第十四話:邪教
………人間の液状化と言う光景から来た吐き気も薄れて数十分。エリクスさんが帰ってきた。だが、その姿を見るに、馬車を捕まえられた訳ではなさそうで。
「すまん。異様に馬車ばっかで見つけるのに遅れて、そのうえ異常なスピードで走ってったから…これじゃあ言い訳にしかなんねえな。本当にすまなかった」
「いや、仕方がないだろう。もともと奴らの神出鬼没ぶりは、際立っていたしな」
エリクスさんが苦々しげな表情でその言葉を聞き、ふと気がついたように、再びシュリ―フィアさんへと目を向ける。
「こっちの奴はどうなったんだ?」
「あれだよ。…胸糞の悪い事だ」
「…死んだのか」
「自害だな。服毒した結果、体中が溶けた」
「まじかよ………じゃあ、情報も?」
「皆無だな。………貴殿だけでなく、お二方にも迷惑をかけた。そのうえ何を得られたわけでもないのだから、最早お笑い草だな」
シュリ―フィアさんが、俺たちの方へも顔を向けながら自嘲するように呟く。
だが、今はそんな事を考えている時間では無いのではないだろうか。奴らが何か、良からぬ事を企んでいるのだという事ならば、それを調べなければ…そのためにも、先ずは。
「奴らは、一体何者なんですか?」
それを問いかけねば。唾棄すべき邪教、と表現するからにはなんらかの宗教の信徒だという事だろう。だが、この服装から鑑みるに邪教と言うにはなかなか大胆な行動が多いと感じる。まだこの世界に来てから日の浅い俺でもこの血の様な紅い服には見覚えがあるし、町中であろうとあの服でいる事をやめていない以上、彼らを邪教と知らない人たちの記憶にも少しは残る事請け負いだ。
それでも、今日まで見つからなかった以上あまり有名ではない?………いやいや、それこそシュリ―フィアさんがあそこまで怒りや憎しみを露わにして戦ったりはしない筈だ。
とにかく、今は奴らの情報が欲しい。
「奴らの事を知りたいか。…まあ、そうなるだろうな。………奴らの所属する宗教に関してだが、実の所、確実と呼べる情報は無いのだ。尋問拷問を行っても、出てくる情報はバラバラで、どれが真実なのか、真実なんて存在しないのではないかと思わせられるほどらしくてな。…唯一確定している事は、奴らが主と称する何らかの神を崇め奉り、そして悪行を行うということだけだ」
「だから、邪教…」
俺の呟きに、シュリ―フィアさんは小さな頷きで肯定と返す。
「で、でも、何でそんな奴らが町中堂々と闊歩してられんだよ。タクミが何回かあいつら見たって言ってたぞ。そんなに危険なら、とっくに情報が出回っている筈なんじゃあ」
「あまり奴らを刺激することは避けたかったという事だ。…驚くほど、奴らは唐突に町中に現れたりする。時には国家の中枢である王都にも。故に、民たちに恐慌をきたしかねない情報はさらす事が出来なかったのだ」
「そんな…クッ」
レイリは不満げだったが、しかしシュリ―フィアさんの、ひいてはその邪教に対する対処方法に納得は見せたようだ。実際、町民に直接的な死人は出なかった訳だし。…目の前で液化した邪教の信奉者は別だが。
俺がそんな事を考えていると、エリクスさんがおもむろに口を開く。
「じゃあ、シュリ―フィアさん。一回ギルドに戻って話を聞く事にしようぜ。何がとられたのかは分かんねえが、何が狙われたのかはそこに行きゃあわかる。………あっちで確保された奴が、自害できたとも限らねえんだし」
「…ああ、そうだな。早く奴らの企みを暴かねばなるまい」
「ギルドで盗難が有ったんですか!?…ええ…?」
ギルドの中に何か盗みたいものが有る、と言う可能性は、…まあ、あるだろう。瘴結晶のように要り色な研究対象がギルドの中にはあるのだろうし。但し、盗む事が可能とは限らない。
何せギルドの中には相当の実力者が要る筈。ギルド長は英雄と称された人だし、ランクの高い人はギルドの中にたむろしていたりすると聞く。その中に押し入って目的の物を持ち出すとは…。
「まだ某も何が奪われてしまったのかは分からぬ。だが、慌て様からして相当の物だと思うのだ。…しかし、ギルドの職員も奴らの情報を持っている筈だというのに何ゆえこのような失態を…」
