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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第四十四話:泥濘

投稿遅れて申し訳ありません…。

「なんだこれ…レイリ!」


 ヅェルさんの言葉の意味も分からず『飛翔』しようとした瞬間、足元が沼の様に変化して、沈みかける。一気に全身飲み込まれかけたが、もがきながら『飛翔』を使う事でどうにか脱出。同じように沈みかけたレイリの手を掴む。


「瘴災!瘴災だ!くっそ、どうにか兄貴達と合流して逃げるしかねぇ!」

「え、エリクスさん達は何処!?」

「アタシと一緒にタクミ探して…そこまで遠くには行ってねぇ!カルス以外は自分で脱出できるだろうし、急ぐぞ!」


 急いで移動すると、まずエリクスさんが天幕を支える柱の上に飛び乗っている事に気がついた。また、その近くでラスティアがカルスを抱えて浮かびあがっている。

 カルスの靴や足にはべったりと赤黒い泥が付着していた。


「ほ、他の人達は…?」

「あっちでアインが、クラースと一緒にどっか飛んでったぞ!俺達もさっさと逃げちまった方がいい!」

「…待って、カルスが」


 ラスティアさんの言葉通り、カルスの様子がおかしい。足を押さえて苦しんでいる…原因は泥か?


「こ、これ多分、瘴気が入ってる…!」

「瘴気!?…瘴災ってそういうことか!え、えっと、浄化出来そう!?」

「してる、けど…!」


 呻くカルスの足についた泥は、あまり減っているようには思えない。すぐさまカルス自身が手をその泥へとかざし、浄化の力を放つものの、…白い光は消えるのに、泥の方はほとんど消えない。


「濃度が高い…!」

「こうなったら、手で払う」


 ラスティアがそう言って手を伸ばすのより早く、俺が払う。どう考えてもラスティアだってこれに触れると傷つくだろうし、それよりは俺の方がマシな筈だ。周りを見ても、カルスたち以外には泥に触れて苦しんでいる人はいないようだし、大丈夫だろう。


「さっぱり分からん!何言ってる!?」


 困惑しながらも泥をかきとり始めたのはレイリとエリクスさん。以前に浄化の力云々(うんぬん)の事を説明してはいるのだが、どうやら信じられていなかった…というより覚えても貰えていなかったようである。


「二人は瘴気に直接触れると拙いから、どうにかしないと!」


 手で除けるだけの瘴気を取り除くと、カルスとラスティア、二人分の浄化の力で肌の泥は消えた。服には染みついた泥が残っていたが、これはカルス自身の短刀で切り取る。


「あ―…流石にこの状態でどうにかしようってのは無理があるだろ。他の奴等はぬかるみにはまってっけど、今の所変な流れが生まれてる訳でも無し、勝手に対処できる筈…つうわけで逃げるぞ!瘴災相手はやってらんねぇ!」

「地盤がまともな所まで行ってから、もっかいカルスの調子見た方がいいか?アタシ分かんねぇけど」


 今とるべき手段は確かにそれだ。カルスとラスティアを、この状況で長くとどまらせたくはない。


「じゃあ、すぐにでも脱出しましょう。『飛翔』」


 そう言って浮かび上がり、カルスとラスティアの近くへよっていく。レイリも一緒に二人を手助けして、エリクスさんは見張りに――瘴災によって増えた瘴気に忌種が集まってくるため――回った。

 どちらにしたって早く離れなければいけない。王国側の人が何人も正気に埋まっている事には気がついたが、とはいえ今、見渡せる限りに忌種の姿はない。となれば、襲われる前に抜け出すことは可能だろう。――この期に及んで尚、禁忌の兵たちに動きが無いのは本当に幸運だ。或いは、もう特殊部隊の人が何かしたのか…いや、今はそんな事を考えるより先に逃げなければ。


「…全力で加速しろッ!あれはやべぇ!」


 そう言ったのはエリクスさん。一瞬上を見上げ、そのまま雷然で前へ出る。俺達もそれに続き――風景が、先程までよりずっと暗くなっている事に気がついた。

 上だ。今までもかなり遮られていた月明かりを、ほぼ完全に遮断する程の何かが上にある。

 だが、それを確認している時間はない。確認したエリクスさんが全力で逃げている以上、一瞬の猶予も許されないほど差し迫った危機である事は確かだからだ。


「…え」


 だから、最初にそれをまじまじと見つめる事になったのはカルスだ。瘴気で弱っていないにしろ、もともと飛行能力のない彼は、運ぶ側に都合のいい体勢で運ばれることがままある。今回はたまたまカルスが仰向けになる様な形だった、というわけだ。

 カルスが何を見て呆然となっているのか気にはなったが、しかし止まる訳に行かない状況に変わりはない。そのまま加速して――。


「ごめん、僕達は、――無理だ。流石にどうしようもない」

「なにいってんの!?こんな所で諦められたらこっちが困るんだけど!」


 焦る心のままにいつもより乱暴な言葉遣いになったが、流石に気にしちゃいられない。

 ――だが、カルスは事実、こんな所で諦める性格でも無かった筈だ。となれば、…上に何が有ると言うのか。


「じゃあ、見てみてよ。…あれに呑まれたら、ね」


 カルスがそこまで言う「何か」。この状況になれば、むしろ確認しない方が危険だろう――というのはまあ、自分の中にある不安を抑えきれないが故の言い訳なのだろうが、結果として俺は、加速を出来る限り保ちながら空を仰いだ。

