第四十話:思考
「タクミそっち潰せぇ!」
「分かってる!レイリも左側気をつけて!」
本日三度目の訓練、その撤退途中、レイリと互いに叫びながら指示を出す。何故そうなっているかと言えば、撤退途中で陣が瓦解、俺とレイリが部隊から離れて必死に逃走中である事、そして、周囲の冒険者や兵士達も同じように、自分たちの近くに居る者と連携を取り合うために必死で声を張り上げているからだ。
「下がって下がって下がって!」
「そこの藪越えた所にも居んだってば!近寄ったら…ほらぁ!」
こうしている間にも数人が倒されていく。しかし、既に山脈を越えかけている今の状況は、かなり生還に近い。――もちろん、死ねば終わりだが!
「ラスティアに意識向いた所で僕が斬り込む!一瞬『飛翔』お願い!」
カルスの声も響いて来る。二人も脱出直前だった筈だが、かなり焦りの滲んだ声色だった。だが悠長に確認している暇などはない。こちらも現在進行形で襲われているのだから。
「多分魔術来るから移動!」
「挟まれてんじゃねえか!突っ込め突っ込め!」
幻影に魔術の連射を命じつつ、更に状況を見る。幻影が視線を向けている方向は、遮蔽物が無い限り敵がどのくらい存在しているかを確認する事も出来るわけだが、やはりどんな魔術が使われているのか、などは実際に見なければわからないものだ。だがしかし、恐らくは要塞都市戦での戦いで情報を収集していたのか、俺としても何処か覚えのある形で『禁忌』兵が集まった時に例の爆炎など、大規模な魔術が使われるという事が分かった。
威力の小さい魔術なら別だが、高威力の魔術となるとどうやら、積極的に仲間を巻きこもうとまでは考えないらしく、俺達があえて別の敵に近づく事でその発動を間接的に阻止出来る。
「よっしゃこのまま加速すんぞ!すぐ突破ァ!」
「分かってる…って回り込まれてるし!」
レイリは雷然、俺は『飛翔』でそれぞれ加速した先、再び二十名以上の兵が俺達を待ちかまえていた。
「右はタクミの方で頼む!アタシ左!」
「分かった!…『刃槍嵐舞』!」
一瞬の躊躇いを振りほどき、その魔術を放つ。万が一にもレイリを巻きこまないようより右側に発生させたその魔術は、予想通りに一撃で多くの命を奪って行った。
大きく開いた穴に二人で駆けこんで、ようやく包囲の外へ。
「…これでッ!」
「脱出ッ!」
そのまま止まらず、できる限り離れた場所へ行く。…それで、逃げ切れたはずだ。
確認してみれば、生還者は現在十一人。特殊部隊の人が多いが、エリクスさんやアインさん、クラースさんもいる。
「ラスティアはそのまま飛んで逃げて!僕はこのまま掻い潜って出る!」
カルスの声が響いた後、すぐにラスティアが生還したと言っていいほどの距離に出る。しかしそのまま、カルスの援護を始めた。
「本番はアタシ達もああやるけど、今は見とこうぜ?ちょっと気になるし」
「…そう?だったら俺としても、ちゃんと見たいかな」
激戦を続けたカルスはその後、ラスティアの援護の甲斐あって脱出。しかしその動きは鈍く、どうやら六番さんの特殊技能が、その身体が重症の状態であると判断しているらしかった。
ならばと、距離を取った後のカルスをラスティアがすぐさま治療し始めて、これで生還十三人。
満足気に頷くレイリの姿に、『やはり二人も何か話していたんだろうか?』と考えながら、そっとカルスに、心の中から称賛を贈った。
――結果的には、その約五分後までに生還した合計人数は十六人。半数を越えたものの、やはり死者は多く出る結果となった。
「訓練は後二回で打ち切りだ!それ以降は作戦実行まで待機!」
◇◇◇
小さな声で、レイリに話しかける。
「今日来るのなら、もうすぐだよね」
「おう。…さて、どうなる事やら」
現在月三刻。夏も近いからか随分と高く登っていた陽も、最早完全に沈み、辺りは暗闇に包まれていた。
「訓練の通りにいけば、生還できる…筈、でも、実際とは違うから、やっぱり力は抜いちゃいけない…」
「戦って、倒して、逃げる。やる事は、そんなに、変わらない」
特殊部隊のうち数人が、例の魔術による通信を受け取って、作戦の開始を伝えるらしい。だから後は、北か南の戦線を瓦解させた、という知らせが入ってくるのを待つだけだ。
「ご主人、自身の程は?」
「やるべき事をやるだけだ。…気をつけろよ、クラース」
遂に作戦決行を目前として、昨晩以上に皆緊張している様だ。そんな中でも特殊部隊の皆さんは変わらずにいるようにも見えるが…昨日までは多少の会話をしていたのに、今日は黙っている。やはりヅェルさん達のように経験を積んだ人たちでもこの作戦は危険なものなのだと、絶対に油断せず、無事に帰るのだという決意を固めていく。
「さて、と…そろそろか?」
特殊部隊のうち、確か八番と呼ばれていた隊員が、仮面で覆った顔を上げる。
「『半刻後に作戦開始』だそうです。将軍直々の報せでした」
「そうか…皆、聞こえているな?」
隊長が話を続ける。
