第十四話:それぞれの…
「…まあ、心配しなくても、大丈夫だよね」
「うん。規模がとんでもないから守人も出てるけど、おかげで大量の忌種が相手にはなっても、中位や低位ばっかりらしいから」
ほ、と息を吐く。
エリクスさんも現場にいるというのなら、危険なことにはならないだろう。
「タクミがステミア侯爵のところにいる間も色々…色々あったからね。まだ話しきれてないことも多いんだけど、僕もそろそろ仕事があるから、行くね」
「分かった。色々教えてくれてありがと、カルス」
「うん。じゃあね――あ」
扉を開いて出ていこうとしたカルスが、ふと、立ち止まる。
「よく考えたら、タクミにこの建物の説明、してないよね」
「…えっと、守人と準守護部隊、王国軍、冒険者ギルドと…後、有志?が集まって作った、こう…王国にとっての大本営、みたいなものでしょ?」
「そうだね。王様は命令権を各部の代表に任せてるみたいだけど」
「それは殺気話してたじゃん。…他にも説明しなきゃいけないことがあるってこと?」
「うん。タクミももう一人で移動できるみたいだし、朝のことを考えたら、部屋の中でずっと待ってられないんでしょ?」
頷きを返せば、カルスは大まかな施設について説明してくれた。
食堂、大庭園兼訓練場、大浴場…王都直下の施設だからか、かなり手が込んでいる。しかしこれだけの施設、災害発生時からはおろか、神託の夢を見た後すぐに作り始めても完成しないのではないだろうか。
いや、もともと別の用途での使用を目的として作られていたと考えるのが自然か。それぞれの施設の場所について、大まかな情報を話した後、カルスは出て行った。
「…さて」
椅子に腰を下ろし、腕を組む。
レイリたちの戦いはいつ頃終わるのだろうか。守人が参戦している以上そこまで長期戦にはならないと思うが、反対に、守人が参戦するほど忌種の脅威が大きいということでもある。戦うだけならともかく、忌種の死体に焼却処分をしっかりとしているのなら時間はかかるかもしれない。
とりあえず、朝食を食べに行こう。――もしかして、カルスは俺と話していたせいで朝食を食べ逃したんじゃないだろうか。もしそうなら悪いことをしてしまった…。
荷物の中から財布を懐へ仕舞いなおし、歩いていく。やはり、体はかなり好調だ。
とはいえ、朝食は軽いものにしておく。数日間の入院中も、結局油の多い物などは取らなかったのだ。いきなり食べてしまってはさすがに体調を崩す。
野菜中心のものをいただき、周囲に知り合いもいなかったのでそのまま帰路へ着く。途中、大浴場も発見したのだが、入りたい欲求はあっても服の下の傷口がそれを許さない。再び傷口が開きそうだし、湯のほうにも何が染み出すか分かったものじゃない。ただ、傷が治ったら意地でも入ろう。
部屋に戻って――そのまま、寝台へ。
もしも仕事を伝えられるのなら、その時は誰かが呼びに来るだろう。……怪我の影響は抜けきっていない。なんだかんだと、これだけで疲れてしまった。
一刻も寝れば回復する程度の拾うだろうが、傷をいやすためにも、出来ることがないのなら、寝ておこう…。
◇◇◇
「――ハハッ!俺より速くなってんじゃねぇか!」
「うっせえ兄貴!さっさとそっちの斬れよ!」
レイリがそういい終わる前に、エリクスは背後に開いた地面の裂け目から這い上がってきた高位忌種らしき獅子型の忌種を仕留める。
レイリとしては、それだけのことができるエリクスに『俺より早い』なんて言われても、あまり喜べるよううなことではなかった。おだてられているようにしか感じられないのだ。
不満を感じつつ、蛇型の首を斬り落とし、馬型の心臓を貫き、毒々しい色彩の巨大な蛙には遠くから石をけ飛ばすことで対処していく。
その姿を見守るエリクスが、心の底から感心していることに、レイリはまだ気づかない。
樹木型の忌種が落とす腐敗した果実を回避しつつその幹を断ったレイリは、その向こうで、莫大な熱量を持つ炎を自在に操りながら戦場を舞う守人の姿を見つけた。
「…うお、やっぱ守人は別格だな!」
雷然を使用しても十秒以上はかかりそうな距離で使われた炎の魔術、その熱が自分の肌で感じられるのだから相当だ。タクミやエリクスともども準守護部隊――守人に準ずる人類の守護者として認定されたことが嘘ではないかと思える程度に、彼女が感じる差は大きなものだった。
……瘴気に汚染されているから仕方がないとはいえ、平野を丸ごと焦土にしてしまいそうなその火力は、環境破壊を指摘されてもいるが、それは彼女の耳に入っていない情報である。
ともあれ、平野で発生した忌種と、さらに遠方から襲来した忌種の両方に悩まされているこの線上において、片方の発生源を守人一人が抑えきっている現状は非常に望ましいものだった。
「これで経験積ませようってんだから、ギルドやら軍やらも思い切りがいいよな!」
「ま、それで生き残れるやつらにしか用がねえってことだろ!…実際、死人なんて出てねえぜ!」
エリクスにそう言われ他レイリは、雷然で飛び回りながら周囲の冒険者や兵士たち――準守護部隊の面々の姿を見る、
こと「速さ」にかけては、レイリとエリクスの雷然が最も優れているかのように見える。少なくとも、この集団の中ではほぼ最上位と言えるだろう。
だが、一撃の殲滅力なら固く鋭利な棘を持つ茨を一面へ繁茂させ、それを操る魔術師が、一つ一つの技ならば、六体の忌種に囲まれたお、余裕を崩さず、無傷で着々と手傷を与えていく剣士が、それぞれ自分たちを超えていることがわかる。
それ以外にも、ほとんどの人間が何かしらの面では自分を超えているのだと、戦いぶりを見ているだけでレイリは理解した。――つまり、強くなったといっても自分はまだその程度なのだ、と。
(――まだ上があるってだけだ!)
