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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第四十八話:救われし少女の見た者は

「こりゃひでぇ」


 エリクスが見下ろす先、山脈を越えた大地は今や、瘴気の大沼と化していた。それも、ただの沼ではない。四方八方へと物を運んでしまう複雑な流れを孕んだ沼だ。

 何故か木々はそのままの形で立ってはいるが、少し前までは王国軍家人を築いていた筈の場所には何も無かった。

 両腕に抱えたカルスとラスティアが苦しくなさそうだという事を確認してから、エリクスは言う。


「クォルあたり目指して進むぞ。あのくらいまでいかねぇと、流石に安心できねぇからな」


 抱えられた二人は、『安心』という言葉が、自分達を連れてここを探る事が不安であるという思いの裏返しである事に気がつき、それが言い返せないほどに正論でもある事を理解してうなだれた。二人は瘴気を消す浄化の力を持っているが、同時に、浄化の力を利用しなければ瘴気にはめっぽう弱いのだ。そんな二人を、多量の瘴気が溜まり、少量とはいえ今も降り続けるこの場に留まらせておく訳にはいかない。


「掴まっとけよ」

「はい…」

「分かった」


 エリクスは進行方向を見据え、雷然で三人まとめて加速した。

 腰をしっかりと抱えられた二人は、遠ざかる山脈の、更にその向こうをずっと、見つめ続けていた。


◇◇◇


「クォル流されてんじゃねぇか!」


 高速で移動した三人が目にしたのは、外壁ごとすべて倒壊し、半分以上が沈んだクォルの町。それも、沼と化した地面に発生した流れのせいで散り散りに流されていこうとしている。

 エリクスは、助けられる者を助けようとするものの、そもそも彼だって二人を抱えたままなのだ。いくらなんでも無理がある。

 とはいえ、二人は瘴気に弱いのだから今も瘴気を大量に含む沼となっている地面へ近づけるのははばかられる。エリクスは救助を断念、最速で安全圏へと移動して二人をおいた後此処へ戻ってこようと決めた。

(つったって、俺一人じゃ助けられる数にも限界が…)


「エリクスさん、一度降りましょう」


 そう言ったのは、エリクスの右腕に抱えられているカルスだった。彼は下を指差しながら言葉を続ける。


「あの、斜めになった外壁の上は瘴気が滑り落ちているみたいですし、高さも有ります。あそこなら僕達も待機できる筈です」

「危なく、なったら、私が飛ぶ」


 ラスティアの魔力に余裕が生まれ始めている事は事実だろうと判断したエリクスは、二人の言葉に従うように降下して行った。

 とはいえ、一つの町に住む人間の全てを避難させるなんて事、出来る筈もない。ひとまず近場にいた被災者を同じように壁の上へと引き上げはしたものの、全体から見れば微々たる数だ。

 瘴災の規模からして守人が動く事態だと判断できてはいたものの、規模が大きいが故にいつ守人が来るかもわからない。とはいえクォルは町の中でも大きな方。優先的に守人が送られてくる筈だと信じたエリクスは壁の上への避難より、人々が流されないで済むように近場の屋敷などから長いひもなどを探して来ては、今も地面でもがいている人々の元へと伸ばした。流れが途切れる事は無かったが、しかし激流とまでは言えない。日々の生活以外で筋肉を使っていない彼らでも、自分の体を固定する事は容易だった。

 とはいえ、それはあくまでも呼吸ができる高さまでしか沈んでいなかった者達だけ。その時点で前進が既に沈みきってしまった者は縄を掴む事が出来ないし、エリクスだって見つけられない。


「エリクスさーん!」


 どうやって人々を助けようかと悩んでいたエリクスに声をかけたのは、ラスティアに運ばれてきたカルスだった。


「沈んだ人も、僕達なら見つけられます!エリクスさんは直接の救助お願いできますか!」

「はぁ!?…マジで言ってんだな?なら任せる!」

「はい!…まずは、その屋敷の右側に――」


 カルスとラスティアが次々と人の沈んだ場所を指し示し、エリクスが泥まみれになりながらも、その人達をどうにか救い出して行く。

 

「まだ、いる?」

「分からない…深く沈んだら分かり辛いし、生命力を探ってるから…」

「死んでしまったら、そうでなくても、弱り切っていたら、分からない…」


 それでも出来る限り救い出す、そう考えた二人は、カルスが泥に触れないぎりぎりの高さまで降下し…しかし、カルスが唐突にラスティアの腕の中で体勢を変え、両腕を泥の中へと突き込んだ。


