第十七話:広がる疑惑
数分で、走ってなどいられなくなった。歩く人の数が多過ぎる。その上、だれもかれもが町の中心へと向かおうとしているようだ。ただ、そこから逃げてくるような人や、悲鳴なども無いので、恐らく争い事が起きている訳ではないのだろう。
………それが分かっていても、尚騒動の中心に向かおうとする俺とレイリには、彼らの事を迷惑がる権利なんてなかった。いやはや、皆考える事は同じなようである。
「しっかし、流石に何が起こってんだか分かりゃあしねえな。声は聞こえてっけど、あんまり人が多過ぎて何言ってっかわかんねえし」
「そもそも、いくらなんでも人が集まりすぎだよね。前に進むのすら辛くなってきたよ?………口喧嘩にしろ、やっぱり規模が大きいよな」
声が枯れたり、とかしないのであろうか?もう十分以上同じ声で言い争いが続いているのだ。何度も何度も大声を張り上げて、それでも尚続けるなんて…よっぽどの事が起きているのだろう。
その後、大凡二十分ほどたったころだろうか。
ようやく言い争いの内容が聞こえて来た。ついでに言えば、それを聞いて各々話す人々の声も。
「隊長が密偵なわけがないだろうが!貴様ら貴族の直属だからって調子乗ってんじゃねえ!」
「何にせよ、先ずはその隊長を出せと言っているんだ!そうしなければこちらとしても、証拠隠滅を図っていると判断せざるをえんぞ!」
言い争いの中心は、衛兵隊の詰め所。つまりはこの町の衛兵たちの拠点だ。そして、この騒ぎの内容から推測するに…。
「クリフトさんが、スパイだって言ってるのか?」
「あれ、ウェリーザ伯の近衛兵だぜ。………あの女、どういう根拠が有ってこんな事やってんだ?」
「ウェリーザ伯、って言うと、この町の領主さまだよね?その人の事、少し知ってるんでしょ?」
レイリは何度か、その貴族の事を自己顕示欲が強い、というような感じで表現していた。不敬罪だか何だか知らないが、そんな罪に引っ掛かりそうな行動ではあったが、逆に言えばそう思う程度に個人でもかかわりが有るって事だろう。
「ああ、ま、なんだかんだで馬鹿じゃないんだ。結構先を読めてる政治をする…いや、これについては人から聞いた話だが。
後、腹の底でどう思ってるかはおいといて、少なくとも外づらにおいては冒険者でも差別はしない。
で、後は自分の策が成功するたびに異様なほど自分の事を褒め称える」
「………ああ、何となく伝わってきた」
要するに、昔漫画なんかで良く見た、一種イメージ通りの『お―ほっほっほ』なんて感じの貴族なのだろう。いや、思い込みは危険だが、今直接関わる相手でもあるまい。
それはおいといて…つまり今の状況、クリフトさんがスパイ容疑をかけられている、というのには、レイリ視点からすれば一応何らかの根拠が有って疑われているということだ。
スパイ、と聞いてもすぐには何もクリフトさんとは結び付かなかったが、良く考えると一つだけ。
「クリフトさんは帝国出身だったんだよね?だとすると、今回の容疑って」
「間違いなく帝国から放たれた密偵扱いされてるってこったろうな」
つまり、敵国のスパイが重役についているという状況だ。それは領主として看過できるものではないだろう。
だがしかし、
「今クリフトさんが疑われる理由ってのも良く分かんねえな…?だいたい、クリフトさんを隊長に任命したのだってあの女だろうに」
「やっぱり、突発的に疑いをかけられてて、だからこそあんないい争いに発展しているっていう事だよね…」
そりゃあ、衛兵隊の人たちが憤るのも分かるという話だ。もちろん、これで突っぱねるのも危ないのだが。
何せ、いくら突然だからと言っても貴族からの調査、それはすなわち、日本で言えば省庁の調査のような物だろう。それを各市町村の役所が勝手に突っぱねれば、何かを隠しているとみられて当然。
「どんな形にせよ、クリフトさんが出て来ないと何も話が進まないんだろうな、これ。………こんな状況に気がついたら、クリフトさんならすぐに出てきそうなのに」
「今は詰め所にいなかった、ってのがまともな理由だろ。実際、クリフトさんはよく動く。町中警備してまわってるからな。但し、通信板は持ってる筈だ。すぐ来ると思うぜ」
「とすると、今ここで叫びあってるのは?」
「無駄だな。詰め所にいないって伝えてないんだろうが、それでここまで大騒ぎになったら、クリフトさんも簡単にこられねえだろうに………」
当然クリフトさんだって、こんな状況に気がつけば急いで帰ろうとするだろうが…今は先ほどよりも人の数が増えている。俺たちが騒ぎに気がついた時点で町の外れの方にいたのだとすれば、到着するのは相当後になってしまうだろう。