「…じゃあ、ミディとかも知ってんのかよ。後で詳しい話でも聞かせて貰おうじゃねえか」
レイリはさらに奴らについて調べるらしい。俺も知りたいので、後で一緒にミディリアさんから聞き出すことにしよう。
ともあれ、今はギルドに向かわなければいけないようだ。
◇◇◇
「そうか………瘴結晶が」
「はい。奴らの目的は瘴結晶の奪取であったらしく、また、それは既に達成されてしまったということになります」
ギルドに戻った後、ギルドの外にいたクヴィロさんから聞き出した情報がこれである。これから詳しい話はギルド長から聞くのだろうが、まあ、俺とレイリは呼ばれないだろう。シュリ―フィアさんとエリクスさんの目線で話ができればそれでいい筈だ。
しかし、瘴結晶を狙っているという事は、あれに利用価値を見ている、と言う事なんだろう。確かに、瘴気汚染を自由に引き起こすことも可能となるであろう瘴結晶は、犯罪者の眼には非常に魅力的な物に見える物だろうし。
シュリ―フィアさんとエリクスさんの二人と別れ、俺はレイリと共にミディリアさんのもとへと向かう。
「ミディ。………何が聞きたいか、何となくわかってんだろ?」
「………あ、はは」
「目を反らしても、無駄だと思いますよ…」
俺たちに低気がないという事はミディリアさんにも理解できたらしい。観念したらしく、額を突き合わせるほどの距離に顔を近づけ小声で話し始める。
「二人がどのくらいの事を知ってるかは分からないけど、………秘密結社?悪の組織とか、そんなかんじだね。邪教って言われるけど、実体としてはこっちが分かりやすいかな」
「悪の組織…って言葉にすると、なんか途端に安っぽく感じるな。………実態はそんなもんじゃねえ、言葉道理に悪だったが」
「シュリ―フィアさんから、その実態がつかめないって話は聞いたんですけど、実際の所は…?」
「秘密結社、って言い方したのもそのへんに理由が有るのよ?何をやっているかもわからないうちに大きな事件が起こって、後々奴らが関与していたと分かるの」
「つまり、一種の黒幕的な存在って事ですか…」
様々な事件の裏で糸を引き、その正体も分からない…一昔前のミステリー小説にでもありそうなものだが、残念ながらこれは現実。そんな存在、厄介極まりない。
「あと分かってるのは、この大陸の三大国の中一番活動が激しいのは帝国で、王国はその次。聖教国は…宗教的な敵として、互いにかなり激しく敵対しているってところかな。奴らと敵対しているのは何処の国も同じだけどね」
「宗教的な敵と言う事は、やっぱり邪教か。…ああ、もう一つ知りたいんだが、奴らが行う悪行ってのは結局何なんだ?ここまで敵視されている以上、ちゃちなもんじゃあねえんだろう?」
レイリの疑問を受け、ミディリアさんはその表情をわずかに硬くする。
「………あんまり、口外しちゃあいけない類の情報なんだけどね。まあ、二人は口ぶり的に本物見ちゃったんでしょ?守人から既に情報を少しえているっていうなら、もう構わないでしょう」
「おう、どんどんアタシ達を言い訳に使いな。それで口滑らしてくれるんなら大歓迎だ」
「何でレイリはそう…ダイレクトなんだ?ほんとに」
「文句はねえだろ?」
「ないけど?」
なんて会話をして見れば、ミディリアさんはこちらを見ながら僅かにため息。
「分かったわ。隠してるのもバカらしくなってきたし。………でも、楽しい話じゃあないっていうのは分かってるわね?」
「当たり前だろ?」
「………ちょっと、トラウマになりそうな物も見ちゃった後ですよ」
「…何が有ったか分からないけど、問題はなさそうね。
………じゃあ、聞きなさい」
そうして、ミディリアさんは口を開いた。
「奴らが行ってきた数々の悪行…数知れず、でも、種類ならある程度は絞り込む事も出来るわね。………四つ、かしらね」
「四つ?ですか…」
「なんか、そこまでやばい感じはしねえんだけど?」
レイリの言う通り、片手の指で数えられる程度の種類だと、あまり、悪というふうには感じづらい。日本では、悪い夫の行動を表す飲む、買う、打つという言葉が有ったが、四種ならばそこに一つ足すだけだ。いや、俺がただ楽観視しようとしているだけだと言われればそれまでなのだが。
