第二話:続く戦い、俯く町
襲い来る忌種を見ると、実に多種多様であることがわかる。低位機種もいれば、中位忌種、高位機種だってまだ少ないが存在している。見たことのない種だってかなりいるのだ。
つまり、その特徴を知らないものも多い、ということである。侯爵領においては一般的に知られた忌種だというのなら、俺たちがわからなくても有効的な対処は出来たのだろうが――。
「熱ッ!」
「大丈夫かタクミ…ってうお!?」
肌を焦がす炎は、『風刃』で切り裂いた球形の忌種が、その死と引き替えにばらまいたものの残骸。
「あの距離でこの火傷…レイリ、大丈夫!?」
「アタシは大丈夫だ!タクミこそ火傷してるじゃねえか!」
確かに大きな火傷だが…まあ、治る範疇だろう。『大丈夫』と返して、再び戦う。
こうしている間にも、周辺では爆炎が連続している。今いる忌種の四割ほどが、球体に近い体で高速で転がってくるその忌種なのだから当然だ。そんな中、爆炎に巻き込まれて自滅する忌種もいるが、自然と、その爆炎に巻き込まれる冒険者も出てくる。仲間が忌種の接近に気がついてとっさに攻撃しても、やはり爆発するのだから対処のしようがない。
「レイリ!これ剣とかじゃだめだ!下がって石投げて!石!」
「なんだその要きゅ…またかッ!?」
不満そうではあったが、レイリの雷然による加速は、むしろこの爆炎が連続する場所では危険を呼び込む要素になっている。上空をいけばもちろん話は別だが、接近戦のために地上近くを飛んでいる以上、ほかの冒険者や衛兵に倒された忌種の爆炎に頭から突っ込んでいかないとも限らないのだ。
俺自身も少しずつ後退しながら、『土槍』など、遠距離で使える魔術を中心に使っていく。『土槍』は地面に形を残したままなので、足止めにもなる。
「魔術師は遠距離か、飛んで攻撃!それ以外のやつは魔術師に当てないように弓使え!」
衛兵隊隊長の声に耳を傾けつつ、『飛翔』で飛び立つ。転がるばかりの奴らに気をつける必要は、これでなくなったわけだ。
忌種の密集地帯の上へ移動し、『風刃』を撃ち込んでも爆炎が届かないことを確認。連続で起句を唱えつつ、宙へ視線を向ける。すると、俺と同じように飛んで忌種を攻めている冒険者の一人が焦ったような声を上げた。
視線を向ければ、数日前に出会ったものとは少し違う猛禽類に似た忌種の足に体を――文字通り――鷲掴みにされ他冒険者が、地面へとたたき付けられそうになっているという光景があった。
「『風刃』!」
起句を唱えながら急降下。翼から胴体にかけて両断された忌種の体ごと、捕まった冒険者を持ち上げて再度上昇する。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。助かったよ」
少しだけ言葉を交わし、すぐさま戦いへ戻る。
忌種が溢れている現状、視界外からの攻撃にもよりいっそう気をつけねばならない。
再び魔術をたたき込み、爆炎の熱を感じながら周囲を警戒し――およそ半刻ほどでどうにか忌種は片付いた。
こちらの被害は冒険者三人に兵士二人。爆炎を放つ忌種に対処できていなかった序盤の戦いに被害は集中していて、至近で爆発を喰らった場合の逃れようの無さがよく分かる。
「お疲れ、と」
『飛翔』をやめた俺の元に来たレイリは、特に疲れた様子もなくそう言う。
「今日はもう来なければいいけど…どうなるかな」
「分かったもんじゃねえけど…まだあるんじゃねぇか?」
そう言われるだけで、口からため息がこぼれる。楽な方に流されるのはいやだが、危険な事態が連続することを望んでいるわけではないのだ。もっと安全に自分を成長させられる方法は――。
「無いな」
「『ある』っつってんだけどな…」
◇◇◇
さらに三日が経過した。
忌種の襲撃が収まるなんてことはもちろん無く、それどころかその苛烈さも回数も増すばかり。
更には、元々壁の中にあった畑を活用していたことでどうにか余分があった食料も――侯爵が転移して手に入れるものを含めて――いよいよ枯渇してきた、ようだ。
「ようだ」といったのは、俺たちや兵士――つまり、現在町の防衛に当たっている人間に配られる食料の量はほとんど変動していないからだ。
これは単純に、食事を満足にとれない状態で戦わせたところで、肉体的にも精神的にも力が出せないから、俺たちへ優先的に回されているのだろう。
しかし、戦い――肉体労働を行っていない町の人々が少ない食事で満足しているのかといえば、それは否だ。昨日あたりから彼らの視線は厳しくなっているように思う。数少ない食事を無理矢理奪うような人も現れているらしいし、治安の悪化という事実は隠せない。
そもそも、忌種と出会えば抗う術なく殺されてしまう彼らにとっては、町が日夜大量の忌種に襲われているという現状だけで心身に莫大な負担がかかっていることは明白だ。
「伯爵はすぐにでも、ちゃんとした形で町に戻ってくるらしいよ…昨日聞いたばかりの噂話だけど」
『それだけが救い、と言ったところでしょうか?住人たちにとっても、お二人にとっても』
俺の首筋から複眼をのぞかせる蜘蛛へ同意しつつ、俺は水路の外へ出た。
「水中の瘴気を排除する道具、か」
『かなり高性能なものでしょう。この世界にそこまでの技術があるとは思いませんでした』
俺を含めた一部の冒険者たちは、こうして今日、町の外で水を堰き止めて水位を下げた水路の中、その道具――繊維で織られたフィルターのような物――を設置しているのだ。
と言っても、忌種との戦いの間に作業を行っているだけだ。戦場と町の間を魔術なり何なりで高速移動できる人がこの仕事に選ばれている。俺も、こうして設置を終えた以上早く戻らなければ。
「おい」
「え?」
戦場へと『飛翔』しようとした瞬間、背後から声をかけられる。振り向けば、水路の反対側に男性が立っていた。
年は三十代半ば。冒険者たちのように野性味はないものの、仕事で自然についた筋肉により、引き締まった体をしている。少し離れた場所で心配そうに見ている女性や子供たちは、彼の家族だろうか?