「痛ッ…!」

「カルス!?」

「ちょ、何やってんだお前!瘴気はやべぇんじゃねえのかよ!」


 驚く二人を余所に、呻きながらカルスが引き揚げた腕の先には――一人の少女。


「すごく、弱ってる!ラスティアお願い!」

「分かった」


 ラスティアは少女に治癒の魔術を掛け、カルスは少女の口や鼻に入った瘴気交じりの泥を吐きださせていた。


◇◇◇


  彼女が感じていたのは、ただひたすらに続く様な苦痛と絶望だ。それも無理からぬことだろう。母親と離れ離れになってしまっただけで心が俺そうだったというのに、話に聞くよりも酷い瘴災に飲み込まれ、沼と化した地面へ沈み、身動きが取れなくなってしまったのだから。

 もがけばもがくほど体は沈み、呼吸が苦しくなる。口や鼻から泥が入り込み、意識は薄れて消えていく。

 ――揺さぶられるような感覚。それが、彼女が意識を復活させた瞬間に得たものだった。


「大丈夫!?呼吸…呼吸はしてる!まだ生きてる!」


 続いて聞こえたのは、自分と同じ年頃らしき少年の声。かなりの至近距離で叫ばれている様だが、彼女には大声に聞こえなかった。意識がまだ霞がかっている上に、耳にだって泥が入り込んでいるので当然だ。

 だが、その声が彼女自身に向けられているという事は分かった。


「ェホッ…う…」


 吐瀉。全く止められなかったそれは、自分を揺さぶる腕によって引き起こされたという事を理解すると同時――意識が回復する。異物を排出するために嘔吐と咳を繰り返す体が、脳の覚醒を促したのだ。

 瞳を開けば、周りは暗闇。少女は、自分が泥に呑まれてからそこまで長い時間が経過しいていないという事を理解し、続いて、今まで見ていた方向の石にかかった物が自らの吐きだしたものであるという事も、その次に北王都の波で吐き出したものが胃液とは思えないような色をしていた事で理解できた。

 ――が、周囲が暗いのに、何故その色を理解できたのかと不思議に思った。よく見れば、全くの暗闇では自分の服も見えない筈なのに、今は――泥まみれとはいえ――見えている。

 よく見ると、自分の周囲だけがぼんやりと白い光に包まれている事に気がついた。

(これは、何だろう?)


「い、…意識が戻った?大丈夫?どこか痛い所はない?」

「え?」


 掛けられた声に振り向きながら、そう言えば、少し前にも同じ少年の声で大丈夫かと聞かれたのだと思いだす。

 どうやら、誰かが自分を助けてくれたらしい。感謝しなければ――そう考えながら少女は、目の前に立つ少年の顔へ視線を向ける。


「…わ」


 一目惚れだった。


「泥の中に全身埋まってたみたいだし、本当は診療所に行って、細かな所まで見てもらった方がいいんだけど……あれ?」


 少女の事を心配そうに見つめる瞳、安心させようと優しげに微笑む表情、その二つとは裏腹に、しっかりと少女の体を抱える腕には力もこもっている。

 その身に宿す高貴さが具現化したかのように儚く光を放つ少年を見た少女は、感嘆の溜息を()いて硬直し――やはりまだ悪い所が有るのだろうと心配した少年に、こう言ってのけた。


「王子様――ッ!」

「…へ?」


◇◇◇


「忌種は――いないか。ならばまずは、クォルの住人を避難させねば」


 誰もいない空中でそう呟いたシュリ―フィアは、眼下のクォルが既に形を成していない事に気が付き急降下する。


(まず)い…この対応速度で尚、後手か!?」


 建物の上などに避難した人影も見えるが、とても町の住民すべてがそこにいるようには思えない。いくらなんでも、土地そのものが変わる程の被害が、瘴災の中心地点からは離れているここで起こるとまでは誰も考えていなかったのだ。精々が、暴れる忌種を殲滅、住民たちを、クォルの兵と協力して王都方面へ避難させるだけだと判断されていた。

 シュリ―フィアは歯噛みする。こんな事ならば、救助のための人員を見繕ってもらうべきだった、と。


「いや、救える者は全て救うぞ――(それがし)の手は、常人の手より大きなものでなければならないッ!」


 そう言って降り立ったクォルでは、既に何者かによって救助が行われているらしきことが分かった。ひもや綱に捕まる住民たちが多くいたからだ。

 シュリ―フィアは再度『飛翔』、町中へ届くように魔術を応用しながら叫ぶ。


「某の名はシュリ―フィア・アイゼンガルド!貴殿等を救出しに来た守人だ!この町で救援活動を行っている物の代表者よ!現状の説明を願いたい!手伝える事ならば、すべて行うぞ!」


 そんな彼女の前へ、彼女のよく知る金髪の男が躍り出るのは、このたった数秒後の事だ。


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