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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第一章:沈んだ先の戦世界
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第二十六話:エピローグ

 「ああ、やっぱりそうだよな。…おお!?お前【人喰鬼(オーガ)】を殺したのか!?…え、素手で!?うおお隠れ筋肉…!」

「え!?い、いや違いますって!魔術を使って…っていうかエリクスさん強ッ!」

「ははっ、褒めるな褒めるな。ま~あ?これがBランク昇格が確定した冒険者の実力ってやつなのかな~?」


 す、凄い自信だ。実際強いけど。

 と、その時もう一人こちらに近づいてきているのが分かった。というか、


「お、おい兄貴!いきなり加速すんの止めろって言ってんじゃんか!…あれ、タクミ?何で森の中に」

「あ」

「ん?

 ………ほぉう」


 レイリはエリクスさんと一緒に行動していて、エリクスさんは森の中に今にも人を轢き殺そうとしている【人喰鬼(オーガ)】を見つけて、一気に加速、切り殺した…と。

 すげえ。もうそれ以外何も言えない。戦闘試験の時は一体どれだけ手加減されていたのやら。


「ん?………な、なあタクミ?今兄貴が切り殺したのはこっちだよな?それ仕留めたのは一体…?」

「え?…ああ、俺だけど」


 そう伝えた途端レイリの表情が硬直した。そりゃあ俺の実力で中位忌種なんて討伐できるとは思ってなかっただろうけど、驚く前に生還した事を喜んで欲しいと言うのは我儘か?我儘かぁ…。

 ちょうどそのタイミングで【小人鬼(ゴブリン)】が木陰から飛び出してきたのだが、エリクスさんが一瞬で切り捨てていた。

 …さっきから、微妙にエリクスさんの表情がおかしいような気がするのが不思議だ。緊張感とかでなく何と言うか、ニヤニヤしていると言うか…。


「おー?なあなあ、お前ら二人はどういう関係な訳よ?えー?お兄さんにいっちょ教えてみなさいな~あ」


「「え?」」


 どういう関係って…まさか、とは思うが、恋仲にでもあると思ってるのか?ああ、それならむしろ気にして当然か。

 ま、普通に友達なんだけど。


「…あ~」


 レイリさんもそう呟いて頭をガシガシと掻いている。あの反応だと俺と同じ結論に至ったと言う事ではないだろうか?

 再び飛び出してきたゴブリンを『風刃』で仕留めながら、エリクスさんに答えを返す。


「え~と、友達ですね。数日前に仲良くなったので」

「ああ、同じ護衛依頼受けててな。同年代でまともに討伐依頼を受けられるランクの奴なんていなかったからよ、仲良くなれんじゃないかと思ってな」

「………ほぉん、ま、そう言うことにしといてやるよ。しかしタクミ、お前がそっちの【人喰鬼(オーガ)】を討伐したって事はよ、まさかとは思うがお前はこの一週間ちょっとでCランクにまで結局登っちまったてことか?」

「そ、そんなまさか。俺はEランクです。つい最近低位忌種の【岩亀蛇(ペルーダ)】の討伐をしたばっかりで、それもかなり苦戦してたんです」

「それが今じゃあ…」

「いや、何と言うか、好条件がそろっていた、って感じです。【人喰鬼(オーガ)】が相手だったけど、理性をなくしていて突進ばかりだったから多少は避けやすくて、魔術を使うだけの隙が多かったんです」

「ふうん…つったって、たぶんレイリと実力同じくらいだろうな。…やれやれ、俺は兄妹で天才だと思ってたけど、お前の方が才能ある気だよな」

「いや…そう言うのとは、違いますよ」


 俺のは才能とかじゃなくて、アリュ―シャ様から渡された力を使っているだけだ。特に努力とかをしている訳でもないからか、褒められると後ろめたい感覚が心をざわめかせるのだ。