俺がそんな風に様子をうかがっていると、男性は再び口を開いた。
「いつになったら俺たちはまた、普段通りの生活に戻れるんだ?」
投げかけられた問いは、単純な――しかし、とても答えなど分からない物。
今回の詳細に片がついたら、と答えることは出来る。だが、そんなことは彼らも分かっているわけだ。
答えられない。ただの一冒険者でしかない俺には、そんなこと。
「わ、分か…」
『分からない』と言おうとして、やめる。それを口にするあのは拙い気がした。
彼らが求めているのは安心。または、安心できるときが来るという確証と、納得。ここで俺が分からないなどと言い放つわけにはいかない。…がしかし、安心させようと何かを言ったって、彼らの耳には嘘としてしか聞こえないだろう。俺自身、いつ解決するかなんて分かっていないのだ、そんなやつが何かを言っても、信じてもらえるはずはない。
とはいえここで戦場へ身を翻しても、彼らの心証は悪くなるばかりだ。彼らの不満の原因を考えれば、その嫌悪感は俺個人ではなく、おそらくは今戦っている人たち全員へ向いてしまう。
――何か、返事をしなければならない。適当な物ではなく、嘘に成り下がる物でもない。彼らの心に届いて、無条件で納得と安心を与えられるような言葉――。
「――守人」
「何だ!聞こえない!」
ずいぶんと人任せなことを言っている。心の中で小さく自嘲し、それでもこれが、誰にだって安心を届ける言葉なのだと信じて続ける。
「守人が、俺たちを助けてくれます」
俺が槍口にすると、男の動きは一瞬止まり、しかし不満げな感情は消えなかった。
事ここに至って思い至る。この町の領主である侯爵自身が守人なのにこの町の人々である彼らは苦しんでいるんだ。元々近しい存在だったこともあって、守人への絶対視は薄い。
「今だって、守人の皆さんは戦ってくれているはずです。ですから――」
だが、効かない。俺と男性の間には、すでに厚い感情の壁ができている。
「――『戦っている』というと、実は語弊があるのかもしれないね」
再び、背後から声が響く。すると、視線の先にいた男性は口を開け、今度は完璧に動きを止めてしまった。
聞き覚えのあるその声に振り向けば――そこに立っていたのは。
「こ――侯爵!?」
「やあ、冒険者君――ん?確か君、シュリーフィアさんの知り合いだね?…ああ、それより先に」
侯爵は俺よりも前に立ち、男性へ向き合った。
「不敬がどうとか、そういうことは気にしない。言いたいことも多いだろう。だが、まだ単なる一冒険者でしか無い彼にそれを問うのも筋違いだ。彼もまた、生きるために戦っているのだから」
侯爵は『よっ』と小さく声を出し、その次の瞬間には水路の向こう側に居た。
「…凄い。転移って、ああいうものなのか」
侯爵はそのまま数分間、彼らの家族も交えて何かを説明していたようだ。それが終わったと分かったのは、先ほどまであれだけとげとげしい感情を見せていた男性が、腰を深く折る礼をした後、家族とともに安心したような表情で帰って行ったのが見えたからだが――まさかあそこまで見事に納得させられるとは。
「さて」
「わっ」
水路の向こうで家族を見送っていたはずの侯爵は忽然と視界から消え、俺の左肩に手を乗せて声をかけてきた。
「話があるんだ。君と、コンビの娘。二人で今晩、屋敷に来てくれるかな?」
「…は、はい」
「ありがとう。それじゃあ僕は仕事があるからこれで」
そう言って、侯爵は再びかき消える。
――レイリに早く話をしなきゃ。今の俺は、もうそんなことしか考えられなくなっていた。
試験終了したので、更新再開していきます。




