第十五話:労働
「ん…」
寝台から身を起こし、肩を回す。…時計がないからよくわからないが、五、六刻ほどは眠っていたのだろうか?朝よりは体が軽い。
回復力が上昇しているのはいいことだ。次に大きな戦いがあるまでに、痛みは気にならなくなっていてほしいと思う。
「…やっぱり、今くらいの時間だと仕事してる人も多いのかな」
つぶやいた理由は、廊下から扉越しに話し声や人の走る音が聞こえてくるからだ。と言っても、危機感にあふれたようなものではないので、忌種が襲い掛かってきたということではないだろう。
――起きたばかりで、どうにも人聞きの悪いことだが、食事をとりに行くべきだろうか。ひどい空腹感だ。
立ち上がって、扉の前まで進む。…やはり、体はずいぶんと軽い。軽くなら走ったりもできそうだ。
その考えを確かめるように、五歩ほどの距離にある扉へ駆けていき…その鼻先を、勢いよく開かれた扉がかすめる。前に伸ばしていた右腕ははじかれた。
「お」
「…レイリ」
帰ってきた…ようだ。少し疲れているように見えるが、怪我をしている様子はない。
「お、ちゃんと立って歩けるようになってんのか。良かった良かった」
「う、うん。レイリはさっきまで戦いに?」
「おう。兄貴も無事に帰ってきたぜ」
部屋に入るレイリに合わせ、再び寝台に腰を落とす。もともと緩ませていたらしい鎧の固定具を今度は完ぺきに外したレイリは、一度大きく背筋をそらした。
「あたしは飯食いに行くけど、タクミはもう食ってるよな?陽八刻になってるし」
「いや、さっきまで寝てたから食べてないよ。丁度食べに行こうと思ってたところ」
「なら、もうこのままいくか。兄貴もすぐ行くって言ってたし」
「そうだね」
やはりエリクスさんも無事だった。一安心だ。
食堂へと移動すると、すでにエリクスさんが食事を受け取っていた。
「お、来たかレイリ…タクミじゃねぇか!」
「は、はいエリクスさん!…お久しぶりです」
レイリの言うとおり傷もなく、以前のままのエリクスさん。…いや、以前のままというのは、少し違うのか?微妙な違和感とでも言えば良いのだろうか?どこか…そう、いつもの気楽そうな話し方が、少しだけまじめになっているような気がする。勿論、まだ少ししか話していないのだ。気のせいと言うこともあり得るのだが…。
「怪我はどうだよ」
「え?…あ、怪我、ですね。よくなってきてます」
「見せてみろよ。…いや、見たところで細かく治療と化出来ねぇけど、経験則で話くらい出来そうだしな」
そう言われ…少し迷う。…見せるのは別に良いのだが、場所と時間が悪いような気がする。
「えっと、今は食事前ですし、他の人も居ますし…火傷痕を見せるのはやめておいた方が良いと思います」
「そうか?…なら、早く食べちまおうぜ」
言うやいなやエリクスさんは近くの机で食事を取り始めた。俺も急いで食事を選びに行く。レイリは、エリクスさんの方を見ながら何事か考えているようだ。
「…う、咄嗟に油ものを…」
微妙につらいが、まあいい。サクサクの揚げ物を、しかし歯ごたえを楽しむことなく即座に胃袋へ納め、エリクスさんとともに部屋へ戻る。レイリはゆっくりと食事をとるようだ。
――――結果として、エリクスさんからは俺と同じような怪我を負って完治した人は居る、と言う話を聞けた。と言っても、骨折などの怪我を合わせて負った訳ではなく、教会に足繁く通っての結果だったらしいが――相当の金持ちのようだが、一体どんな人だったのだろうか――とにかく、完治の可能性を示されたのは嬉しかった。治癒力は強いのだから、きっとよくなるだろう。