「…ま、良いか。ところでレイリ、ちょうど良いからタクミとコンビ組めよ。そろそろ決めといた方が良いしな」


 俺の言葉の真意は読み取れなかったとは思うが、エリクスさんは話題を変えて来たようだ。

 コンビ。ボルゾフさんも言っていた言葉だ。


「ん~。確かになあ。アタシも中位忌種なんて討伐した事2、3回しかないし。冒険者始めてすぐこれなら、アタシや兄貴の実力にもすぐ追いついてきそうな感じだ。

 …ちょっと嫉妬しねえでもねえけど」

「おう、ま、帰ったら正式に登録しに行こうぜ。タクミもそれで良いか?」

「ええ…と。まず、コンビって言うのが何か良く分かってないんですけど、どういうものなんですか」

「ああ、コンビって言うのは」


 エリクスさんが説明を続けようとしたその時、草原の方向から大声が響き渡った。


『森にいる冒険者は全員退避しろ!一分後!守人による大規模魔術が行使される!森および射線上の冒険者は全員退避だ!』

「ゲッ!まじかよやっべえ。おいタクミ、話は後にするぞ。レイリも全力ダッシュで本隊まで下がれ!」


 エリクスさんより先にレイリと二人で全力ダッシュしていた。結局数秒後には大差をつけて抜かされたのだが。

 とにかく走らなきゃあいけない。でも、守人って多分本体の方にいるよな。こっちに行ったら結局射線上にいるんじゃないのか?

 本隊の方を眺めてみる。隊の前側、半円形に人が冒険者が避けて出来上がったスペースがあり、その中心に深い蒼の長髪の女性が立っているのが見えた。と言うか鎧も蒼。全身蒼。

 …こっちに杖を向けている訳だけど。


「な、なあレイリ?」

「な、なんだよこんな時に」

「いや、っ、ここって射線上なんじゃないかなっ!他の冒険者は本隊から見て横方向に走って行ってるし、本隊の前に立ってるあの蒼い人が多分守人だと思うけど!?」

「…げぇっ!兄貴ーッ!横だ!横に走れーッ!」


 言うだけ言って走る方向を変えた訳だが、どうやらエリクスさんはエリクスさんで状況を理解したらしい。既に走り始めていた。

 ―守人の持つ金属製の長杖が、音を立て、放電現象にも似た光を発する。

よく目を凝らせば、口を動かしているのが分かる。十中八九起句を唱えているのだろうが…長い。もしかして、威力の強い魔術で有ればある程に起句が長くなるのだろうか?

 ちょうどその時、他の冒険者が集まっている場所まで到着。彼らもまた、守人の事を観察しているらしい。やっぱり、普段から見るような光景では無いんだろう。

 そんなふうに、意味のない思考を重ねた時、


『――浄―――光!』


 杖の先…と言うよりも、杖の前方二メートルあたりから光の柱が森へと伸びた。あの中にいたらきっと欠片も残さず蒸発していたのではないだろうか。そんなふうにも思えるほどの熱と衝撃。

 …いや、あれはそういう単純な、極太ビーム的な何か、と言う訳でもないらしい。森に当たる直前、光がいくつにも分かれ、木々を傷つけないように奥へ奥へと入り込んでいったのだ。

 まさか、忌種だけを的確に撃ちぬく、なんて魔術なのか?そんな便利なものが有るのだろうか?

 冒険者に避難を促している訳だから、忌種以外にも襲いかかる者なのかもしれないが…。


「…長い」


 起句も長かったが、光の照射時間も圧倒的に長い。もう十数秒だ。

 …いや、少しずつ弱まってきているとは思うが…。

 その時。


『ドゥオオオオオォォォォォ!』


 森の中から、緑と赤の斑模様、三メートルほどの巨体の蛙に似た忌種が這い出て来た。ただ、何と言うべきか、他の忌種と比べて動きに暴走と言った感じがない。

 もしかしてあれが瘴気につられたという【人喰鬼オーガ】以外の中位忌種だろうか?

 それを見ると同時、守人は光を消し、しゃがみ、何かを拾い上げ


『ふっ!』


 投げた。


『ドゥッ!』


 当たった。

 …死んだ?

 それを見た守人は、近くに立っていたギルドマスターへと何かを話しかける。ギルドマスターは、何度か受け答えをした後に近くに有った板のような何かを掴み、口元に近付け、


『瘴気汚染体の暴走は終結した!繰り返す!瘴気汚染体の暴走は終結した!これより怪我人、および死者の遺品を回収する!手の空いている者は強制だ!

