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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第二章:紅を知る、生活と別れ
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第七話:瘴気の中心

前回まで話数調整済みです。

 何だかめまぐるしく色々な事態が起こって行ったような気がするが、とりあえず、ここで一息と言った所だ。

 忌種を倒した場所で、レイリと何度か言葉を交わしながらそんな事を考えていた俺だが、ふと、額にむずがゆい何かを感じている事に気がついた。

 何と言うか、肌を掻いた所で治る様なものではない、もっと深い所の…って違うぞ!これ多分、身体じゃなくて外側からだ!

ってことはつまり、だ。今俺は『探査:瘴』の練習として額から魔力を放出し続けている訳だが、それがようやく意味を成したということになる…のか?忌種を倒したことで瘴気が空中に漂った、と考えるなら妥当な答えだと思うが。

…シュリ―フィアさんが少し休憩したタイミングを見計らって、聞いてみた方がいいかもしれないな。


「なんだよタクミ、さっきから宙を見上げて。変な物でもあったか?」

「良く分からないものなら、一応確保しとけよ」


 レイリとボルゾフさんから訝しまられるくらいには俺の行動はおかしかったらしいので、二人に先に伝えておく。


「まだはっきりとした感覚は無いんですけど、もしかしたら今シュリ―フィアさんが使ってる魔術、使えるようになったのかもしれないなぁ…と思って。いや、希望的観測ですけどね」

「おー、そりゃあ目出てぇこったな。…ん?だが二人いた所であんまり意味無いんじゃ」

「ち、ちげえよボルゾフさん。今兄貴はシュリ―フィアさんが魔術使い続けて集中してッから話しかけらんねえんだ。でも、そこでシュリ―フィアさんからタクミにバトンタッチしたら?」

「………話す機会を得られて、この状況なら一緒に忌種を倒すことで一体感も得られる。まさに一石二鳥だとは思いませんか?」

「な、なるほどなぁ…。確かに良く考えられてるよ。

 ………話は変わるが、もうお前ら完全に息あってるんだな」

「「…まあ、こんなもんかな、と」」


 声も合っているあたり、もしかしたら相性かなりいいのだろうか?だとしたら非常に喜ばしいことである。

 と、それはさておきだ。今シュリ―フィアさんに声をかける訳にはいかない。集中を保っているし、俺だって完璧に何かをとらえたとは言い難いから、もう少し訓練させてもらいたいというのが実際の所、本音ではあるのだ。

 空気中にさっきの感覚と同じようなものが漂っている事を感知することは…成功している。但しそれに繋がりを見いだせず、濃度の濃い場所を探るのも出来ない。これでは迷走するばかりだ。


「瘴気を辿るのは、やっぱりまだ厳しいか?このままだと先にシュリ―フィアさんが中心地にたどりつきそうだよな…」

「帰り路とかはもう関係ないし、どうしたことか…」


 と、その時、シュリ―フィアさんの歩く方向から激しいガサゴソという音がする。かなりのスピードで近づいてきており、恐らくは…


「「瘴気汚染体か…?」」

「俺に任せて下さい!」


 俺たちが動く前に、エリクスさんが疾走、守人さんの前で忌種を待ち伏せる。止まろうとせず、一直線で来ているあたり間違いなく瘴気汚染体だと思うし、だからと行ってエリクスさんが負ける訳も無いのだが…。何と言うか、『俺に任せて下さい!』というセリフの合わないこと合わないこと。

 恋愛経験皆無の俺が言うのもなんだが、この反応の初々しさ、やはり心配になってくる。


『ゲキャ』

「そおいッ!」


 …戦闘面での心配は、やはり必要無いようだが。

 そして、その光景を見ていたシュリ―フィアさんは、何かを理解したかのように一人頷き、


「某の『探査:瘴』が指し示す方角と、今の瘴気汚染体が走ってきた方角は全く同一。この先が、ほぼ間違いなく今回の異変の中心部だろう。皆、努々(ゆめゆめ)警戒を怠らぬよう、気を引き締め、某の後ろに着いてきて下され。エリクス殿、もちろん、そなたもです」

