第十二話:異変の気配
「う―わ『風刃』!」
若干精神にダメージを受けながらも、それを振り払うように『風刃』を撃ちだす。事によっては挑発行為だが、実を上げた時点で既にこちらとは目が合っている。敵意もビシビシと感じている以上、攻撃をするしないは関係がない。
もう使い慣れた風刃は、狙い通りに忌種の眉間―――眉など無いが―――へと命中。しかし、
「傷、あっさ!」
鱗に傷がついただけ。と、つい最近こんな経験が有った事を思い出す。一週間前か?【岩亀蛇】と戦った時もこんな感じだった。それを考えれば、目の前にいるこいつもまた、
「中位忌種ってことか!どうするレイリ!」
「やっちまうかっ!?あんだけボロボロで碌な動きも出来てねえんだから、いくらでもやりようはあると思うぜッ!」
確かに、水中ではあれだけすばやく動いたこいつも、地上では厳しいらしい。足も有るのだが、短足、そもそも立てないくらいの負傷だ。数メートルの巨体を横たわらせ、這いずりながらどこかへと向かっている。魔術で遠くから狙う事も、レイリほどに身体能力があれば接近戦だって楽な物だろう。
恐らく、衛兵隊が取り逃がしたのはこいつが海中に潜ったからだ。人を襲う忌種が、自分たちを相手にせず町へ向かうとは思っていなかったんだろう。
…あれ?じゃあなんでこいつこっち来てんだ?
「良しタクミ!アタシがあのでっけえヒレ切り落とすから、タクミは頭狙ってくれ!」
「了解!じゃあ、油断しないようにね!」
「分かってるっての!」
二手に分かれ、攻撃開始。………身じろぎをする程度、もう反撃をする気力も無いらしく、弱い者いじめでもしているかのような気分にもなるが、まあ、忌種を倒すのは常に冒険者の仕事らしいので続行。
『風刃』を、できる限り高威力にして当てたり、『水槍』を、できる限り大きくしようとして失敗、レイリに『なにやってんだ!』と言われたりしたが、おおよそ三分ほどで、忌種の動きは止まった。
「なんかこう…足んねえな」
「まあ、中位忌種だ!って意気込んで戦ったのに、相手が的みたいなものだったしね」
「これならまだ、【小人鬼】の群れに囲まれた方が良い戦いが出来るってもんだぜ」
と、その時船から衛兵隊の方々が港へ降りてくる。当然その中にはクリフトさんもいて、こちらへと歩いてきた。
「誰がその忌種を討伐したのかと思ったら、君たち二人が戦っていたんだね」
「おお、クリフトさん。こいつなんなの?」
「ちょっと気持ち悪さがこみあげてくる見た目ですよね…」
「君たちが傷をつけすぎたのはあると思うよ…?まあいいか。
そいつはね、外洋の方から船に襲いかかってきたらしい。正体不明だけど、討伐できたのならそれで十分かな」
「結局誰も知らねえのかよ…」
正体不明の忌種、なんて謳い文句だと強そうだな。実物は、目の前のグロテスクな亡骸なのだけど。
「さて、こっちは負傷者を診療所へ連れて行かないといけないからもう行くよ。二人が協力してくれた事はギルドにも伝えておくね」
「「ありがとうございます」」
「さてと、診療所、空いてるのかなあ…」
何気なしにクリフトさんが呟いたその言葉が、俺の耳に何故か残った。
「診療所、空きが少ないんですか?」
「ああ、そうなんだよ。ひと月くらい前から、少しずつ病人が増えて、で、瘴気汚染体との戦いで出た負傷者もいるでしょう?結構手いっぱいだね」
「病人?何か流行ってるんですか?」
「いや、感染するものではないみたい何だけど、何故か続出してるんだよ。
ああ、すまないがもう行くよ。それでは二人とも、またいつか」
「あ、はい。またいつか」
エリクスさんは忙しそうに衛兵隊を率いて港を去っていった。
「………そうだ、ラストゥ!ラストゥはとれてるのか!?」
「そう言えば、そもそもここに来たのはラストゥの漁獲量を確かめる為だったね。…忘れてたけど」
「もう船も戻ってきてるみたいだし、行ってみようぜ!」
駆け出すレイリの後を追う。向かう先、船から魚を降ろしているようだが、あの船一隻でこの町全ての需要を満たす量を取ってきているようには思えない程度の量だ。つまり少ない。なんだかんだ大都市であり、海に恵まれたこのロルナンで、これだけか?
