第十七話:耐
『それでは、現在の状況を…そうですね、本体としての私から贈られた情報も合わせてお伝えしましょう』
「お願いします」
『ご存知の通り、神々によって事前通知のなされた災害による被害は物理的な面において広範にわたっています。最低でもこの大陸中で忌種の異常増殖及び活性化、瘴気汚染体、あるいは【滅亡級】と呼ばれる特異個体も現れているようです』
――【滅亡級】。ボルゾフさんが話していた、昔の戦争で現れた忌種のことだろう。アリューシャ様はその時より瘴気の量は多いと言っていたんだから、現れるのも当然だ。
『後者は現在二体現れ、どちらもが事前に発生が予見された箇所での戦いであったため、十五名以上の守人を発生直後の忌種へぶつけることで被害無く討伐官僚したようです。ですが高位忌種を含めた忌種等の危険は排除できないほどに拡散しているのが現状であり、最低でも、いわゆるCランク冒険者程度の実力、あるいは複数の護衛がなければ大都市以外での生活はほぼ不可能、といったところです。
さらに、大港湾庁ロルナンで昨年起こった瘴気汚染体事件の折に報告された植物の瘴気吸収、また、人類の瘴気経口摂取による悪影響が証明され、安全な食事の完全な確保が行えず、また、摂取した瘴気量に対する病状悪化の度合いなどが明確に調査できていないことから食糧危機が上層部の間で叫ばれ始めているようです。瘴気がなくても、忌種があれだけ暴れまわっている以上は農地へ出向くこともできないでしょうけれど』
――なるほど、前提としてかなり追い込まれた状態にいるらしい。守人という戦力は存在しているけれど、正しく生命線となっている食糧事情が絶望的、ということか……。
大勢の人を非難させられてはいるようだけど、それを支えるために本来王国が持っていた広大な農地は瘴気に汚染され、今も忌種が走り回っている。忌種は野菜や穀物を荒らしたりするわけではないだろうが、本来の収穫活動を行うには護衛を連れて行ったとしても危険すぎるだろう。
川にも流れているだろうから魚も相当怪しい…というか、ロルナンでのことを考えれば生物濃縮的に間違いなく駄目だ。今回みたいに直接瘴気が降り注いでいる場合は、川だけでなく井戸水も危険かもしれないし…。
『また、島嶼部との連携はうまく取れていないようです。海路でしか人のやり取りができないこと、魔術的通信も不安定なことから何らかの被害が起きていることは間違いないらしいですけれど』
「島、か…侯爵の転移で救出に行ったりとかはしなかったのかな?」
『おそらく、島嶼部の少数より大陸中の多数を優先した結果ではないでしょうか?守人への命令系統は別にあるようで、情報は足りませんでしたが』
「…そうですか。じゃあ、やっぱりもうかなりの犠牲が」
聖教国でハルジィル商会と共に向かった島の人々のことについて思い出す。気のいい人が多かったし、遺跡を案内してくれるとても友好的な領主様もいた。ああいう人たちが取り残されていると考えるとかなりつらい。…望みがあるとすれば、距離が離れていて直接瘴気が降り注がれていなかった場合、食糧事情はまだましなはず、といったところか。
『次に、聖教国からの情報です。本体は今、聖教国で情報収集を兼ねた忌種討伐を行っておりますので、そこから』
「トフタ―さんは今聖教国にいるんですね…。それに、そっちでも忌種は暴れている、と」
『先ほど述べた、【滅亡級】忌種討伐のうち片方は聖教国内で本体が直接観測した事象です。
聖教国でも忌種は多く生まれていますが、王国とは違い、明確に「忌種が生まれない土地」というものが存在しているようです。……カルスさん達のご家族が住まれている町もその一つですね。フィーク、という森の町でしたか』
記憶を掘り返す――そう、確かに、リィヴさんに勧めてもらった町の名前はフィークで、忌種がおらず、豊かな森で狩りもできるような場所だった。
忌種がいないという特異性は、現状でもまだ続いていたのか…。この状況ではとてもいい立地だと言える。
『そのような土地、および元から軍備の整っていた大都市を中心に人々を退避させています。王国と比べれば、使える土地も増えたことで食糧事情も余裕があるようです。
ミレニア帝国、および北方存在する小国家群については詳しい調査を行えていませんが、今までに述べた二国よりも被害は大きいのではないかと言われているようです』
「なるほど。…どちらにしても、余裕は無い、よね」
『明確な解決法が発見されない限り、人類が衰退の一途をたどることは間違いありません。守人などは能力的に忌種を超えられますが、食糧不足には勝てません。瘴気そのものを消し去る方法が見つかり、忌種の盗伐が住めばそれ以降のことを気にしなくていいようにならなければ』
――瘴気を消し去る?
