第十六話:情報
仕事の割り振りがある程度終わったようなので、二人の兵士へ近寄り、話しかける。
「す、すみません。準守護部隊に配属されたタクミ・サイトウというものですが、仕事をもらうことはできますか?」
問いかけつつ、その顔を確認する――やっぱり。
「…お久しぶりです、ヅェルさん」
「…ええ。ご無事…というわけではなさそうですが、大事無いようで何よりです。タクミさん」
俺がヅェルさんと言葉を交わす間、隣に立つ獣人の女性はヅェルさんのほうを見て首をかしげていた。……えっと、この人は……そう、リバさんだ!……当たり前のことではあるが、あちらも俺のことは記憶にないらしい。俺だって、以前王都に行こうとしたときに話しかけられた人がリバさんだということには相当経たないと思い出せなかった。
ヅェルさんもそれに気が付いたのか、リバさんのほうを見てから俺へ、「私の妻の、リバです」と紹介してくれた。リバさんはいまだに俺のことを思い出せていないようで、そのままヅェルさんが今と同じように紹介していた。どうやら、王都であった一件についての話は伝わっていないらしい。
「おお、ロルナンで会ったことあるって人っすね!よろしくお願いするっす」
…やはりあの町で出会った人と同一人物だ。雰囲気が変わっていない。
ヅェルさん達とはもう少し話をしていたいが、それはそれとして、仕事をもらえるかどうかを聞いてみなければいけない。
俺は今の状況を説明して、何か仕事がもらえるかどうかを聞いてみた。
「動けないわけではないんですよね?…だとしても、現在、既に警備側の体制は整っていますし、準守護部隊として派遣するのなら、それは、やはり万全の状態でないと問題があります」
「書類仕事とかも、事前に人員を整えてるっすからね…今からまた別の人を入れて教えなおして、となると負担も大きいと思うっす」
「う…」
思わずうめき声を漏らす。二人に聞けば仕事の一つや二つ簡単に見つかると思っていたが、ことはそう単純でもないらしい。
まあ、当たり前と言えば当たり前のことではあるかもしれない。準守護部隊としての俺に求められているのは結局のところ戦闘能力なので、それが万全の状態にないから別の仕事をもらいたいなんて言ってみても、適材適所としてすでに仕事は割り振られているのだから、俺によほど適性の合った仕事じゃないと入れられない、か…。
いや、この施設がいくら特殊なものだからって、これだけの人間が生活しているんだから、特殊な技術とかが必要の無い雑務だってかなりあるはずだ。
「その…準守護部隊としての仕事に限った話じゃなくて、ここでやってる雑用でもいいんです。……皆が働いてるのに、仕事をするために来た俺が部屋で寝てばっかりなのは、いやなんです」
俺がそういうと、リバさんは顎に人差し指を当てながら首を傾げ、「んー」と、何か言いたそうな雰囲気を醸し出してくる。何かおかしなことを言っただろうか?
「――それはつまり、タクミさん自身の罪悪感の問題、ということでしょう」
「…え?」
「ですから、タクミさんの抱いている罪悪感が、その選択をさせているのでしょう」
『罪悪感』?…俺は、そんなものを抱いているのだろうか?
「で、でも、仕事をしてない人がいるのは、ここの人たちにも迷惑なんじゃあ…」
「迷惑ではないですよ?何せ、タクミさんが来るまでの間も、問題なく仕事は回っていたのですから」
「う…」
た、確かにそうかもしれない。俺がうかつに首を突っ込むのは、作業効率を下げるだけ…。
「…働いていなければいけない、というような強迫観念を感じているのかもしれませんね。ですが、あなたの仕事はあくまでも準守護部隊として、『高位忌種などの出没に当たり守人が対応できない状況に対処する』ことの筈です」
ヅェルさんは、何かの決まり事を朗読するかのようにそう言った。…だが、確かにそうだ。働かないなんてありえない、と思っていたけれど、無理に手を出そうとするほうが今は邪魔だったということだろう。
「無理をおしてまで何かしようとするのは、背伸びしている子供のようなものです。と言っても、タクミさんはタクミさんでいろいろとあったのでしょうし、疲れているのでしょう――タクミさんが最優先でやらなければいけないことは分かりますね?」
……ここまで言われれば、言いたいことは分かる。俺の中ではまだ何かくすぶるものもあったが、認めるしかない、俺が仕事を探す過程で多くの人に――主にカルスに――迷惑をかけてしまったことを。
「おとなしく、本来の仕事が全うできるように体を治す――ですよね?」
「そうですね。……自分からそれを口に出せるのなら、これ以上何を言うこともありません」
二人へ礼を言って、部屋へ戻ろうとし、まだ朝食をとっていないことに気が付く。空腹を訴える腹を軽くさすりながら歩くと、背後からリバさんが「動けないなら、情報集めりゃいいんじゃないっすかー?」と声をかけてきてくれた。振り返ると、二人は既に別の場所へと歩いていく最中だった。…情報か。
カルスからは大まかなことを聞いているけど…よし、まずは部屋で休んで、そのあとは情報を集めよう――迷惑のかからない程度に。出来れば、部屋の中だけで。
しかし、背伸びしている子供、か。――うん、かなり刺さる言葉だ、これ。
◇◇◇
「あ、レイリ」
「よ。仕事見つかったか?」
部屋への帰り道、レイリと言葉を交わす。
「今はないって。…体を治して、本来の仕事ができるようにしなさいって言われた」
「あー…」
それを聞いたレイリは、右手で背中のほうを書きながら何やら難しい顔をした。
「どうかしたの?」
「……んあー……」
その後数十秒、頭を抱えたり、右足を軸に開店してみたりと悩ましげな動きをしたレイリは、小さくため息をついてから話し始めた。
「いや、今更だから言うけどな?アタシは…というか、カルスとかも含めて、タクミにはそれが一番だって結論出してたんだよ。後は、タクミが自分でその結論に届くかどうか、みたいな話とかしてて」
「……おぉ」
そこまでレイリたちは気が付いていたわけか。…自信が薄れるな、本当に。
ともあれ、やるべきことが変わったわけではない。レイリは一度エリクスさんを探して準守護部隊の戦闘に参加したらしいし、話を聞くことができるだろう。
「というわけでレイリ、ごはん食べ終わったら話、聞かせてもらえる?」
「いいぜ。と言っても、アタシよりカルスとラスティア、それに、兄貴のほうがよく知ってるだろうからな。連れてこれるだけ連れてくる」
『いえ、それには及びません』
そう言ったのは、俺の右肩へ登ってきたトフタ―さんの蜘蛛だ。……ずっといたはずの彼女(?)に気が付かなかったのは、今まで微動だにしていなかったからだろうか?火傷した肌は接触しているものの存在をより鋭敏に伝えてくるのだが。
『当施設への転移後からこれまで、折を見ては偵察行為を繰り返しておりましたので、施設構造、各人の任務内容、現在の情勢・・・・・・と、確定情報ではないものも含めて集めてはあります』
「え!?…す、すごい」
「ばれたらやばそうだけどな…多分こっちまで伝えようとしてない情報も混ざってるだろそれ」
そう言って見つめるレイリの目にトフタ―さんは答えを返さない。どこまで情報を探しに行ったのかは分からないが、多少見た目が珍しいからと言って、蜘蛛が走っている程度のことに目くじらを立てる人はいなかったのだろう。
レイリと別れて、トフタ―さんと共に部屋へ。寝台へ腰かけて話を聞く。
投稿速度の低下しているこの状況はまだ続きそうです。申し訳ありません。