「ラストゥ獲れてますかー?」
レイリが丁寧な言葉遣いだと未だに違和感が凄い…いやどうでもいいことだ。
「ん?おつかいかい嬢ちゃん。一応取れちゃあいるぜ。買うなら早めにした方が良いぜ、今に奥様方がやってくっからなあ………お?そこの坊主、もしや」
「お。お久しぶりですパカルさん。無事、冒険者として生きております」
「おお、結局冒険者になれたんだな。よかったよかった。最初は雑用ばっかりだろうが、頑張れよ」
「………はい!」
「うわタクミが嘘つくの初めて見た」
「ん?うそ?どういう事なんだタクミ。冒険者になっていないのか?」
「そいつ、結構才能あったんでもうEランク。忌種と戦うのが仕事ですよ」
「まじか!?まさかと思うが、先日の瘴気汚染体とも」
「………戦いましたよ?」
「どうしたタクミ?なんか、なんか変だぞ」
いや、なんかちょっと会話がし辛い。パカルさんは、単純に俺の働き口を紹介するだけのつもりだったと思うのだ。それで危ない事になっている訳だし、伝えるのもどうかと思うという話で。
「かーッ!そいつはすげえ!その年で冒険者になることを決めて、それですぐ忌種と戦うったあなぁ。拾ってきたかいがあったってもんよ」
「なんか、落ちてた道具が意外と便利だった、とか、そんな扱いを受けてるぞタクミ」
「いやまあ、それは良いけどさ。でも、再会できてよかったですパカルさん」
「おう。なんだかんだでちゃんと生き抜いてるようで、こっちもちったあ気が楽になるってもんよ」
「はい。死ぬ気はありませんから」
そんなこんなで会話も終えて、魚の量を直に見てみる。…実際に少ない。種類、量と、地球での漁業と違う所は多かろうが、それでも漁業中心の町とは思えない感じだ。
レイリが朝言っていた意味とは違うが、しかし確かに、この町いろいろな事が起きすぎだな。
「さてと、じゃあ、町の方に戻ろうぜ。もう今日は仕事も休みだ。なんか買い食いでもして楽しむことにしようぜ!」
「あれ?休みって、なんで?買い食いするのは、まあ良いけど」
「………良いじゃねえか。別に毎日仕事しなくたってよう」
「………また、冒険者は自由の人、ってやつ?そりゃあやらなくちゃいけない訳じゃないけどさ、後で困ったりすることもあるよ?」
「分かったよ、もう。取りあえず、サクッと終わらせられる様な仕事してようぜ?」
◇◇◇
町の外へ出て、【小人鬼】の討伐へと向かう。既にシュリ―フィアさんによって全滅したんだとばかり思っていたが、どうやら懐かしの西の森へ向かうらしい。
「初めて【小人鬼】を討伐しに行った時も、間違えて西の森に行ってたんだよね。いやはや、ある意味思い出だな。うっかり巣の近くで見つかって、そのまま大勢で追いかけてきて危なかった事危なかった事」
「タクミそれ、普通に命の危機だと思うぞ」
「だね」
どんどん森の奥へ入って行く。
「…お?タクミ、ちょっとそこの茂みのあたりに『風刃』を当ててくれ」
「了解。『風刃』」
茂みを切り裂いた先から、一体の【小人鬼】が飛び出してくる。…のを確認した時には、既にレイリが斬りかかっていた。
当然、【小人鬼】はその大声を上げるよりも早く斬り捨てられ、地面で屍と化す。
「タクミが前に見つけた巣ってのは、あっちで良いんだな?」
「うん。だいたいあっちの方角だよ」
「じゃあ走るぞ、この辺のゴブリンの頭脳はもう打ち止めだからな」
「何でそんな事分かるの…?」
その後は、自分の実力が上がった事、なんだかんだでレイリと言いコンビネーションが取れている事を知る時間だった。
討伐した【小人鬼】の総数、四十三体。大勢に囲まれたりもしたのだが、結局無傷で切り抜けた。結果、ゴブリンの巣、と言うより集落だったものが一つ丸ごと潰れた気がするが、罪悪感とか感じてはいけない。
さて、想定以上に大量の討伐となってしまった訳で、耳を削ぐのにも時間がかかってしまったのだがどうにか作業も完了。港にいたのは朝だったのに、もうすっかり太陽は頭上を過ぎ、傾き始めていた。