「は、はいッ!了解しましたッ!」


 エリクスさんはその言葉の通りにこちらまで走ってきて、顔を近づけて喋り出す。シュリ―フィアさんには聞こえないが、感情はひそめない程度の声量で。………その顔で近寄られると、微妙にイライラしてくるな。…レイリは小さく舌打ちまでしていたが、流石にそこまででは無いとも思うが、まあ気持ちは分かる。


「おいおい二人とも~?今の聞いたかよ?俺、もう名前覚えてもらったんだぜ?いやあ手ごたえあるなぁ~」

「………兄貴は、耳がタコになるくらい自分の名前叫んでたじゃねえか。あれで覚えない訳無いだろ…?と言うか、アタシとしてはむしろ呆れられてんじゃねえかって心配の方が正直強いんだが」

「確かに、このままだということ聞かずにずっと前にいるから、エリクスさん個人に対して後ろに下がるように再度言った様な感じはありましたよ?大丈夫ですか?」


 俺たち二人からツッコミを受けたエリクスさんは、僅かに『う』と声をもらしつつも、その程度ではへこたれたりしないという強い意志と情熱を秘めた目でこちらを見て来た。何でこっちを見るのだろうか、その熱視線、シュリ―フィアさんにもちゃんと向けませんか?恥ずかしいのかもしれないけれど。


「…おい、立ち止まってないでさっさと行くぞ。そんな所で立ち止まっても、何も進展しねえだろうが」


 ふいに横合いから掛けられたボルゾフさんの声に反応し周りを見回せば、既にシュリ―フィアさんや他の冒険者は歩きだしていた。こうしちゃいられないと全員走りだし、…この時点で、俺の『探査:瘴』の特訓に、とりあえず今は意味がなくなってしまったという事実に気がつき若干心が萎れた感覚を得た。

 …まあ、何時かは役に立つさ。

 シュリ―フィアさんのすぐ後ろまで一足早く追いついたエリクスさんは、晴れやかな声で


「それで、シュリ―フィアさん。一体どのあたりが瘴気の中心なんですか?」


 と、問いかけた。

 どうやら既にちゃっかりと名前も自分で聞きだしていたようだ。なんだかんだで畏まっているという訳でもないし、実はかなり高印象でもあるかもしれない、なんてエリクスさんとシュリ―フィアさんの関係について想像を巡らせていたが、今は言われたとおりに気を引き締めるべきだろう。

軽く深呼吸をし、頭を切り替える。


「おそらく、後数分で到着する程度の場所に存在している事だろう。事によっては、結局一昨日(いっさくじつ)の暴走で現れなかった強力な瘴気汚染体がここに潜んでいる可能性も否定はできぬ。故に一度、某が様子を見る為先駆けさせてもらうぞ」


 あの先に瘴気汚染体が潜んでいるのは、まあ分かるとしても…強力な?ううむ、何だか違和感がする様な…ああ、そうか。

 エリクスさんの横から、シュリ―フィアさんへと質問を投げかける。


「一昨日の戦いの最後、シュリ―フィアさんが撃っていた光の柱みたいな魔術で、瘴気汚染体は全部倒せた…っていう訳じゃあ無いって事ですよね?それは一体どうしてですか?」


 さっきも【小人鬼】の瘴気汚染体がいた。俺はあの光線…光柱で全ての瘴気汚染体が討伐されたと思っていたのだが、結局間違いだったのだろうか?


「ああ、あの魔術はだな、自分の中の魔力そのものに『探査:瘴』の性質を乗せて、それを大規模攻勢魔術に加工した物なのだよ。無駄に手間はかかるが、忌種…今回の場合は、特に瘴気汚染体を狙うように追尾し、奴らを穿つのだ。…だが、いかんせん距離が足りなかったようで、ここまでは届かなかっただろうと思ったのだ」

「………なるほど、凄いんですね」


 知らない技術が二つ三つ重なった結果があれらしい。恐ろしい事だ。まさか瘴気に反応して忌種を追い続けるビームを撃てるなんて。

 …もしかしてあの時最後に瘴気汚染されていない中位忌種が出て来たのって、瘴気汚染体に攻撃が集中したから?ああいや、今はもう、どうでもいいことか。


「さて、…十中八九、あれで間違いないのだろうな。やれやれ、戦場(いくさば)よりはいくらかましとも考えられるが、どちらにしろあまり好ましいものではないというのに。

 …さて、皆はここで待機していてくれ。某は、あそこを見てくるからな」


 そう言ってシュリ―フィアさんが指し示した場所を見た俺の瞳に映り込んできたのは、落葉も始まり、すっかり葉が茶色を中心とした色彩へと変わった森の中で鮮烈にこちらへとその存在を示してくる、

