第十話:互いの確認
その後、ギルドの中で、シュリ―フィアさんを探したり、瘴結晶についての話を聞き出そうとしたりして見たが…収穫はなし。調査隊の報酬は功績に関わらず銀貨十枚なので、それをミディリアさんから受け取り、外へ出ようとしたのだが、エリクスさんに肩を掴まれ、引き留められる。
「ちょっと待てよタクミ」
「な、なんでしょうか?」
「いや、なんか忘れてる事が有るんじゃねえのかって思ってよ。思い出してみな」
「忘れている事…あ」
視界の端にレイリが映り込んだことでとある記憶が甦る。すなわち、コンビを結成するということだ…。この言い方だと、まるで芸人か何かのように聞こえてしまうがそう言う事では無い。冒険者として、戦友として、一種の運命共同体になる事を指すのだ。
…逆に、そこまで重く考えなくてもいいと言われもしたが。しっかりと考えるべき事柄だった筈だ。レイリのコンビとして選ばれたのだから、ちゃんと考えて行動しないと。
「思い出したみてえだな。じゃ、さっさと妹に声かけて登録済ませてこいや」
「は、はい!」
エリクスさんの声を受けて、俺はレイリのもとへと進む。
「レイリ、あの、さっき言ってた、コンビの、その」
なんだその歯切れの悪さはっ!…緊張しすぎだろ。さっきから決まっていた事ではあったんだから、レイリと二人で、さっさと登録しよう。
「おう、そういやそうだったな。…本当に、アタシでいいのか?」
「アタシでいいのか、って…レイリ以外に俺にコンビ組む人なんかいると思う?」
「………じゃあ、アタシ以外でも誘われりゃあいいのかよ」
「へ?」
「だーかーらッ!アタシ以外から声かけられたらホイホイついて行くのかって聞いてんだ!…どうなんだよ」
強く気色ばんだその叫びも、しかし、最後にはどこか心配そうな声音が混じって弱くなる。…つまるところ、レイリが言いたいのは、自分とコンビになることで俺が迷惑しないのか?とかそういうことなのだろう。
彼女が、その第一印象とは裏腹に、深く人を思いやる心を持っているという事は、この数日間の付き合いの中でも知りえた事だ。俺としては、彼女と共に戦っていくことに何の問題も拒否感も面倒も感じていないし、むしろ、俺の側から迷惑じゃないのかと聞きたいくらいで…って、これを口に出さなきゃ、何も始まらないんだな。
「ありえないね」
「え?」
「俺がレイリ以外とコンビ組むなんて、あり得ないって言ってるの。確かに、俺とコンビ組むような人をレイリ以外に知らないっていうのはあるよ?でも、それ以上に、俺はレイリの事を信頼してるからさ。なんだったら、自分の背中を預けられるくらいに。そんな人、人生でも大勢出会える訳じゃない。
だから…俺とコンビになってくれ」
俺の言葉を静かに聴いていたレイリは、途中で何故か顔を背け、そして、少しの間をおいてから
「おう」
と、言ってくれた。
…しかし、俺にだけ選択権が有るというのもおかしな話だ。レイリだって、俺では嫌な事もあるんじゃないだろうか?
