第四話:異常性の確認
更新遅れてしまって申し訳ありません。部活動の試合があって、その練習に時間を割いていました。
つまり、エリクスさんがこうやって調査を先取りしようとしたり、妙に張り切っていたのは全て想い人に良い所を見せる為だった…と言うことらしい。
何とも言えない空気がその場を支配する。俺は、単純にどんな反応をすればいいのかを考えついていない事が理由で固まっているだけなのだが、この兄弟の間では様々な感情が瞬間的に渦巻いているらしい。
両者ともに百面相状態で、俺は冷静になりつつあった。
「えーと…どんな所に惹かれたんですか?」
「おッ!?…なんというか、俺より強い女性って初めて見たというか…しかも凄い美人だし」
「なるほど。確かにエリクスさんより強い女性となると、あまりいないものなんでしょうね。ましてや年も近く、尚且つ美人…分かります」
「ちょっと待て!何で二人で着々と話進めんだよっ!まだアタシおいつけてないぞっ!」
まだレイリは感情が落ち着いていない様子。まあ、兄がいきなり『一目惚れだよっ!!』などと叫んだのだから当然かもしれないが。
その時、レイリの耳元へエリクスさんが顔を寄せ、囁いた。
「(なあレイリ…俺もよ、そろそろ婚期後半なんだよ。ほら、俺今二十二じゃん?やっぱ本気にならなくちゃいけないって思うんだよ。そこに現れた女神)」
神にランクアップしたのか。徹底的に惚れてるんだな…。
「(女神ってなんだよ…いやまあ、兄貴が誰と恋愛しようが勝手なんだけどな?でもさすがに高嶺の花じゃないか?兄貴はただの一冒険者。それに比べてあの人は守人だぜ?立場がなあ…)」
「(現実突きつけたなっ!?おのれ妹ぅ…)」
「とりあえず普通に聞こえてるんですが、小声の意味あります?」
そう俺が言うと、エリクスさんはこちらへ顔を向けて口を開き、
「…大声で話すような事では…ねえだろ?」
と言う。それはそうかもしれないが、二人だけでくっつかなくてもいいではないか。それとも俺がくっつけばいいのか?
そう思い、俺も顔を寄せる。恐らく他の場所からは奇妙なオブジェのように見えている事だろうが、あまり気にしない事にする。
「(それで、結局どうするんですか?立場の違いとかを抜きにしたって、早く告白、そうでなくても強く印象に残るようにしないと、次に会えるのが何時になるのか分かりませんよ?)」
「(う、うおおおおヤベエ!まじヤベエ!一週間もいねえよなチクショウッ!…明日しか長時間話せる機会無くね?)」
「(兄貴…災難だったな。だが明日はアタシも守人さんと繋がりを持とうと画策するから、まあ厳しいと思うぜ)」
「(それに、明日は明日で大事な仕事な訳ですし、手を抜くのはさすがにまずいですよ。・・・やっぱり厳しいですね)」
「(ここまでハードル高ぇのかよッ!…絶対諦めねえ)」
決意硬いな…俺は未だに恋をした事が無いけど、多分人生の中でもかなり本気に入る状態じゃないのか?凄いな。
「(そうは言いますけど…一体どうするつもりなんですか?簡単に出来る話じゃないのは確実ですし)」
「(ぬぬぬ…後で考えるッ!)」
「(投げんの早えよ兄貴っ!)」
◇◇◇
結局碌な対策も立てず、そのまま流れで忌種の死骸の山へと到着。まだ煙は昇っているが、火が付いているという訳ではなさそうだ。
何となく触りたくなかったので、顔を近づけて観察してみる。…焦げて炭になった肉とかにしか見えない。何かが異常だとは思えないのだが。
「俺は何も分からないんですが…二人は?」
「「分からん」」
「ハモらなくたっていいのに…と言うか、ほんとに後先考えてない行動でしたね、これ。…エリクスさんは、瘴気汚染された忌種の死骸って見た事あるんですか?もちろん、今回以外で」
「あるぜ?だがなぁ…それと比べても、目に着くほど大きな違いが無いのがホントにつらい所でよぅ…」
「アタシにはさっぱりだぜ…。と言うか、今更だけどさ、もうこの死骸もギルドで調査とか始めてんじゃねえの?アケ…ギルド長は少なくとも報告受けてたみたいだし」
「ああ…確かに」
ギルド長は今日俺達を含めた冒険者の雰囲気が暗い理由を、明言はせずとも察していたように思える。それはつまり、ギルドの構成員からあの時点で報告が上がっていたということに他ならないであろう。
流石にサンプルだってもう採取しているだろうし、早ければ調査だって専門の知識や技術を持った人たちがやっている筈…。俺たちがやる意味はないのではなかろうか?
