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第十三話:変化

「王子様…」

「じゃないよ。それでタクミ、もう歩いても大丈夫なの?」

「あ、うん。…カルス、その…」


 状況に理解が追い付かない。何故カルスは『王子様』などと熱っぽい視線で少女に言われているのだろうか。……単純に少女がカルスへ恋していると解釈したって、いくら何でも異常だ。

 それに、カルスの対応も手馴れすぎている。思い返せばさっきここへ走ってきたときも『…またぁ!?』と言っていた気がするし、もう日常的に繰り返されてきた状況なのだろう。…会議室のこれだけ近くで騒ぎがあってもなおカルス以外ここに現れないというのがもう立派に、日常的に起きている騒ぎだという証拠じゃないか。

 悩みながら、一番の疑問点を率直にぶつける。


「王子様なの?」

「違うって…!」

「王子様です。王家の(かた)じゃないですけど」


 疲れたように否定を返すカルスに続き、少女のほうが俺へ説明をしてきた。意味は分からない。


「と、とにかく。後でちゃんと行くから、ジーヌンさんはちゃんと外に出て。勝手に入ったら本気で怒られるよ?」

「でも、門番の人たち通してくれましたよ?」

「何で通しちゃうんだよ…!」

「えっと、顎髭の人は、『安全だって分かってるなら、女子(おなご)の恋路は推すものだ…』っておっしゃっていました。(わたくし)、応援されています」

「そんなことを表明しなくてもいいの!ほら!今そこで会議してるから、さすがに騒ぐと迷惑だからね!」


 二人の掛け合いを眺めながら、口角がわずかに緩んだことに気が付く。

 微笑ましい――などと恋愛経験皆無な俺が言うのはおかしいのだろうが、それでも、どことなく期の緩む光景だ。少女の言う『顎髭の人』の言いたいことも少しわかる気がした。

 とはいえ、それとカルスがどう感じているかは別問題だ――が、言葉とは裏腹に、カルスの表情から嫌悪感を感じ取ることはできない。カルス自身、彼女から行為を向けられている現状はやぶさかでないものなのだろう。

 眺めているうちに、どうやら少女は帰る――一時撤退する――ことを決めたようだ。見かけ上おとなしく引き下がりつつも、時折ちらちらとカルスのほうへ視線を向けてくれるのは引き留めてほしいのだろうか。さすがに逆効果だと思うが、二人の間にはそれもいつものこととして受け止めているような空気がある。知らない間に人間関係は変わっているものだ。とりあえずカルスに彼女のことを聞いてみよう。――邪魔をしようってわけじゃないんだ。馬に蹴られるようなことにはなるまい。


「…で、今の()は?」

「…説明しなきゃダメ?」

「いや、しなくてもいいけど…」


 どうせこれからわかるだろうし」と言外に示しつつ、カルスを見つめる。やがて、根負けしたのか――元からそこまで隠したい内容でもないのだろう――話し始めた。


「いや、僕たちがタクミと別れて逃げた先にさ、高濃度瘴液で損壊した町があって…そこから助けた時に、懐かれたというか、なんというか」

「惚れられた?」


 確信をもって切り出せば、カルスは視線を左右に動かしながら口元をもごもごと動かし、観念したように頷く。

 隠しても隠しきれるものではないだろう。少女はなんというか、正しく「恋する乙女」そのものといった様相だったし、『顎髭の人』もそんなことを言っていたらしい。ここまでそろってわからない人はいないだろう。


「…それで、王都へ転移してからも僕と一緒にいたいらしくて…あ、お、お母さんと避難途中にはぐれて、そのせいでさっき言った町に取り残されてたみたいだから、それが原因だとは思うんだけど」

「ふーん」


 なぜ今の流れでなお『それが原因』などと言ってしまうのだろうか。勿論、少女にとって一番頼れる相手がカルスになっているという意味ではそうなのだろうが、躊躇なく――嬉しそうに――それを選ぶのは、やはり惚れているからだろうに。

 とはいえ、カルスにとって恋愛感情的には対象外だという可能性はある。しかし、先ほど言ったとおりに親がいなくて自分を頼っているという環境から突き放せないとカルスが考えているのなら、あまり楽しむべき話ではない。そもそも、少女の親が無事であるかどうかは分かっているのだろうか?それはかなり重要な点に思えるが…。

 

