過ぎになるかもしれないが、しかし同じだけの情報を持っているだろうミディリアさんとは反応が違い過ぎるのは、事実である。


「そんな奴もいるんだな…まあ、違和感については解決できたか?」

「うん。クヴィロさんの邪教に対する接し方が俺達と違ったのが原因、って言われればしっくりきた。なんだかなぁ…って気持ちにもなったけど、取りあえずは解決」


 クヴィロさんが悪事を行っている訳ではないので、まあ、俺たちがどうこう言う事ではない。趣味趣向は自由…限度はあるとも思うが。


「あー…何かもう、何を聞いても邪教の事が頭に浮かぶぜ。全くもって迷惑な奴らだ」

「確かに、一度邪教の話を聞いてからずっとその話ばかりしてる。………何か、それはそれで精神衛生上危険な気がしてきた」

「もっと別の事話そうぜ…!」


 という訳で、昼ごはんは何にするか、という内容に。魚が危険だ、という情報は既に知れ渡った様で、もう野菜などは買い占められている。レイリに貯蓄はあるのかと聞けば、芋は家に、漬物などは購入可能と聞かされた。しかし、


「さすがに昼飯まで自分で作るのは面倒だぜ。どっかで食えねえかな…」

「レストランも開いてない所が有るからね…。探してみる?」


 そこまで決まれば話は早い。立ち上がり、町の中心へと向かうだけだ。


◇◇◇


 さて。


「………これは、また」

「よくやるわ…」


 町を歩く俺たちの前に現れたのは、


「もう一度改めさせて貰おう」

「いや、昨日正式に調べ終えていましたよね?」


 昨日と同じように、詰所の前でにらみ合う衛兵と近衛…違うのは、クリフトさんが直々に立っている、という事だろうか。近衛の方は変わっていない。恐らく、あちらもあの男性が隊長なのだろうが。


「あ…捜査に行き詰ってるのかな?」

「密通してたのが誰なのか、なんて、そう簡単に分かる事じゃあないだろうしな」


 ちなみに、大声になっていないからか、それとも連日だからかは分からないが、人だかりというほどの物は出来ていない。せいぜい道を歩く人の視線がそっちに向いている程度。

 何というか、大事にはなっていないという空気が伝わってくるのだ。どちらが意見を引くのか、という所までは分からなくても、理性的に話を進めるであろう空気が。


「まあ、近衛だってあの女からの命令受けてるんだろうしな。逆らう訳にも…これ以上は聞こえるか」

「あの女、とか貴族の人に向かって言うのは危ないって」


 少し距離を取ろうとし…ちょうど良い所に、軽食屋の様な物を見つける。道にせり出すテラスまであるのだから、カフェ、なんて言うべきかもしれないが、


「お、あの軽食屋なんかちょうどいい。結構うまかったと思うし、あそこにしようぜ」

「うん、いいよ。お勧めとかある?」

「そうだな………」


 レイリを始め、皆が日常会話の中であまり英語を使わない事に気がついた。そういう文化なのだろうか?

 ギルドとか、ランクとか、カードとか…もしかして、ギルドの本部が有る場所はこの世界で言うアメリカの様な所なのだろうか?

 ………どうでもいいことか。


「じゃあ、これ二つで」

「かしこまりました」


 意味のない思考をはばたかせているうちに、レイリは注文を終えていた…というか、二つって事は俺の分まで注文してくれているらしい。有難い。それがお勧めの品という事だろう。


「どぅわっ!!」


 ………レイリの突然の大声に、思考が固まった。多分体も。


「…ど、どうしたの?レイリ、そんないきなり立ち上がって」

「ちょ、ちょっと待っててくれ!確認しなきゃいけねえ事が出来た!」


 レイリはそう言い、テラスの外へ手すりを飛び越えながら走る。向かう先は、………近衛の、隊長?


「――――――!?」

「―――?」

「―――――――」


 ここからでは、もう何を言っているのか分からない。調理の音が大きすぎた。正直、近くに行って話の内容を聞きたいと思うのだが………。


「食い逃げ扱いされるかもしれないし、待っておこう」


そのまま、二言、三言と会話…というより、何かの疑問を解消し続けて、そして、


「タクミ!!」


 両腕を振って、レイリが俺を呼ぶ。

 急ぎの様なら仕方ない。俺も行こう。

 手すりを乗り越えて、レイリの下へ走る。


「なに!レイリ!?」

「近衛は筆頭書記官の捜査をしっかりしてない!だとすると、今回密通していたのは!」


 立ち止まると同時、脳をしびれるような感覚が貫いた。

 全ての疑問が解消されるような感覚、つまり、


「犯人は、クヴィロさんか…!」




 冬期休暇に入りました。頑張ります。


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