「ついに作戦開始だ。準備期間をもっと伸ばし、徹底的に今回の作戦に対して君たちに耐性をつけたいというのが本音だったが、それは出来ないままだったな。だが仕方ない。幸いにも、目標となる陣地は移動していない。訓練の内容と現実が乖離しなかった事を喜ぶとしよう。
…最終確認だ。それが終わり次第、君たちには作戦開始までの発言を禁ずる」
皆が視線と意志を自分に向けるのを確認してから、隊長は再び、ゆっくりと口を開く。
「――生きて帰れ。
この数の敵を相手にしては、いくら訓練を積もうとも難しい要求である事には間違いないだろう。だがそれでも、君たちのそれぞれに、この場へと再び生還するだけの実力が有るという事は確認できたと、私は思っている。
ならば、もう私からは『生きて帰れ』という他には無い。だが、強いて言うのならば…そうだな、例え死を間近にしたとしても、事実としてその生が終わるまでは動き続けろ…ということくらいか。諦めて目を瞑るのではなく、かわりに取った一つの行動で、生き抜く事が出来る事も有るのだからな。
良いか!足掻き、そしてもがき続けろ!そうすれば何かに手が届くかも知れないのだから!……以上だ。皆、陣形を構築して待機するように」、
隊長ですら何処か、いつも以上に熱くなっていたように見える。実際、話を終えた後は木に寄りかかって額に手を当て、少し疲れた様子でいる。…俺達へ向けて、という事も有るだろうけど、特殊部隊の面々から直接犠牲者が出てしまう可能性の方がきっと、隊長には辛く感じられるものなのだろう。
「…あの人は部下思いですから」
すれ違いざまにか細い声でそう言ったのは、仮面をつけていて顔は見えないが、ヅェルさんだろう。周囲の人には聞こえなかったようだが、なかなか危ない事をする。…いや、思わず言ってしまうほどには、隊長の事を考えていたのだろうか?俺にだけ聞こえるように言ったのでは無く、単純に、俺の耳がよすぎただけ…ああいや、考え過ぎか。
一秒、一分、時間が過ぎ去るたびに、場の緊張感が増して行く。だがしかし、一人一人が緊張をほぐそうと深呼吸したり、仲間と表情で意志疎通をとったりすることで、次第に平常心へと近づいて行った。
最終的には、静かな集中を全員で共有していた。
作戦が危険な物である事に変わりはないけれど、それでも、出来る限りの準備をこの短い期間でしてきたのだ。全く手も足も出ないなんて事はないだろうし、任務の成功も、ほぼ間違いないだろう。
だから、俺達が求めるのは、隊長の言う通りに生きる事…生かせる事。
ふと、隣に立つレイリの姿を見る。腰に提げた剣の柄を触ったり、鎧の留め具を確認したりと、やはり集中しつつ、少し緊張もしている様だ。
…まあ、何と言うか。口に出した所で、少なくともこの場に居る誰も共感などは示してくれないだろうし、俺だってそうしたいとまでは思っていない事なのだが、…きっと、今ここに居る中で、たった一人犠牲を出さなければいけないとして…その時、最も死んでも良い存在というのは、俺なのだろう。
レイリ達にこんな事を言えば、それこそ狂ったかと思われてしまうだろうし、止められるのだろうけど。それでも、戦争が始まって以降、何度も危険にさらされる中でふと思ってしまったのだ。
一度死んだ俺は、きっとその分だけ、本当の意味でこの世界に住む皆よりも、命の重みが軽いのではないのか…と。
勿論、俺だって死にたくなどはないのだ。ただ…例えば、レイリが殺されそうになったとして、それを変わられるのならば、是も非も無く変わろうとすぐに思える。
それでも、俺が命を投げ打ってでも助けたいと思うのは、きっと仲間だけなのだ。この場で言えば、レイリ、エリクスさん、カルス、ラスティア。大けがを負う可能性くらいなら、アインさんやクラースさん、ヅェルさんの事も助けにいくだろうと感じている。しかしそれだけ。結局の所、命が軽いなどと思いながらも生きていたいのだ。
心臓の鼓動が激しくなる。
絶対に死なせない。…そして、俺自身もこの作戦から生きて帰るのだ。
この戦いが最後という訳ではない。戦争もすぐには終わらないし、その後には忌種が湧き出てくる。皆には、平和になるまで生きてもらいたいのだ。勿論、そんな事を堂々と言えるほどに強くなったわけではないけれど。
――衝撃が、体の右側から走る。
それは、いつの間にか俺が視線をはずしていたレイリが、俺を足裏で蹴ってきた衝撃だった。
彼女は全く喋らない。しかし、その瞳は不服そうなものであり…完璧に、とは言わないまでも、こちらが進駐でどんな事を考えているのか、見透かしてきている様な気がした。
「作戦、開始ッ!」
『応ッ!』
駆けだすと同時、レイリが少しだけこちらへ寄ってきて、こう呟いた。
「勝手に自分切り捨てんなよ。…アタシ達がどう思うかも考えろ」
「…ごめん」
それでも、心に引っかかるものは残ったままで、俺達は遂に、敵兵蠢く山脈の向こうへと飛び出した。