「レイリはどうなの?」
「…は?…ッ!?」
何故か唇の端をひくつかせ始めているが、まあ、気にする事ではないだろう。
「俺は、まあ悪人ではないかな?と思ってるけど、善人では無いと思うんだ。正直、欠点ばかりだよ。それでも良いかな?」
「あ、アタシは、その………アタシも、タクミの事を、信頼できると思ってるし、戦場で背中だって預けられる。…代わりなんていねえよ。タクミが良い」
「…ありがと」
…んん、なんかこれ、恥ずかしいな。ちょっとレイリの方直視できないから、横の方でも………え?何で皆さんこっち見てるんですか?ニヤニヤしてたり、苦虫を噛み潰したような表情だったり…。
「ちょ、ちょっとタクミ、このままここで留まってたくねえから、さっさと登録済ませて外出ようぜ!」
「え、わ、分かったから、あんまり強く引っ張んないでって」
かなり無理やり俺の腕を引くレイリに、文字通り引きづられそうになるのを何とか耐えながら受付の方へと向かう、今空いているのは、ちょうどミディリアさんが担当する列のようだ。…ちなみに、そのミディリアさんはニヤニヤ勢である。どういう事なんだよ。
「…聞いてたろ?ミディ。コンビ結成するから、登録してくれ」
「はいはい。し~っかり聞いてたわよ?互いに信頼し合って、とっても良い関係なんじゃない?」
「茶化すな!だいたいみんな深読みし過ぎなんだよ!ここ数日こんなことばっかりだっ!」
「ここ数日って?…まさか、また恋人扱いされてるのか?いや確かに視線はあんな感じだけど」
「そうだよ。ったく、確かに物珍しく見えるのかもしれねえけど、何でもかんでも首突っ込むんじゃねえっての」
「まったく。分かってたけどつまんないわねえ。もう少し私に新鮮な、こう、ドロドロとした愛憎劇の様な者は見せてくれないの?」
「お前はさっきの場面に何を見たんだ…ッ!」
「二人は、相変わらず仲が良いですね」
「なに言ってんだよタクミっ!?」
「あらあら~。…分かってきたじゃない」
ミディリアさんが言うほどには、正直理解できていないと思うが、まあそれはおいておく。
「まあ、この辺で今は引き下がっておいてあげるわ。で、コンビの結成って事で良いのよね?」
「おう」
「はい」
「じゃ、この板に名前彫ってくれる?ああ、タクミ君は母国の字で構わないから」
「あ、わかりました」
そう言い、金属板と彫刻刀の様な物を受け取る。こんな小さい物で金属を彫れるのか?とも思ったが、レイリは違和感を感じていないようなので、何も言わないで机に向かう。
しかし、ミディリアさんにとって俺はただの外国人扱いなんだな…。記憶があいまいだ、とかは信じられていなかったらしい。
「うーん…まあ、普通に王国の字で良いよな。タクミはどうする?」
「ああ、決まってるから、先彫ってみて」
「了解」
そう言ってレイリは彫刻刀を握って、金属板に自分の名前を彫り始めた。彫っている途中は、正直何かの文様にしか見えなかったのだが、何文字か進むと、その文様の上に『レイリ』と浮かんでくる。そしてそのまま彫り進め、『レイリ・ライゼン』の名前が完成する。
「じゃ、次はタクミな。ほい」
軽い声で渡された彫刻刀を握り、俺も作業を進める。思っていたよりも本当に軽く彫る事が出来る。俺は、最近ではもう自分の古びてしまったスーツ以外では目にする事が無くなった漢字で自分の名前を掘った。
『西鐙卓克』………ああ、どこか、感慨深いな。この世界に俺の前世の事を知っている人なんていなくても、前世が無くなった訳ではないのだ。何処まで行っても、俺の名前はこれだろう。
「書いたよレイリ。じゃ、提出しようか」
「ちょっと見せてくれよ。………へえ、タクミの故郷はこんな文字を使ってんだな。でも、近くの国には無かった気がするぜ」
「まあ、そうだろうね。俺も、このレイラルド王国が一体何処に有るのかもわからないくらいだし」
「…ま、まあ、どっかで見たこともある気がするし、諦めなけりゃいつかは見つかるだろ」
「…うん。そうかもね」
余計な気を使わせてしまったようだ。いけないいけない。
…しかし、ちょっと煩わしいな。何でまだこっち見てんだよ冒険者面々。仕事しろって。
早く外に出よう。それが一番良い対応策だ。
「ミディリアさん。出来ましたよ」
「はいは~い。じゃ、これで登録しておくから、今日の所は帰っていいわ。明日の朝、二人揃って受け取りに来てね~」
「いつまでもおちょくり続けんじゃねえよ、まったく。…じゃ、今日の所は帰るか、タクミ」
「うん。それじゃあミディリアさん、また明日」
「はいまた明日~。仲良くするのよ?」
「当然ですよ。かけがえのないコンビで、友達なんですから」
「…こんなのも、なかなかいいものね。たまには、って注釈は必要かもしれないけど」
「ほら帰るぞタクミ。もう付き合ってられん」
レイリが踵を返したのが見えたので、あわてて俺もその背を追い、横へと並ぶ。
「なかなか良かったぜ二人とも。コンビ結成した気分はどうだ?」
「タクミそそのかしたの兄貴だろ。飯減量だ」
「殺生なッ!お、お前にだっていい事だったろ!?…タクミッ!弁護を頼む」
「あ、あははは…」
「そんなに俺をいじめたいのかお前らぁーッ!」
なんだかんだでご飯を出してるレイリや、何処までも笑いがこぼれる程度の怒りに抑えるエリクスさん。俺の周りは良い人ばかりで、だからこそ、そこに追いつきたいと思うのだ。
「レイリよぉ~。本気で飯減らす気か?俺、俺、今日は滅茶苦茶働いたろ?」
「もう決めてんだよ。今更変えるか。と言うか兄貴だって、アタシにちょっかい出したらやり返されるってのはもう分かってんだろうが」
「ま、まあまあ。実際今日のエリクスさんは凄い頑張りっぷりだったんだし、良いんじゃないかな?」
「タクミッ!なんだかんだで助けてくれるんだな!」
「今日の兄貴の場合、自分の為じゃねえか。それもかなり邪な理由で。…あんまり悪足掻き続けると、飯抜きだぜ?」
「何…だと…。いや待て、今日からラストゥの水揚げじゃないのか?今日の晩飯、ラストゥの煮つけなんだろ?
