第二十二話:危機
ギルドの中にFランク以上の冒険者が集まるように知らせが出されたのと同時、その時点でギルドの中にいた冒険者たちに対しその発表が行われた。
守人の派遣を要請すると言うことは、決して軽々しく行ってはいけないらしい。逆に言えば、危機的状況は確定されたと言うことだ。
是非とも詳しい情報を聞きたいのだが、先程知らせを伝えにやってきたミディリアさんは、先の宣言と同じ内容のみを書いた分厚い紙を壁に貼り付けた後再びギルドの奥へ戻り、他の構成員たちの姿も少し前から見当たらない。状況の危険性を後悔してはいるのだから、隠していると言うよりも正確な情報を纏めるまでの時間が必要と言うことなのだろう。
「どうしましょうか、レイリさん。このまま待ちますか?」
「う~ん、確かに待ってれば情報も出てきそうなんだけど…時間はかかりそうだよな」
「だけど、今から依頼をこなすのは時間が足りなさそうだし…」
「…ゴブリン討伐くらいなら時間もつぶせるけど、東の森に今行くのはさすがになぁ…」
あれだけの被害者が出てる場所に二人だけで向うのはいくらなんでも無謀だ。
「町の警備も午後を含めてもう始まってるから今更だし…あっ」
一つだけ思いつく事が有ったのだが、今やる事かと言われると少し違う気もしたので口には出さなかったのだが、レイリさんには伝わったらしく、
「そうだな、今行くのはどうかとも思うけど、時間つぶしに町の案内でもしようか」
「…そうですね。町中歩きまわって帰った頃には新しい情報も公開されているとは思いますし、今行かないと…」
「それはいくらなんでも悲観的すぎるだろ…、さっき言った町よりロルナンの方が王都に近い。王国は大陸の南端、王都も国土の南寄りの位置だし、何よりその街は襲われてから守人を派遣させたらしいからな、断然対応が早いよ。…心配しすぎだってば」
そうは言われても実際町が滅んでるなんて話を聞かされるとな…。
「ま、対処が完了しないうちに瘴気汚染体の忌種が動き出さない限り、私たちの仕事は町民の避難の協力…まあ、大規模な護衛依頼だな。何事もなければ避難完了後に高ランク冒険者と守人で大規模な討伐作戦が実行されるって事になってるんだ。今回はまだ焦ってる感じがないし、冷静に対処すれば何とかなるって事だと思うぜっ?」
「それなら、大丈夫でしょうか…」
「結構後ろ向きな考え方だな、タクミは。ほら、行くぞ」
そう言って俺の腕をつかみ立ち上がらせたレイリさんは、俺の背中を押して外へと歩き出した。
「ちょ、押さないでくださいよ、自分で歩きますから」
「おう、じゃあ、さっさと行こうぜ」
冒険者がどんどん増えるギルドの中を出口へと向かう。入ってくる冒険者の方が多いので流れに逆行しているよなものだったが、どうにか外へと出る事に成功。
「それじゃあ、何処に行きますか?」
「そうだな…まあ、町を一周する感覚で行こうぜ。具体的には、港、教会、ガードン伯爵家…この町の領主さまの邸宅の事な。後は、門とか衛兵隊の詰め所とかだな」
「じゃあ、最初は港に行くの?」
「おう、行こうぜ」
歩き出したレイリさんを追いかけて、横に並んで歩く。さっき怪我人を運んだ道と同じだ。違うのは、何も焦る事が無くなったと言うことか。…激動とした一日で、レイリさんと友達になったのも昨日だと言うのに、どこか今までになく日常を感じる気がした。
十数分ほど歩いて港に到着。ここまでは速歩きで来ているので早かった。
目の前に広がるのは海。島の一つも見えず、視界のぎりぎりまで水平線が伸びている。
…俺、この海に浮いてたのか…、パカルさんが漁船に引き揚げてくれなきゃあ目覚める事無く死んでたんだろうな…。
「港はこの町で一番大事な場所かもしれないな。この町は、大港湾町とも呼ばれてるんだけどよ、その名の通り王国で一番でかい港なんだよ。王都に運ばれる水産物のほとんどはこの町でとれてるから、この港が使えなくなると食卓は大ピンチだ」
「それはいけませんね。だったらちゃんと、この町を守らないと」
「思考が引っ張られ続けてるな!次行くぞ」
再び移動。今回は少し町の中の方に戻るらしい。
「ここは聖十神教会のロルナン支局だ。この国に指定された国教とかはないけど、どの宗教が一番信仰されているかって言えばここだろうな。何せ冒険者にも多くの信者がいるくらいだからな。ちなみに本部は大陸東端、クィルサド聖教国にある」
「へえ…でも、国教でもないのに信仰を集めるって凄い事じゃないですか?」
「ああ、この宗教は、凄く、戒律が緩いんだ。…言ってしまえばそれが理由だな。教えも良い物だけど、そこまで経験な奴は冒険者にはめったにいねえし」
「…ええぇ…」
それで良いのか冒険者。それで良いのか聖十神。
まあ、実情は置いておくにしてもすごくきれいな建物だ。地球に有ったら、世界遺産候補とかには余裕で選ばれる感じの。
「ま、ここで集会するのはこんくらいかな。次に行くぜ!」
「え!?もう移動するんですか?中には言ったりはしないんですか?」
「いいよ。お布施お布施って、無言の圧力を加えてくる奴らばっかりだからな、その中にいるのは」
そう言って再び歩き出すレイリさん。今度は腕を掴まれたので、少しバランスを崩しながら歩くことになってしまった。
そしてたどり着いたのはロルナンの西側。町の壁が奥の方へと延び、その屋敷を建てる為だけに用意されたとでも言うかのような丘の上に、また見事な、屋敷と言うよりも小さめの城のような建物が有った。
