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第三話:守人未満

「さすがにこの格好でいくわけにもいかねぇ…タクミは外で待ってろ!アタシが先に着替える!」

「わ、分かった!」


 レイリを部屋の中へ送り出し、壁に背を預ける。

 現在月二刻。結局今日も数回にわたって繰り返された忌種の襲撃に一段落ついたので、急いで侯爵の屋敷に向かおうとしているところだ。

 しかし、レイリは接近戦を行っても問題ない忌種に対して先日から続く爆炎の忌種に苦しめられた借りを返すかのように熾烈な猛攻を続けていたので、大量の返り血がついてしまっている。服を着替えるだけではなく体も洗うべきだろうが…今は、その準備に使う時間が惜しい。

 侯爵相手の約束、そう簡単に遅れるわけにはいかないだろう。清潔な格好でいかないことも不敬ではあるかもしれないが、今日見た住民たちへの対応からそれを問うことはないだろうと信じている。


「話、か…。俺たちがここに居るって分かっていたのなら、シュリーフィアさんから何か話があったのかもしれないけど、そうじゃないなら分からないな…」


 思い返す限り、侯爵は俺の名前を出しては居なかったし、シュリーフィアさんから何かを言われていたという可能性は少し低いかもしれない。

 でも、レイリと一緒に来てほしいと行ってきたわけだから、シュリーフィアさんの知り合いだと言うことに関しては確信を持って話をしていたと言うことで……侯爵が直接頼まれたんじゃなくて、シュリーフィアさんつながりで、俺たちの行方が分からないと言うことが伝わっていたのかもしれないな。



「よし着替えた!次タクミ!」

「速い…!」


 部屋へ駆け込み、服を脱ぐ。壊されてしまった防具の補給をしていなかったことを思い出したが、どちらにしても今買いに行くことは難しいだろう。

 余裕があれば、またレイリと防具を選ぶのもいいかもしれない。そんなやくたいもないことを考えつつも、服を着替える腕は止まらなかった。


 ◇◇◇


 町のほぼ中央に位置する侯爵の屋敷に到着すると、門番を務める衛兵たちに情報が伝わっていたのか、ギルドカードを提示するだけですぐに入れてもらうことが出来た。


「ギルドカードなくさなくてよかった…」

「再発行には金かかる筈だしな、これ。しかもしゃれにならない額」


 ここまでその利便性を見せつけられれば、その額も妥当な物だと感じてくる。

 ともあれ、屋敷の次女に案内されるまま、俺たちは一つの部屋に通された。


「やぁ。ちゃんと来てくれたんだね。さっきまで忌種が来ていたみたいだけど、加勢出来なくてごめんね、本当に」


 侯爵はそう言って、俺たちに椅子へ座るよう手で促した。

 そっと部屋を見渡しても、護衛などは見当たらない。一瞬だけ「不用心」という言葉もよぎったが、この人は守人。考えるまでもなく、不届き者は彼一人の手で返り討ちになるだろう。


「さて、早速本題に入らせてもらうよ。君たちをここへ呼んだのは、王国と聖教国で少し前から進められていたある計画に加わる人員として、君たちの名が上がっているからだ」

「…ある、計画」

「と言うことは、それに参加しろ、という事ですか?」


 そうレイリが問いかけると、侯爵は頷き、話を続ける。


「目的は、一般的な冒険者や兵士の範疇を超えた実力を持ちながら、しかし守人までには届かない――そんな者たちを集めた部隊を結成、今回のような非常時に対処出来る精力を増強する、と言うものだね。もちろん、結成を急いでいるのは、この瘴災を解決に導くために少しでも人手がほしいからだ」


 レイリと視線を交わし、頷き合う。危険の多い仕事ではあるが、瘴災の解決に自分たちが直接関われるのならそうしたいと思っていたからだ。トフターさんから言われていたこともあるが、俺たちの実力が平均的な冒険者のそれからぬきんでてきていることは自覚があった。それでもまだBランクと呼ばれる実力は得ていないはずだから、俺たちがその新しい舞台の中で実力者かと言われれば、決してそんなことはないだろうけれど。


「受けてくれるんだね。それじゃあ…三日後に君たちを王都へ送るよ」

「三日後、ですか?」


 その日に部隊を結成すると言うことだろうか?と考えていると、侯爵は少しだけ申し訳なさそうな表情でこう伝えてきた。


「君たち以外にも、この町から数人、防衛のための戦力が外されることになる。その穴を埋めるための対策をある人にとってもらってるんだけど、それが完成するのが三日後になりそうなんだ」

「なるほど」

「なら、それまでアタシたちはこれまで通りに防衛戦を続けてればいいんだな?」

「そうなる。よろしく頼むよ」


 そうして侯爵との話を終えた俺たちは部屋を出ようとして――ふと、気になったことを口にする。


「あの…俺たちの名前が挙がっている、っていうのは、どうしてです?」

「ん?」

「いや、シュリーフィアさんが言ったのかな、と思ったんですけど、でもシュリーフィアさんなら、そういうことをする前に俺たちに伝えてきそうだな、と…」

「そちらの…レイリ・ライゼンさんやそのお兄さんが話題に上がったのは、それこそ数日前だよ。シュリーフィアさんが出撃直前に情報を出してきてね。たぶん、捜索を兼ねて、って事だと思う。そのときにタクミ・サイトウ君についても同じような手続きをしたみたいだけど、それよりも数ヶ月早く、彼女の母親が推挙していたようだ」

