第二章プロローグ:ある日の目覚めと遭遇
第一章とは違い、第二章からはまだ話数編集しておりません。したがって、一話ごとの文章量も半分ほどになっています。
→少しずつ編集開始
「………………………う、ううん…」
えーと、…そうだ、昨日はレイリの家に泊らせてもらったんだったっけ。ご飯がおいしかった。意外だった。
そろそろ起き上がらなければいけないだろう。
………………。
目が乾燥してて開かない。港がすぐ側だから湿度は高いだろうに、なぜ?
まあ、気にする必要もないか。眼を痛めないようにゆっくりと開けよう。
「………開いた。
って、あれ?まだ暗いな」
まだ日は昇っていないらしい。レイリやエリクスさんを起こす訳にはいかない以上寝る以外にやることなど無い。
「…よし」
二度寝だ。贅沢に時間を使わせてもらおう。
「よし、じゃないぞタクミ。今日は朝からずっとやる事が有るからな」
背後から聞こえた声、これは…
「エリクスさん?」
「おう、おはようさん」
「あ、おはようございます」
エリクスさんは既に起きていたらしい。しかし、さっきまで部屋の中にはいないように思えたのだが、どうやって俺の背後に立ったのだろう。不思議だ。
「それで、エリクスさん。ずっとやる事、とは一体?」
「ああ、昨日の戦いの後始末がメインだよ。つまりは忌種共の死骸を片づけるだけの簡単でつまらんお仕事ってわけだ」
「ああ…そうですよね、確かにそのまま放置していいものではないでしょうし」
腐った肉が大量に放置された草原なんておぞましいにもほどが有るというものだ。確かに面白くはないだろうが、必要な仕事だろう。
「………………だが、それだけじゃあねえ。もう一つ、忘れちゃいけねえ大事な事が有るだろ?」
「え?忘れちゃいけない事ですか?…えー?」
な、何だろうか?確信を持って言える答えが見当たらない。
唯一心当たりが有る事と言えば、レイリと話をしていた打ち上げ会の事くらいだろうか?レイリならエリクスさんの事を誘うと思う…けど。
…食事が楽しみとか、そんな表情じゃあないよな、何と言うか、もっと即物的な…。
「はーッ…!わっかんねえかなぁ全くよ!良いか?俺たちは昨日戦った。そうだろ?」
「は、はい。朝から夕方までずっと戦闘続きだったので間違いないです」
「おう、その中で何度も命を失いそうになった。しかし、こうして生きて帰ってきた…だな?」
「エリクスさんと合流した時もまさに命の危機でした」
「そうそう。ま、俺は死にそうになんてならなかったが…まあ、それは良い。大事なのは、俺たちがこうして戦いを終えて…言い方を変えるなら、仕事を終えているという事だ」
…まさか、そう言うことか…?いや、確かに即物的な物なのだが。
口に出して聞き出す前に、俺の表情を読み取ったらしいエリクスさんはにやりと笑い、
「報酬支払会だッ!」
◇◇◇
数分間かけて落ち着かせたエリクスさんと話を続けた結果、作業は陽が昇ってからでいいということが判明、どうにかこうにか家に留まる事に成功した俺は、他人の家で二度寝するという行為が非常識じゃないのかという疑惑に到達、レイリが起きてくるまでは布団の中で眠らぬように待っている事にした。
…二度寝はしてはいけないと考えたのだが、布団を掛けずにただ待っていると身体が冷えて来て、恥ずかしい事に辛くなってしまったのだ。
さて…そろそろ、空が白み始めている。陽が昇るのはすぐだろう。
と、まさにその時レイリが扉を開けて部屋から出て来た。
「んぁ………ふう」
大きな欠伸をしている。まだまだ寝ぼけているらしい。
こちらも起きている事を伝えるべきだろうな。
「おはよう、レイリ。今日も朝から仕事みたいだよ」
声を聞いてレイリはこちらを向く。その赤い寝ぼけ眼で俺の顔を見、数度瞬きをして、
「な、何でタクミがアタシの家にいるんだッ…!」
…開口一番に疑念を叫ばれるのは結構傷つくものだと初めて知った。
「………ねえ、レイリ?あ~…昨日の事、覚えてる?」
「は?昨日って…?あ!ああそうだった!