なんて俺の考えは、悪い方向に的中していたらしい。ミディリアさんがほんの僅かに語気を強めた。
「笑いごとなんかじゃないって言ったでしょう………!?」
「す、すまんミディ」
「ら、楽観視するのはやめます」
話を止められそうになってしまったので、咄嗟に謝罪、話の続きを促す。
「………分かったわよ。で、その四種類の罪だけど。
まず一つ目は、今日このギルドで起きたような、窃盗ね」
「今日は瘴結晶が盗まれてしまったようですが、他にはどんなものが?」
「なにが盗まれたのか、って言うのはほとんどの場合公開される事は無いわね。奴らが狙うのは大抵警備が厳重な場所で、そして、大抵そんな場所でしまっている物なんて公にされるようあものでは無いわ。但し白昼堂々盗み出すことも多いから、事件そのものは伝わるって事」
「なにを求めてあの連中が盗みを働いてるかも分かんねえって事かよ。チクショウ、あんなやり方で正体がつかめてねえとか、ふざけてやがるぜ」
「強いて言うなら、美術館や博物館で飾られた物なら分かるけれどね。でもそれも、絵だったり、骨董だったり、時には遺跡から出て来た石板だったり、まとまりは無いわね」
何処まで行っても正体不明と言うところか。
「二つ目は…誘拐、と言うべきかしらね」
「『言うべきかしら』、ってなんだ?誘拐とは違うのか?」
「何らかの、大きな才能を持つと言われる物を老若男女に関わらず浚って、でも、身代金を請求する訳ではないの。だから、ちょっと言葉に困るのよね」
「身代金じゃあ無い…と言うと、一体何を要求してくるんですか?」
俺がそう問うと、ミディリアさんは唇に右の人差し指を当て、
「ん~…私のいい方が悪かったわね。正確には、何も要求してこないの」
「要求が無い、と言う事は、ずっと帰って来ないという事ですか?」
それはむしろ、拉致や神隠しと言うレベルになっているのではないだろうか?民家に仁は奴らの事を知らないのだ、さらわれたということすら家族には分からない、なんて事すら起こりうる。
「全員が帰って来ない訳じゃあ無いわ。それこそ、何をされるでもなくいつの間にか自宅の寝どこにいた、なんて人もいるくらいだし」
「何時の間にかって…何だそりゃあ、あいつらに得があんのかよ」
確かにそうだ。何をされてもいない上に、普段の生活に戻るように返されるなど意味が分からん。
「………話したくなかった理由の大きな部分は、ここなんだけどね。あのね」
だからこそ、ミディリアさんの言葉はとても不吉に響いたように感じた。
「殺される人も、いるのよ」
「………ッ!は」
「まじかよ…」
「なにもされず帰ってくる人が、約二割、謎の傷を負い、そして数年分の記憶を失った人が三割、更に三割が殺されて…残り二割は、帰ってさえ来ないわ」
「帰らない…?でもそれじゃあ、殺されてしまっている可能性も」
「殺されている場合は、間違いなく人目の多い場所に放置されるの。街道に放置されてたり、あるいは………町中に、突然」
新たな情報がこちらに伝わってくるたびに、奴らの狂気が良く分かる。理解をする気はないが、しかし知っているべき情報と思える。
こちらの反応がどうなるかも、ミディリアさんには伝わっていたのだろう。文字通りに一息つき、こちらを見据える。
「まだ、話の続きを聞きたい?正直、いやな話でしょ?」
「…いえ、聞くべきだと思います。これからまた奴らと出会わないとも限りませんし、できる限り知っておきたいので」
「ああ。あんな外道共が自分の住んでる街うろちょろしてるなんて、耐えられねえよ」
「………分かったわ。それじゃあ、三つ目。口外してはいけないって言われてる理由はこれが大きいかな」
「なんか秘密にされてる事なのか?」
「ええ、そもそも元凶が人間だとは思われていない現象についての話だもの」
「元凶が人間じゃないと思われている?…自然現象の様な物、ですか?」
俺がそう言った時、レイリがハッとした顔でこちらを見て来たのが分かった。
「タクミ!まさかそれって」
「え?」
