第五話:容易でなく
「【岩亀蛇】…ペルーダ!?あれが!?」
まだロルナンにすんでいた頃、一度、隣町であるヒゼキヤの近くに生息する低位忌種である【岩亀蛇】を討伐しに行ったことがある。だがしかし、あれはこんな忌種ではなかったはずだ。少なくともあれより小柄で、巨大な翼もなく、見ただけで高温だと分かるような炎を顎門の内に揺らめかせてなど居なかったはず。
…いや、今はその正体などどうでもない。特徴が類似しているにしても、同じように扱えばどうなるかなど目に見えているのだ。あれも高位忌種として対処する!
「どう攻める?飛ぶの上手そうなうえ、簡単に落ちてくれそうにねぇけど」
「とはいえ、悠々と飛ばれ続けるわけには行かないから…落とすのが前提だよね」
いま手が空いていて、さらに空中戦闘が出来そうな実力者…となると、結局俺とレイリしか居ない様だ。…「実力者」なんて表現を心の中でしていたことに苦笑いしつつ、『飛翔』して【岩亀蛇】へと接近していく。
接近しても、いきなり攻撃されることはなかった。…余裕の対応、とでも考えておくべきだろう。何せ、近付くだけでその身から溢れる熱が肌を撫でるのだ。これがあの低位忌種と同じ種類?冗談は大概にしてほしい。岩はともかく、亀には見えないし、蛇というよりはやはり龍なのだ。どうして同じ名前で呼べるのか。…新しい名前なんて考えている暇はないから、いまはそのまま【岩亀蛇】と呼ぶことにしておく。
「翼を落とす…けど、これ羽じゃなくて膜なのか。じゃあ破ればどうにかなるかもね!」
「アタシは骨折る方がまだ簡単だけどな!じゃあ行くぜ!」
レイリが【岩亀蛇】の正面を、注意を引くように飛ぶのを確認し、そっと近付く。そして弓を抜き、矢を番え、引き絞る。図鑑で見た翼竜のそれによく似た翼膜はもはや目前だ。
「『疑似模倣』、『風刃』!」
全力で叩き込む。――求めていた結果は、突き刺さった矢を中心に撒き散らされた『風刃』によって翼膜が細切れになることだった。
現実として訪れた光景は、わずかに撓んだ後、矢を容易にはじき返す翼膜の強靱さと、結果として俺に近い場所で分裂を開始した『風刃』の連続。
咄嗟に回避し、翼膜へ向かった『風刃』もあったはずと目を凝らして見るも…翼膜にはわずかな傷がつくだけで、破れそうな気配はない。
地上に近ければもっと威力の高い『土槍』、あるいは『刃槍乱舞』を試せるところだが、この場ではどうしようもない。もう一度同じような隙があれば、今度は『重風刃』を撃ち込もうとも思うものの…破れては居ないとはいえ、翼膜に傷がつくという状況には、【岩亀蛇】にとっても危機感を煽られるものがあったのだろう。先ほどとはうって変わり、大きく体を振り乱して暴れ出した。
「…アタシたちだけでどうにかすっぞ!この状態であっちに行かせたらいくら何でも被害がでかい!」
「分かった!……レイリ危ない!火!」
警告は、ぎりぎりのところで間に合った。横向きで薙ぐように【岩亀蛇】が首を振ると同時、火炎放射器のように鋭く伸びる炎が吐き出されたが、レイリはその直前に上方へ全力加速。瞬時の判断により炎に炙られることはなかった…いや、
「熱…ッ!」
苦悶の声が意味するのは、その距離をとってもなお熱気が届いたと言うこと。上方へ逃げたのが失敗だったのだ。――とはいえ、おそらくは宙を舞う鱗なり何なりを咄嗟に蹴ることで跳躍したのであろうレイリにとっては最善の選択であり、これまでと同じ程度の忌種であればそれで十分に問題なかったはずなのだ。たとえばつい先日戦った、死亡とともに爆発する低位忌種相手でも。
これが「強い」高位忌種。それをようやく、俺たちは確信する。
「――俺は重風刃を試す!レイリも隙を窺って攻めて!」
「どっちが先になるかわかんねぇけど、先にやった方に傷が出来たらそれを広げる方針でな!」
「分かった!」
言いながら接近。あちらも高速移動は出来るのだろうが、それでも龍。巨大な図体では小回りはきかない。俺か、レイリか。どちらを追うにしても、もう一人には付け入る隙が生まれる筈だ!