 そこに有ったのは、赤黒い天井。

 足元の泥よりもずっと赤の色が濃い当たり、あれはかなりの濃度の瘴気――それこそ、カルスたちの村を包んでいた瘴気の壁や瘴結晶なんかより、ずっと濃いものなのかもしれない。

 天井が俺達を押し潰すまでの間で、その範囲を脱出する事は不可能。だが、これほどの量と濃度の瘴気をカルスやラスティアが被ればどうなるか分からない。…死んでしまう可能性だって、かなりある。


「…レイリ、エリクスさんと協力して、…多少乱暴にはなるかもしれないけど、二人をあれの外側まで移動させる事って、出来る?」

「…出来なくはねぇ、って言うか、こっからどうにか兄貴の所まで、速度落とさず飛ばせりゃいけるだろうな」

「…『飛翔』で加速するラスティアとカルスを、レイリの雷然で無理やり仮想…いやさすがに危ないか、それは」

「でも、もう、…あれに、巻き込まれたら、どうなるかは、見えてる」


 …やらざるを得ない。俺自身はこの時、レイリによる加速に変な影響が加わらないよう周りを警戒することくらいしか出来ないのが塔にも歯がゆいが、せめてそれだけは全うしよう。


「エリクスさん!今の話聞こえてました!?」

「聞こえてた!飛ばしたらある程度こっちで受け止められっから、…でもぎりぎりまで進んでから飛ばせよ!?」


 そう叫ぶエリクスさんの元へ二人がちゃんと届くよう、レイリと共に調整し――確信が持てると思った時には、既に瘴気の天井はすぐそばまで迫っていた。

 その高さが迫っているからか、まるで山脈の向こうまで同じ物が続いているように見える。正確に言えば、最早山脈そのものの頂上は見えておらず、それよりも近い場所で天井は切れているだろうとも思うのだが…何分(なにぶん)、確認できた時間は少なかった。

 レイリとエリクスさんに任せるしかない。


「ッしゃ行くぞ兄貴!」

「二人とも頑張って!」


 俺がそう叫ぶとほぼ同時、カルスを両腕で抱きしめるようにがっしりと抱えたラスティアさんが、その体勢を維持したまま二人で射出された。

 二人の速さは、レイリ自身が使う雷然よりも速いように見える。…いや、実際に速いのだろう。何せレイリ自身が雷然で加速している中で更に加速したのだから。


「――取ったぁ!」


 エリクスさんの元へ、二人は無事到達した。その勢いを得ながらエリクスさんは更に加速し――それでも尚、間に合わないと判断したのか全力で加速させつつ放り投げていた。

 非常に心配ではあったが、瘴気に呑まれるよりはずっとましな筈だ。『飛翔』は続けているのだから、ある程度動きは制御できるのだし。


「というか、俺達はどう――」


 『どうやって脱出するのか』と言おうとした時には、もう地面へ叩きつけられていた。

 腹側に感じるのは硬い地面の間隔。どうやら沼の様に液状化した土地からは逃れられたらしい。だがしかし、上から押さえつけてくるのは非常に(ぬめ)り気のある瘴気。もがいてもほとんど動けない。

 数秒の間その状態で解決策を悩むも、なにも思いつかない――この状態では、起句を口にできない。

 それに驚いて、もう一つ、実に単純な事実を思い出す。そう、そもそも、呼吸が出来ないのだ。

 息が苦しい。必死にもがいても、近くにいる筈のレイリに手が触れる事もない。

 レイリはどうなったのだろうか。雷然は起句が要らないし、もしかしたら脱出できたかもしれない。…むしろ、脱出できていなければエリクスさんだって脱出できず、全員がかなり危険な状態になってしまう。

 …でも、魔術士に取って起句が発せられない状況という物はやはり絶望的だ。ただ海に落ちた、というだけなら泳げればどうとでもなるだろうが、身動きの取れないこの状況では対処のしようがない。

 だが諦めるわけにはいかない。両腕の関節を軋ませながら必死に体を持ち上げ――不意に、押さえつけていた地面の間隔が消失する。

 それが、先程のまれかけた沼と同質の物であると気がついた時には、自分の体が更に動いて行く感覚を得ていた。

 一瞬、更に深く沈んでしまっているのかとも思ったが、これは少し違う。僅かな沈降と、左方向――正確な方位はもう分からない――の移動、それが今、俺の体を押さえつける瘴気の泥の動きだと分かった。

 だが、打てる手段が俺にない事実は変わらない。なすすべもなく流されて――がし、と。

 どこへ消えるかもわからない俺の手を、誰かの手が掴んだ。

 だから、俺もそれを握り返した。一人にならないように、二度と、離れ離れにならないように。


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