「それは………ほら!独自の調査とかしたらなんかわかるかもって思ったり、それに、『あの人も、頑張ってくれてるんだ…』みたいな感じで印象に残るかもしれないしさ?」
「えー…?」
どうにも、守人さん…シュリ―フィアさんがそんな反応をするとは思えないのだが、と言うか頑張ってくれてるんだという感想は、ロルナン側の住人がシュリ―フィアさんに抱く物の様な…いや、言わない方がいいのか?必死な思いの結果なのかもしれないし。
唐突に調査に連れだしたりするあたり、相当焦っているんだろう。正直言って邪魔とかはしたくないのだ。出来る限り、エリクスさんの思う通りに。
「じゃあ、もうちょっと調べてみましょうか」
「…まあ、そうだな。兄貴が結婚するのは悪い事じゃないし」
「恩にきるぜ二人とも…ッ!」
そんなわけで、少し離れたところに転がっていた忌種の炭化した死体をレイリが切って小さめに分解、三人で観察を再開した。
数分後、レイリが何かを見つけたらしく声を上げた。
「なんかこう…紫色の斑点みたいなものが有るような気もするんだぜ。兄貴はこれ、見た事有るか?」
「どれどれ…深い所まで観察した事ねえから何とも言えねえけど、こりゃあ気味悪ィなあ…」
「はぁ?分かんねえのかよ。意味ねえじゃんか」
「辛辣だなぁレイリ…」
いやしかし、折角の発見の意味がなくなったのだから仕方がないか。でもそうだよな…焼いた後の忌種の死骸なんて、いちいち解剖したりなんてしないし。と言うか、それに限らず普通は忌種の内臓を見たりもしないか…せいぜい、切り口が大きかったりするときだけだろう。
…いや、待てよ?
「エリクスさん?普通の忌種を切った時に、中身にこんな斑点が有るものですか?」
エリクスさんは昨日もかなり大きな切り傷を忌種に与えている。あれだけ大きな剣で切られれば当然だが、内臓まで丸見えになっている程だろう。
それならば、この斑点が有ったのかどうかも覚えているかも知れない。
「瘴気汚染体じゃなくて、普通の忌種に、か?………いや、無い筈だ。前にギルドの資料で特殊な忌種に対する対抗法を調べた時、忌種の体の仕組みも調べて、晶写された画像も見たが…普通の肉みたいにしか見えなかったからな」
晶写とはなんだ?と言う疑問もあったが、取りあえず放置しよう。今重要なのは、この斑点が普通の忌種には無いものだ、と言うこと。更に言えば、瘴気汚染された魔物の特徴かと言うのも怪しいのだ。なぜなら、瘴気そのものは燃えて消えているのだから。消えない特殊な瘴気なのか、瘴気に特殊な反応をさせるのがこの斑点なのか…と言うことを二人に説明する。
つまり、
「この斑点そのものが、今回の異常事態の原因、またはそれを示すものだと思います」
「…この斑点が有るからあんなふうに変になったのか、変な瘴気を吸ったからあんな斑点が出来たのか…って事だな?タクミ」
「はい。今すぐにこれを伝えに行けば、もしかしたら功績にもなるかもしれません。恐らく研究の先取りをしただけになってしまいますけど」
「おう、それは構わねえよ。早いもん勝ちってもんだ…だがタクミよう?この結論出したのはタクミだよな?俺が言っていいのか?」
「アタシもそこは気にするぜ。発想のほとんど全部タクミが出してるじゃねえか」
…なるほど、二人はそういう意見か。だが、俺が報告しても何の意味も無い、と言うことを忘れてはいないか?エリクスさんは覚えているようだけど、遠慮なんかして…。
ここで諦めると元も子もない事になってしまうので、反論を上げよう。
「俺はレイリと違ってこの斑点を見つけても異常だとは思っていなかったですし、その異常性を教えてくれたのはエリクスさんです。そこで俺が理屈を付け加えた、と言うだけの事ですよ。
それに、そもそもこの集まりの最終目的はエリクスさんのいい所を守人さんに見せるって事なんですから、ここでエリクスさんが断ったら話が進みません。俺に遠慮とかはしないで、早く伝えに行って下さい」
そう伝えるとエリクスさんは、一瞬こちらの眼をじっと見つめて、
「よっしゃ。それならありがたく甘えさせて貰うぜ!ありがとなッ!」
と言って走って行った。
「まあ、これでどうにかなったかな…?」
「結果としては良かったけど、タクミはどっかで損しそうな奴だよな…」
「ええ…?そうは言うけど、これは相手がエリクスさんだったからだよ?親しくも無い人に手柄奪われるのは阻止するし」
「………ふうん。危なっかしいのには変わりないと思うんだけどな」
「…そうかな?」
まあ、なんだかんだ人生経験豊富そうなレイリが言うのだからそうなのだろう。もっといろいろ考えなきゃあいけないのかもな…。
そんな事を考えながら、レイリと二人、走り去るエリクスさんの姿を目で追っていた。
「じゃ、俺達も帰ろうか?レイリ…ん?」
エリクスさんが帰った以上、俺たちがここにいる意味はないだろうと思ってレイリにそう声をかけたのだが…レイリの反応が薄い。どうかしたのだろうか?