右翼へ狙いを定め――しかしそれが後方へ引かれるのを確認したので、急降下しつつ【岩亀蛇】のまたの間をくぐり抜け、尾と右足の間から再浮上。俺を追うように再び炎を吹き出している姿を確認死、いまが隙だと起句を唱える。
「『重風刃』!」
風の刃は空を切った。首を振り下ろした勢いを止めることなく下降へと転じている【岩亀蛇】の尾を僅かに掠めて――鱗に傷を入れつつ――彼方へ飛び去る刃の行方を俺は目で追わず、すぐさま転身、追跡――しようとしたが、停止。全力で横方向に移動する。
同時、再び吹き上がる炎柱。瞳の水分が奪われる気がして、咄嗟に目を閉じる。
「早すぎる…!炎を吐く時間に限りは無いの!?」
「いくら何でもそれはねぇだろ!魔力なのか体の中に油でも入ってんのかわかんねぇけど、尽きる尽きる!」
「凄い楽観的!」
なんとなく楽しくなって、笑う。レイリはやはり、不安なときでも笑える様にしているのだろう。自分自身を奮い立たせるため、と昔言っていたと思うが、あれは周りで戦う人の過度な緊張を解きほぐしてもくれている。
俺も笑おう――まだ怪我の一つも負っていないんだから、笑って前に出てやる。
「もう一回!」
右翼の方向へ弧を描くように降下して、炎を吐き出しながら首を振る【岩亀蛇】へと接近する。俺たちを効果的に仕留められると判断したからだろうか、視界が炎で埋まっても気にした様子はなく、戦いが始まって以来一番の隙をさらしている。
……できる限り魔力を込めて、『重風刃』。それが一番いい選択だろう。状況を選べばもっと高威力の魔術もあるにはあるが、空中で、あまり油断も出来ないから仕方が無い。
レイリはレイリで移動しているようだし、俺から攻めさせてもらう。
炎を吐き続ける間、常に後ろへ大きく引かれている翼の裏側へ回り込み、破れそうな場所を探す。…厚みはほぼ均一。弾力が問題なら多少はましな部分を探せばいいと考え直し、膜に張りを持たせるため七日、細い骨が通っている部分へ狙いを定める。
魔力を吸い出すように意識する。引き起こす現象は、『重風刃』で翼膜を断ち切るというもの。――やろう。
「『重風刃』!」
勢いよく放たれた風の刃は、未だに炎を吐き続ける――本当に限界はあるのだろうか――【岩亀蛇】の翼膜へ食い込み、筋繊維を断ちきるような音を連鎖させながら進んでいく。――それでも、どこか不安をぬぐい去れない。傷はついたのだから、レイリと協力すれば断ちきることは出来るだろう。
だが、それまでに激昂した【岩亀蛇】によって俺たちのどちらかが大きな傷を負えば?…戦いが一気に劣勢へ持ち込まれる可能性はある。ならば最善を尽くすべきだ。
取れる手段は二つ。一つは魔術によるもの、もう一つは、単純に肉体で行うもの。
「『炎波』!」
一瞬、俺の手のひらを中心として発せられた炎が、すぐ前で翼に挑む風の刃に吸い込まれ、その空気を糧に燃え始める。
それを確認しつつ、俺は【岩亀蛇】が暴れ出す前に急いで翼の下端へ手を伸ばし、膜を伸ばす。――やはり、翼を後ろへ下げていたのは、決して炎や熱に強いからではなかったようだ。超高温になった『重風刃』によって弾性が失われ、――わずか二秒で、大きく翼が切り裂かれる。
「こっち切れたぁ!」
「よっしゃぁ!」
とレイリが歓声を上げると同時、【岩亀蛇】が苦悶の呻きを響かせる。翼膜とともに骨も断たれているのだ、さぞ痛いことだろう。