 …帰るぞッ!』


 こうして、どこかあっけなく、しかし、確かな勝利と犠牲を生みだしながら、戦いは終わった。


◇◇◇


 怪我人を連れ、遺品を運びながらロルナンへと帰る。

 聞いたところでは、住民の避難用に用意された馬車は、数十分程前に最後の一台が町を出たらしい。呼び戻すには時間がかかるだろうから、帰っても町は少しさびしいだろう。

 先程ボルゾフさんとも出会った。ちなみに無傷。エリクスさんといい、Cランク冒険者と言うのはそのCと言う響きに反して強いことこの上ない。

 だが、今回の戦いでの被害が少なかったのかと言えば、決してそんなことはないのだ。

…怪我人、重傷軽傷まとめて三百八名。軽傷の方には、軽い打撲…森の中で走り回るうちに、俺もあざを作る程度には体を木々にぶつけていたらしい…も含まれているので、動けないような怪我を負ったのはもっと少ない。

 そして、死者…六十三名。俺の目の前で死んだ三人以外に、後六十人もの人が亡くなったらしい。俺だって、死んでもおかしくはなかったのだろうと、そうも思う。

 それに、他にもできる事が有ったんじゃあないかとも思わずにいられない。あの時【人喰鬼(オーガ)】をもっと早く倒せれば、あるいは、もっと早く到着していたら、又は、もっと多くの【小人鬼(ゴブリン)】を討伐していたら…。

 死なずに済んだ人も、いたんじゃないだろうか?


「…タクミ?…おい」

「え…あ、何?レイリ」


隣を歩くレイリが、何かを言いたそうな様子で俺を見ている。


「…意味分かんねえかもしんねえし、的外れな事を言っているように聞こえっかも知んねえけど、取りあえず言っとく。

 お前の前で誰かが死んだとして、もしかしたらお前の行動次第で何かが変わったのかもしれないとして、

 …タクミに責任なんてものは、ねえだろ」

「…いや、それは」


 違う。と続けようとして、自分の中の何処にも納得できる理由を見つけられない事に気がついた。

 …別に、分かってなかった訳じゃないのだ。ただ、もっといい結果を作れたんじゃないかと思うと、そちらの方に思考が流れていってしまうのを止められなくなる。


「…そうだけど」

「…あんまくよくよすんなよ。冒険者になってまだ日の浅いお前が足掻いた程度で変わるようなもんじゃねえよ。

 ま、言われてどうにかなる物でもねえかもしんねえけど。

 …ああ、さっきいち早く拾ってきた遺品、あれが多分お前の前で死んだ奴のものだよな?」

「え…?」


 確かに、ギルド長から遺品を回収するように言われた時俺は真っ先に彼らの遺体を探しに向かった。

 そこで、鎧の欠片、剣の柄、赤い鎖という三つの遺品を拾って来たのだ。彼らの仲間が現れないかギリギリまで留まっていたのだが、ついぞ現れる事はなく、遺品は今も俺が持っている。

 その辺、レイリやエリクスさんには何となく察知されていた気もしたが…。


「そうだけど…?」

「ちょっと貸せ」


 そう言うとレイリは俺の手から無理やりに遺品を奪おうとした。咄嗟の事にほとんど抵抗と呼べるような動きをできず、まんまと奪われてしまう。

 そして、


「ほいっ」


 と。そんな気軽な声で川の中へと叩き込む。

 水に浮かばない素材で出来ている三品は、当然のことながら、水しぶきをわずかに立てて沈んでいく。


「って!なにやってんの!?」

「なに、って言われてもな。特別な事をしたとは思わないぜ?」

「い、いやいやいや!それ遺品だよ?親族に返さなきゃあいけないものなんじゃないの!?」


 少なくとも、無造作に捨てていいものとは思えない。それを、『特別な事をしたとは思わない』と言い切るとは。


「こいつらに親族はいねえよ。この赤い鎖が何よりの証拠だ」

「何で、そんな事が分かるんだ?」

「こいつら三人組はよ、もともとはヒゼキヤとロルナンの中間くらいの距離に有った…街道からは離れているんだが…村に住んでいたんだ。だが、忌種に襲われて村が亡くなってな。『もう家族はいねえ―っ!』て酒場で叫んでる事が多かったからな。