むしろ、タクミも含めて、もっと強くなれるようにしなければならない。カルスとラスティアはどのくらい強くなったのだろうか?もし今の自分より強いのなら、やはり、二人で追い抜けるくらいにはならないといけない。レイリはそう誓いなおし、柄を握る腕に再び力を籠める。
――忌種の掃討が完了したのは、そのおおよそ三刻後だった。
◇◇◇
「ふう…」
聖十神教の修道女が入れてくれたらしき茶を一口啜る。
堅苦しい女性用礼服へそでを通したラスティアは、ようやく激務から解放されていた。
「王都西部での戦闘、終了したそうです!」
そんな彼女のもとへ届く悲報、もとい、朗報。
知らせを聞いてうれしく思いつつも、ラスティアを含めた聖十神教の治療士たちは苦笑を浮かべる。
何せ、つい先ほどまでその先頭に巻き込まれた市民たちの治癒を総出で行っていたのだ。戦士たちに治療が必要なのは当然のことではあるが、それを理由として彼らの体力が回復されるわけではない。――軽傷者の多い準守護部隊のことを考えれば、最も治癒を受けるべきなのは治療士たち自身なのかもしれなかった。
「まずは、私が」
「い、いえ、ここは私たちが!ラスティア様はお下がりください!」
椅子から立ち上がると同時、周囲の人々に止められる。おとなしく椅子に座りなおすも、ラスティアは少々不満を感じていた。
(――神様の、、子孫かどうかを、判別できる魔法陣は…ちょっと、卑怯だと、思う)
わかるより前に準守護部隊に所属していたことで何やら妙な話し合いが行われた事、いつの間にやら所属が聖十神教のものになっていたこと、戦場へと出る許可がほとんど下りないこと、それならせめて治療士として働かせてほしいと願ってみても、何やら過保護な扱いを受けて周囲の治療士と比べて明らかに軽度の仕事のみを任せられたり――性根のまじめなラスティアにとっては不満の連続であった。そもそも、なぜ今まで何も特別扱いされるようなこともなかったことでこれだけの待遇を受けなければならないのか。
「私は、冒険者。体力も、魔力も、皆より、有る」
「で、ですが…」
それ以上は聞かず、治療の準備へ移る。
出来ることがあり、それをするための立場にもいるのに何もさせてもらえないなんてこと、ラスティアには到底納得できないことだった。
◇◇◇
「…」
瞳を開く。
倦怠感は既に失せ、溢れんばかりの食欲を感じる。
――周囲へ目を向ければ、自らの体を強化するには足りないにしろ、空腹を紛らわせるには十分なほどの餌があった。
喰らいつき、咀嚼し、飲み込む。
躰の内へ浸透していく心地よい感覚。だがそれも一瞬のこと。すでに周囲からは欲望を抑えるに足るものは何一つとしてない――いや、感じ取ることはできる。少し距離はあるものの、欲望に従えばなんということもないだろう。
――森の中で身を起こしたそれは、周囲の忌種を取り込み、進んでいった。
投稿開始から2年間、応援ありがとうございます。
初投稿したときは、これほど長くなるとは思っていなかった(無計画)のですが、皆さんの評価が力になり、これまで続けてくることができました。
と言っても、まだまだ粗の多い作品です。どうかこれからも、筆者の文章力の上昇にそっと期待しつつ、物語胃の続きをお楽しみにしていただければ幸いです。




