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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第四十七話:瘴気の平原

 人同士の戦争が一段落した途端、忌種との戦争がはじまるというのだからもうやってられない、というのが正直な感想だが、だからと言って避けられる訳でも無い。

 山脈の麓で立ち止まった俺達は、森林の中で何かが蠢いている気配を前にして頬をひきつらせていた。


「姿は全く見えないけど、中に何かがいるっていうのは物凄く伝わってくる…!大きいのか、数が多いのか、どっちにしたって厄介だね」

「というかこの森広いんだよな…要塞都市の周りだともうちょっと岩肌見えてたし、アタシ達今どこいんだよこれ」


 レイリの言う通り、要塞都市は山を走っている人の群れが遠くから見える程度には岩肌の露出した山だったのだ。だが俺達の目の前には、山一面を覆う森が広がっている。


「森の感じは…南っぽいか?いや、アタシ植物とか詳しくねえしなぁ」

「俺もさっぱり分からないけど…南だとすると、かなり流されてしまったってことかな?」

「だろうな…そもそも作戦開始したのは要塞都市より北だし。例の街道見つけられる前提で動いてたけど、これじゃあクォルに到着するってのも難しいかも知れねぇ」


 空を見上げれば、太陽の昇っていく方向が分かる。東、西、南、北。…東西の方角に狂いが無いのなら、レイリの間隔にある程度は任せてもよさそうなものだ。


「北上する?」

「…ま、妥当だろうな。その前に山脈を越えときたいんだが」


 だが今も尚、森の奥では何やら蠢く音が続いている。正直な所近寄りたいとは思えなかった。


「森の中を突っ切っていかなければ、襲って来ない…いや、人の姿を見つければ瘴気への欲求よりも殺害を優先する可能性はあるか」

「つってもまあ、森の中の瘴気が尽きてこっちに出て来られるってのが一番どうしようもない状態だしな…」

「…いっそのこと、もう少し下がった所で山脈そのものより高く飛んで、越えてから降りる?」

「それだな」


 などと雑に方針を決定、森から距離を取って、まずレイリの雷然で俺ごと上空へ打ち上げ。間違いなく山脈より高いだろうと思われる場所まで到達した。

 なお上昇を続けながら、俺が『飛翔』と起句を唱え、東側へ移動して行く。

 この高さまで上がっても、瘴気はずっと高い空にあるように見える。


「下からの攻撃は…無いね」

「中途半端な高さだと狙い撃ちされかねなかったからな」


 攻撃しようにも降りられない、という状況はかなり危険だっただろう。

 とはいえ、これで無事に王国側に帰れそうだ…と一息つこうとした時、俺の視界には瘴災の、想定を越えた被害が映っていた。


「山脈の向こうも…!」

「…やべえぞ、マジでか」


 距離が有りすぎて色彩が分かり辛くなる場所までは、一様に山脈の向こうと同じ色の地面になっていた。

 どこまでの被害が有ったかは分からないが、山脈の向こうでも同じような瘴災が起こった、と考えて間違いないだろう。アリュ―シャ様達が色々な人に神託として危険を伝える程の災害、こんな程度で終わらないとは思っていたが…やはり、といった所だ。

 早く避難しないと本当に危険だろう、と判断した俺とレイリは、次いで、視界の南側に海が映っている事で、王国内でもかなり南側に来ていた事を悟る。


「あ―…道筋的にはロルナンの方が帰りやすい感じになってんな、これだと」

「どういう事?いや、海だから、たどっていけばいいのか」

「そう言う事だな。後、そこの森は前、瘴気汚染体とか出てきた所と繋がってっから」

「…ロルナン西の森?そんな広範囲に広がってたんだ」


 森の奥深くには高位忌種も出る、という話が有った。ここは反対側の端と捉える事も出来るのだからまた違う場所なのだろうが、元から危険地帯だったという事に間違いはなさそうだ。


「結局、どっちに向かう?」

「今ロルナンに行ってもなぁ、合流出来るわけでもないし、そもそも分かりやすいってだけで距離的にはまだ王都とかのほうが近いから、とりあえずは北東方面で」

「了解」


 ある程度安全が確保できるようになったら、高度を落とせばいいだろう。そう考えながら山脈を無事に越え、赤く染まった王国の土地を見下ろしながらレイリと被害の大きさを話し合っていると、不意に何か、鳴き声のような物が聞こえた。

 人が出す様な声ではない。となればこれは、動物か忌種か…忌種であると考えて対処するべきだろう。


「今のどっちだ?」

「下じゃなかった。相手も飛んでる」


 その後も連続する鳴き声の発生場所が特定できないのは、俺達の周囲を俺達より圧倒的に早く飛んでいるのか、それとも複数で囲まれているのか。視界に一瞬映った姿は、かなり猛禽類に近い姿に見える。