「え?ああ、聖教国側に避難してるんだって。今は国境の仮設要塞にいるって情報が入ってたよ。…特別に、だけど」

「あ、…心配ないってわけじゃないけど、生きてるってわかっただけでも良かったね」


 そう答えつつも、カルスが発言の後半を言い淀んでいた当たり、少し無理を言ってその情報を得たのだろうと推測できる。


「…さ、とりあえず帰ろう、タクミ」

「あ、そうだね。…なんだかんだ、時間もたったし」


 カルスとは合流できたけど、この間にレイリが帰ってきているかもしれない。置手紙はあるけれど、早めに帰ったほうがいいだろう。


「そういえば、あそこでやってるのは何の会議?」

「え?…えっと、確か、各地の被害状況と忌種の発生率を調査して、守人の派遣場所を決定するための会議だよ。今はシュリーフィアさんも出席してるはず」


 カルスと話しながら部屋に戻る。レイリはいない。

 空腹を感じつつ、今は特にやることもないらしいカルスにけがの原因について話を聞かれたり、反対に俺が先ほどの少女との関係を遠回しに聞き出そうとしているうちに、一刻ほど経過していた。

 扉がコンコンと軽くたたかれる。立ち上がって開こうとしたが、カルスが先に開けてくれた。――そして、すぐさま壁際へ移動し、直立姿勢になる。

 廊下から部屋へ入ってきたのは、見たことのない制服――王国以外の軍服だろうか?――を着た痩身の男性。「痩身」と言っても、不健康そうなものではない。袖口から除く腕を見れば、非常に絞りこまれた肉体をしていることが容易にわかる。

 

「君が、タクミ・サイトウ君だね」

「はい」

「そうか……新設される準守護部隊への着任について、説明は既に受けているか?」


 準守護部隊…という名称は初めて聞いたが、侯爵が言っていた部隊の名前で間違いないだろう。俺は、自分が知っている限りのことを話した。


「そうか。納得しているのなら、それでいい。任命書類はこれだ」


 差し出された羊皮紙のようなものを受け取る。細かい字が並んでいるが、書いてあることは――戦いに行くという前提で――普通のものだった。


「金属膜で囲った部分へ、拇印を押してくれ。自身の血液を用いるのだ」


 男性は俺へ短剣を差し出す。随分と意匠のこらされたそれで血を出せと言っているらしい。…親指の腹を切ればいいのだろうか?指紋が乱れる気もするが……いや、指紋鑑定をしているというわけでもないのかもしれない。

 そう考えて、右手の親指に刃を添わせ、膨らむように出てきた血を床へ落とさないようそっと運び、親指ごとぐっと押し付ける。

 ――指紋の範囲より広く血が伸びてしまったが、金属の枠からは出ていないし、問題ないだろう。

 俺がその羊皮紙を男性へ帰すと、男性は廊下に控えていたらしい青年へとさらに羊皮紙を渡す。そして、俺のほうへと振り返る。


「冒険者ギルド代表議会においても、今回の災害に対して一切の協力を惜しまないことをすでに決定している。君はまだBランクには達していないという話だが、実力面ではそうでないと聞いている。期待しているぞ」

「…あ、ありがとうございます!」


 頭を下げると、その間に男性は出て行った。――軍人かと思ったのだが、口ぶりからして、ギルドの人なのだろうか。代表議会なんて言葉は聞いたこともないのだが、冒険者ギルドという組織について調べたことはなかったのだから俺の無知が勘違いの原因だろう。

 ということは、そもそも軍の人ではなく冒険者ギルド側から任命されるものだったということだろうか?冒険者だから、ということもあるのだろうが、少し意外だった。

 ――それはそれとして、これで俺もその『準守護部隊』というものの一員なわけだ。忌種との……特に、上位機種との戦いに出るのは正直なところまだ難しいのだが、それ以外にも仕事はあるだろう。割り振られたのならできる限りのことはする。多少無理の効く体なのだから、なおさらに。


「タクミ…それ、そんなに切っても大丈夫なの?」

「え?」


 言われて視線を動かせば、確かに、親指からまだ血が垂れている。昨日の中に用意されていた包帯をつかんで巻き付け、とりあえず押さえておく。


「まあ、すぐに止まるよ」

「本当に?…まあ、たしかにタクミはすぐ怪我治るし、大丈夫だと思うけど…」


 心配そうなカルスに、ふと、質問する。


「そういえば、今って何刻?」

「え?陽三刻くらいだよ?」

「そっか…いや、朝というか、起きた時からレイリを見てないから、どこに行ったのかなって」

「あー…レイリなら、エリクスさんのところに行ったみたい」


 カルスはさらに続ける。


「王都の近くに忌種が大量に出て、今エリクスさん達も参加して戦ってるんだけど、レイリもそこに参加してるはずだよ」


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