…なんかすまん」
「ああ…」
悪意が無いのは良い事だが、この場合やるせなさは膨れ上がる。
「っああ…、とりあえず目は覚めたわ。で、仕事ってぇーと…死骸回収とか、そんなところか?」
「ああ、エリクスさんが言ってたぞ」
「うっへえ…めんどくせえなあ」
「まあまあ、やらなきゃいけない仕事に変わりはないしさ。それで、仕事は陽が昇ってからって言ってたんだけど、どうする?」
「ま、朝飯食ってからでいいだろ。ちょっと兄貴呼んでくるわ」
レイリは『兄貴ー』と言いながらエリクスさんの部屋へ。
…俺はどうしようかな。まだおやっさん達も帰ってきてないだろうし、出来れば朝食もレイリのご飯が食べたかったりするんだけど、食材も大量にある訳じゃないから迷惑かも知れない。
………ダメ元で許可を取ってみようかな?
そう思い、部屋から戻ってきたレイリに話しかける。
「兄貴…仕事が有るって自分で言ったくせに寝てんなよな…」
「ああ…あのさ、レイリ?…朝ご飯って、食べさせてもらえる?」
多分ダメだろうな、と考えながら返事を待っていると、レイリがどこか冷たい目をしている事に気がついた。
…やはりだめらしい、諦めるしかないようだ。
「…やっぱり駄目だったよね、ごめんごめん」
「いや当たり前だろ、何でタクミにアタシが飯食べさせなきゃいけねえんだ。お前何歳だよ」
何歳…?って、あれ?なんか誤解が有るような気が。
レイリの言った事を考えるに、俺が歳に合わない要求をしたということになるけど………ッ!
「ち、違ッ!食べさせてもらうって直接的な意味じゃないよ!と言うか子どもじゃないし!」
「まったく…で、つまりは朝飯を家で食いたいって事だろ?別に聞かなくてももともと作るつもりだったよ」
「え?いいの?」
「おう、そもそもまだまともに店も開いてねえだろ。ギルドなら開いてっかも知んねえけど、折角だしな」
「………ッ!ありがとうっ!」
なんだか最近、すぐに感動するようになった。涙こそ流れていないが、胸の中が凄くほっこりする。一日に一回はほっこりしてる気がする。嬉しい事だ。
そうこうしている間にエリクスさんも起きてきて、食卓に就く。
「おうレイリ!今日の朝飯ゃあなんだ?」
「食材にも限りがあるし、そう豪華な物は作れねえよ。と言うか、タクミには悪いけど、昨夜と同じ奴だと思うぜ」
「分かった。まあ俺は気にしないけど…食材とってきた方がいい?」
「ああ、できれば頼むわ。アタシはアタシでちゃんと準備しとくし」
ならば、と昨日と同じ地下室へと入り食材を探し出す。昨日よりも多く、三人分の食事を作るのに十分な量を抱え、戻る。
それから行ったのは昨晩と同じこと。料理が出来上がり、それが食卓に並ぶ所まで何一つ違いはなかった。
「じゃ、いたたぎます」
「おう、いただきます」
「えと、頂きます」
三人で食事を開始。やはりレイリの料理はかなりうまい。おやっさんの料理ほどではないが、ヒゼキヤの宿で食べた料理よりは美味い。…店出せるな。
「おッ!そうだそうだ。今日の仕事だがな、結局陽三刻からでいいってよ」
エリクスさんが仕事についての情報を出した。ついでに一つ質問をしてみる。
「今日の仕事って忌種の死体の後片付けですよね?どうやって処理するんですか?」
「ん?ああ、それはな」
「燃やす!ただそれだけだぜ?」
エリクスさんのセリフに割り込む形でレイリが俺の質問に答える。
「普通の処理の仕方で大丈夫なんですか?えーっと、瘴気とか」
「やれやれ…タクミ、お前はそんな事も知らねえのか?瘴気ってのはな、燃やすとどっか行くんだよ」
「………どっかって、そんな雑な」
エリクスさんの説明はかなり不可解な所が有ったので、補足を求めてレイリの方に視線を向けたのだが、レイリは『?』と言った感じの表情を浮かべて首をかしげるだけだった。瘴気は燃やせば問題ない、と言うのがどうやら一般的な常識らしい。
こんなずさんな理屈で大丈夫なのだろうか、と不安にも思うのだが、俺はそれこそ何も知らないのだ。この言い分を否定することすらできない。