 ―――葉、幹、根、地面すらも血のように赤く紅い、本能を戦慄させる風景だった。


「…ッ、な」

「なんだありゃあ…まるで血の海じゃねえかよ」


 レイリの表現が、最もしっくりくるのではないだろうか。もっとも、地面だけでは無く見上げる高さまでもが紅に染まっているあたり、その衝撃度合いは大幅に増しているが。

 少し離れた場所の木々は、いたってありふれた茶色を中心としている。ここ数日でもう木々も葉を散らし始め、すっかり寒々しい様相だが、紅き木々達はほとんどその生命力を衰えさせていないようだ。見た目の印象と、ある意味で真逆ともいえる。


「瘴気は、濃度が高ければ肉眼で血の色に見えるってぇ話は聞いた事はあったが、こんな風に植物が赤く染まっちまうなんて話はさすがに聞いた事がねえな…。やっぱり異常が有りそうだ」

「どんな異常が有るかは、分からない。決して某より前へは出ないで頂きたい」


 そう言って、シュリ―フィアさんが歩き出す。その後を、少しゆっくりと追いながら、ふと、エリクスさんが先程からしゃべらなくなっている事に気がつく。

 さっきみたいな光景を見て、無反応って言うのはちょっと想像が出来ないのだが…?


「ねえレイリ?エリクスさん、なんか急に元気無くなってない、かな?」

「…多分、としか言いようがねえけど、シュリ―フィアさんに後ろに下がるように言われたのが地味に答えてんじゃあねえかな。あれだと、目の前の光景の異常さにも気がついてねえかもしんねえけど」

「…重症だね」


 何と言うか…恋って怖い。ここまで人の人格変えますか?

 どんな形になるかは分からないけど、何らかの方向へと今の恋愛模様を変えていかないとまずいような気がするのは俺だけだろうか。エリクスさんは空回りばかり、シュリ―フィアさんは…もしかして、恋愛とか興味無いのだろうか?まあ、どちらにしろ、何らかの形で話す機会が無いと厳しいだろうなぁ…。

 いや、それについては今はおいておいて、目の前で起こっている事に集中するべきか。

 現在、先頭にシュリ―フィアさん、そこから少し間を空けて、エリクスさんと俺たち、二人の冒険者、最後尾にボルゾフさんがそれぞれついて、前進している。戦闘力から来る順番だろうし、非常に妥当なのだが…列を作って前進している以上、どうしても横合いに隙は生まれてくる訳で、その結果、この通りに…


『グルルルル…』

『ゴグォォォ…』


 目の前に広がった紅の空間こそが瘴気の中心、であるならば、それを目指して瘴気汚染体かどうかにかかわらず、忌種が集まってくるくらいの事は分かっていたのだ。考えていなかっただけで。つまりは危機意識が低かったというか仕事中に恋愛の事なんか考えるべきじゃあ無かったのかもしれないなーッ!

 …取り乱しても仕方がない。見た事が無い忌種で、しかもおおよそ二十五体程度、こちらの数よりも多く、シュリ―フィアさんは瘴気汚染体では無いことを見破るや否や『これ以上忌種が集る前に出来る限りの調査をすべきだろう。某は先に向かわせてもらう。ボルゾフ殿、エリクス殿、任せた!』と言って走り去った事も問題ない。

 だが、その二人をうまく足止めするように忌種が動き出したのがいけない。ボルゾフさんとエリクスさんにそれぞれ五体。低位忌種と思われる奴らに二人が負けるわけはないが、狼型のこの忌種、かなり素早いのだ。それが五体も集まっては、二人も翻弄され、上手く有効打を与えられないでいるらしい。

 瘴気汚染されていない忌種の恐ろしさ、と言った所だろうが、残り十五体、俺とレイリに九体、もう二人の冒険者には六体。…こうなる直前までエリクスさんの恋愛について考えていたのだ。いくらなんでも危機感が無さ過ぎるとしか言いようがないではないか。