………マジで喰わせて下さいお願いしますッ!」
「…さあ?」
エリクスさんの夕飯が逃げて行きそうです。さて、俺は俺で、そろそろ別れて赤杉の泉に向かわないと。
進む方向を見れば、既に目的の旅籠の威容が見える。…やっぱり大きいな。
「あ、そっか。タクミはここだったよな。じゃ、また明日」
「じゃあな、俺の夕飯が有る事を祈ってくれよ」
「じゃあ、また明日。レイリ、エリクスさん」
二人と別れ、赤杉の泉亭の中へ。…まだ夕食には早い。もう少し二人と歩いていても良かったかもしれないが、まあ、ゆっくり休んでおくとしようか。
さっき、エリクスさんが、ラストゥ、という魚と思われる物の水揚げが今日から始まると言っていた。もしかして、俺もここで食えるかもしれない。それは実際楽しみだ。エリクスさんがあんなにも食べたがっていたのだから、さぞ美味に違いない。
…しかし、レイリとコンビを組んだ訳だが、結局これからどういうふうに変わってくるのだろうか?一緒に仕事が出来る、というふうには聞いたが、必ずしも一緒じゃなきゃいけないってわけじゃないんだよなぁ…。ボルゾフさんもエリクスさんも、コンビの人を見かけた事が無いし。
ああ、それ以外にもまだ考える事はあるんだった。あの瘴気の塊、どす黒い紅の結晶についてだ。…いや、それこそ俺が考える事では無いのかもしれないが、結局あれは何なのだろうか?誰も正体を知らなかったようだし、…事によれば、今回初めて見つかったって事すらあり得る。いや、むしろ今まではこんなものは存在していなかったと考えるべきなのかもしれない。
だって、俺じゃなくても土を掘り返して何かを探した人くらいはいる筈だ。植物が水を吸い上げる事くらいは常識の様だし。今回のような状況で、見つからない筈もない。
となれば、あれはそもそもここにだけ現れた物で、瘴気の塊であると同時に、その瘴気も異常であったと…、ああ、やっぱり考えても答えなんて出そうにないな。むしろ想像をすればするほどに応えから遠ざかっているかも知れないし、止めておこう。
外を見れば、部屋に入ってから既に一時間くらいは経っているようで、夕日が紅に染まっていた。
………なにしよっかな。洗ってた服も、もう外から回収してきたしな。
コンコン!コンコン!
と、そんな絶妙なタイミングで部屋の扉がノックされる。俺の部屋に客…。いや、客では無く、おやっさんの娘のマリアちゃんかな?いつもはしてないけど、食事が出来たとでも伝えに来たのかもしれない。
そう思い、扉に近づき開け放つ。と、そこにいたのは、
「お、いたなタクミ。そろそろ飯の時間だぜ」
「え、…何でレイリがここに?家で料理するんじゃなかったの?」
何故か、今頃家で魚の煮つけを作っている筈のレイリがそこにいた。…何故?