「母親…って、スウィエト・パコールノスチさんのことですよね」

「ああ」

「そ、そうですか…」


 意外だ、としか思えない。そこまで評価される理由も特になかったような気がするが…いや、あのときは無我夢中で魔力を大量に消費しながら『刃槍乱舞』を使って【犬穢娘(スキュラ)】を大量に討伐したのだ。もしもそれを普段通りの力だと思われたのだとすればあり得ない話ではないか。

 ともあれ、今度こそ退出する。幸い、この間に忌種が攻めてくることはなかったようだ。俺たち二人が抜けているだけで全て瓦解してしまうような戦線ではもちろん無いが、それでも、たとえば要塞都市防衛戦においてのエリクスさんやアインさんくらいには戦力として頼られ始めているようなのだ。その信頼にはできる限り応えたいし、応えなければいけないだろう。


「今日はゆっくり眠れればいいんだけど」


 ――などと口にしたのが間違いだったのか、その日も真夜中に警報で叩き起こされた。


◇◇◇


「とはいえ、今日の午後には王都行き、か」

「だね。昨日は忌種の襲撃がなかったから少しは休めたし、好都合かな」


 肩を回して調子を確かめる。新月は終わったし、そもそも回復能力は常人以上だ。一日ゆっくり睡眠をとることで、ほとんど全快状態である。…火傷は、少しだけ痕がのこっている。ただそれも、数日のうちに消えてしまうのだろう。

 町を歩いていても、警報が鳴る様子はない。もしかしたら、周辺の忌種はある程度倒し終わったのかもしれない。この詳細が解決していないにしろ、新たに忌種が生まれるまでにはまだ猶予があるのではないか――そんな希望を持った。とはいえ、それはあくまでも希望であり、根拠の薄弱な願望なのだ。油断したところで、また忌種が来る。その繰り返し。


「町の人は…やっぱり元気ない、か」

「侯爵から話があったらしいから、一昨日あたりよりはましなんじゃねえの?」

「将来的な安全が分かっても、現在進行形の空いている腹は満たされないから…。それに、俺たちよりずっと忌種におびえているから、警報がなかったとしても素直に眠れなかった…とかもあるかも。いや、これは勘ぐりすぎかな?」

「ま、それもあるだろ。ロルナンは、瘴気汚染体っつっても低位忌種中心の群れ相手に住民避難させてたんだぜ?直接戦えないやつにとっては忌種ほど怖い物もねぇよ」


 …なるほど、思い出せば確かにそうだ。あの戦いの記憶は鮮明だが、あれですら一日、たったの一日で決着がついている。それがすでに約一週間。俺が思っている以上に人々の疲労は激しいのだろう。――そういえばあのとき、レイリ自身も震えていたような。

 ともかく、彼らの正確な苦しみを推し量ることは出来まい。この町に来た瞬間から彼らとは違う立場で居てしまったから。たとえば、この町で生まれ育った冒険者なら全く話は別だっただろうが。


「じゃ、そろそろ俺たちも警備に移ろうか。…陽三刻だから、そろそろだよね」

「おう。ま、元々外に忌種は居るし、適度に間引きつつ大量に来たら報告だな」


 話しながら、初期の襲撃で所々崩れて破片の転がる階段を登り、壁の上に到着する。誰と後退するかは特に言われていない。俺たちの知らないところで、この時間で警備を終える人は眠い体を引きずるように寝床へ向かうのだろう。

 見下ろせば低位忌種が数匹。中位忌種の姿はない。もちろん上位忌種の姿も、だ。


「『探査:瘴』」


 見つめた先には大量の瘴気…この辺りには例の液体に近い瘴気は降り立っていないようだが、空気中の瘴気濃度は格段に上がっている。――呼吸からの瘴気摂取は問題ないのだろうか?いや、さすがに口に布を当てたまま戦うのは疲れるだろうから難しいけど、少し不安だ。


「…お、また出てきた」

「どこ?…って、いつも通りにあの森か」


 北西方面にある山から続く森。そこから忌種が歩み出てきた。と言っても、ありふれた【小人鬼(ゴブリン)】が数匹だけ――ん?


「【人喰鬼(オーガ)】もか。警報を鳴らすべきかな?」


 つぶやきながら、この場に居る責任者――つまりは、衛兵隊の幹部へと声をかけようとその姿を探す。……ほんの数歩先に居た。


「数は少なそうですけど中位忌種ですし、警報を鳴らしますか?」

「……け、警報ッ!早く鳴らせぇ!」


 その声とともに、近くに居た衛兵が慌てたように走りながら鉦を鳴らす。

 警戒する音はやはり大事だ。少々怯えすぎな気もするが、むしろ緊張感を保つために重要――いや、さすがにおかしいか。この幹部は何度か戦場でも見かけたはずだし、忌種に慣れていないはずが無い。

 なら、あれほど取り乱してしまう理由は何だ――?


「行くぞタクミィッ!」

「わ、分かった!」


 鬼気迫るレイリの叫びとともに、身を翻しながら『飛翔』。壁から足を離し、急降下するように地面へ降り――その途中、視界に入る無数の陰。


「――(マズ)い!」


 森の奥でいくつかの陰が立ち上がる。木々の二倍はあるその巨体は間違いなく高位忌種のそれ。

 ――俺たちがこの町へ来たばかりの時、たった一体でBランク冒険者三名を鏖殺してのけた存在が、ここに現れた。


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