「…!あれ見ろタクミ!クリフトさんじゃないのか!?」
「え!?一体何処に………!」
通りの向かい側、少しづつ人垣が中心部分から横側へとそれていくのが見えた。更には、
「クリフトさんだ!」
なんて声も聞こえる。俺がそちらを見たタイミングでは目で確認できなかったが、レイリからなら確認できたのだろう。
言い争っていた二人もその声は聞こえていたのだろう。そちらをじっと見つめている。
そして、
「何事ですか?こんな状況を………レッゾ?君が何故…いえ、これは親衛隊副隊長殿、今日はこのような場所まで、何用でしょうか?」
クリフトさん自身は、やはり今回の件について何も聞かされていないらしい。いい加減に人々の声も大きすぎた。もうほとんど口論の内容すら外へ漏れていなかったのだろう。だからこそ、今の状況は理解できない筈だ。
「クリフト衛兵隊隊長。貴方には帝国との密通容疑がかけられています。大人しく、捜査を受けて下さい」
近衛の中でも一番偉いであろう…つまり、先程までレッゾと呼ばれた衛兵と言い争っていた男が、クリフトさんに対してそう告げる。
「………了解しました。衛兵の詰め所で私が割り振られた部屋と、自宅を開放すればよろしいでしょうか」
「隊長!」
「協力感謝します。………それでは、各員調査を開始して下さい」
「「「はい」」」
そして、その後ろに控えていた近衛たちが詰所の中へと入っていく。恐らくは、証拠になりそうなものを運び出そうとしているんだろう。
「隊長!ここまでされなくても疑惑ぐらいはすぐ晴れる筈です!」
レッゾさんは今回のクリフトさんの対応に不服らしい。しかし、クリフトさんは落ち着きを保っていて、
「いえ、むしろ大人しく捜査を受けた方が堂々としていられるというものです。結局私にやましい所などありはしませんし、彼等も証拠を捏造しようとする輩ではありません」
「それは、そうかもしれませんが………」
クリフトさんとしては、どうという事も無いようだ。器が大きいというかなんというか。拒んだりしたらより危険でも、例えば俺がこんな状況に置かれたら、部屋を見せる事を嫌がるだろうし。
「クリフトさんも度胸座ってんな………。ま、これは大丈夫だと思うぜ?近衛の動きからして、本気って感じがしねえ」
「レイリそんな事まで分かるの…?俺、全く分かんなかった」
「ま、人間観察の賜物だな…おいそんな目すんなよ。別にいつもいつもやってる訳じゃねえから」
どんな目をしていたのだろうか?まあ、気にしない。
「………………ん?そこにいるのはタクミ君にレイリちゃんかな?」
「「あ」」
何時の間にやらクリフトさんに捕捉されていた。とりあえず、
「だ、大丈夫なんですか?」
「多分本気で疑っているというよりも、可能性のありそうな奴を相手に手当たり次第って感じなんだよね。だったら抵抗せずに、おとなしく捜査を受けとこうかな、って」
「ま、こんだけの大騒ぎになったのも結果的にゃあ良い方に転がるだろ」
「ああ。どちらにしろ、この町に帝国からの密偵が忍び込んでいるというのおは間違いない事なんだろうけどね…」
「………それって、やはり例の邪教とかがからんでいるんでしょうか」
「ん?タクミ君は知っている側の人間なんだっけ?………まあ、そうなんだよね。具体的に言うと、あの瘴結晶というものがギルドに保管されている事を知っている人物で、スパイの疑いがかかりそうな人の中には、私もいたっていう事だ」
ふと思い当り、クリフトさんに問いかけてみればかなり的確な状況だったらしい。
あの組織の影響力は、悪い意味で絶大ということだ。
「………ん?瘴結晶がギルドに有るって知ってる、スパイの疑いをかけられる人って…」
「………何か心当たりでもあったの?レイリ」
レイリは何かを感づいたようで、頭を捻っている。
「あ!」
「ん?」
レイリが驚いたような声を上げ、それに驚いた俺が妙な声をもらしたとき、クリフトさんがこちらへと近づいて、
「レイリちゃんは気がついたみたいだね。で、タクミ君の方はどうかな?」
「ええ…?いや、ちょっと待って下さい」
瘴結晶がギルドに有ると知っている、スパイの疑いをかけられる人。
疑いをかけられる人、という事はつまり、スパイではないと証明できない人、ということになる。で、それはつまり………。
「冒険者も疑われる………?」
「そう言う事だよ。まあ、スパイなんて少なくとも君たち二人はしてないと思うけど」
もしかして、俺たちも取り調べ受けるんですか………!?