「ああ、実はな、今日から水揚げされるラストゥを煮つけにしようと思ってたんだが…どうにも漁獲量が少ないらしくて、アタシが買いに行った時には今日の分が全部なくなっちまっててよ。あってもバカ高ぇし」
「ああ、確かにそんな状況じゃ料理も諦めるね。でも、それでどうしてここに?」
「その時に、漁港長のパカルさんが『赤杉の泉でなら食えるんじゃねえか?朝、大量に買い付けて行ったからよう』って言ってたからだな。別の料理でも良かったんだが、兄貴が駄々こねた」
「…駄々こねたんだ。エリクスさん」
「そこまでの事はやってねえぞ!レイリめ、口から出まかせばかり」
いきなり階段から飛びあがってきたエリクスさんの言葉を途中で切るように、レイリが睨みつける。つまり、エリクスさんには後ろめたい事が有ったらしい。何故そこまでするんだ。そんなにラストゥは美味いのか。ああ、気になって仕方がない。
「…ラストゥって、そんなにおいしいんですか?」
「「絶品」」
そこまで言うなら、俺も意地でも食ってやる。というか、料理が異様に美味いおやっさんの手でその絶品料理がつくられたら、一体どんなものになるというのだろうか。
「じゃ、食うことにしようぜ。最近碌に魚その物を食ってなかった気もするし、確実にいつもよりうまく感じるだろうな」
「ん?そういや確かに最近レイリは魚料理作んなかったな」
「俺も楽しみです。ラストゥって魚がどんななのかも知らないですけど」
「見た目は悪いけどな、味がその真逆に美味えんだよ。ま、アタシの言う事信じとけって」
◇◇◇
¬¬¬¬¬¬¬¬―――和食、と言う物に、懐かしさを感じる事はない。
何せ、毎日米は食ってた。それ以外にも、日本の食事を彷彿とさせる物も多かったから。ああ、そもそも俺は純和食の生活をしていたという訳でもないから、懐かしさを感じる事は結局なかったのかもしれないが。
だが、これほどまでに見事な料理を前にしては、母の料理を思い出す事を、止められなかった。
「完全にカレイの煮つけだッ…!うめえ…ッ!」
「華麗?まあ、確かに身崩れもしてねえよな。そのうえ味も奥までしみ込んでるし、やっぱここの料理にはまだまだ勝てそうにねえよ。ま、今日の所はアタシが勧めた料理でタクミも満足できたってことで良いけどよ」
レイリには違う意味でとらえられてしまったが、まあ、感想としては同じようなものである。
「おお、タクミにも分かるよな?このウマさ。毎日くいてえ~!」
「なら自分で金払えよ。アタシからは金出さないからな」
「すまん。食わせてくれ」
「エリクスさんもうちょっと考えて口に出しましょうよ」
「だが俺は諦めんぞ」
「もうつくらん。決定事項だ」
「ゲッ!」
「毎日悔いたら、どうにかなるかもしれませんよ」
「タクミも、言うようになったなあ」
「俺の味方が減ったのとほぼ同義だぞチクショウ」
実際エリクスさんはそろそろ観念するべきな気もしている俺である。
さて、あまりの煮魚の美味さに一瞬で平らげてしまったな。おかわりでもするか?…いや、ここで何度も食べてしまうと、飽きが来るかもしれない。自重しよう。
「タクミは食べないのか?」
「うん。いや、凄い美味しいんだけど、このまま食べすぎちゃうと飽きるだろうと思って。いくら漁獲量が少ないと言っても、多分おやっさんなら買ってくれるだろうから、まだ食べる機会はあるしね」
「なるほどなあ…、じゃ、アタシも今日はこのくらいにしておこうかな」
「え?いやいいよ遠慮しなくて。レイリだってあんなに楽しみにしてたじゃん」
「いいっていいって。実際、朝から買いに行きゃあ、喰いたいときには食えるんだしな」
…レイリは、優しいなぁ…。胸にしみる程に。
と、三人の中で結果的にただ一人ラストゥの煮つけをおかわりしてきたエリクスさんが、俺の肩を叩いて話しかけて来た。
「なあタクミ、お前、今はここで泊ってるわけだが、先払いとかしてんのか?」
「あ、はい。…後三日分は、先払いしていた筈ですよ」
「よし、だったらその分が終わった後は俺の家で寝泊まりな」
「………………は?」
………ああ、居候か!?
さて、…作者的には言葉とかに気を使って書いた会だったんですが、どうだったでしょうか?恋愛は、できる限りゆっくりと。よしんばどちらかが恋愛感情を持っても、本人も気が付いていない…とかそんな風に書いていきたいんです。…どうなるかは分からないけど。
評価・感想お待ちしています!