 ま、有名な話だ」

「…そう、だったんですか。

 でも、だからと言って川に捨てるなんて」

「意味無えことで友人を長く悩ませてえなんて思わねえよ。それに、ちょっと勘違いしてる部分さえ正しゃあお前はなんだかんだで理解するしな」

「勘違い…」


 レイリが言っているのは、俺が遺品を拾ってきた事に対してが主なように思えたが、その実、無駄に責任を負おうとするなと言っているような気もした。

 確かに、俺はその三人に関して何も知らない。三人に身寄りがなくて、遺品を持っていく意味がないというのも、まあ、理解できないわけじゃない。

 …本当は俺だって、本気で三人の死の原因が俺自身に有るなんて考えていないのかもしれない。

 状況も分からない、余裕が有った訳でもない、実力も…俺がいるだけで状況が変えられるほどではない。

 だから、俺がしているのは単に、俺自身が目の前で人が死ぬ光景を見て負ったダメージを少しでも軽くしようとして、悩んでいるというポーズを取っているにすぎないのだろう。

 無駄な事で悩んでいるというよりも、悩む事が無駄、と言うことになるらしい。

 レイリや、恐らく他の冒険者たちにも通ずる意識として、『死んだら死んだ奴が悪い』と言ったものが有るのは少し感じている。今回の事もそれに当てはまっているのだろう。つまり、俺がこうやって悩んでいるように見えると変に感じるということだ。

 だからこそ、遺品を川に投げ込むというパフォーマンスまでやって俺の心を無理やり上向きにしようとしているのだろう。

 …俺のために彼女はそこまでしてくれたのだ。空元気だろうがなんだろうが、ここで立ち直らなきゃいけないだろう。


「…ああ、そうだな。確かに勘違いだったかもしれない。少なくとも、俺が落ち込み続ける事じゃあないか…」


 立ち直ったようなつもりだったのだが、少し歯切れの悪い答えになった。まあ、そんなものかとも思うが。

 しかし、レイリにはなんとなく伝わった様子。


「ま、人死に見るのが初めてだっつうなら仕方ねえよな。なんだかんだで心のどっかで強烈に残ってくもんだし、衝撃だってでかい。

 でもまあ、何時かは慣れてくもんだよ」

「…慣れたいとは思わないんだが」

「ああ、アタシも慣れてねえ。でも、兄貴は『もう慣れた』って無駄に決め顔で言うからよう。そんなもんなのかなとは思う訳だ」


 そんなものだろうか?まあ、この世界で冒険者と言う仕事をつづける限り死と言う物から逃れる事が出来そうにないということはなんとなくわかったが。

 まあ、考え過ぎてもいけない気がする。どうせ…、と言ってしまうと諦めてばかりになりそうで少し怖くもあるが、俺がどうこうした所で大きく何かが変わるとも思えないのだ。元の世界とは違う考え方になるしかない。郷に入っては郷に従えと言うやつだ。

 しかし、レイリは人の考えている事が良くここまでわかるよな。何でも見すかされているんじゃないだろうか?


「じゃあ、この話は終わりで。俺ももう深くは悩まないようにした方が良いんだろうし」

「おう。…兄貴と合流しようかな?多分先頭の方でギルド長と話してると思うんだけど」


 エリクスさんとボルゾフさん…と言うか、Cランク以上の冒険者はギルド長に報告に行っているらしい。

 と言うのも、どうやら高ランクの冒険者たちは中位忌種を優先的に討伐するよう言われていたらしく、彼らの主観から今回の瘴気汚染体の暴走の規模を知り、国に補償を要求するのだとか…。