「うあー…。そろそろアタシは腹減ってきたぜ。町に戻ってなんか食おうぜ」
「そうだね。俺も今日の朝食は少なめだったし、小腹は空いたよ」
いくら走ったりもしたからと言って、魔術を中心とした俺よりも剣を振るって駆けまわるレイリの方が空腹になるのは当然。恐らくはかなりの空腹具合であろう。町に帰って、どこかの食堂へ行こう。
帰りもまた、行きと同じく走った。
◇◇◇
「走ったから俺も腹減ったな」
「アタシはほぼ限界だぜ」
町の中、どこかいいお店は無いかと探し回る。レイリは放っておくとまたどこかへ走って行きそうだったので、どうにか引き留めた。
レイリに美味しい店が無いか聞いてみたが、知らないそうだ。ずっと自分でご飯を作っていたらしい。…まあ、あまり触れられたくない話題な気もしたので、話は逸らしたが。しかしその結果、何処へ行けばいいやら悩む状況になってしまっている。
「観光にも力を入れているんだったら、表通りの食堂じゃちょっと高級になるよな…」
「ああ、確かに前、外から値段見たらアホみたいに高くてビビったぜ。どう考えても自分で飯作る方が安いのに、何を考えてあんな店に行くのやら」
「まあ、家が無いから調理できないって話だろうけど。でも、あんまりお金使いたくもないし…あ」
いや、確かに金は使いたくないけど、そもそも今日の仕事ってやろうと思ってした訳じゃ無かったよな。だったら…、
「なんか考えでもあったか?」
「ちょっと時間をかけちゃう事にはなるけど、一回今日の【小人鬼】討伐分の報酬を受け取りに行こう。四十三体分なら、………銀貨三十四枚と、銅貨四枚か。山分けにしても、昼食を取るには十分すぎる値段だと思わないか?」
と言うか銀貨一枚で十分立派な昼食が食べられる筈だ。
「あー…だな。ギルドまで行くか」
「さっさと換金して、ちゃちゃっとご飯食べよう。…午後は何する?」
「もう街ぶらぶらしてようぜ…」
なんて会話を繰り広げながら、しかしギルドへと直行。何やら少し空気が重いが、受付を見れば案の定ミディリアさんがいるので列に並び、順番を待つ。
「アタシ達がミディに寄ってんのか、ミディが寄ってきてんのか、一体どっちなんだ?」
「縁はあるよね。レイリは友達なんだろうし、俺は冒険者になった時の受付からしてミディリアさんだったし」
「ミディは結構仕事さぼるし、ここまで被るのは、………本当になあ」
まあ、よく知っている人と仕事が出来るのは良い事だろう。少なくとも今の状況ならそう言える。
そうこうしているうちに、俺たちの順番だ。
「あらレイちゃんにタクミ君。今日も何か仕事終わらせてきたのかしら?二人で」
「ああ、港で魔物斬って、その後【小人鬼】狩りだよ」
「俺の方は、随分とコンビを組んだことでやれる事が広がったように思えて。かなりいい体験だったと感じました」
「何の感想よそれ…。まあ良いわ、とにかく二人ともしっかりコンビとしての仕事もできたみたいだし。で、何体討伐したの?【小人鬼】」
「四十三体だぜ」
「………は?」
「四十三体です」
ミディリアさんは固まったままこちらの方を指さし、そして数秒後に動き出す。
「はあ!?四十三って、なんでそうなるのよ?二人が港で斬った魔物って、衛兵隊が出動したっていうあれでしょ?あの話はこっちにも来てるけど…あれから、まだ四時間と少しくらいしかたっていないのよ?それが…」
「走って行ったからな」
「ゴブリンの巣を壊滅させました」
ミディリアさんは俺たち二人の言葉に頭を抱え、
「…まあ良いわ。正直、良くなんて無いけどね。で、一応見せて頂戴、その証拠」
「あ、はいどうぞ」
「おう。これだぜ」
二人でそれぞれ鞄から耳を出し、以前も使った御盆の上において行く。大凡半分ずつゴブリンの耳が入った事により、二人とも鞄がなかなかに汚れているので後で洗おう。そして、それを見たミディリアさんはお盆を持ち上げ奥へと持って行った。