「…しまった。攻撃手段少ない」

「タクミはまあ、『風刃』か。アタシは斬りかかるくらいしか出来ねぇし…結構厳しいな。戦う前にある程度下りとくか」

「もう山脈は抜けたから、ある程度は下でも安全か…よし」


 雷然と飛翔、双方の加速に重力が加わり、一瞬で高度が下がっていく。斜め向きの降下を二秒で止めたのだが、元の高さの半分以下の高度で停止していた。

 俺達が突然そんな動きをしたからか、猛禽型の忌種は焦ったように急降下して追ってきた。やはり忌種、人を目にすれば瘴気よりもこちらの殺害を優先するらしい。


「来たらアタシすぐ抜けるから、タクミはタクミで」

「了解」


 などと言っている間に奴等は来た。宣言通りに雷然で一体の猛禽へ飛び込んでいったレイリを見送りつつ、自分の相手も探し…ようやく理解した。

 敵は俺達の速度とほぼ同じ速さで飛ぶ、合計七体の猛禽型忌種なのだ。

 普通に『風刃』を撃っても簡単には当たってくれそうにない。


「とはいえ一応『風刃』」


 放った風の刃は、やはりあっさりと避けられてしまう。俺も『飛翔』を使えるようになって久しいが、どう考えても生物として向こうの方が非行に特化しているのだ。『風刃』の存在に気取られれば当てられない。…元々は風の刃だから目には見えないはず、と思って作った魔術なのに、こうも見切られるとは。毎回思うが、忌種も野生動物も感覚が鋭すぎるのではないだろうか。


「レイリが俺を気にせず動いてる時はあっちより速い。なら協力して戦うか…いや、あっちがどう動いて来るかにもよるのか」


 複数隊で遠距離から攻撃されるとかなり危険だが、接近しての攻撃ならばやりようはある。

 そう考えた時、左右から挟み込むように二羽の忌種が急接近してきた。

 挟み撃ちにならないように移動――その先にももう一羽いる――しながら、すっかり少なくなってしまった矢を引き抜いた。


「よし…」


 水平移動だからか、忌種の速度も先程よりは遅い。矢を弓に番えず、両方を前に出すだけで待ちかまえる。確実に領域へとらえられるように誘導して――今。


「『疑似模倣』『風刃』」


 矢を番えるより速く起句を唱え始め、唱え後わると同時に照準を終えた矢を放つ。

 『風刃』が幾筋も吹き荒れ、猛禽の仮の様に俺へ足を伸ばしながら急接近していた忌種達の体は刻まれ、散っていく。


「よ、っと」


 背後から俺へ迫っていたもう一体の忌種をレイリが剣で貫き、彼女を追ってきた二匹の忌種の片方に『風刃』を当て、もう片方がその風に煽られた所で、再び身をひるがえした彼女に刺される。

 どうやら俺が二体を仕留める前に一体、レイリが仕留めていたようなので、残りは一体――そう考えつつ相手を探れば、逃げていく両翼が見えた。


「…あっちも北東か。追う感じになるね」

「一匹逃がした所でどうってことねぇけど…逃げられるってのも気持ち良くねぇし」


 ほぼ同時にそんな事を言い、再びレイリと急加速、逃げる忌種へと追いすがる。

 剣を構えたレイリがそのまま勢いを緩めることなく奇襲へと突撃、一刀両断してそのまま突き進んでいったのにはさすがに驚いたが、結果としてかなりの速度で移動出来ていた。

 そして、太陽が僅かに傾き始めた頃、レイリが減速し、こんな事を言い出す。


「そろそろだと思うんだけどな…タクミ、この辺に建物なんて無かったよな?」

「無かった筈だよ?…そろそろって、クォルが?」


『おう』と短く答えた彼女は、そのまま視線を左右させる。俺も地面の方を見てみるが、建物らしきものも無ければ人もいない。レイリの見間違いを疑うには周囲に山などの視線を遮るものが無いので、ここがクォル周辺であるという判断は間違ってないとは思うが、そうでない事を望みたいと思わされる風景だ。ただ、所々に瘴気と泥が混ざったあの赤黒いものではない、焦げ付いたような跡が残っている事は確認できた。それが作りだしたものかは分からないが、海流がすれ違う場所の様に少しだけ色が違う事も。


「本当にそうなら…このあたりまで凄い被害だった、って事だよね。それこそ町一つ消える様な」

「瘴災ってのは、まあ普通一つの町が消えるくらいのもんなんだけどな。ただ…跡形もないってなんだ?まさかとは思うが、全部地面に呑まれたとか…」


 レイリの呟きは、丁度俺が考えていた事と同じだった。帝国軍の陣地で起こった例の地盤沈下。あれがこちらでも起こったのだとして、町が消えているのならば沈んだ可能性は高いだろう。

 …本当に、瓦礫の一つまで残って無いかどうかはこの高さでは分からない。やはり忌種の姿は目立たないので、俺はレイリに地面へ降りるよう提案した。


「…うわ、また粘着質な」


 着地した瞬間、ゆったりと沈み込むような感覚を足に得る。再び『飛翔』してみれば、靴の裏から地面へと湾曲した泥の紐が伸びていた。


「つってもまぁ、沈み込む程のもんでもねぇな。これならそのまま行ってもいいだろ」

「…降りて調べるって言ったのは俺だけど、良く考えたら正確な位置が分からないから、何処まで行けばいいのやら」


 それから半刻程、周囲を歩きまわり――四分の三程が地中へ埋まった石畳や、泥に染まった服、靴、家具などがいくつも見つかり、ほぼ間違いなくクォルが泥に沈んでしまったらしきことが分かった。ただ、液状化した地面には流れの様な物が生まれていたようなので、深く沈んだのでは無く何処かへ流されてしまったのかもしれないが…広い平原に人影が無い事に、かわりはなかった。


「…王都方面にいくしかねぇな」

「王都までには他の町も有ったし…いくらなんでも、そこまで巻き込まれてるとは思いたくないけど」


 拭えぬ不安を押さえながら、再びレイリと移動を開始する。

 エリクスさん、カルス、ラスティア…皆は無事なのだろうか。


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