…燃焼して酸化することで違う物質になるとか、そんなふうに自分の中で結論を出す事しか出来そうになかった。
朝食を食べ終わり、全員で昨日の戦場へと向かう。瘴気汚染体が大量に死んだ事により、あの草原にも瘴気が溜まっているらしい。それゆえに、その場で焼き払ってしまうのだと。
ちなみに、ロルナンの町の住民は若干の遅れを見せながらも帰還しつつある。なんでも、忌種―――もちろん瘴気汚染体では無い―――が帰路で想定よりも大量に現れた結果移動が遅々として進まなかった時間が有ったらしいのだ。おやっさん達もまだ帰っていない。まあ、どれだけ遅れたとしても今日中には帰ってくるだろうし、今晩は赤杉の泉に帰らなければいけないだろう。
………いけないだろうって、なぜそこに忌避感を感じているのだろうか俺は。そもそも、レイリは17、俺は…肉体はともかくとして精神は30代。友達だという事実を加味しても、どこかから漂う事案の香りは消えない。 ―――時折、本当に三十代の精神かどうかを疑うこともあるけれど。
ああ、考えただけではどうにもならないことばかり。せめて目先の事だけでも確実にこなせる様にならないとな…。
…そう言えば、瘴気は燃やして無くさなければいけないと聞いたが、やはり人間にも害のあるものなのだろうか?そうなってくるとやはり不安だな。瘴気の濃い森の中で瘴気に侵された忌種と戦って、返り血だって浴びたのだし。
「なあタクミ、ちゃんと覚えてるか?」
俺が思考を意味無く羽ばたかせていると、隣のレイリがそんな質問をしてきた。このタイミングで『覚えてるか?』という問いが示すものは…おそらくだが、
「今晩の食事の事?覚えてるよ」
「…そうだけどよ、祝勝会とか言わね?一言でバッサリ食事って切り捨てられるとな~。…ああ、そう言やあ、兄貴も行くっつってんだけど、良いか?ったく…」
「良いよ?折角だし人数多い方が楽しいと思うし…ボルゾフさんを見かけたら誘ってみようかな?」
「何で俺の妹は俺に対して時たま異様に冷たくなるのか…」
そうこうしているうちに草原が見えて来た。まだ門を出たばかりで実際の戦場まではまだ距離が有るのだが、ここからでもおびただしい数の忌種の死体が見える。
既に作業を始めている冒険者も多いらしい。小さい山も出来ている。
「あ~ぁ。ちんたらやっててもしょうがねえよな…。よし二人とも、走るぞ!」
「「えっ!?」」
そう言ったっきりエリクスさんはわき目も振らず駆けだした。放置するのも気がひけたので二人揃って追いかけたのだが…。レイリも驚いていたあたり、エリクスさんは本当に突発的な行動が多いのだろうな。見てる分には楽しいだろうが、なかなか大変らしい。
ちなみに、俺は今レイリと並走しているのだが…。エリクスさんほどではないにしろ普通の動きを超えているレイリの動きについて行ける俺が凄いのか、それとも、神から送られた身体能力と同じ速さで走れるレイリが凄いのか…まあ、世界は不思議で溢れているということだ。この世界なら尚更に。
数分間の全力疾走で到着。ちなみに比喩抜きだ。前世ならいくら鍛えてたって五十メートル走をする勢いで数分も走れば息切れどころか倒れてもおかしくないというのに、レイリも俺も、前を走っていたエリクスさんも息一つ切らすことなく立っている。超人ばかりだ。俺も含んでしまうけど。
「さてと…じゃ、手っ取り早く運んじまおうぜ」
「あ、はい」
◇◇◇
忌種の死体を担ぎ、運ぶ。ただそれだけ。
【小人鬼】なら一人で運べるのだが、普通に身長の二倍ほどある【人喰鬼】だとパーツごとに解体したりする必要もある。思ったよりも時間と人手が必要な作業だった。
ちなみに、作業中にクリフトさんの姿を見かけた。衛兵を率いて森の中の忌種の死骸を集めているようだ。忙しそうだったので話しかけられなかったのだが、やはり無事だったようだ。
そして、一つ気がついた事がある。あの戦いの最後、蒼い髪をした守人が杖から出した光の柱、俺の眼には地面を抉っていたように見えていたのだが、そんな形跡が全くない。いつもと変わらず草だらけである。