「どちらにしろ、君たちはやってないだろうから、大丈夫だよ。………いや待てよ」
「え…?」
クリフトさんは、恐らく俺達を安心させようとしているのだろうが、それを途中で覆られるとむしろ不安が増大してしまう。どうしたのだろうか。
「いや、例えばレイリちゃんとかは、この町に住んで長いでしょ?今更どうという事も無いと思うんだけど…」
「あ………」
その言い方で分かる。つまり、クリフトさんが言いたい事は、
「俺の場合、住んでいる期間も短い、素性の知れない人間だという事ですね…」
「お、おう…」
「瘴結晶を見つけたのはタクミ君だから、普通に考えれば疑われないけど、穿った考えの人ならわざと衆目にさらした、とかいくらでも考えつきそうな事ではあるからね。ちょっと、疑惑も向くかも知れない」
………確かに、疑われても仕方が無いようにも思える。海に浮いていた、素性不明の男。それが、なんだかんだで今回の事件にも関わってしまった訳で…。
いや、実際怪しいな。どれもこれも、結局は俺が死ぬタイミングが悪かった、ということになってしまうのだろうか?
「………タクミは、無実の証拠とか集めておいた方がいいんじゃないか?いや、どんなもんなら証拠になるのかもわかんねえけど」
「うん。ちょっと今、場合によってはなし崩し的に犯人扱いされる状況まで見えた…」
「うわぁ…」
クリフトさんは無言で、しかしレイリと同じような表情で俺の事を見ている。
いやしかし、実際に疑われるぞ?このまま真犯人が見つからないと。
「あとは、真犯人が別にいるって証拠を見つけ出すとかかな?それこそ難しいだろうけど」
「近衛兵がさんざん探した後に、俺みたいな素人が見つけられる訳が無いですからね…」
でも、どうにかしておかないといけないよな…。何か証拠、証拠………。
「うわ、何一つとして犯人じゃないと証明できない。強いて言うなら例の邪教の人たちと戦った事くらいだけど、あれだって実際の所シュリ―フィアさんが戦った訳だし…」
俺としては、既においつめられている事に内心冷や汗をかきながらの言葉だったのだが、クリフトさんにとっては、どうやら違うように聞こえているらしい。 僅かに表情を明るくしている所からも、それは伝わってくる。
「待ってタクミ君。その、シュリ―フィアさんって言うのは、もしかして例の守人の事かい?」
「え?あ、はい」
俺がそう答えると、クリフトさんは、
「なら大丈夫。守人と個人的に知り合いだって言うのなら、ある程度の社会的立場も認められたような物だよ」
「………ええ?なんで、そんなことになるんですか?」
「それ、アタシも聞いた事ない話なんですが…」
レイリも聞いた事のない話、という事は、やはり有名な話という訳ではないのだろう。
「まあ、法律的には意味なんて無い様な物だけど。ただね、守人って言うのは異様なほどに勘が良いって言われていて、それは人間性も読み取れるほどだって言うんだよ。これに関しては守人全員が異様なほどに事件の匂いを嗅ぎつけたりする所からまず間違いないって言われてる。
と、ちょっと話がずれてしまったけれど、簡単に言えば、守人本人が友誼を交わした相手がどこかの国の密偵だ、なんて話にはそうならないよ。ちょっとは安心できるんじゃないかな?」
「へぇぇ………」
守人って、やっぱり凄いな。いや確かに、昨日だってシュリ―フィアさんは町中で邪教の人を見つけていたりと事件を嗅ぎつけているような気はしたが………。
「となると、シュリ―フィアさんに相談すれば解決…?いや、なんかそれも違う気はするけどなぁ…あれ?」
何だろう、何か忘れているような気がする。えーっと………。
「…シュリ―フィアさんって、何時頃帰るんだったっけ」
「………あ!」
◇◇◇
「エリクスさぁん!」
「兄貴!」
「「シュリ―フィアさんは何処にっ!?」」
「………何だ、二人して」
レイリと共にエリクスさんを探し、家とか、ギルドとか、とにかく訪れそうな場所を走り回って数十分。ようやく門の前の広場で発見。
門の前、というのが、まさかシュリ―フィアさんを送った後とか、そんなふうにも考えていた俺だが、それにしては人が少ない。
町を救った守人が帰るというのなら、もっと多くの人が送り出すだろうし、恐らくはまだこの町にいると考えていいだろう。
「シュリ―フィアさんなら多分、今は聖十神教会のなかだろ。あいつらも、守人を相手に滅茶苦茶はしねえだろうし………で、何かあったのか?」
「それが………」
エリクスさんに事情を説明する。
エリクスさんからしてみれば、俺は好きな人を利用しようとする悪人に見えてしまうのではないだろうか、なんて邪推もしたが、まあそれは実際に邪推だったというか。
「なるほどな………そりゃいかん。シュリ―フィアさんに相談しようぜ!」
