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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第六章エピローグ:今はまだ静かな

 現在時刻、推定で月四刻。


「まずい」


 俺とレイリは今、本来目的としていた王都への進路を大幅に北へとそれていた。理由は、王都へ向かう途中、大量の忌種に追われてしまったからだ。


「忌種倒せたのは、まあ良かったけどな…。そろそろ倒れるぞ」


 そう言うレイリの顔色は悪い。俺自身もそうだろう。

 何故こんな事になっているのかと言えば、それはとても単純な事で。


「喉乾いた…!」

「腹減った…!」


 一切の食事を取れていないからだった。

 食事をとる余裕が無い、という訳ではない。だが、口に入れられる物が何もないのだ。

 木の実やら何やらは全て地面に落ちており、野草は…レイリの知識には無いものばかり。動物は全く見かけられないし、水など、すっかり瘴気に汚染されている。

 これ、避難した先の町でも同じような状況になりかねないような気もするが――きっと、何らかの対策はしてあるだろう。そうであると信じたい。でなけりゃとても、避難した人々が暮らせる環境なんて確保できないのだから。


「ハハハ、ハハ…あーッ!やってられっかこんなの!もう全部突っ切って王都に直行しようぜタクミ!」


 レイリが笑っている。かなり辛い状況なのだろう…と判断した直後に投げやりな提案が来た。だがしかし、それ以外に取れる手段が有るかは分からない。


「せめて水くらい…って思うけど、その水が一番汚染されてるからなぁ。でも、王都へ向かうか」


 瘴気の溢れていない場所に辿り着ければ、そこが一番安全ではあると思うが…そこが近くにあるか、と言われると判断がつかない。


「植物から水をとったり、とかは?」

「タクミは、どの植物の中に水が通ってるのか知ってんのか?アタシは知らねぇけど」

「俺も知らないけど」

「じゃあ無理じゃねぇか!」


 呆れかえるレイリに、『冒険者としては圧倒的に先輩だから知ってると思ってた』と返すと、『アタシも兄貴も調べねぇからなぁ…あ、ボルゾフさんもな』と返ってきた。


「そういう流れか…」


 納得したというか、そもそもそんな状況になる前に撤退できるのが基本ではあるのだろうと感じた。基本的に、避難も難しいほどに遠出して依頼を受ける場合は入念に準備する物だから。


「…それで、『直行』って言ったけど、レイリの方はまだ動けるの?具体的には、雷然で加速できる?」

「…王都までは無理だな。休みが足りねぇのと、腹も減ってるから、連続でやって半刻。そこで倒れる」


 となると、やはり体力は温存しながら進まなければいけない。しかし食事を取れなければ、最終的には衰弱して行く一方だ。


「出来る限り進んで…形を保ってる街やら村やら探して世話になる死かねぇな。この状況なら、アタシ達くらい実力ある冒険者なら護衛として重宝されるだろ」

「目指す立ち位置はそこか…と言っても、村に辿り着けるかどうかは運次第」

「道も見えねぇんじゃな…」


 はぁ、と二人揃ってため息を()く。疲れがどっと押し寄せてきた感じだ。


「せめて見晴らしのいい所じゃねぇと駄目だな。流石に、広い森が近くにあるんじゃ安心できねぇ」


 忌種が飛び出してくるかもしれない、となればそれも当然か。一時は奇襲に合わないまま移動完了できる筈だったのが、こうして襲われて割と悲惨な目にあっているのだから、昨夜ほど緩んでいられる訳でも無い。とはいえ、俺としては昨夜の挽回として、最初の警戒を任せてくれるよう再度伝えてみた。


「…失敗すんなよ?アタシだってこの状況で自分で起きれる訳じゃねぇし、これ以上はタクミの体も、もたねぇんだろうから」

「分かってる。…今日はどうする?まだ時間は速いから、時間伸ばす?」

「だな。寝て起きて、じゃ体も安まらねぇし」


 という訳で、森の奥から大きめの葉を両腕で抱えるように何十枚か持ってきて、組み合わせるように地面へ敷く事で疑似的な寝床を、平原の中央部へ確保する。

 警戒は四刻ずつ行う事になった。それでも、俺が起きる頃はまだ陽が昇っていないくらいだろう。

 時たま現れる低位忌種の気配を、遠距離だと確認した後『土槍』で仕留めていく。

 昼間に遭遇してしまったような忌種の群れには出会わない…が、いつ何が起こってもおかしくない状況だという事はその一件で理解した。

 …この暗さだ。カルスから昔教えてもらった生命力を探知する方法を魔術に近づけたものとシュリ―フィアさんから教えられた『暗視』の魔術が無ければ不安で仕方が無かっただろう。正しく不幸中の幸いだ。