俺は一人っ子だったから分からないが…兄弟姉妹が結婚に乗り出すとあまり嬉しくないのだろうか?でも、事ここに至るまでレイリは自分から積極的に動いていた訳だし…うーん?
「なあ、タクミ…正直万に一つの可能性だと思うんだが、もしエリクス兄ぃが守人さんと結婚しちまったら、どうなると思う?」
「結婚したら、か…と言うか、万に一つとか言っちゃうんだな」
と言った所でレイリの表情が思いのほか暗い事に気が付く。どうやらかなり真面目な話らしい。ここまで思い悩む理由は………ッ!そうか!
…とすると、どう答えればいいのだろうか。不用意な事を言えば傷つけてしまうし、しかしその問題に対して俺は明確な答えなど持ってはいない…。
「うーん………そうだな。二人とも忙しいし、もしかしたら遠距離恋愛みたいな状態になるのかも知れないな…」
恐らく、だが…レイリが恐れていることはエリクスさんがどこかへ行ってしまう事だろうと思うのだ。その推測に至った理由は、レイリの親族がエリクスさん一人だけであるということ一つだけだが…十分な根拠だと思う。
レイリは、エリクスさんがシュリ―フィアさんと結婚して、例えば別の町に新居を建てたり、そうでなくても自分が邪魔になったりして一人きりになってしまうことが怖いのだろう。ならば、余り離れ離れにならない様な可能性を提示することで、少し精神的に楽になるかとも思ったのだが…どうだろうか?
「…まあ、確かにそうだよな。兄貴もだけど、守人さんも国中行ったり来たりだし。あ―あ、上手くいく訳無いってのに」
「確かに、難しい所はあるよね。レイリはさ、もし守人さんが家族になったりしたら、どう?嬉しい?」
「んなの分かるかよ。だいたい相手の性格も分かんねえってのに」
「まあ、そうか…」
取りあえず、一時的に暗い感情からは抜け出せただろうか?結構冗談染みた口ぶりだったし。出来れば結婚にも積極的に賛成してくれれば…って、気が早すぎるか。結婚するどころか交際するかも不確かだったし。
そんなこんなで、二人で町へと歩く。よく考えればまだ一時間ほどしか経過していない。まだまだ戦勝会までは遠い。
「とりあえず、ギルドに行ってエリクスさんの様子でも見てみようか?もしもとっくに調べが着いている情報を持って行ってたなんて事になってたら目も当てられないことになってる可能性もあるし」
「兄貴ならそんな事になってる可能性もあるな…。ま、その時は戦勝会で慰めてやろうぜ」
「本番明日なのに諦めるの早くない…?」
◇◇◇
冒険者ギルドに到着するも…エリクスさんの姿は見えない。今ここにいないなら、恐らくはおくで話をしているのだろうと考えて、レイリと二人で椅子にすわり、帰りを待つ。
すると、おおよそ五分ほど後にエリクスさんが出て来た。既にこちらの存在に気が付いているらしく、手を振ってこちらへと来るので、俺も立ち上がって近づく。表情の明るさで結果は丸わかりなのだが…一応質問。
「どうでした?まだ見つかっていない情報だったらいいんですけど?」
「大丈夫だ!研究者が避難してたせいで人手が足りてなかったみたいで、ほとんど手が着いてなかった所にこんな情報持ち込んだことで滅茶苦茶驚かれたけどな」
「おお…なら良かったです。功績とかには…?」
「いや、調べりゃわかる事だからか知んねえが、特別な功績とかにはなんねえな。ま、美味い話なんてそうはねえもんだろ」
「残念だったな兄貴。ま、欲かきすぎても上手くいかねえってこったろ」
「だな…さて、どうするか」
「諦める、なんて選択肢はないみたいですね」
「当たりめえだろ?こんな恋、次いつできるか分かったもんじゃねえ」
その口調で恋なんて単語が出てくると事に違和感を感じたりもするが、言わない方がいいだろう。
しかし、実際どうすればいいのだろうか…もちろん、明日が守人さんにアピールする本番になるのだろうが、かなりの人数が来るようだし、簡単にはいかない筈だ。
