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第九話:再出立

「えっと…結局、町の人には犠牲が出てしまったと聞きました。ごめんなさい」

「……いや、さすがにそれを君に謝られると、領主としても守人としても立場がないよ?君に責任はない。…問題はむしろ僕のほうにあるだろう。使命はあった。それでも、この町を守る全責任は僕へと任じられるべきだったんだから」


 侯爵はそう言った後俺へ会釈し、病室を出ていく。

 周囲は静かなものだ。一昨日の診療所とは違い、部屋ごとの壁が分厚いということも一因かもしれないが、時間の経過とともに、常に苦悶の声を漏らすほどに症状のひどい人がいなくなった(・・・・・・)のが一番の原因かもしれない。


「…お、まだ起きてるな」

「まぁ、寝てばかりいられないからね」


 そっと扉を開いて入ってきたレイリにそう声を返す。

 あれ以来、高位忌種の襲来率は格段に落ちたらしく、レイリにも自由な時間は少し増えたらしい。といっても中位機種の群れは毎日来ているし、この災害が解決したわけでもない。今は、王国北方で最初に発生した高位忌種の多くを倒したことで一時的に攻撃が弱まっているだけで、そう遠くないうちに忌種は再び現れ、攻撃を再開すると言われている。


「体調自体はよさそうだな」

「うん。…さすがにあっさり治ってくれる傷じゃあないみたいだけど、もう少し休めば普通に動けるようになるかな」

「…全身骨折と大火傷なのに数日休めば動けるってんだから、教会も立つ瀬ねぇな、っと…ま、余裕もって休めよ?今日は王都に行かなきゃなんねぇけど、あっちでもまだ診療所入りだろうし」

「だろうね…。けが人でも例の部隊にはちゃんと入れるのかな?ちょっと不安」

「…不安なのそっちかよ」

「え?…い、いや、エリクスさんたちは無事だって信じてるし!」


 俺は若干慌てながらそう言ったのだが、レイリはどうにも納得していないような、…そもそも俺の言葉が的外れであるかのような微妙な表情。何かおかしなことを言った覚えはないのだが、どうしたものか。


「じゃ、アタシは荷物まとめてくる。…もし何かあっても今度は休んどけよ?これ以上はさすがに治りようもなさそうだからな?」

「分かってるよ。行ってらっしゃい」


 閉じられた扉を見つめ、目を閉じる。回復能力が高かろうが何だろうが、休息をとらなければどうにもならない。とはいえそうすれば、数日後には今まで通り動けるはずだと――首を傾げられはしたものの――医師から太鼓判を押してもらっている。

 とはいえ、動けることがはっきりしているだけ。…一部は筋肉の深くまで到達していたらしい火傷は、その痕が完璧に消えてしまうということはないのだろう。レイリを守れたと思えば安い代償ともいえるが、しかし自惚れのような気がする。そもそも、俺が庇うまでもなくレイリなら避けられたのでは…?


「…まあ、レイリにけがはなかったし。俺も攻撃に気が付けただけ成長した、ってことにしておこう…」


 そう考えておかないと、広がるばかりの差にくらくらしてしまう。意識を落として、侯爵たちの準備が整うのを待とう。


◇◇◇


「何でいまだに自分の体を心配してねえんだあいつ…!」


 腕を組み、速足で歩く。看護師や医者たちの視線が鋭くなったので足音を消すように歩法を変えながら、レイリは憤慨していた。

 そもそも、昨日のうちには結局口にできなかった「ありがとう」なりなんなりの感謝を示す言葉を、今もまた、口にできなかったのだから。


「王都についたらとりあえずラスティア探して…いや、王都ならもっと腕のいい神官いるよな。専門家に頼んだほうがいいか」


 タクミの傷を治す算段を脳内で組み立てつつ、外へ出て、自分たちの部屋へ向かう。タクミの分の荷物もまとめておかなければならないが、二人分を合わせたってそこまでの量ではない。すぐに終わるだろう。


「…なら、時間は余る、よな」


 騒ぎにならないよう人目を忍んで雷然による加速をし、部屋の前へ。荷物を一つにまとめてから、再び加速.町の外へ出る。

 高位忌種がいないことはわかっていたが、それでも忌種はいるのだ。雷然に起きた変化と、今の実力を確かめることはできるだろう。……ついでに、うまく言い表せない苛立ちも、少しくらいは晴らせるはず。

 踏み荒らされ、半数以上の木がへし折られてしまった森の中へ侵入、ほぼ同時に発見した【人喰鬼(オーガ)】の喉笛を一撃で切り裂く。どうせ大規模な忌種の襲撃もないだろうとこだわりもせず購入した安価な直剣も、変な角度で切りつけたわけではなかったからだろう、軋みもしない。

 勢いを殺さず森の奥へ。忌種の気配は至る所にある。近場のそれへ向かうため、木の幹をけるようにして角度を変更――その瞬間にはすでに、紫色の毛皮に木の蔦が絡みついたような忌種の目前へいた。忌種の姿を目視出来ていなかったのだから、これもタクミを助けに行ったとき起きたことと同じ。…見えていない場所へ、直線移動以外の方法で動けるようになったらしい。