空中でもだえるその姿に、もちろん心配などはしてやらず、さらなる攻撃を浴びせていく。レイリがやってきた方を見れば、どうやらあちらはあちらで翼を形作る最も太い骨へ皹を入れるように何度も腱を振り下ろしていたらしい。鱗がはじけ飛び、血が流れ出している部分を見つけられる。
こちらへ移動してきたレイリに翼膜の切れ目を見せ、『ここから切ろう!』と伝えて、すぐに切れ目を広げていく。
一度破いているからか、別方向に裂け目を入れることは先ほどよりも難しくはなかった。【岩亀蛇】が暴れていると言うことを差し引いてもだ。
片翼に浮力が偏ってしまえば、たとえ多少翼の大きさに違和感――単純な浮力だけではないかもしれない――があったとしても、その身を浮かせ続ける事は出来ない。【岩亀蛇】は最初はゆっくりと、そして重力加速度をその身に受けるようにして、最後には大きな地響きを鳴らしながら地面へ落ちた。
大量の砂埃が舞い上がる。
「…死んではない、よな」
「体は重そうだけど…高位忌種な訳だし、油断するわけには行かないか。降りて確認しよう」
――が、降りた先、かなり近くには居るはずなのだが、砂埃に隠れて相手が見えない。そこまで日差しが強くないと言うことも、巨体の影を隠す事に役立っているらしい。
「『風刃』でも撃ちながら進んだ方がいいか…」
「それこそ…あれだ、風吹かせるやつでいいんじゃねぇの?」
『操風』して視界の砂埃を払いながら進む。
やはり見つからない――飛び立てば風が吹き荒れるはずだから、地上に居ることだけは間違いないはずなのだが、いかんせん土埃の範囲が広がりすぎた。安全を考慮してその外から侵入、墜落地点へと向かっているわけだが、息を潜めて移動されれば、未だに続く他の高位忌種が起こす戦闘音に紛れて移動に気がつけないかもしれない。
とはいえ墜落地点はもう少し先の筈。別の対処をとるにはまだ早いだろう。そう考えて、レイリの方を振り向く。
「もしこの先に居なかったら、…一度下がって、周囲の警戒かな?」
「んー…ま、だろうな。落ちた場所に居ないなら、アタシたちにはすぐ見つけられない場所って事だし」
「だよね…」
そう言って視線を前に戻し――その直前に、レイリの背後で何かが赤く揺らめいたように見えた。
気がつく。炎だ。【岩亀蛇】はいつの間にか俺たちの背後へと周り、その炎で俺たちを返り討ちにしようとしている。
「――ッ!」
『レイリ!』と叫ぶよりも早く、炎は放たれた。このままでは二人とも火だるまだ。特に、俺よりも少し炎の近くに居るレイリはもっとひどいことになってしまう。
――大丈夫、これまでひどいと思った火傷も、少なくとも二度治っている。そのうち一度は、形が違うとはいえ同じ【岩亀蛇】の炎で負った火傷だったのだ。…これを浴びたって俺なら治るさ。
体を反転させてレイリの肩と脇腹をつかみ、驚くレイリに理由を説明するより早く、強まった筋力でその体を軽々と持ち上げ、横へ放り投げる。
「そのまま雷然で上に!」
距離が出来たことで近付く炎に気がついたのか、レイリはまず驚愕を瞳に浮かべ、そして顔を歪め、俺へ手を伸ばす。
俺だって焼かれたいわけではない。その手をつかめはしないまでも、同じようにそちらへ逃げようと『飛翔』と口にし――
「熱…」
その声をはっきり口に出来たかどうかすら、俺には自信が無かった。