「――ん?」


 討伐した忌種の数が二十を越え、カルスとシュリ―フィアさんへの感謝が同じ数積み重なった時、覚えのある気配が接近している事に気がついた。

 一応警戒しつつも、攻撃はせずにその接近を許す。

 闇の中から現れたのは、極端に長い八本の足を持つ蜘蛛だ。その異様さに一瞬驚くが、退避の色彩や、金属質の質感からして間違いないだろうと判断する。


「蜘蛛娘さんの蜘蛛…だよね、多分」


 かなり生命力が強くなっているが、やはり違和感は拭えない。この独特な気配は蜘蛛娘さん、無いし彼女が従える蜘蛛達の気配だ。


「覚えてますか…?とか言っても、流石に本人には伝わらないのかな。助けてもらえれば一番だけど、そこまで都合よくいくわけでもないだろうし…」

「覚えていますよ。当然でしょう」


 その声は突然、俺の後ろで発生した。


「…ッ!?」


 叫び声を上げそうになりながらも、レイリが寝ている事を思い出して必死にこらえる。起こす訳にはいかないだろう。

 振り返った場所へ立っていたのは、蜘蛛娘さんその人だ。


「…な、何故ここに」

「いえ、以前お見かけした際、位置を特定できるようにしておいた所で丁度、この災害が起きましたから。困っているのではないかと」

「…という事は、偶然通りかかった訳ではなく、俺を目指してここに?」

「はい。…話をしておいた方がいい、とは思っていたので」

「話、ですか?」

「はい。この災害に際して、どのような行動をとるべきか、という事についてです」


◇◇◇


「神託…と呼ぶ事にしますが、これを受けた物は決して少なくなく、話が確かであれば国家の上層部は既に、この災害に対して対策を行っている筈です」

「あ、はい。…俺の知る限り、その筈です」

「とすれば、私達が世間へ訴えかける必要はありません。しかし、この災害は、各国の軍、冒険者、そして守人。この世界において忌種と戦う力を持った物すべてが動いてようやく解決できるか否か、といった所にある物でしょう」


 …成程、それは確かにそうだろう。絶忌戦争、と呼ばれた数十年前の戦いも大勢の被害が出たらしい――それにしてはその爪痕などを見かけないが――し、今回の災害がそれ以上だというのならば、どこかが諦めるだけで総崩れになりかねないという予想も浮かぶ。


