第三話:宿と先輩冒険者
「ここ…かな?言われたとおりに来たんだし、宿ではあるらしいけれど…。
かなり、立派だなぁ…」
ミディリアさんに勧められてやってきた赤杉の泉亭だったが、これがまた以外にも立派な建物だった。一週間で銀貨七枚…まだこの世界の通貨基準は分からないが、この宿屋の立派さを考えれば結構値段は抑えられている筈。ギルドとの関係があるって言っていたからこの値段は冒険者だけかもしれないが、それでもかなり良心的である。もっともそれだけの期待が冒険者にかかっているという事だから、やっぱり冒険者という職業は危険であり、同時にどうしても必要な職業なのだろう。とはいえ今の自分はアリュ―シャ様から強化されているから気を抜かなければさして危険な目にあうこともない筈…。
今はとにかく宿に泊って今日の出来事をもう少し整理することにしよう。
「ごめんくださーい」
「「「「「「「「「まだまだ飲むぜーーーー!!!」」」」」」」」」」
!?
な、なんでこんなに宿の中が騒がしいんだ?
「ハッハッハァ!ほらお前らもっと飲め食えぇ!おやっさんの料理は最高だからなぁ!遠慮なんてするんじゃねえぞぅ、最近の依頼で俺の懐はパンパンだぁ!」
「よっ!ボルゾフーーー」
「この調子なら守人にだって選ばれるんじゃあないのか~?」
「あ、あれはギルドでも騒いでた人たち…これは二次会か何かかな?」
騒ぎすぎて迷惑なのかとも思ったけど宿の人も不快そうじゃないし冒険者ばかりが泊っている以上こういうことはもともと考えているのだろう。
夜もこのテンションのままだったらさすがに寝れない気がするけどその辺は宿の人たちがなんとかなだめてくれると信じておくとしよう。
しかし…守人ってなんだろう?また新しい単語が…。
今はとにかく宿屋に泊らなければいけない。もしここにいる人達も皆ここに泊るなんて事になるのなら部屋がないかもしれない。カウンターにいるおじさんはこの宿の人みたいだからあの人に言えば良い筈。
「すいませーん。店主さん。泊まりに来たんですがー?」
「ん?おお、あんちゃんは泊まりか。店主さんなんて硬い呼びかたせずに、おやっさんって呼んでくれな。そんで…何泊する?朝夕飯付きで一晩銀貨一枚だぜ」
よかった。ミディリアさんの言うとおりの価格設定みたいだ。銀貨まで貸してもらっておいてなんだけど何も知らない田舎者をからかうような人って可能性がなかったわけではないもんな。しかしほんとにいい人ばかりだ。このあたり、アリューシャ様がいろいろ考えたうえで此処の町にたどりつけるようにしたんじゃ…?って思う程だ。いや本当にそうかもしれないけど。
「一週間泊まりたいんですが?」
「なら銀貨六枚と銅貨五枚だな。連泊するなら最終日の晩飯はいらないから一食分割引することになってるぜ。ああ、依頼なんかで遠くに行ってまだ泊ってないとかって問題も発生したりすっから先払いで、今みたいな場合だと金は返せないっつうことになってんだが問題はないか?」
「はい」
「一二三、…ん、確かに銀貨七枚受け取ったぜ。おい、マリア。お客さんだ。部屋に案内して差し上げな」
「はいはい父さん。お客さんの部屋は?」
そう言って出て来たのは日本であれば高校生後半ぐらいの女の子だった。こんな子に冒険者の応対なんてさせていいんだろうか?冒険者には気性も荒い人たちだっているだろうに…いや、ここまで可愛いとファンクラブ的なものが形成されて、それに影から守られている~なんて漫画みたいな展開もあり得るかもしれない。
「35号室だ、ホイ鍵。ああお客さん部屋は娘に案内されていって下さい。それと部屋で荷物とか置いて言ったらまた食堂に来て晩飯食いなよ。まだ食べてないんだろ?」
「分かりました。香りからしてとても美味しそうですし、期待してます。早めに片づけて、降りてきちゃいますね」
「おう!俺も妻も料理の腕にはかなりの自信があるんだ!宿泊客じゃなくても飯だけ食ってくのもありだから気にいったら一週間たってもまた食べに来いよ。」
「そこまで言われると本当に食欲が抑えられなくなってきましたよ。ほんとにはやくたべたいものですね」
「ヨッシャア!ほれマリア、さっさとお客さんを部屋にお連れしちまいな」
「はいはい父さん。じゃあお客さんは着いてきてね、部屋に案内するから」
そうして連れて来られたのは、三階の比較的奥の方だった。しかし本当に大きい建物だよな、この宿屋。まだ1つ上の階があったぞ。これより大きいギルドっていったい…いや、別に深く考える必要もないことだなこれ。
「じゃあお客さんこれがカギだよ。どこかに出かけるときは受付に出して行ってね。荷物の片づけがおわったら、おりてきてお父さん達の料理食べていってね」
マリアさんに連れてきてもらった部屋は結構立派なものだった。まあそうはいってももちろん異世界なので電化製品などはあるはずもない、だがベッドも綺麗だし明かりも常備されているようで、なによりも窓があるっていうのが開放感があっていい。
近くの建物よりは全然高い建物だから結構町の外れの方まで見えていて、かなり見晴らしもいい。おっと、そんなことよりもお腹がすいたからおやっさんのご飯を食べに行こう。今日はまだ何も食べてないし、きっとすごく美味しい料理が食べられるんだろうな…!
