第三十九話:露呈
「やっと、届いた…」
思うだけで動かせる幻影に、全身全霊となって体まで動かしながら指示を出していた俺は、精神的な疲れを感じながらも達成感を得ていた。
目的である『禁忌』を操る存在。それがいるとされる陣の殲滅を行ったのだ。ただ、俺はその帰りで殺されてしまったが。
陣到着までに犠牲者三人。周囲の兵を呼び寄せて全力の抵抗をしてくる陣中を殲滅するまでに犠牲者四人。そこまでに負った傷で動きが鈍くなった退却時に、やはり周囲から集まっていた禁忌によって倒されたのが、俺を含めて七人。
月一刻に終了したこの訓練で、俺達は初めて目標の撃破と――一部とはいえ――生還の両方を果たした。
「明日の一日を訓練に使えれば、高い水準に至らせる事も可能か…」
喜ぶ俺達を横目に隊長はそう呟いて、声量を上げてからこう告げた。
「恐らくは明日の今頃、そうでなくても明後日には、私達は作戦遂行を命じられる事になるだろう!」
その言葉を受けて、レイリがこちらに顔を傾けながらこう言った。
「…やっぱ、その辺も隊長さんには伝えられてたってことか?まあ、いい機会だとは思うけどな」
「そう言う事なのかもね。…明日もまあ、午前中は訓練かな?」
「おそ、らくはな。ただ、隊長は、確率の高い、予想を、しているだけだろう」
「…予想、ですか?」
俺達に話しかけたのは、途中から実際の陣形と同じ形で俺の左隣に腰かけていた六番さんだ。俺達が訓練でかなり感情をあらわにするからか、多少歯切れの悪い所はあるけれど…出会ったばかりのラスティアさんより少し悪い、くらいの所まで、俺達との会話も普通に出来るようになっている。
「こちらから、強襲する、時機は、山脈の、北方南方、どちらかの瓦解と、同時。…それは、王国軍によって、決められている、べきだからな」
「という事は、本気で押し込まれないように、早い段階で行われるってことですか?」
「恐らくは」
「…明日は朝から、きっちり集中しとくか」
レイリがそう呟くと共に、夕食の調理が始まった。
明日がいよいよ、一度たりとも生還出来ていない作戦の本番になるかもしれない。そう考えるとやはり不安だったが…難しいとは分かっていても、本番は成功させると意気込んで挑むしかないだろう。
「早く寝て、朝から調整して攻め込む。…惰性で戦い続けなければならなかった要塞都市とは、その点でいえば多少はマシかも知れないがな」
「アインさん…やっぱり、俺達よりは余裕がありますね。さっきも生還していましたし」
「余裕ではないがな…。とはいえ、思い詰め過ぎては動きが鈍る。俺も、クラースと生き残らなければならないからな。意地でも帝国軍に一撃与えて、絶対に生還だ」
「ご主人はこれで、戦いが長続きすればするほど荒々しくなって行きますから。撤退戦で敵の中に突っ込んで行かない事を願っていますよ」
クラースさんはいつものように、アインさんをおちょくっていた。
「ふん、途中で落されていたくせに何を言う」
「おや、そうでなければご主人が落ちていた筈では?」
…そう言われてアインさんが黙った辺り、クラースさんがアインさんを庇って倒された、というのが事実なのだろう。とはいえ、アインさんの先の発言を考えれば、そうはならないようにと決意を固めているのだろうことはよく伝わってきたが。…クラースさんもまあ、あの言葉が聞こえる距離に居るのによくおちょくられるものだ。二人の関係性は、ほとんどの場合この形だから慣れてしまってはいるが。
楽しげに話す二人からそっと離れ、集団で調理した食事を受け取り、レイリ達と一緒に食べる。ただ、炊事には極力火を遣わない事になっており、また、洗い物を少なくするためにも、生の食材や王国から運ばれてきたパンの様な物などを多く食べる事になっている。…少し刺激が足りない様な感覚だ。町に戻ったら、美味しいご飯を食べよう。…などと考えらえれるあたり、少しは余裕を持てるようになったのだろうか?追いつめられた精神状態でいい結果を出せる筈はないし、少しでも生還できる確率が上がったと信じるべきだろう。
「緊張してるか?」
隣から声を掛けてきたレイリの声に、「うん」と正直に返す。自分が生還できるかどうか分からないから緊張しているし、何より…レイリ自身も未だ生還してはいないという現実が、これ以上なく心に引っかかっている。
「レイリはどう?」
「アタシはまあ、緊張してはいるけど、タクミよりは慣れてるわけだしなぁ」
「け、経験者が語る…!」
「でも、これほどじゃ、無かった…筈?」
カルスやラスティアもそれぞれで反応する中、エリクスさんはこちらを見つめながらも静かに食事を続けていた。
レイリに何かが有ったのなら、エリクスさんが助けてくれるのではないか――そんな思いは、確かにある。だがエリクスさんの視線は、レイリよりもむしろ俺へと向けられているように感じられる。…それはつまり、レイリに何かが有った時、俺が、コンビとして、仲間として、助けるべきだと言っているのだろう。
当然だ。それはもう、戦争が始まるよりも前から何度も、結論として出した答えなのだから。
だがしかし…今のままでは、俺がレイリに助けられてしまう可能性の方がずっと高い。何が起こるか分からない作戦現場では、不測の事態に対して、単純な実力より積み重ねた経験の方が役に立つだろう。となれば、『慣れてる』レイリの方がより上手く動ける筈。
