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第四話:対高位忌種戦

 とるべき判断を模索――すぐさま行動に移る。十分な思考時間などは無いが、やらなければいけないことはあるのだ。前進しながらそれを口に出す。


「近づけさせないでください!」


 高位機種にとっては壁に意味などほとんど無い。怖そうと思えば壊せるし、乗り越えることだって出来るのだ。遠くで迎え撃たないとどうにもならない。

 ただ、俺たちだけでどうにか出来るわけではない。…一体だけならまだしも、直立する者だけで三体。体高が低いだけで木々の中に同じくらいの巨体が何体か進んでいるようにも見える。

 本格的に危険な状況――とはいえ、今も侯爵は待ちにいるはず。加勢してくれれば戦況はこちら側へ大きく傾いてくれるだろう。


「『土槍』!」


 何度も同じ起句を唱え、進もうとした高位忌種の足を縫い止めようと躍起になる…が、刺さりはしてもすぐ抜けたり、折られてしまう。馬鹿げた筋力は、凝縮されて硬化した土の槍をも意に介さない。

 それでも、無視して前進してくると言うことはないらしい。歩みを止め、俺の方へ視線を向けてくる。それは周囲の高位忌種も同じだ。…噂に聞いた話では、本当にやっかいな高位忌種なら、こうしていちいち動きの間に停止する時間などは無く、ただただ走り回りながら攻撃を仕掛けてくるらしい。理性を感じられないような戦いだが、想定外の速度と馬力で行われたのなら対処はとても難しいだろう。

 ――とはいえ、俺がこいつら相手に余裕の対応が出来るかと聞かれれば、否定しか出来ないわけで。


「『疑似模倣』『風刃』『土槍』『刃槍乱舞』…痛ッ!」


 魔術を連続行使しつつ上空へ避難しようとする間にも、は虫類のような鱗を全身から生やす巨大な人型が振るった爪に腹を軽く裂かれる。もちろん、回避に移っていなければ一瞬で真っ二つになっていたことは間違いないのだろうが、一人で相手をすれば一瞬の気の緩みで命を落としてしまうことは間違いないだろう。

 だが、一人で戦っているわけではないのだ。


「…これでぇ!」


 高位忌種たち野一色が上空へ逃げる俺へ向いたその一瞬、完璧に認識の外に潜んでいたレイリが中位忌種の群れを引き裂きながら突貫、高位忌種の一体の右足を深々と切り裂いた。

 どうやら巧く腱を切断したらしく、その忌種はうずくまる。出来ればここでとどめを刺してしまいたいものだが…そう上手くはいかない。すぐ近くにほかの高位忌種が居るし、そいつらも既にレイリが接近していることには気がついているのだ。すぐさま後退すればレイリは無傷だろうが、変に粘れば危険が高まる。

 むろん、心配するまでもなくレイリは脱出を選んだ。レイリに集中する忌種たちの隙を突く形で先ほど倒れた忌種へ接近し、魔術を連発。…多少は深手を負わせることが出来たと思うが、これが致命傷というわけではないだろう。

 しかし、決して無駄などではない。こうして俺たちが町から離れた場所で時間を稼いでいるうちに、町側では忌種に対する防衛体制が築き終わり、こちらへの援軍も動き出している。もう少しで、こいつらを討伐するための動きに移ることが出来るはずだ。


「レイリ、もう一回やろう!」

「分かってるっての!じゃぁ…あっちにもう一匹居っから、あれごと巻き込め!」

「分かった!」


 レイリの移動方向を気にしつつ、高位忌種たちに魔術を――適当に――連発。案の定こちらを追ってきたので、新しく現れた高位忌種の方へと誘導、町へ向かっていたその忌種にも魔術をぶつけることで足を止めさせ、こちらへ向かわせる。

 早めに増援が来てくれればいいのだが、そちらばかり気にして忌種に殺されたのでは何にもならない。集中を維持して、忌種を引きつけるようにできる限り距離を離さず工夫して飛ぶ。…意識がこちらに向いている間なら魔術を使わずとも追い続けてくれるから、多少の差ではあるものの、魔力の節約にも成っている。

 また、これは感覚でしか無いが、『戦闘昇華』の効果も現れてきているようだ。少し早いとも思うが、これは相手が高位忌種――強い相手だからより大きく反応しているのだろうか?効果が大きくて困ることはないから、追求しようとも思えないが…もしかしたら、この災害の間だけ、アリューシャ狭間が力を強めているのかもしれない。