◇◇◇
一階に下りてきた俺は未だ続けられていたどんちゃん騒ぎに辟易とさせられていた。おやっさんの料理が美味いのは分かったのだが、いかんせん落ち着いて食事を楽しむことができない。いや、こういうのも楽しいとは思えるのだが…一食目に関しては落ち着いて味わいたかったな、と思ったりもするのである。
「おーいタクミ、楽しんでるか?今日の飯の分は俺がおごってやったんだからちゃんと楽しめよ?この宿の飯は本っ気でウメえんだからよ!」
「ア、アハハ…」
一回に下りた俺はボルゾフさんとも知り合いになっていた。何となくわかっていた事だがやはり人当たりのいい人で、なるほどこの人な今みたいにあんなにたくさんの人たちにも慕われるようになるんだろう。
ちなみに彼に聞いたことだが、近々ミレニア帝国?がどこかの国に侵攻するといううわさがあるらしい。ギルドで落ち込んでいた人たちはその国出身なのだそうだ。
しかし、彼はずっと酒を飲んでいたからかなり酒臭い。元の世界の体でもろくにアルコールを摂れなかったのだがこちらの世界に来てから―――十五,六の体になっているとはいえども―――アルコールに弱くなってしまったのか、その酒臭い息をすうだけで少し酔いがまわって来ているような気もしたので今は少し困っていた。
「ボルゾフさーん、こっちにも来て下せえよう」
「あい分かった。じゃあなタクミ」
まあ彼はこの催しの主催であるのだからいろいろなところを行ったり来たりするので、そのあたりに関しては良かったと思っている。
今日のところは食事も堪能できたと思うしそろそろお暇させてもらおうかな?
「それではボルゾフさん。俺はそろそろ休ませてもらいますね」
「おおそうか?了解了解。今日登録したってことは明日が初仕事になるんだろ?いろいろと危ないことだってあるんだから、ちゃんと自分のできることを考えて仕事を受けるんだぜ?」
「もちろんです。危ない橋を渡る気はありませんよ」
「ふっ、それが解ってるんだったら大丈夫だろうな。お前には結構才能があると俺は思ってるし、芽も出ないうちにつぶれちまったら勿体ないからな。っと、もしかしてもうすぐ日付が変わっちまうんじゃないのか?やっべえやっべえ。こんなに送れちまったら嫁にどんだけ怒られるかわかったもんじゃないからな。よっしお休みタクミ、俺らもそろそろいい加減に寝ることにするぜ」
「はい。お休みなさいボルゾフさん。それに皆さんも」
階段を上っていると後ろから「よっしゃお前ら俺らも帰ることにしようぜ」「ボルゾフさんお代金」「おおうっかりしてたぜ。はてさてどんな具合だ?」「こちらになりますが…」
「…すまねえ、半分ぐらい付けにしといてくれねえか?」「…まあボルゾフさんならいいでしょう」「くっそあいつら、幾ら何でも飲み食いしすぎだろ…」という一連の会話が聞こえてきた。そんなに困ったことになるなら、もうちょっと考えて計画的にお金を使えばいいのに。いや、そういうはっちゃけたところも含めて皆さんから慕われているんだろうな。
なんて考えていると、「ふああ」と間の抜けた音で、無意識のうちに欠伸をしていた。
「いい加減に寝ようか」
寝間着に着換えた俺はそう言ってベッドに入った。明日からは冒険者として依頼も受けることになるだろうに、こんなに遅くまで起きていてしまった。それでもまあ、後悔はしていない。この世界に来ることに不安もあったけれど、今日はあんなにたくさんのいい人たちと知り合いになれたんだから、むしろ得だったと思う。これからもあんな人たちと出会えたら嬉しい。
そんなことを考えながら俺は夢の世界へと落ちていった。
◇◇◇
「卓克さーん、卓克さん、起きて下さいよ卓克さん」
「へ?アリュ―シャ様?」
目を開けたらアリュ―シャ様と俺が死んだときの白い部屋に…ってまさか!俺また死んだの!?