「瘴気は、燃やせば浄化されるって話を聞いてるんだけど、それじゃあだめなの?」
『…なぜ燃やせば浄化されるのかは理解できませんが、一応、瘴気としては存在しなくなるのか、最低でも活動を抑えることはできるのでしょう。
ですが、瘴気は現在大陸中に拡散し、多くは地中深くまでしみ込んでいます。それらすべてを炎で浄化…というのは現実味の薄い話だろうと思います。すべての瘴気を浄化せずとも解決自体はできるとしても」
地中深くまで…と言わずとも、泥沼のようになった地面のすべてを炎で浄化できるかどうかを考えれば、その現実味の無さは推して知るべし。
俺としては、カルスたちの浄化の力を使うことを考えてもいたのだが…、大量の瘴気を一瞬で浄化できるというわけでない以上、それも焼け石に水だろう。浄化の力自体の負担は少ないとしても、作業中に瘴気の泥に触れてしまう危険などはかなり大きい。
それでも、いつかは――手遅れにならないまでのあまりない時間の中に、浄化作業は実行しなければいけない。
『続けます。
現在、準守護部隊の出撃回数は日平均2回、どちらも高位忌種が複数現れた戦場となっています。多くは…空間歪曲か量子力学的にすり抜けているのか結局理解できませんでしたが、件の守人の用いる魔術に酷似した転移術式によって遠方都市の防衛を行っているようです。勿論、王都近辺の防衛も担っているようですが』
「…そんなに出撃してるんだ。じゃあ、皆見た目より疲れてるのかな…」
『いえ、…もともと単独で複数の高位忌種を討伐できると判断された人類の集まりですから、全員が一度に出撃するということもないようです。常時一か所でしか忌種が現れないという証左もありませんから、その対策という意味もあるのでしょうが』
――まあ、そりゃあそうか。ずっと戦ってばかりじゃあ、ラスティアみたいに治癒の魔術を使える人にいやしてもらったとしても疲労は消え切らない。そうなれば戦力は少しずつ落ちてしまう。……対処可能な分かり切った問題だったのだから、さすがにもう解決はされている、と。
だが、ラスティアの疲労はそれでも酷そうだ。おそらく重症者などの治癒を行わなければならないうえ、準守護部隊以外の人たちだって治療を求めてやってくるだろうから負担が増えているのだろう。……それでも、いつも疲れているというわけではないあたり、疲労がたまり切ってしまうほどの過剰労働ではない筈だ。状況が悪化しないことを祈ろう――祈るばかりでなく、早く動けるようになればいいんだけれど。
なんてことを思うと同時、扉がわずかな軋みと共に開かれる。
「帰ったぜ」
「レイリ、早かったね」
「飯の量、別に多いわけじゃねえしな…。で、だ。トフタ―さんからどこまで話聞いてんだ?」
そう問われたので、トフタ―さんから聞いた内容をかみ砕きながら説明する。レイリのほうがよく知って言うことも多いだろうが、聖教国についての話になれば、多少は俺の知識も理解に役立つはずだと思ったからだ。
聞き終わったレイリは、「へぇ…」と呟き、興味深そうに何か考えてから、「まあいっか」と切り替える。
「じゃ、今度はアタシからも色々話すわ。兄貴とかに聞いたほうが早いんだろうけど、アタシもタクミが寝てる間に話は聞いてるからな、説明はできる。直接話できるんだから、基本的なことについてはトフタ―さんより詳しいはずだぜ?」
「うん、お願い。どんな戦いをしてるのか、とか…分からないことは多いから」
『私からもお願いします。出来る限り情報を得ておきたいので』
「おう。…と言ってもまあ、実戦に出たのは兄貴迎えに行ったのと合わせて二回だけなんだけどな」
レイリが教えてくれたのは、戦場に出た人数、その質、襲い掛かってきた忌種の量と、正式な任命を受けた時に聞いた任務内容の詳細。
そのすべてを聞き終えるより早く陽六刻――規定の昼食時間になったので、説明が終わったのはちょうど食堂で昼食を食べ終わった時だった。――なぜそこまで長かったのかと言えば、レイリの説明が非常に力のこもった臨場感の溢れるものだったからだ。
トフタ―さんは第三者的視点を求めているようであまり嬉しそうにしていなかったのだが、俺としてはむしろ、戦場の様子などは、レイリ自身が見た光景をありありと語ってくれたほうが想像もしやすい。強敵と戦った後に交わす会話で、レイリが何にどんな表現をしてくるのかということは分かっているから。
「と、そんな感じだな。すっげぇ炎だったんだぜ」
エリクスさんを探しに行った戦場で見かけた守人の強さについて語るレイリの姿を見て、一瞬ボルゾフさんの姿を想起する。やはり、守人の強さというものは人を引き付けるらしい。……ボルゾフさんは守人になったんだよな?今は何をしているんだろう。
『一帯を埋め尽くすほどの炎……』
トフタ―さんはそうつぶやく。……瘴気の浄化について考えているのだろうか?炎による浄化は一般的なものだし、その守人もおそらく協力してくれる――というか、トフタ―さんが動いたりする必要もなく浄化のために働くことになりそうな気はする。多少は希望の持てる情報だったのだろう。
「レイリ、午後は?」
「ん?警備だな。王都の外回って忌種討伐だぜ」
「……警備と言いつつ、忌種は絶対にいるってことだね、納得」
『警備』という仕事は、決して常に戦いが発生するわけではなかったはずだが、状況が状況、しかたがない。
と、そこまで考えたところで、周囲が一瞬静まり、あわただしく動き始めたことに気が付いた。
「あー……仕事内容変わったな。機種出たらしいから、アタシ先いくわ」
「え!?……もしかして、魔術で連絡が?」
「おう。出動決まったやつに直接、な」
レイリはそう言いながら食器を片付け始める。
「先に行って。俺は呼ばれてないんだし、とりあえずこの食器は片づけておく」
「なら、頼む!また後でな!」
レイリは後ろ手を振りながら部屋へと駆けていく。俺が片づけを終えるより先に準備を終えて出撃することだろう。
――どうか、無事で。
出来ることがないとわかっていても、やはり歯がゆい気持ちは消しきれなかった。