諦めないと本人は言ってるのだし、それは素晴らしい事だと思うのだが…強硬手段とかに出たりはしないと信じよう。
「恋、ねえ…兄貴がそんなことい出すのって、なんだかんだ初めてだったよな」
とレイリが口にする。エリクスさんの一目惚れカミングアウトの時も俺と同じくらいの驚きようだったからもしかしてとは思っていたけど、エリクスさんがこういう音を言い出すのって多分初めてなんだろうな…。
「おう。ま、その辺今までは結構どうでもよかったんでな。だからこそ今回は大事にしたいというか…」
「ふうん…」
「レ、レイリ…もうちょっと俺の恋路を応援してくれてもいいんじゃねえのか?」
「どうせ無理だろうしな…あんまり無駄な事したくねえというか」
「そう言う事言うよなお前はぁ!ったく…こっちは婚期逃す訳にはいかねえんだっつの」
「あー、ちょっと話題外れますけど、エリクスさんって今御幾つですか?」
「あ?年なら、最近二十二になったばっかだよ。まあだいたい後二年くらいで身は固めておいた方がいいっていうよな」
と言うと、レイリの大体四つ年上になるのか?こんな事を考えるのもどうかと思うが、両親がいなくなってからは大変だったんだろうな。婚期も短いみたいだし…大変だ。
「確かにそれならそろそろ結婚するのにいいくらいですね。頑張ってください」
「だろ?それをこの妹は無駄とか言いおって…」
「そうは言ってもねえ…二人とも、本気で守人と結婚とかできると思う?それも、アタックする期間がたったの数日で」
「え?この声って…ミディリアさん!?」
後ろを振り向けば、何かの書類を持ったミディリアさんの姿が。
「なんだかんだで無事だったみたいね。それでね?タクミ君………鉈ってどうしたの?」
「え?鉈………あ」
鉈…と言われて思い出した。昨日の戦いで、ミディリアさんにもしもの時のために鉈を借りていたのだ。その後、【人喰鬼】を仕留める為に罠として使い、その巨体に踏まれることでばらばらになってしまったのだ。
「…その顔でなんとなくわかったけれど、壊れたなら壊れたでちゃんと自分で言いに来なさい?子どもじゃないんだから」
「す、すいません…」
「まあ、別にいいわよ。ちょっと頑丈なだけの安物だから。…そう言えば、三人とも明日の調査隊には参加するのよね?」
「あ、はい」
「はいはい、了解ッと…」
そう呟いて、ミディリアさんは奥へと戻る。仕事中なので時間が無かったようだが、今度会ったときにちゃんと謝っておこう。
去って行くミディリアさんから視線を外し、二人の方を見ると、どういう形で課は分からないが、既に話に決着がついているらしく、こちらを見ながら出口の前で待っていた。
「おいタクミ!早く戦勝会とやらを開こうぜ!」
「え?、まだだいたい…陽十刻くらいですよ?少し早いんじゃあないですか?」
「いやいや、あの店はすげえ人気だし、今日は昨日食えなかった分までって大勢押しかけてくると思うぜ?それこそ、冒険者だけじゃない、一般町民だってな。お前は宿泊客だし、優先的に食えるとは思うが…」
「アタシ達はそうじゃない。予約とかも無理見たいだから、早いもん勝ちって事だな」
「あー…ごめん、確かにそこまで考えてなかった」
「っつうわけで…ダッシュだ!」
突然走りだしたのは、エリクスさんでは無くレイリだ。エリクスさんも走りだそうとしていたのだが、出鼻を挫かれたように固まってしまっている…ので追い抜かして走る。
「ちょっと待てぇ!なんかッ!なんかこれ違うぞッ!」
そんな声を背中に置き去りにして、おおよそ五百メートルほどを走り抜けた。
サブタイトル的には、どっちの?と言う意味も込めて。
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