「つまり、蜘蛛娘さんが言いたいのは…隠れたりせず、戦え、という事ですか?」

「有体に言えば、そうなります。正確には、直接戦闘に限らず、自らを何らかの形でこの災害に対処させていくべきだ、という提案となります」


 …何もしない、と考えていたわけではない。むしろ、自分に出来る限りの事はもともとしようと思っていた。

 守人にしか対処できない事態も有るだろうけど、俺達の行動だって無駄とは限らない筈だから。


「それなら、元からそのつもりでした」

「そうですか…ところで、他に私達と同じような存在に心当たりはありませんか?」


 そう言われて、視線を横へ向ける。


「…えっと、故人なんですけど」


 俺がそう言うと、何故か蜘蛛娘さんはレイリの方へと怪訝な視線を向ける。


「――まだ息が有る!」

「え?」

「昏睡状態という事ですね。要因は?魔術的な物によるものでなければ対処可能です。さあ早く」

「…いえ、待ってください。それは誤解です。『故人』というのはレイリの事ではなく」

「個人名、仮称『レイリ』への処置を開始します。集合!」


 蜘蛛娘さんが手を鳴らすと、周囲からかさかさと大小様々な蜘蛛が這い寄ってきた。その数ざっと十五。

 彼等はその(あし)を伸ばしてレイリの頭を軽くさすったり、服を伸ばしたりしている。


「『故人』なのはレイリの祖父で、彼女は眠ってるだけなんです!」

「……おや、まさかそんな、単純にも程が有る勘違いをするとは…」


 惚けた顔をして蜘蛛娘さんがそう言い、立ち上がると、レイリに(たか)っていた蜘蛛達もそのまま動きを止めた。


「えっと…レイリの祖父は、多分俺と同じ国から来た人なんです。時代とか、詳しい事までははっきり分からないんですけど」

「成程…という事は、彼女はその子孫」


 頷くと、蜘蛛娘さんは何やら考え込み始めた。その細かい内容まで推測する事は出来ないが…レイリの実力について、特に、どのくらい祖父からの力が伝わっているのか、という事を考えているのではないかと思う。


「ん…」


 苦しそうに小さく呻いたのは、眠っている筈のレイリだ。騒ぎ過ぎたらしい。もう起きてくるかもしれないな――と思うと同時、目を閉じたまま右腕で葉の寝床を押し、上体を持ち上げる。


「時間か?タク…ミ」


 ゆったりと瞳を開けて、こちらを見つめたレイリが、蜘蛛娘さんを発見、状況を確認するように視線を左右へと振る。

 すると自然に、彼女の体を取り囲む大小無数の蜘蛛にも気がつく訳で。


「――うぉなんじゃこりゃ気色悪ぅちょ取れ取れタクミうぉぁ背中入なぜ放置ぎゃああああああ!」

「そ、それ大丈夫な奴だから落ちついてレイリ!」

「落ちつけとか無茶な事髪の中に!中に!」


 四肢をばたつかせて、殆ど空中で浮遊しているような状態で暴れまわるレイリ。…寝起きで大量の蜘蛛に集られたら、誰だってああなるか。冷静に思いながら、何処かの感情が振りきれてしまったのか停止してしまったレイリの体から、蜘蛛をどけてもらう。


「…それで、そいつは?」

「…えぇと、蜘蛛娘さん」

「今はトフター・スピナーと名乗っております。それで、お二人に提案なのですが――」


◇◇◇


(はえ)ぇ…」

「夜明けまでには、現在でも機能を存続させている町へ辿り着ける筈です。この子たちの移動速度を落とさないよう、お二人にはこの場で迎撃をお願いします」

「あ、じゃあ俺が。俺は殆ど魔力だけしか使いませんし」


 雷然は体力も消費している様だから、多用させるのは拙いだろう――などと考えている間にも、自動車の様な速度で俺達は移動し続けている。

 俺達は今、蜘蛛娘さん――トフターさんの呼び寄せた蜘蛛の中でもかなり大型なそれの背に乗って移動している。

 『移動手段には困りませんので、近場の町まで移動したいのであれば手伝いましょうか?』というのが、トフターさんの提案だった。正直に言って、こちらには利益しか無い。


「北方の、守人が領主を務める土地における最大規模の都市です。私も一度行った事がありますが、一通り見た限りでは、かなり生存に適した土地でした。災害後には詳細な部分まで見てはいないので、存続しているという事実以外は分からないのですが」

「守人が領主を……あれ、どこかで聞き覚えが」

「シュリ―フィアさんと一緒にいた、あの貴族だろ?あー…名前思い出せねぇけど」

「オンドリッチ・ステミア…爵位はなんだっけな」

「侯爵です。その貴族が収める土地で間違いないですよ」


 トフターさんと情報を交換しながら忌種にも対処し、蜘蛛に蒸留水を生み出せるものすらいると知って驚愕しながらもありがたく飲ませてもらったりしながら進んでいく。

 すると、蜘蛛の動きが遅くなった。


「ここで、一度この子たちを散らばらせます。緊急時ですから、いつも以上に都市側の警戒も厳しいでしょう」


 そう言うトフターさんが指で指し示す先には、暗くて今まではよく分かっていなかったものの、高い壁が有った。


「到着です。門の方に移動して、入りましょう」

「分かりました」

「制限とか無けりゃいいけどな…」


 陽はまだ沈んだままだが、ほんの少し、光明が差し込んできたように感じた。

 俺達は災害発生の二日後の朝、ようやく町へ戻る事ができたのだった。――もちろん、災害そのものには、一つたりとも解決された事柄などはなかったが。


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