「ア、アリュ―シャ様!?まさか俺、また死んじゃったんですか?」
「い、いえいえそんなことはありませんよ。勘違いさせてしまいましたね。今日はとりあえず、この世界を気に入ったかどうかを聞くため、卓克さんが見る筈だった夢の世界を神界へと繋げたのですよ」
「…なる、ほど。そういうことでしたか。そういえば夢の中に会いに行くかも、とは仰っていましたね。うっかり忘れていました」
「まあ、異世界に転移するだなんて事、普通はありえないですからね。なんだかんだと言っても、疲れてしまったところはあるでしょう」
「そうかもしれませんね。でも、この世界は好きですよ。もちろん、まだ危ない事にも会ってないし汚い所も見てはいないから、絶対、とまでは言えませんけど。それでも」
「それは、よかったです。ですがあなたなら、この世界のことをこれからも好きでいてくれると思いますよ。それとですね」
アリュ―シャさまからの唐突とも思える話題転換に、強い緊張を感じた。
「な、何でしょうか?」
「いえ、魔術の使い方を教えていなかったなと思いまして。そもそも卓克様の生きておられた世界には魔術が一般的ではないと言うことをうっかり失念しておりまして…」
「ああ…それはたしかに」
そこまで重大な内容ではなかった事に、少し安心する。それと同時に、確かに魔術の使い方何てものは知らない事に、今更ながら気がついた。
魔力の使い方なんて知らないし、魔術なんて見たことがない。
ここはアリュ―シャ様にみっちりと教えてもらおう。…ん?魔術がないのではなく『一般的ではない』?
「ち、地球にも魔術ってあったの…ですか?」
「ええ、ありますよ。と言っても現代では使える人間は全世界で二、三万人くらいのごくごく少人数ですけれど」
「そ、そうだったんですか…知らなかったなあッ…!」
正直、魔術なんていうものは創作の世界にしかないものだとばかり考えていた。だが、地球にもそんなものが存在していたのだと知ると…価値観が変わってきた気がする。余り、『あり得ない』と否定してばかりいるのも良くないだろう。
ともあれ、今は魔術についての知識を得ることにしよう。
「それで、魔術というのはどうやって使うものなんですか?」
「魔術はですね、初めにどんな現象を引き起こすかをイメージして、その後に起こしたい事象、現象に合った起句を詠唱…といった方法で使うのですが、卓克様はわたくしが魔力に関係するところはかなり鍛えてしまったのでイメージさえ安定させれば起句を唱えた時点で魔術を発動できるかも知れません」
「それって不審がられたりしないの?」
「この世界はいろんな場所で新たな魔術形態が生み出されてますから自分の知らない魔術だ、って思ってくれますよ。それに一部の人たちは使える技術ですからね」
「じゃあ安心だね。でも俺まだこんなに若いよ?」
「なら起句も新しく考えましょう」
「そうしようか」
やはり使いやすい起句の方がいいだろうな、実戦で使えないような長い起句でも駄目だし…
「ここの世界の人たちってどんな起句を使ってるの?」
「結構単純なものが多いですね。例えば…などですかね」
「なるほど、…何だか、ほんとに漫画みたいな感じだ…ってあれ?この世界って英語はあるの?」
「いえいえありませんよ。ただし、卓克さんが日本語としてお聞きになられている言語も地球での一般的な言葉に翻訳しているだけですから、卓克さんが外国語で認識している言葉は聞こえるとは思いますけどね。話している言葉も翻訳していますよ」
なるほど…それならこの世界の人が分からなければいいんだろうし…、
「じゃあどこか地球の別の国の言葉を使った場合はどうなりますか?」
「つまり…翻訳せずにそのままの言葉で話した場合、ですか…。意識していないのならば、ニュアンスが伝わる程度だと思いますよ?」
「じゃあわかりやすく英語でいいかな。ファイア!みたいにね」
「ふふふ、いいんじゃないですか?」
イメージである程度どうにでもなるってのは便利だな、うん。
ちゃんとイメージすれば、ここでも使えるのだろうか?