あの時、木を避けながら森の中へと入って行ったのは見て同じように考えた事だが、もしかして忌種だけを狙う技術、なんて都合のいいものが有るのだろうか?それにしては、冒険者に退避を促したり………ううむ、やはり謎は深まるばかりだ。
まあ、もし何かあったりしても今の俺の技術で扱えるものではないんだろう。それこそ『術理掌握』なんかで技術の上達をするまではどうにもならないだろうし、独学と言うよりも、もはやただただ感覚で魔術を使う今の俺に技術なんて物はそう簡単には手に入らないのだろうが。
しかし、…ここ数十分程、誰とも会話をしていない。作業場を分けたことでレイリやエリクスさんとは話せないのだ。今俺の近くで死骸を運んでいる人たちの中には見覚えのある顔も幾人かは見受けられるけれど、名前も知らないし、何より話しかけようと思わないあたりに俺のコミュニケーション能力の低さがうかがえる。俺は人見知りだったらしいのだ。
べ、別に気にしないけどな。知り合いは少なくて十分だし。
その後も数時間作業を続け、森の近くと草原の中心。二つの忌種の山が出来上がった。その周りに、大きな杖を持った人―――恐らくは魔術士―――が集まり、火の魔術を唱えているのだが、
「なかなか点かないな…。いや、当たり前か。まだ血だって中に有るだろうし、そんな水分含有量の高いものが燃える訳ない」
「ああ…だよなあ。確かに血なんて燃えねえか。こりゃあ時間もかかりそうだな」
「え…?って、ボルゾフさんじゃないですか。おはようございます」
「おう」
俺と同じで作業をしていたのであろうボルゾフさんが、独り言のつもりで放った俺の言葉に反応を返してきた。
「と言うか良く考えりゃあよう、普通はでっけえ焚き火を先に起こして、そこに少量ずつ放り込んでいくよな?そんくらいの事は考えねえでも分かるだろうに、何であいつらぁ馬鹿な事やってん…ルードまでいやがんのか!すまんなタクミ。どうやら俺の戦友まであんな馬鹿やってるらしい。ちょっとどういうつもりか聞いてくるわ」
そう言って小走りになるボルゾフさんの背に向けて声をかける。
「もし理由が有るんだったら後で聞かせてくれるとありがたいです!」
「どうせねえよ!気分とかひらめきとかで適当ばっかやる奴らだしな!」
『ばっか』という形容のあたりこう言う…お茶目な行動も、実は意外とよくあるのかもしれない。少しずつ冒険者の“自由の人”と言う呼ばれ方の意味が理解出来てきているように感じられるが、むしろヒャッハー重点の人たちの集まりではないだろうか?レイリもエリクスさんもその節はあるし。
まあ、それはおいといて。今はまだ作業中だ。俺は俺で自分の仕事を続けなければ。
血達磨な【小人鬼】を二体持ち上げ、山の方に持っていく。視線の先、ボルゾフさんと魔術士の一人が言い争いをしているが、あれがルードさんと言う人だろう。二人とも、なんだかんだで楽しそうだ。
【小人鬼】を山の上の方に放り投げ、腕力の上昇にも気が付く。そろそろ驚きは消え、ただ発見と言う感覚を得るばかりになってきた。ただ、これだけ体も強くなったのだから武器の訓練をしてみるのも良いんじゃないかと思うことが
「もし、そこの御仁。良ければ今日の我が務めについて何か教えてくれないか?少し記憶がおぼろげでな…」
ふいに背後から女性の冒険者に声を掛けられたため、思考を中断、答えを返そうと振り返り、
「今日は、忌種の死骸をあつめて燃や………ぁああ守人さぁああん!」
冒険者などではなく、昨日の極太ビームを撃った張本人である全身蒼の守人が立っていのだった。
どうにかこうにか第二章スタート。最初の仕事は地味ですね。
守人さんと遭遇。武士系の話し方をする女性です。
書いてから気がついたのですが、うちのヒロイン候補は男勝りな人が多いこと多いこと。
しかもプロット的に恋愛が進むのずっと先なんですよね(そもそも恋愛感情を抱くまでが遠い)。