エリクスさんはその後、少し話をしてから部屋を出て行った。口ぶりからして、仕事をしに行くらしい。――こう言っては失礼なのだが、エリクスさんでもあれだけ率先して働いているのだ。俺も、自分から仕事を渡されに出向いたほうがいいのかもしれない。と言っても、それを求めるべき相手がはっきりするまではもう、余計なことはしないが…次にカルス、ラスティア、エリクスさん…後はシュリーフィアさんに会った時、それについて聞いてみよう。
「…タクミ、いる?」
「…あ、ラスティア?」
ちょうどいい、準守護部隊の仕事をだれが管理しているのか聞いてみよう――と思ったのだが、やめる。
「どうしたの?凄く疲れてるように見えるけど」
「…大丈夫。それより、タクミ、治療を」
部屋の奥へ入りながら、ラスティアはそう言ってくれるのだが…治癒のための魔術、『癒月』といったか?あれは、魔力だけで使っているわけではならしいし、外傷はともかく、疲労度だけで言えば今のラスティアさんをこそ癒してあげたいくらいだ。
「俺の傷は大分よくなってきてるから、無理しなくてもいいよ。…というか、俺の目にはむしろラスティアが今まで無理してきたように見えるんだけど、何してたの?」
「…聖十神教の人たちと、治療。怪我した人、多いから」
「おぉ。…聖十神教の人と同じような仕事してるんだ。でも、今って怪我した人が本当に多いだろうし、やっぱり疲れてるんでしょ?」
言外に「俺への治療はいいから、早く休んで」と伝える。
「…………うん」
ラスティアはどうにも、疲れていることを認めたくないようだった。
俺の傷をいやそうとしてくれていることはとても嬉しいのだが、それでラスティアが倒れでもしたら大変だ。せっかく自前の治癒能力があるのだから、よっぽどじゃない限りは負担をかけないようにしよう。
「それで、さ。一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「準守護部隊に仕事を命じている人って、誰かな?俺もそろそろ動けるようになってきたし、出来るだけの仕事をしておきたいんだよ。どこに行ったら会えるかわかる?」
「…任務は、基本的に、王国軍大将、【不屈】インフリクシヴ・レクサが出している、筈。でも、会えない」
――大将。なるほど、そりゃ、会えないわけだ。こちとらまともな軍人ですらないのだから当然である。
「でも、仕事を、もらう方法は、ある。……明日の朝、食堂に行けば、分かる筈」
「食堂?」
「そこで、仕事が終わった人か、忌種が現れた時のために、命令が、下りるから」
そこまで話した時、ラスティアが頭を前後に揺らした。――寝ていた!?
「ラスティア、本当に疲れてる…。部屋に戻って休んだほうがいいよ。というか、長く付き合わせてごめん」
「…ううん。私は…。大丈夫。疲れてるって、ことより、…安心…」
「……寝ちゃった、か」
どうしよう。ラスティアの部屋がどこにあるか知らないんだけど…カルスに聞いておけばよかった。
◇◇◇
レイリの寝台へラスティアを寝かせ、夕食前に再びであったカルスに事情を話し、眠ったままの彼女を部屋へと連れていく。――途中、どうやら給仕役として潜入したらしき例の少女が後ろからついてきていたことに気が付いた。ラスティアへと嫉妬の視線でも向けているのではないかと思ったのだが、どうにもそうは見えない――羨望の視線ではあったが。カルスとラスティアが恋愛関係ではない、ということを理解しているからかもしれないが、知らない間に不思議な人間関係が出来上がっているものだとまた驚かされた。
そして、翌日。
朝食を取りに食堂へ出向いた俺は、ラスティアの言う通り、何人かの冒険者らしき男たちへ指示書を渡し、説明を行う二人組の兵士を見つけた。
「あなた方には一度、王都内巡回班からの報告をまとめるために地上側へ向かってもらいます」
「情報はまとまってるって話なんすけど、忌種発生数が少し上がってるそうなんで、腕利きが欲しいって話っすね」
…あれ、あの二人は…。




