第三十七話:特殊技能
馬車隊が到着したのは、俺達が少し前までいた隊が陣を作っていた場所から更に北方。荷物を下ろし、山脈の森林の中へ直接空間を切り開いて、潜伏した。
「さて…ここからは詳細な作戦立てを行ってゆく事になる。勿論、それを実現するための訓練もだ」
隊長がそう口に出した一刻後には、現状の戦力に穴があかず、敵の居場所が変わらなかった場合の基本的な作戦内容が細かな所まで書かれた紙が、個人個人の元へと配られていた。…本当に詳しい内容だ。一つの丘を越えるまでにどれだけの時間をかけるのか、どの方向二度の人員を配置し、どうやって敵に対処していくのか、など、一人一人のできる事を完璧に理解したからこそ作れるものなのだから。
ただ、完璧すぎてこちらを機械として見ているのではないかと勘ぐってしまいもするが…むしろ、特殊部隊にとってはこれが普通なのだろう。冒険者が少し適当すぎるだけだ。
訓練は翌日の朝からだった。
…当たり前の話だが、山脈が森で覆われているとはいえ、一つ山を越えた先には敵がいるのだ。ここに俺達が潜んでいる事が発覚する事が許されない以上、大規模に移動する練習も、魔術の練習もできる筈がない。
出来る事が有るとすれば、周囲から発見されない程度の魔術や、そもそも振っているだけでは見つかる筈もないそれぞれの武器の鍛錬。それは基本の事であり、隊長もまずはそれをしろと俺たちへ伝えた。
それに加えて、昨日決まった陣形で自らのそばに居る相手との交流もするように伝えられている。俺の右隣りにはレイリ、そして左隣には…。
「よろしくお願いします。…えっと、六番さん」
「そ、その名前、で、も、問題ない…」
と、俺に話しかけられ、うろたえる六番さん。本名は教えられないらしい。ちなみにレイリは、レイリ自身の右隣に接している兵士に話をしに行ったはずだ。
さて、この六番さん。俺より年上で、落ち着いた雰囲気の男性なのだが…どうやら、少し人見知りらしい。特殊部隊の人達とは普通に話が出来ているのだから、慣れてもらえば問題はないだろう。
「えっと、六番さんの得意な事ってなんですか?」
「そ、そうだな…タ、例えば、何処に敵がいるのか、という事を、見抜く事が、で、出来るぞ?そ、それも広範囲…この山の上から、み、見渡す限り!」
「おお…それは凄い。物陰に隠れたりしても全く意味はない、という訳ですね」
「あ、ああ。…欠点も有るには有るが、わ、吾の力が範囲という点では、も、最も優れた索敵、能力!」
話し辛そうな事に変わりはなかったが、自分の力には自負があるようだ。そもそもが特殊部隊の人間、この状況で言う言葉に嘘が混ざっているという事もないだろう。…惜しむらくは、この山の向こうに居るのは全て敵である、ということか。何処に居るか、はともかく、誰が敵か、という意味ではあまり役に立たない力ともなってしまうだろう。
「俺は、直接的に戦う事しか出来ないんですよ。それも、たぶんそこまで優れた魔術士じゃないですし」
「い、いや、あなたからは、才能を、感じる。く、訓練、すれば、少なく、とも、吾等と、同じ、て、程度の、力は、見につく筈」
「あ、あはは…まさか。国が『特殊部隊』として扱っている様な人達と同じくらい強く、って言うのは無理がありますよ」
「…た、例えば、あそこの…あなたと、同じ馬車に、乗っていた、金髪の、男」
「エリクスさんのことですか?」
「お、恐らくは。…あの男と、直接、一対一で、戦って、勝てる者は、吾等の中には、いない」
「え、エリクスさん凄ッ…!」
特殊部隊からはっきりと『敵わない』とまで言わしめるエリクスさんの実力、これいかに…いや、ちょっと強すぎる事は分かってたか。シュリ―フィアさんの事を思い出せば、守人程じゃないという事は分かるけど…あれ、ボルゾフさんって今のエリクスさんより強いって事?