と、比較的あっさりと決定した。
そして、そのまま教会へと向かう。道中、
「シュリ―フィアさんて、結局いつまでいて下さるんでしたっけ?」
「ああ、例の邪教の奴らの企みが明らかになるまではこっちにいていいって事になったんだとよ。まあ、奴らの目的が瘴結晶を奪う事だってんなら、それもあんまり長くはなんねえだろうが………チャンスは増えたぜ」
「いや、すぐに恋仲になるのは無理だぜ兄貴………」
なんて会話もはさみ、結局明るい感じではある。しかし、現状としても近衛、そして衛兵も交じっての捜査は始まっているようだ。
ちなみにクリフトさんは、俺たちがエリクスさんの所へと向かう直前に近衛兵たちを自宅へと案内しに行った。それから数十分ほど、少なくとも一時間は経っていないこの時間でここまで捜査の手が広がっているとなると、本気で疑いが少しでもある相手ならば問答無用なのだろう。
恐らく、今レイリ達の家や赤杉の泉亭では衛兵たちが探しているのではないだろうか。冒険者は依頼で遠方に行く事もあるが、家が有ったり、宿泊予定のある宿が有ったりするのならばそこを貼り込むくらいの事はするだろうし。
それだけあの邪教に対して敏感になっているという事でもあるのだろうが…。それならば、何故あんなに暗躍を見抜けなかったのかとか、聞きたくなる事は多々ある。何も知らなかった俺ですら何度も目撃しているというのに。
その理由が分からない事こそ、奴らの暗躍の理由だ、とはシュリ―フィアさんも語っていた事だが。
「さてと。ようやく教会も見えて来たな。あそこで待ってりゃぁ、シュリ―フィアさんも何時かは出て………出て来た!」
そのエリクスさんの言葉を聞き、教会の立派な扉を見れば、確かに蒼の長髪が優雅に出てくる所が見えた。
シュリ―フィアさんに優雅、という表現もそう使わなかった気もするが、確かにそう言うふうに見える。やはり人間、時と場合によって雰囲気も変わるものだな…。
さて、とりあえずシュリ―フィアさんにも今回の事情について説明しなければ。
教会の方へと走り、シュリ―フィアさんへと話しかける。
「シュリ―フィアさん。あの、ちょっとお話が」
「ん?おお、タクミ殿、レイリ殿。一日ぶりであるな。して、何用だ?」
俺は、シュリ―フィアさんに今俺が陥っている状況、クリフトさんから教えられたことなどを説明していく。時にはレイリも捕捉で説明を入れてくれて、本当に助かった。
「なるほどな………。いいだろう。貴殿が悪しき心根の下で動いていると某は思っておらぬ。そのような場合、某の名を出して良い。当然、そこに某自身がいたのならば証言とて行わせて頂こう」
「………ありがとうございます!この御恩一生忘れません!」
「何だ急に?固い固い。そんなふうに畏まられるのは苦手だと前に言っただろうに………」
ほっとしたというか、何というか。これで、犯罪者としてでっち上げられるような最悪のパターンだけは逃れられただろう。
「で、これからどうするんだ?………なんだかんだと言って、もう日も暮れそうだしよう」
「………そうですね。覚悟を決めて、赤杉の泉の方に戻ろうかと」
「おお、それでは某も同伴させて頂こう。その方が話も簡単でしょうし、何より、某自身も二度手間にはならぬ」
「あ、ありがとうございますシュリ―フィアさん。なんだか、結局迷惑を………」
「この場合迷惑をかけている事になるのはかの邪教だろう。貴殿が後ろめたく思う必要も意味も皆無だ」
シュリ―フィアさんは本当に格好いい人だ。エリクスさんが恋をしていると知らなければ惚れていたのではないだろうか。
ともあれ、そのご厚意に甘えて付き添ってもらう。
「さあ!疑いを晴らしに行こうではないか!」
◇◇◇
………凄かった。
赤杉の泉亭に帰れば、早速取調べを受けたのだ。取りあえず、最初からシュリ―フィアさんに頼るのもどうかと考え、一人で質疑応答を繰り返していたわけだが…当然、疑われていく。
そして、いよいよ追い詰められてきたときに、シュリ―フィアさんに登場してもらったのだが。
………解放されるまでに、きっと三十秒とかからなかった。それだけ圧倒的な速度だ。もう自分では何が起こったやら分かったものではない。
もう完全に疑いが晴れたらしく、即開放。今は夕食を食べ、今日一日の事件多発ぶりを思い出していた。
………目まぐるしい。人間関係って複雑だ。楽しさの方がずっと勝っているから良いけれど、瞬間的な疲労度はこちらの方が上だろう。
よし、今日は少し早いけれどもう寝よう。
第二章も、三分の二は切ったという感じでしょうか。
冬の休みも近いので、できる限り書いていきます。
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