俺がレイリの言いたい事を理解できないでいると、ミディリアさんから口を開いた。
「タクミ君は、なかなかいい線いってるわね。そう、まるで自然現象の様で、でもそれよりずっと被害の大きい、災厄その物…瘴災よ」
「瘴災…って」
「瘴災をあいつらが起こしてんのかよッ…!」
俺よりもレイリの方がずっと瘴災について詳しい様だ。そして、それに抱く感情も。
「すべての瘴災ではないけどね。でも、前兆もなく突然発生するような物の、その多くは」
「だとしたら奴らが殺した人間の数は尋常じゃねえだろ!?何でそんな奴らが未だに滅ぼされず組織を続けていられてんだよ!」
「それは、四つ目の悪事とも関わるわね。奴らの存在がはっきりしないのは、表に出てくるのがほとんどの場合末端構成員ばかりだという事、そしてもう一つが………四つ目、戦争よ」
「………戦争?それは、どういう」
戦争、と言う悪事とはなんだ?ああいや、戦争は悪い事だが、それを代表的な悪事と表現するなんて…。
「どういうも何もないわね。自分の都合の良い様に戦争に介入して、そして大概の場合は聖教国に敵対するように戦うから………。現場主義の一部の奴らは、良い様に利用できるなんて思ってるのよ」
「………いや、多分それは」
「無理だろ。どっちにしろ王国や帝国にも喧嘩売ってる、聖教国の敵でも、こっちの見方ってわけじゃない筈だ」
「そうなのよね…。まあ、聖教国と、私たちの王国は同盟を結んでいるから今はそれほどでもないけど、帝国とはそのせいで余計に情勢が安定せず、遂には帝国軍の中に堂々と奴らが混ざってるなんて事態にもなっているの」
「なんて話ですか…」
恐ろしい話だ。戦争を利用して、自分たちが生き延びようとしているのだから。奴らの闇は何処までも深い。
「末端からして妙に強いし、何故か門番は奴らを町に入れてしまう。堂々と何かしらの形で紅色を身につけているから止められもする筈なんだけど…その辺も相まって、奴らはいつまでも世にはびこったままってわけなのよ」
「門番全員が懐柔されてる筈もないですし、理由が分からない技術も持っているっていう事ですね…」
「そう言うこと。………………そう言えば、あれに関しての噂にはこんな物もあったわね」
「こんな物、ってなんだよミディ。今更もったいぶんじゃねえって」
レイリの言葉に『いや、確証は無い様な話なんだけどね?』と返したミディリアさんは、一拍置いて言う。
「奴らが忌種を操っている、とか、その逆に、奴らが崇める神の正体こそ忌種なのだ~とか。突拍子の無い話でしょ?ただ、火のない所に煙は立たないとも言うのよねえ…」
「忌種を操る…ってのは無理なんじゃないか?奴ら、人は殺す物だとばっか思ってるみてえだし」
「だ、か、ら、確証のない話って言ってるでしょ?と言うか、それ私に聞かれても答えようがないわよ」
確かにそうだ。俺も、何時の間にやら前のめりになって話を聞いていたようだ。ミディリアさんが何もかもを知っている筈がないのに。
「ま、関わるべきじゃない相手って事よ。どちらにしろそうそう出会ったり、争ったりする相手じゃないのよ…こっちから探さなければ、だけど」
「…それはそうかもしれませんけど、でも、何かあった時には戦わないと」
俺がそう言うと、ミディリアさんはこちらをにらんで、
「そう言って何人もの冒険者や衛兵が返り討ちに有ってるのよ。馬鹿な事言ってないで、対応できる実力の人を連れてくるのが先よ」
「………まあそうかもな。正直、さっきの戦いにゃあ割り込めなかった訳だし」
「…ですね。でも、協力くらいは」
「そりゃあ非協力的な人よりはずっとましだけど」
そう言ってミディリアさんは手をパチパチと音を立てながら叩き、それを会話の終わりとするかのようにギルドの奥へと戻った。
横に立つレイリの方を見れば、彼女もまたおれを見ていて、
「………なんか、すげえ話だったけど、それでアタシ達がどうするのかとか言うことは全く思いつかねえな」
と言った。同意するように大きく首を振ることで返した。
………………スケールがでかすぎて、想像もつかない。
今回の話は、ちょっと助長が過ぎたでしょうか…。
感想待ってます。