「ファイア!ウォーター!サンダー!」
アリュ―シャさまに許可を取るべきだった、と後から気がついたが、時すでに遅し。完全に形を認識することはできない何らかの力が俺の中から消えていく感覚と共に、目の前にその事象が発生した。
おお!火が出て水で消えて…なんか帯電してる!
本当に自由だな、残った水も動かせるみたいだし。
「ちゃんと使えているみたいでよかったですね卓克さん」
「うん。いろいろ工夫を加えればかなりいろんなことに使えそうですし、魔術って本当に便利なんですね」
「先程の三種類のほかにもさまざまな属性もありますので研究してみてくださいね」
「了解です!」
「それともう一つ。うっかりしていたのですが、タクミさん、貴方に文字の翻訳をできるようにしておきます。書くのは難しいでしょうが、読むだけなら簡単な筈ですよ」
「!有り難うございます。読めるだけでもかなり楽です」
というかこうやって魔術がなかったら生きていけたのか?か弱いな、俺…やっぱり転生した時に能力をもらえてよかったよ…ってあれ?
「そういえば昨日言ってた特別な能力って出来たんですか?」
「えと…まだ、できてないんですよね………どんな能力がお好みですか?」
「…もしかして思いつかなかったんじゃあ…?」
「!?そ、そんなことはありませんよ!?で、ですがそのぅ、…方向性みたいなのは聞いた方がいいのかと思いまして…」
多分忘れてたんだろうな…しかし、方向性か。…あ!
「じゃあ、できる限り早く成長できるような内容で、お願いします」
「成長促進、であってますか?」
「はい、そんな感じで」
「わかりました。それではいい感じに出来たらまた会いに来ますね、思いついた能力を紛れ込ませたりしてるかも知れませんよ」
「おおっ!おまけみたいなもんですね!ありがたいです」
何か思いつかなかった能力で、なおかつ使い勝手のいいような能力だったらいいが、まあ、そこまで都合よくはいかないだろう。
「おや?そろそろ朝になるみたいですね!」
「へ?そんなこと分かるんですか?」
ここ全体的に真っ白だし、明るさとかも一定だった~、朝日が昇ったりするのは分からないと思うんだけど…?
いや、神様からしたら、そのくらいどうってことなく理解できる事なのかもしれないな。そもそもここが何処なのかも、俺にはよくわからないくらいなのだし。
「まあ、精神の時間は早いですから。計算はしておかないと、いつまでも寝続けることになったりしますし」
あ、そういうことも考えてやってたんですね。神様でも何かとできないことってあるんだな、と考えたとき、急激に眠くなってきた。
「どうやらもう目覚めるようですね。次に会うのは特殊能力が出来上がった日の夢の中になるはずです。それまでの間頑張って下さいね~。
ああ、くれぐれも無理はしてはいけませんよ、そうはいっても今の時点で既に中々の物なので、自分から死にに行くような事さえなければ命そのものは無事でしょうけれど」
「うぇ?ああ、ふぁい、わかり、ました~無理はしないようにします~」
「それではそろそろお起きになられて下さいね~」
そのアリューシャ様の声が聞こえたと思った頃には俺の意識はすっかりと眠りに…この場合は起きていくのか?まあとにかく消えていった。
◇◇◇
「んっ…と、もう朝…だな、じゃあおやっさんの朝食を食べに行くとしますか」
そう言い立ちあがった俺は、この世界初の目覚めを感じながら、今日も起こるであろうさまざまな初体験のことを思い描きながら着替え、部屋を後にしたのだった。