「便利だなっ、と!」


 剣を深々と突き刺し、刀身を下側へずらしながら切り裂いて、抜く。どうにもそれだけでは死んでいないらしい忌種へ二度三度と蔦ごと両断するように深く切り付け、間違いなく瀕死だろう分かるほどの出血量になるのを確認してから、少しずつ集まり始めたほかの忌種へ突撃する。

 一体、二体、…合計十八体ほど切り殺せば、あたりから忌種はいなくなっていた。

 近くの木の幹に剣の腹を軽くこすりつけて血を落とし、鞘へ仕舞う。


「…帰るか」


 強くはなった。でも…まだ、タクミに追いかけられるほどに差は開いたままなのだろうか?暴れまわってみても、疑問にこたえは出なかった。


◇◇◇


「一応、実践に耐えるものには仕上がりました」


 侯爵邸のとある一室で、二人の男が言葉を交わす。片方は侯爵本人であり、もう一人は、先日の戦いで侯爵が連れてきた、人型の武器を使う青年だ。


「一度工廠へ戻って不具合の検証と、あとは量産出来るかどうか、いろいろ交渉してきます。あ、勿論予備機はこの都市に配置しておきます。二機とも同じ手順で作りましたので…今回のことを考えれば、そう簡単に壊れることはないかと」

「ありがとう。…各都市に三機、整備を考えれば四機ほど配置できればいいのだろうが、そこまで都合よくはいかないだろうな」

「いつかは可能でしょうが、それは、数か月単位でどうにかなる話ではないと思います。とにもかくにも、今も資材を組みながら舌なめずりして待っているだろうあの人たちに成果を届けなければ。後二刻ですよね?」


 侯爵は青年の問いかけにうなづき、視線を窓の外へ向ける。


「そろそろ彼を連れてくるべきだろうな。担架も用意されているし、…落としたりしないように、転移で運ぶべきか?」

「ああ、例の…。かなり腕が立つというコンビの片割れですね。まだ戦いぶりは見ていませんが、もう一人のことを考えれば…Bランクの中でも上位、といったところでしょうか?」

「だろうね。…状況が状況だったから、本人たちはまだBランクではないけれど」


 青年は侯爵の言葉に一瞬驚いたような表情を浮かべて、そっと瞳を閉じた。


「有望だ…。本当に、うちの家族にももう少し見習ってもらいたいものです。ああ、強さという意味ではなく、自分の肉体で強くなるという意味ですけれど」

「まぁ、身内からもそんな風に思われてしまうほどに人形研究に傾倒…いそしんでいるからこそ、あれだけの成果が出せたんだと思うよ?」


 青年は侯爵の言葉に苦笑を返し、座っていた椅子から腰を上げた。


「それでは僕も、最後の準備を終えてきます。二刻後にもう一度お会いしましょう」


◇◇◇


 意識を取り戻した時にはもう、侯爵が病室の中にいた。


「起きたかい?」

「はい。…そろそろ時間ですよね?」

「ああ。彼女が到着次第、このまま屋敷へ転移する。そこでもう一度軽い準備をしたら、すぐに王都へ向かうよ」


 侯爵がそういったとたん、背後の扉が勢いよく開いた。


「遅れました!」


 飛び込んできたのは、勿論レイリだ。だが遅れてはいないはず。…焦っていたようだから、何かに夢中になって時間を確認し忘れていたのかもしれない。


「じゃあ、移動しようか。『帰路へつけ旅人よ』」


 侯爵が一言起句を唱え――その瞬間には、すでに周囲の景色は一変していた。そこは窓のない石壁の部屋――といっても、ろうそくは至る所に配置された燭台の上で輝いているので暗くはないのだが、そんな部屋へ移動していた。


「お疲れ様です」


 侯爵へ声をかけたのは、初対面の男性。侯爵と少し会話をして、少し離れた場所で立ち止まる。ふと足元を見れば、魔法陣のような文様が彫られていることがわかる。


「…よし、調子に変わったところもない。このまま王都に移動するけど、その前に一つ。タクミ君、『飛翔』は体に負荷をかけずにできるかな?」

「え?…はい。どこかにぶつかったりしない限り…あ、今は速度を出しすぎると危ない気もしますけど、そうでないなら」

「それなら、少し浮いていてほしい。移動した先も、人ひとり分くらい浮いた場所にしているから」

「は、はい。『飛翔』」


 ゆっくりと浮遊し、体にかかっていた布団を落とすために腕を動かす…が、実際に布団をつかむより早くレイリが俺の体からそれを下ろし、軽く腕を俺の体へと乗せてきた。


「この辺は怪我してなかったよな?」

「う、うん」

「よし」


 何がいいのかはさっぱりわからないが、まあ、レイリがそうしたいのならそれでいい。ともあれ、いつの間にやら侯爵も菊を唱え始めているし、気を引き締めなければ。


「――彼方辿りし光の旅人」」


 ――侯爵の起句はそこで止まる。一瞬、ほんのわずかに体が揺れたような感覚を得た俺は、再び周囲の景色が変わったことを近くした。


ひどい遅筆申し訳ないです…

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