もうちょっと想像がつかない…などと心中で呻いていると、不思議そうに六番さんがこちらを見つめていた。
「だ、大丈夫か…?」
「あ、大丈夫です。上には上がいるんだな…と感じていただけで」
「そ、そうか…そ、それでは、もう少し、きちんと、戦う間の、話を、しよう」
「分かりました」
集中しよう、と頭を切り替えて。六番さんの言葉を待つ。
「吾は、魔術と、同じ、そ、速度で走られる。…しかし、攻撃は、あくまでも、武器に、よるものだ」
『あれである』と六番さんは、近くの木に立てかけられた、二振りの短い槍を指差した。
頑丈そうではあるが、何か特殊な細工がしてある武器には見えない。持ち手などに金属の装飾はあるものの、それだけ。魔法陣が刻まれていたりはしないらしい。
「突く、裂く、投げる…使い方は、数あれど、最後には、吾の手へ、も、戻らなければ、ならない物だ。故に、吾自身は、あまり、間合いを、遠くは、保てない。…故に、遠い、敵は、あ、あなたに、対処してほしい」
「勿論です。俺も魔術士ですから、接近戦はそれほど得意じゃないので、むしろ願ったり叶ったり、と言ったところでしょう」
「そう、言ってくれると、ありがたい。…う、うむ、それでは、そろそろ、もう一人の隣人へ、話を、しに、行くとしよう…居、いつもより、上手く、話せた。助かったぞ…」
そう言って、六番さんは立ち上がり、槍を手に取って歩いて行った。『もう一人の隣人』というのはつまり、彼にとって作戦中、左隣に位置している人の事だろう。俺の場合はレイリとコンビだからいいが、そうでなければよりしっかりと確認をとらないと問題も多い筈だ。…六番さんの隣は誰だっただろうか?気にしていなかったが、知り合いだったかもしれない。
しかし、六番さんが離れると俺は話す相手がいなくなってしまう…と思いながら周囲を見渡せば、何時の間にやら話を終えていたらしいレイリがこっちへ歩いてきた。
「よ、そっちは?」
「ちゃんと話は出来たよ。レイリの方は?」
「んー…若干自信過剰にも見えたけど、まあ此処に選ばれてるんだから問題ねえよな、って感じか」
「…まあ、レイリが問題ないって思ったならいいけど。ちなみに俺の隣は、特殊部隊で六番って呼ばれてる…あ、あの人。ちょっと人見知りな所が有るかもしれないけど、いい人だよ」
指差した先、六番さんは既に、左隣の人と話を始めていたようで、こちらの視線には気付かず話を始めているようだった。その様子は確かに、俺と話していた時よりも更に言葉に詰まっているように見える。俺との会話が、いつもよりうまくいったものだというのは本当だったらしい。
残念ながら、六番さんと話している相手が誰なのかは確認できなかった。そこまで密集していない人陰に隠れきるという事は、小柄な人なのだろうか?
「…んー、ちょっと移動していいか?あ、タクミも来い」
「え?唐突な…」
言われるがままに移動する…数歩だけ。
立ち止まったレイリが指さしたのは、先程と同じ場所で話をしている六番さん。何がしたいのかと思いながらよく見てみると…先ほどとは違い、六番さんが話をしている相手の姿が見えた。
そこに座っていたのは、小柄で、白髪の少女。…つまり、
「ラ――ラスティア…ッ!」
「まあ、そんなに驚く事でもねえんだけど…」
いや、確かに驚くほどの事ではない。ことではないが…。
六番さんは人見知り。ラスティアはそうではないが、しかし会話の拍子は非常にゆったりとしている訳で…あの二人の会話、相当遅い物になってしまうのでは?
「…あ、カルス」
二人から少し離れた所で佇むカルスの姿を見つけた。どうやらカルスは既に、自分の隣に居る相手と話を終えているらしい。或いは、俺達と同じ、コンビ同士で隣になったから早く終わったのか。
どちらにしろ、カルスの視線は話し合うラスティアと六番さんに注がれたまま動かない。しかも、どこか居た堪れなさそうな表情。カルスは俺達よりずっと近距離に居るから、ここからでは周囲の会話でかき消されてしまう二人の会話を聞き取る事が出来ているのだろう。…恐らくは、俺の想定を超えてゆったりとした会話を。
「…見てないで、真面目に話でもしていようか」
「まあ、やる事あんま変わんねえし、隣の奴に対する対処で行動変わるかどうか、くらい確認すりゃ終わりだけどな」
実際そうなのだ。今回は両隣の人と協力する事になるけれど、俺達の場合、隣にはレイリがいるので、二人の間でする事は、陣形を崩さないという事さえ徹底すればいつもと変わらないのだから。
とはいえ、普段とは違う動きが、俺にとっては六番さんを手助けする時には生まれてくる。だからそれを擦り合わせ…それもまた、特別おかしな条件が有るわけでもないからすぐに終わってしまう。
しかしその時、再び隊長が声を発し、『静かにするように』と俺達へ指示を出してきた。
「六番、前へ」
「はい」
澱みなく返事をした六番さんが、ラスティアから離れて隊長の元へ行く。実際に特殊部隊の中では緊張していないようだ。
六番さんが隣に立った事を確認した隊長が、再び口を開く。
「今から、六番の特殊技能で、実戦に近い訓練を行う。分からない事も有るとは思うが、一度体の力を抜いて、楽にしていてくれ」
…何をどうやってやるのか、特殊技能とは何か、など疑問はあった。だが、素直に従う。
特殊技能とやらで何をされるのかは少し不安なのだが、悪い事にはならない筈だ。
腰かける人達も多くいるが、隊長がそれを止める事はなかった。むしろ後から『座っても良いぞ』と伝えて来たくらいだ。
「では始める。…いつもの通りにやればいい」
「分かりました。…行きます!」
六番さんの芯の入った声が響き…そして、
「うわ…」
視界に映し出されたのは、空から見下ろした様な山脈の地形と、三頭身ほどに小さくなり、既に隊列を組んでいる俺達の姿。遠くには、敵軍が更に簡略化されて配置されている。
「隊員同士の思考を一纏めに制御、即座に反映しつつ周囲の風景と同化させる…難しい事はさておいて、簡単に言えば、魔術で作り出す幻影を、それぞれの意志で細かく変化させられるという事だ」
簡単に言われても伝わりにくいその術は、実体験によって深い理解を齎した。つまり、視線の先に有る俺を模した人影が、『前進する』という意志を向けることで動いたのだ。
「これから作戦決行まで、完璧に計算された動きを実行するための訓練を行う!危険はないが、気を抜いて行える事ではないぞ!」
後半の文がどうにもおかしいような…しかし、どう直せばいいのか分からなかったのです




