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第七話:護

「前兆を確認!侯爵がそのままここに転移をされます!」


 声はレイリの背後、より町の近くで中位忌種の集団と戦う衛兵たちの中から響いてきた。


「あとどのくらいだ!?高位忌種が増えすぎてそろそろ間に合わねぇ!」


 彼女の言葉が指し示すとおり、既にこの戦場には十五を超える数の高位忌種が現れていた。討伐数は四体だが、それに対し、冒険者や衛兵の死者及び重傷者は二十人を超えている。

 忌種が増えるのに対して、冒険者や衛兵というのは補充の聞かない存在だ。特に、高位忌種との戦場に立てるような強者ともなれば尚更。

 これ以上の被害が出ることは、そのままこの都市を防衛する能力の喪失へ直接的に繋がると、ここに居る誰もが理解していた。それ故、援軍が来るのならば一秒でも早く来てもらいたいと思っているのである。守人として、領主としてこの町を守る義務のある侯爵の到着を待ちわびるのは当然の帰結だった。


「お、おそらく即座に――」

「ああ」


 そのつぶやきとともに、レイリの背後で何かが跳び上がった。

 振り返れば、そこには待ち続けた侯爵と、もう一人の男の姿。だがしかし、彼らが何か攻撃をする様子をレイリは見て取ることが出来なかった。

 だが、それでも守人が到着したのだ。戦況は好転するはずと信じて再び前を見据え――一撃で(ひしゃ)げ高位忌種の肉体と、それを成した、両腕で槌を握る大柄な人型。


「…何だあれ」


 一撃の威力が予感させる筋力に対して、その人型は鈍重であった。とはいえ、脚部も一目見て強靱と分かるようなものであり、動きの悪さそのものも、体の重さより、次に何をすればいいのかを考えている事に原因があるように、レイリには見えた。


「まだ改良の余地はある、か…。でも、戦力だと言うことには、間違いなさそうだね」

「一族総出で解析は続けていますが、負うようにも限度はありそうです。とはいえこれ以上の性能も目指せはしますので、ご期待を」

「よし、とりあえず、現状の戦力としては理解出来た。例の部隊を結成させるには都合がいい。…さて、僕も戦おうか」

「援護は続けます」


 背後での会話が終わるより早く、レイリは駆け出した。目の前の人型――人間の関節は球体ではない――が味方だと言うことは分かった。守人が動くことも分かった。それでも、戦いの終結は一瞬ではないかもしれない。――ならば戦う。自然と口元が笑みを浮かべ始める程度には気が楽になった。ただ少しだけ、タクミが怪我をするより前に帰ってきてくれればよかったのにとは感じたが。


「おらぁ!」


 苛立ちを込めて、疲労がたまったのか足をもつれさせた衛兵に筋肉の棍棒染みた尾をたたき付けようとする級へ急接近、根元から尾を切り飛ばす。

 剣身より太いものを特に工夫も無く切り裂いた気もしたが、そういうこともあるだろう。エリクスがまれにそんなことをして首をかしげていた覚えは彼女にも有ったし、兄に出来ることなら多少遅れはしても自分にだって出来ると確信していたから。

 宙を舞う尾が地面へ落ちるより早く着地、再びの加速とともに、どうやら他の部位よりやわらかいひふへと剣をつきたて、そのまま切り裂く。

 ――やっぱ安物だな!

 とは、握った剣に大きく罅が入った

 そこまで無理な戦いはしていない――というのはレイリの主観ではあるが、実際、先ほど寿命を迎えた王都の職人製長剣は、戦争に行ってからは個人での調整と点検で保っていたのだ。連戦に次ぐ連戦、高位忌種の膂力に晒されてようやく罅の入ったものが、多少気を遣って使用しているのにもかかわらず一戦も満足に震えないのだ、不満は当然である。……もっとも、積もった苛立ちがそう考えさせていることまでは誰も否定出来ないが。


「で、あっちは…うおぉ」


 言葉が尻すぼみになったのは、いつかのシュリーフィアと同じ、守人の圧倒的な力を目にしたから。

 忌種に踏み折られていた木々が消え、同時に忌種の体から木が生える。当然、体を貫いた形で。


「…転移」


 何が起こっているのかはレイリにも分かったが、どうやって起こしているのかはさっぱり分からなかった。

 ――まあ、タクミやラスティア、シュリーフィアさんまで使わねぇんだし、とりあえずめちゃくちゃ難しいんだろうな…。

 ともあれ、彼女の視線の先、高位忌種はあれよあれよと討伐されていった。戦いは終わり――そのはずなのに、レイリはどうにも緊張を拭い去ることが出来ていなかった。

 彼女にとって慣れ親しんだその感覚を最近感じていたのは、要塞都市の中だ。戦いが終わったと考えるたび、自身の中に重い緊張感が残っていることに気がつく。そして結局、その緊張感が示すとおりに戦いが続くのだ。