 被害者に対する補償のような制度が有るのだろうか?ちなみに、被害者の遺族に渡されたり、けがの治療に使われるらしい。


「いや、会議してるようなものでしょ?だったら行かない方がいいんじゃないかな」

「…ま、いいか。しかし、列を乱さないようにと思うとこの距離でも町まで長いな。走れればいいのに」

「確かに走れば早いけど、まあ我慢しとこうよ。後一時間くらいの辛抱だって」

「一時間…ッ!」


◇◇◇


 ロルナンへと大凡月二刻過ぎ…日没から二時間後、ようやく到着。レイリは戦いよりも渋滞で進まなくなった帰路に疲れているようだ。

 町に帰った途端に解散を告げられた。ちなみに、住人が帰ってくるのは早くても今日の夜遅く、夜間の移動が危険視された場合は明日の朝になるらしい。それはおやっさん達とて変わらないので、晩飯はギルドの酒場で取ることになりそうだ。もちろん、赤杉の泉での晩餐も後回しである。


「…レイリ、大丈夫?ずいぶん疲れた顔してるけど」

「………む、むしろ何でタクミはなんて事無さそうなんだよ。みんな疲れきった顔してるって言うのに」

「うーん、別にそこまで疲れてないけど…?」

「くっそぅ…余裕そうな顔しやがって…ッ。

…ああ、それで、この後どうする?」

「この後?」

「ああ。帰ってる途中に小耳にはさんだんだが、ギルドの酒場で祝勝会やんだとよ。赤杉の泉も今日はあかねえだろうし、そっちに行くのも悪くねえけど…」

「どうかしたか?」

「いや…一応聞いとくけど、タクミは酒って大丈夫か?」

「え?さ、…酒?」


 酒、飲んだ事がない訳じゃあないが、気分良く酔えた経験はないので出来れば遠慮したい。


「えーっと、飲めない訳じゃないけど、そんなに強くないかな…あれ?」


 この国では飲酒が可能な年齢ってどうなってるんだろうか?行く気になってるレイリが飲んでいんだから、多分少し早いのか、もしかしたら定まっていないという可能性もあるけど。


「ねえ、そもそもお酒って飲んでいいの?法律とかその辺」

「ああ…なあタクミ、どこかで聞いたことはないか?」

「…えーと、なにを?」

「冒険者は自由の人だって。ギルド長とかが言いきってるから、冒険者は人に迷惑かけない範囲でそれをうまい具合に利用してたりするぜ?」


 ………ギルドカードを受け取った日に言われた気もするが、まさかこんなタイミングで再び耳にするとは。ああいや、それよりも。


「で、法律的にはどうなの?」

「あ、ああ…レイラルド王国の方では十八歳以上なら飲酒が許可されてるよ」


 あれ?日本と二年しか変わらない…と言うか、


「レイリって今何歳?」

「………………………十八」

「ほんとに?」

「…ああ、広義で」


 ほとんど嘘って自白しているようなものだと思う。

 流石に自分でも無理の有るいい訳だと思ったのだろうが、レイリが更に言葉を続ける。


「い、いやあれだぞ!?来月には本当に十八なんだよ!そ、それに、冒険者としては飲みの席に誘われたら飲まない訳にも行かないというかッ!」

「そんな大学サークルの悲しい現実みたいな事教えられてもな…」


 冒険者業界も世知辛い。

 しかし、ちょっとまずいのではないだろうか?レイリは経験が有ったとしてもまだ十七。それに、俺だって身体の年齢は分からない。ここで、『思い出した!俺は十八だ!』とでも言ってしまえばいのかもしれないが、根本的な解決にはならないような気がする。

 というわけで、


「できればそういう行為は控えておきたいと思うけど、それ以外には選択肢って無いの?」

「うーん…ない事もないけどな」

「おお、それは一体?」

「ああ、アタシの家に来たらちょっとした料理くらい作ってやれるぞ?」

「………なるほど」


 レイリの家、手料理か…。


「大丈夫かな」

「何がだッ!?それはさすがに怒るぞっ!」

「い、いや違うよ!そういう意味じゃなくて、この状況で食材とかあるのかな、と思って」


 正直レイリが暗に指摘している事を考えていないとは言えないが、正直に言ったら友情が壊れかねない程に気色ばまれたので誤魔化しておく。


「ほおぅ…、まあいい。

 食材ならあるぜ?昨日買っておいた奴がな。兄貴は祝勝会の方に出るらしいし、ちょうど二人分だ。|いつも料理は私が作るから《・・・・・・・・・・・・》すぐ作れるしなぁ…」