「あと五分くらいで報酬も貰えると思うけど、その後はどうする?何を食べるのか、って意味で」
「麺類が良いかな。スパゲッティなんて最高だ」
「………有るんだ、スパゲッティ。確かに俺もここ最近食べてなかったから、良いね。スパゲッティを売ってるお店を探そう」
「店ならもう目をつけて来たって。………それよりもタクミ、気付いてるか?」
レイリが言った言葉の意味は、既に体で感じている。つまり、
「『あんまり騒ぐんじゃねえ』、とか、そんな感じの雰囲気が濃いよね。ギルド中」
「ああ、で、その一番の発生源は多分、………あっちだぜ」
レイリが少し声を細め、顎で示した方向へ目を向ければ、そこには人だかり。………確か、あそこには依頼掲示板が有った筈。そこに、冒険者にしては劣る体型に、服装も唯の洋服だという事を合わせれば…
「あれ、依頼をしに来た人たち、って事だよな。でも、何であんなに」
「理由なんて分かんねえが、暗くなるのに相応の理由はあるってこった。………ああいう輩は面倒だから、気をつけろよ」
「理由が知りたいと、そんなふうに考えるのは?」
「自分で解決できそうになかった時、きっちり放棄できるならありだがな」
「はい、用意できたわよ二人とも…如何したの?」
いつの間にかミディリアさんが戻ってきていた様だ。視線を受付へと戻し、
「いえ、ミディリアさん、あそこの人たちって、何を依頼しに来てるんですか?」
「ああ…あの人たちはね、数時間前に来たんだけど、家族の病気が急に重くなったとかで、解熱剤や解毒剤のかわりになる薬草を森で取ってきてほしいって言ってるの」
なるほど、それなら暗い雰囲気になるのも、騒いでいた若いの―――これは俺たちの事だが―――を不快に思うのも分かる。だが、なぜあんなに大勢なんだ?
「病気…それって、診療所にいる奴らの事じゃないのか?朝、衛兵隊の隊長が『空きが無いかも』なんてぼやいていたが」
「うん。似たような症状だった人が一斉に症状を重くした、とか何とかで。…しかも、それと同じ症状の人って、ここ最近急増しているのよ。…ここだけの話、伝染病じゃあない以上これも瘴気のせいじゃあないのか、なんて話もあるの」
「ゲェ…」
「瘴気のせいだとすると、薬草とかで改善できるものなんですか?」
「…無理ね。それどころか、薬草が多くはえていた森は、丸ごと瘴気汚染の中心地よ?事によってはよりひどくなってしまうわよ」
「それは…」
彼らにとっては、絶望的な状況だろう。何か俺に出来る事は「落ちつけよ、タクミ」
「え」
「やれることは無い。前から思ってはいたが、人に甘すぎないか?誰かれ構わずそんな対応じゃ、損をするばかりだぜ?そんなの」
………うーん、
「そうかもしれないけど、人をすぐ見捨てるような人になる、ってうのもなあ」
「………まああれだ。どこかで関係無い人が死んだからって、それで心痛めるほど末期ってわけじゃねえだろ?だったら同じように扱っちまえばいいのさ。優しくするのは、自分の近くにいる奴だけで良いんだ」
レイリは、俺の事を心底甘いと考えているかも知れないが、実際のところ俺の人間性と言うやつはそこまでいいものでは無い。屑だ、なんていう程でも無いと思うけど。ダメ人間呼ばわりされないために、自分が理想とする良い人へと変わろうとしているだけだ。
「まあ、そうかもね。でも、できる限りは優しくしていたいじゃん?」
「あなたたち、何で急に真面目な話を始めるのよ…。と言うか、早く報酬とりなさいよ」
「「あ、はい」」
何故か敬語になってしまったが現在ミディリアさんは仕事中。俺たちの後ろには行列が有りつまりは営業妨害です。これはいかんと二人で手を伸ばし、既に半分ずつに分けられている報酬を受け取り、列から外れて外へと向かう。
取りあえず、今はご飯だ。
コンビとして行動し始めているという訳ですね。ぜったい二人で行動しろと言われたわけでもないのに。