 視線を左右に振り、新たな忌種の行動に備える。……しかし、結局忌種の姿を見つけ出すことは出来なかった。

 ――感覚鈍ったか?いや、結構苛々するし、なんかありそうなんだが…。

 そんな事を考えつつ、町にもほど近い場所に移動した侯爵の元へレイリは移動する。そこでなら次の行動を詳しく知ることが出来るし、何より異常があったとき、真っ先に伝わるだろうと考えたからだ。


「掃討完了と伝えてくれ。住民の厳戒態勢も解くように、と」


 侯爵がそう伝えたのは、待機していた近衛兵の魔術師。指示を受けた魔術師は町の方へ視線を向け――数秒後、「あれ?」とつぶやきながら、なにやら不可解そうに首を傾げた。


「…応答がありません。住民への対処に追われているのかもしれません」

「そうか…なら、伝令が情報を伝える方が早いかもしれないな…いや」


 侯爵が町へ視線を向けると、ちょうどそのとき、煙が町の中から上ってきた。


「…失火、と言うには規模が大きすぎるな。ハブン!この場は君に任せる!」


 侯爵は人型を操って忌種を倒し続ける少年へそう指示を出し、少数の冒険者や衛兵を伴って町へ転移した。


◇◇◇


「何が有った!?」


 普段とは一転して語気を強める侯爵に、状況を説明し始める衛兵。彼の背後には崩れた建物もあり、対処するよりも早く被害似合ったと一目で分かる。

 ――そんな彼らを尻目に、レイリは疾駆した。


「嘘だろ…!?」


 視線の先、火によるものではない煙が連続して立ち上る場所へ、落ちていた衛兵の剣を拾って進む。彼女の記憶が正しければそこは、つい先ほど意識を途絶えさせたタクミを担ぎ込んだ診療所が有る広場の筈。

 そこで何が起こっているのか、正確なところはまだ分からない。それでも楽観視などしようも無い状況で有り、あれを起こしているものに意識もない重傷のタクミが目をつけられたらどうなるか、など考えるまでもなかった。

 雷然で家屋を一気に飛び越え、広場へ向かう。タクミが死んでしまうかもしれない状況を看過することなど出来るはずがない。何より、自身が彼を助けられる場所に居ないなんて事、有ってはならない。

 ――危ない事したって怒ってもねぇし、助けてくれてありがとうとすら言ってねえんだぞ!?

 レイリの頭に浮かんだ「タクミを助ける理由」はその二つで、そこに前提となる「コンビ」という要素を加えれば、勿論、なりふり構わず助けに行く理由には十分だ。

 ……ただ、彼女自身も気がつけない無意識の領域で、彼女自身の思考よりずっと強くタクミを助けたいと思っていたのかもしれない。


「ッ!おお!?」


 異変は一つ。雷然による加速の、操作性、速度両面における圧倒的な効果上昇だ。

 角度の調節が必要だから広場までは数秒かかるだろうと判断していたレイリは、しかし、石畳を蹴った瞬間には広場の端へと立っていたのだ。

 勢いを緩めた覚えもなければ、そもそも空中で移動方向を調整した覚えすらない。まるで気絶でもしていたかのように状況を飲み込めなかったレイリだが、一拍遅れて、自分の二倍か、それより少し大きな体躯を揺らす忌種がこちらを睥睨している事に気がつく。

 さらに、そこから少し離れたところで、血を流しながら必死に上体だけは持ち上げるタクミの姿も見つける。

 ――深呼吸。

 診療所は広場の反対側で、どうやら中にはもう人が居ないらしい、と言うところはレイリの目からも見えた。

 周辺の住宅も同じ。見えないところに人が隠れている可能性は有るが、少なくとも大勢ではない筈。だとすれば、タクミが何故ここに居るのかと言うことも分かる――避難出来るように時間稼ぎをしたのだ。


「早死にするぞ、ほんとに…」


 ため息を吐きつつ、視線を上げる。すると、ちょうど近寄ってきた忌種の姿が目に入った。その動きを見て、確信する。

 ――殺せる、と。

 忌種が石を掴み上げ、レイリへ投擲しようとしたその瞬間、レイリは駆けだした――当然、雷然によって加速しながら。

 そして忌種の右腕が飛び(・・・・・・)、次いで右足、左足と切断。誰の目にも捉えられないほどの速度でそれを行ったレイリはそこで立ち止まり、当然のようにひびの入り始めた剣を、状況を理解し切れていない忌種ののど元へ突き刺し、全力で建物の壁へたたき付け、そのまま貫いた。

 動き出してから、たった二秒のことだった。


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