「やるぜタクミ!こいつらは足は早くても、一撃一撃は軽い!あたしが前に出てひきつけるから、隙が出来た奴をやるなり、逆にアタシがやれるように手え貸したりしてくれ!」

「分かった!気いぬいててごめん。すぐに終わらせよう!」


 数歩走って、最も近くにいた狼型の忌種に剣を振りかぶるレイリ。しかし、その獣の短足からどうやって行ったのか理解に苦しむほどに見事なバックステップでその剣は回避される。だが、その行動は予測のつく物。故に、


「『風刃』!」


 体一つ分後方へとずれた場所へ、レイリを中心として円を描くように『風刃』を放てば、一刀両断。…残りは、八体。

 この数秒の間にも大きく移動し、こちらを撹乱、翻弄するような動きを繰り返す狼共。レイリが新たな標的に狙いを定め動き出す前に、『風刃』を無造作に打ち込んでみた。

 …結果、収穫なし。『風刃』そのものは一応透明、不可視なのだが…どんな理由で避けられたのやら。というか跳躍中なのに体をひねって避けるとか、正直単純には命中させられる気がしなくなってきた。

 レイリが走ってくる方向と逆側に風刃を撃ちこみ、レイリから注目を外す。『風刃』を回避したものの、レイリが走り寄る方角へと身を飛ばしてしまったのだ。どうなるかは、自明の理である。

 しかし、レイリが狼を切り裂く場面を見る事は叶わなかった。俺の背後へと、数匹の狼がまわりこんだ気配を感じたからである。


「ッ…『風刃』!」


 振り向きざまに『風刃』を横一文字に撃ち出す。かなり低めに、地面を滑らせるように放った風の刃は、しかし奴らには触れない。

 奴らは全員飛びあがって、俺の『風刃』を回避したのだ。このままでは、次に地に下りた時、俺へとその俊足で飛びかかってくる事だろう。それは、…非常にヤバい。だが、一体どうすれば…。

 待てよ、空中で体をひねるなんて、そう何度もできるはず無い。だったら、あの魔術にもう一度挑戦してみるか?…ええいッ!イチかバチか、やるしかないッ!


「『風刃』!」


 俺が放った風刃を、狼共は先程の映像の焼き直しのように身体を捻り回避する。…それで良い。後はこちらが合わせられるかどうかだ。

 背後から、剣が肉をひきさく音と、「タクミッ!」と、こちらを奮わせる声がした。

 それで十分。


「『土槍』ォォオオオオオ!!」


 大地が隆起し、湿って重くなっている筈の落ち葉が、爆発したかのように撃ちあげられる。そして、その下から一息にせりあがってきたのは大小様々の槍…いや、持ち手も、もちろん装飾品なんて洒落た物はついていないのだから、むしろ『土棘(どし)』とでも言うべきだったな。

 しかし侮るなかれ。それは固い意志も柔らかい腐葉土も、その全てを差別せず凝縮、硬化、固定することで作られた、れっきとした凶器。当然、


『グラアアアッ!!』


 硬くも無い毛皮を貫く程度、造作もない。

 俺を標的とし、飛びかかってきた狼の数は合計四体。その全てに致死の傷を負わせた。

 

「やるじゃねえかタクミ!なんだよその魔術ッ!ええ?」

「土壇場で何とか成功できた。運が良かったのと、レイリのお陰かな?」

「?あたしがなんかした覚えはねえんだが…。まあ、なんか助けになったってんなら良かったよ」

「うん。ありがと…じゃ」

「残りも片付けるとしようぜぇッ!」


 残った狼は二体。最早群れとしての優位性など、皆無だ。


◇◇◇


「これでッ!最後だああああ!」


 シュリ―フィアさんがいない場所での戦闘で、いつもの調子を取り戻したエリクスさんが剣を大きく振りかぶり、最後の狼型忌種を斬った。無論一刀両断。…剣を振りぬいた後の表情が生き生きとしている。エリクスさんに、誰かに気に入られようとすり寄って行くのって似合わないんだよなぁ…。

 名も知らぬ二名の冒険者の片方が僅かに切り傷を負ったらしいが、行動に支障が出るほどでは無く、おおよそ無事に戦闘終了したと言ってよさそうだ。

 となれば向かうべきはあの紅の空間。一息つき、しかしそれ以上の時間は空けず、俺たちは舞う紅にのみ込まれるように走った。



 な、なんとか間に合った…。


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