 強調してくるあたり、当然のように誤魔化した事はばれているらしい。


「ああ、楽しみだ。レイリのご飯は美味しいだろうなぁ」


 俺に出来るのはヨイショだけ。

 とはいえ、レイリとしても俺に悪意が無い事は分かっているのだろう、『着いて来い』と一言告げて道を歩き始めた。

方向はギルドと同じ。もしかしたら一度エリクスさんと話をしに行くのかもしれない。

予想は当たり、レイリはギルドの前で俺に待っているよう告げて中へと入って行った。

そしてその数分後、僅かに頬を染めて出て来た。


「………レイリ?」

「…しゃあねえだろ?兄貴と話してるうちに水飲んでるつもりでな、それで今日は飲む気が有るとか勘違いされて二、三杯程…はッ!酒は飲んでねえぞ!」

「いや言い訳遅えよっ!」


 いや明言するとあと後で衛兵にでもしょっぴかれかねないのだが。

 とはいえ、症状(・・)は軽いので料理も問題なくできそうだ。


「ま、許可は得たから来いよ。…しかし兄貴め、何をニヤニヤと」

「ああ………」


 さっきの態度から何となくは予想もつくが、まあ気にする必要は結果的に無いだろう。しかし妹を守ろうとかいう方向に思考は流れないのだろうか?不思議だ。

 赤杉の泉の横を通って、まだまだ歩く。


「ああ、昨日買ってきた食材だけで作るから出来るもんは限られてんだけど、アタシが勝手に決めていいか?」

「ああ。と言うか、何が得意なのかとかも知らないしな」


 会話をはさみながら、かなり町の外れの方まで歩き続ける。

 三十分ほど大通りを歩き、一本ずれた通りに入るとレイリは立ち止まり、


「ここがアタシと兄貴の家だ。まあ、結構わかりやすい場所に有ると思ってるし、何かあったら来いよ。誰もいねえかも知れねえけど」

「…大きい家だな」


 レンガ造りの二階建て、しかも大通りからすぐそこって、なかなかな物件だ。


「ま、入って入って」

「………お、おじゃましまーす」


 内装は、結構シンプル…戦闘狂(仮)兄妹の家だと考えればむしろ驚きか?…こんな風に考えていると、また心を読まれるのがオチか。


「タクミはそこで座っててくれ。料理はアタシが作るからよ」

「え?…うーん、料理は作れないけど、他に何か手伝えることはないか?流石に友達に料理作らせて自分は何もしないなんて事は出来ないんだが」

「そうか?だったらありがたい。取りあえずそっちの冷暗室からよさそうな食材を取ってきてくれないか?米…を炊くのは面倒だな。パンで済ますか。肉と芋、後は葉物の野菜を取ってきてくれ」