 どちらにしたって証拠などはないし、考えていたって仕方の無いことだ。


「『刃槍乱舞』!」


 赤黒い蔦を全身に巻き付けた単眼の大岩、とでも表現すべき忌種の瞳に危険を感じる光がともった瞬間、反射的に『刃槍乱舞』を撃ち込む。瞳の真正面で刃が無数に飛び散ると、割断された瞳から光る液体が大量に滴り落ち、岩の体ごと周囲を溶かし、そして焦がしていった。

 それには大量の忌種が巻き込まれ、近くに居た低位、中位忌種は間違いなく絶命。高位忌種の被害は少なかったものの、足を焼かれた固体は、先ほどレイリが切り裂いた固体よりも大きな損傷を受けているように見える。

 高位忌種の持つ高い殺傷能力が互いに傷つけ合っている訳だ。


「こう言うの、上手く利用出来ればいいんだけど!」

「アタシたちはあいつらの習性なんてわかんねえだろ!」

「そりゃそうか!研究なんてやってる暇ないし!」


 さすがに今の液を直接浴びていたら回復どころじゃないんだろうな…と背筋に冷たいものを感じながらレイリと言葉を投げ交わす。

 一瞬だけ視界に移った町側から、援軍が向かってきているのが見えた。


「味方が来たら一度下がろう!」

「アタシはまだ行けるぜ?タクミはもう疲れたか!?」

「まだ疲れてないけど、戦いが長引いたらどうなるか分からないでしょ、って事!」


 ――レイリがこんな事、分かっていないはずもないのだが。なぜか俺に判断を投げてくるようになった。俺が理由を言えば、何の反論もせずに従ってくるのだから…レイリの中で俺が言うより先に答えが出ていると言うことなのだと思うが、どうしたのだろう。

 ともあれ、叫べば声が届くほどの距離になった援軍と合図し合い、後退する。


「とりあえずは後ろで、低位忌種を倒しながら休憩…いや、気はあんまり抜けないけど、体を休めようと思ってさ?」

「何の確認だよ…。分かった分かった。アタシもおとなしくそうしとくよ」

「そう長い時間もかからず、侯爵が来てくれると思うんだけど…」


 機種を探しながら俺がつぶやくと、近くを走っていた衛兵が立ち止まり、直立姿勢で俺たちへこう告げた。


「オンドリッチ・ステミア侯爵は本日月十一刻より、一度王都へ向かわれております!ご帰還は最低でも一刻は後になるかと思われます」

「え…!?じゃ、じゃあ高位忌種は俺たちだけで対処しなきゃ行けない…のか」


 ――とすると、下がったのは失策かもしれない。そう思いながら、届かないだろうと分かりつつも高位忌種へ『土槍』を放つ。

 『戦闘昇華』の効力は切れた。長期戦になってしまうのなら、今からでももう一度前に出て力を蓄えるべき…いや、焦って近づかないでおこう。今は一度、体を休めるべきだ。


「…また来たぞ!」


 苛立ちを含ませたレイリの声に顔を上げれば、新たに二つ、森の中から立ち上がる陰があった。

 双方ともに、見たことのない姿。周囲の反応も似ていることを考えれば、やはりこの災害の間、本来の生息地とは違う場所に忌種が出没していると餡が得て良さそうだ。――あるいは、元々は存在していなかった種の忌種なのか。


「いくら何でも人手が足りないか…結局俺たちもすぐ出ることになる、かな。ごめん」

「ま、いくら何でもこんな数の高位忌種が出てきた事なんて無かったしな…予想は出来ねぇだろ」


 忌種の群れを見上げて頭をガシガシと掻いたレイリは、地面から石を一つ掴みあげ、大きく振りかぶると同時、雷然で全力の加速を加えて忌種へと打ち出した。――後方に下がってもなお、高位忌種の分厚い鱗を砕く威力が籠もっていたようだ。


「んじゃ、下がったばっかだけどもう一回行くか…アタシたちはまた奥まで突っ込むか?」

「だね。…って、また新しいのが来てる」

「はぁ?…って、おいおいおい!」


 新たに現れた巨体は、森から立ち上がり――飛んだ。


「うわ…」


 その姿は、西洋の龍に近いものと呼ぶべき姿をしていた。岩のように頑丈そうな鱗の鎧、背中から生えた棘、巨体を浮かせるには少し心許ない翼、短い手足…しかし、口から炎をこぼし、獲物を探して双眸を動かす姿からは捕食者としての力強さが伝わってくる。

 だが、なぜだろう。こんな忌種と出くわした覚えは無いはずなのに、どこかで知っている、ような…。


「――【岩亀蛇(ペルーダ)】ッ!?」


 戦場のどこかで、そんな声が響いた。


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