――つまり、俺が最低限やらなければいけない事とは、レイリの足を引っ張らないよう、せめて自分の命は自分で守りきる、という事だろう。
しかし、前提として、作戦遂行のために動く事と、レイリだけでなく、六番さん達のような周囲の仲間も助けなければいけないわけだ。それをやらない訳は無いのだが、今の訓練では出来ていても、実際はどうなるのかという不安はある。隊長達は、これで訓練すれば出来ると断言しているから、これに関しては無用な心配なのかもしれないけれど。それでも不安なものは不安だった。
「…うーん」
「どうしたの?」
食事を終えて一息つくと同時、うっかりと口からこぼした呟きは、しっかりとカルスの耳に捉えられていた。
「いや、やっぱり不安だよなぁ…って」
「…タクミも、やっぱりそうだよね」
立ちあがって少し離れ、振り返って俺を手招きしてくるカルスの後について、隊から少し離れた所に行く。と言っても、山脈とは逆方向なので、帝国軍にばれたりする事はないだろう。
「ちょっと、話したかったから呼んだよ」
「内容は?」
「さっきの事。…やっぱり、タクミも不安だよね?」
「…うん」
考えていた事を、カルスに対して少しずつ話して行く。レイリには言い辛かった――などと考えている事が知られれば彼女は怒りそうだが、コンビ同士の間だからこそ、相手が心配で不安、などと口に出すわけにもいかないだろう。
殆どすべての内容を着たカルスは、一度頷いてから口を開いた。
「…やっぱり、というか。タクミと考えてる事似てて、そこは安心した」
「そっか…カルスも思うよね」
『ラスティアを死なせてしまったら』とは言わない。いくらなんでも無神経すぎる。だがカルスには伝わったのだろう。額に手を当て、溜息を吐きながら近くの木に背を預けていた。
「それが不安で…後、ラスティアもレイリも、僕達よりずっと余裕そうなんだもん。内心はそんな事ないとは思うけど、取り繕える分の余裕はあるってことなんだよな、って」
「ある。…レイリの方は、俺に負担をかけ過ぎるわけにはいかないとか考えてるかもしれないって思ったら余計にさ」
だからこそ余計に『がんばらねば』と奮起もできるが…やはり、差が開いているとしてもコンビなのだ。対等でいたいという思いは、あっさり抑えられるものではない。
「僕達の方は違うけど…タクミにとっては、レイリは好きな相手なんだし、…ちょっと恥ずかしいけど、女の子を男が守るのは、当然だよね」
「当然だよな。…ん?」
…ん?
「ちょっと待った」
「え?」
「今なんて…ああいや、今、俺がレイリの事を好きって言った?」
「うん。だってそうでしょ?」
――はぁ!?
絶句する内心を顔に出さないよう必死に抑えつつ、頭を回す。
「い、いつそう思った?」
「えーっと、…聖教国に居た頃だよ?」
それを聞いて、少しほっとする。少なくとも、俺がレイリの事を…その、もしかしたらそういうふうに想っているかもしれないと感じ始めたのは少し前の事だ。カルスの言っている時期には意識していなかった筈だ。これに関しては、気のせいで通せるだろう。
「ま、まあまあ。今はそれについて深く話すのは止めよう…」
「…まあ、確かに。今ここで追及したって意味ないか。それじゃあ単純に…どうする?」
『全員で無事に帰るために、どうする?』という意味の問いかけだろう。少し考え、今持っている物を口に出すしかないと気がつく。
「どうしようもない事しか言えないけど…俺としてはまず、レイリがまだ生還出来ていないとしても俺の方がより状況が悪い以上、絶対に足を引っ張る形にはしないってことを前提にはしてる。明日の午前はまだ訓練ができるみたいだけど、そこでもまだ進展が無かったら、いよいよ覚悟は決めなきゃな…とも」
「そっか…僕の方は、ラスティアさんとの間にあんまり差はないんだけど、それでもいつの間にか殺されてるから、互いの連携を絶対にはずさないように、って事しか言えないんだよね…ああ、これはもう、ラスティアさんと話し合った後」
その後も、カルスとそれぞれの言葉から感じた事を互いに言いあって、考えをさらに発展させていく。
だが最終的に出た答えは、『頑張るしか無い』という極単純なものだった。隊長は生き延びるために足掻き、敵を討つためにもがく、と言っていたが、結局、戦場でやる事とは、突き詰めるとそれだけなのだろう。
「…今頃あっちは、どうしてるのかな」
「レイリとラスティアの事?…何か話をしてる気もするけど、やっぱり俺達よりあっさりしてるように思っちゃうな。ああ勿論、二人が油断してるとか思ってる訳じゃないよ?」
「知ってるよ。…うーん、いい加減時間も経ったし、僕達も戻ろうか」
「それもそうだね…あんまり長時間離れていると、逃げたとか誤解されそうだし」
などと言いながら、カルスと共に帰る。その足取りは、心成しか来る時よりは軽い。
彼と話しても、不安が解消された訳ではない。ただ…同じような事で皆悩んでいるのだと分かったから、下手に考え過ぎるのはむしろ悪手だろうと思ったのだ。
「…明日」
まずは訓練で最善の結果を出す。話はそれからだ。