「了解」


 地下に掘られた冷暗室へと入る。すると、幾つかの箱の中に食材が分けて入れられていた。


「芋と野菜…まあ、このくらいで良いか。肉は…?」


箱を覗いてみると、いわゆる干し肉と言う物が入っていた。

まあ、生肉を長期保存する訳にはいかないのだから当然か。魚は新鮮に輸出できるらしいけど、多分馬車の魔術だろうし、家に帰ったら効果もなくなるのだろう。

 再び上に上がりレイリのいるキッチンへと向かうと、鎧を取り外しエプロンのような何かを着たレイリが窯に火を入れているところだった。


「おお、こっちの準備もできたよ。それをそこのまな板の上に並べてくれ」

「ああ、分かった」

「ま、それ終わったら座っといてくれ、正直、これ以上分担してやるような作業量じゃないからな」

「………了解」


 リビングに戻り、机の周りに並べられた椅子に腰かける。特にやることもないので、レイリの料理の様子を眺め見る事に。

 葉物野菜は、素早くサラダにしたらしい。干し肉と芋を切り、窯にかけた湯の中へ…ああ、スープか。

サラダ、パン、スープ、典型的な洋食であり、日本人的に朝食のイメージも持つが、有り合わせの食材で作っているのだから文句なんて言えない。

思っていたよりも早く料理は完成。二人で食べだした。


「美味しい…!」

「なあタクミ?それさっきの会話を考慮すると微妙に失礼だって理解してるか…?」

「え?い、いやなんの事だか」

「白々しい事このうえねえよっ!」


 なんて、他愛ない言葉を交わしながら、夜は更けていく。

 二人とも食事を食べ終わった頃、レイリが言った。


「なあタクミ?今日は何処で寝るんだ?」

「え?」


 ………………………あ、そうか。今日は赤杉の泉あいてないんだった。


「………野宿、かな」

「もうすぐ冬になるぜ?…死ぬって」


 死因:凍死なんて笑えない。


「…どうしよう」

「…ううーん」


 赤杉の泉と同じく、宿は空いていない。民家に勝手に入る訳にはいかないから、知りあいの冒険者の家を探して


「あ。……………………なあレイリ」

「う―――――――――――――――――――ん…ッ」


 また察せられてしまった。だが、正直言って今最も頼れるのはレイリなんだ。床でも良いから寝させてもらえれば命の危機は脱せる。

 ここは、………やるしかないか。

 本来友達に対してやる事ではない。だが、命がかかっているなら話は別だ。

 膝から身体を前に倒れるようにし、地面に当たる程に頭を下げる。両手を頭の側へ。


「泊めて下さいッ!」


 出来上がりを確認出来ないが、個人的にはなかなかのクオリティでの土下座だと感じている。これならきっと…!


「…ッ!ああもう分かったよ!泊めてやる!泊めてやるからその変な体勢止めろよな!」

「………ッ!有り難う!」


 どうやら土下座は無いらしい。しかし、土足で歩いた床に額をつけた甲斐はあったろう。

 すると、レイリは奥の部屋に入って、大きな分厚い布を持ってきた。いや、それは分厚い布と言うよりも、


「布団?」

「ああ、アタシと、兄貴の分しかベッドはないから、来客用のそれで、我慢してくれ…と言うか来客だし」

「おお。床にそのまま寝るのまでは覚悟してたから何の問題もないよ」

「そっか、じゃあ、私は寝るよ。今日は、…なんだかんだで…疲れふぁ…」


 布団を持ってきた頃から少し怪しかったがもう眠たいらしい。とはいえ、それは俺も同じ事。

 絨毯の上に寝転がり布団を被る。ランプはレイリが部屋を出るときに消して行ったのでもうあたりは暗い。

 何だか、楽しかったな。今までここまで中の良い女友達なんていなかったけど、結構話もできるものだ。

 ああ、少なくともこの二度目の人生、人間関係には恵まれただろう、そう思う。

 …今日はこのまま寝よう。碌に疲れなんか感じなくなった体だけど、今日は少しだけ疲れた気がする…。

 明日は、レイリと依頼にでも行こうかな…………………。





「なあなあタクミ?レイリと喧嘩しちまったのか?こんな床で寝させられて」


 夜中に、枕元に立った人から声をかけられ起きた。


「…エリクスさん?お、お邪魔してます…へ?喧嘩?」

「そうだよ。俺の予想なら若さにまかせて同じベッドに入ってるもんだとばかり思ってたからびっくりしたぜ」

「…なっ!そ、そんなことしませんよ!?」

「おーおー大声出すなって、ま、………………頑張れよ?若人」

「だ!か!ら!」


 夜中だということも忘れた大声を出してしまう。

 そのせいで、


「ぅぅぅん…うるさいっ!兄貴もタクミも騒ぐなっ!」


 寝ぼけ眼をこすりながら現れたレイリさんに二人揃って叱られた。

 主犯はエリクスさんだ、と言おうか迷ったが、今の状況では声を出しただけでレイリさんにストレスを溜めるだけだろうと思いとどまった。

 エリクスさんはウインク連発しながら部屋へ入った。


「…ようやく、静かになった」


 これで寝られそうだ。

 しかし、分かった事が一つ。


「明日も、楽しいだろうな」


 そんな未来へ胸躍らせ、しかし、それを抑えるように眠りについた。


 第一章完結です。まだまだ書いていきますよ!

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