「ここがガードン伯爵邸だ。建物だけをみるといかにもこう…金が一番で、成金趣味な嫌な奴って感じがするかもしれないけど、今の領主のウェリーザ様は貴族の中では民衆の心がわかるかなり良心的な人だ。
…自己顕示欲は強いんだけどな」
「へ、へええ…」
微妙にコメントに困る紹介だ。まあ、民衆の心が分かるっていうなら悪い人ではないだろうが。
そして、再び移動を開始。今度は町の内部に行くようだ。
「この次は…衛兵隊の詰め所だな。この状況じゃあ勝手に警備に言ってほとんど無人状態かも知んねえけど」
「衛兵隊…クリフトさんが隊長をしているんですよね?」
「ん?なんだ。タクミはクリフトさんの事知ってるのか。う~ん、良い人なんだが、あの人も変な経歴の持ち主でさあ。小さいころに家族で帝国から王国に亡命してきて、帝国からも遠いこの町で暮らし始めたっていうな。
凄いのは、元帝国民だっていうのにこんな大都市の衛兵隊長してるってことか。どんだけ活躍してんだよってな」
「そうだったんですか?それは初めて知りました。戦争状態なのにそんなに出世するって言うのは並々ならぬ苦労が有ったんでしょうね…」
「ま、本人としては気にもしてなさそうな感じなんだけどな…ここだ」
辿り着いたのはギルド程ではないが、大きな建物。しかし、レイリさんの言う通りその中に人影はない。
「良いんですかね?誰かが駆け込んできても助けられないんじゃあ?」
「一応、本当に誰もいないってことはないと思うぞ。多分五人は残ってる。つまり六十人くらいは正義感を暴走させて外壁の上にいると思うが」
「…熱血ですね…」
「ああ、何かあるとすぐに走り出すからな、あいつら。
…大体、二刻くらいは経ったか?」
「え?…二刻と少したったと思います」
「よし、後一か所行こうと思っていた門は、もうある程度知ってるだろうと思ってな。ギルドに戻ろう」
◇◇◇
ギルド内。先程の張り紙の上に、新しく追加されている情報が有る。
『東の森内部において瘴気汚染体の大量発生を確認。守人の派遣を組合に要請した。確認された瘴気汚染体は【小人鬼】、【人喰鬼】。および高濃度の瘴気につられ集まった【人喰鬼】以外の中位忌種の存在も確認。危険度の急激な上昇が認められるため、九日陽一刻より、町民の避難行動を開始する』
「…中位忌種、だと。最悪じゃねえか…」
レイリさんの声に滲む焦燥感が伝わってきたのか、いつの間にか俺の体も強張っていた。
「中位忌種が瘴気汚染されてるのが既に分かってる…って事は、もうかなりギリギリなんじゃないのか?明日で間に合うのかよ…」
「レ、レイリさん?一体?」
俺の困惑した問いかけに対し、レイリさんはあたりを見回し、
「ちょっとこっち、人の少ない場所に来てくれ」
そう言って、売店の中へと向かって行ったので、その後を追う。
売店の中、奥の棚の前で立ち止まったレイリさんは俺に小声で話すように言い、話を始めた。
「タクミ、お前も中位忌種が強いってことくらいは分かってるとは思うが、瘴気汚染体の中に中位忌種がいるって言うのがやばい所なんだ。中位忌種って言うのは、生まれた時からなっているタイプと、成長した低位忌種が変化してなるタイプがある、って言うことを、まず覚えておいてくれ。
そして、東の森の浅い所には中位忌種なんていない。そんな所にFランクなんて送ったら即御陀仏だからな。で、瘴気につられて奥から中位忌種が出て来たっていうのは、悪いニュースではあってもまだましの方だ。最初から中位忌種なら瘴気にも汚染されにくいから、暴走する可能性も少しは低いからだ。
…でも、さっきの張り紙に書いてあった【人喰鬼】って言うのは、【小人鬼】が成長してなる姿なんだ。
と言うことは、瘴気だけで無理やりに【小人鬼】を数年分成長させるような環境になっちまってるんだ」
…危険だ、と言うことは分かるが、レイリさんの伝えようとしている事を全て理解できた気がしない。瘴気によってゴブリンがオーガに変わった。オーガは中位忌種だから危険。…それだけか?いや、違うだろう。
「レイリさん。ゴブリンがオーガに変化するようになった状況の危険性って何ですか?レイリさんの言い方だと変化した事ではなく、変化できるようになった事に恐怖を感じているように思えます」
そう言うと、レイリさんはどこか驚いたような雰囲気になって、
「べ、別に、怖がってる訳じゃねえよ。そう言う事じゃないんだ」
…あまり問い詰めるといけないような感覚がした。少なくとも、友達になってわずか数日で踏み込んではいけない領域なのだろう。話をずらした方がいいだろうな。
かなり慎重の高いレイリさんの目線に合わせる為ほんの少しだけ屈み、話しかける。
「レイリさん。話したくない事が有るなら言わないでください。無理に聴いてしまうのは行けない事ですから。
………………今より親しくなって、隠す必要がなくなったら話してくれれば嬉しいですけど」
………………恥ずかしっ!こんな言葉口に出した経験、多分今までにないぞっ!?
そのうえ、かなり勢いで言ったからレイリさんにとっては余計に厳しい意味合いになったりしてるかも
「…ははっ」
…?笑った?
「ああ、もう分かったよ。だからタクミも落ち着け。冷静に聞こえさせようとしてるけど、実はアタシよりも同様してるだろ?
で、さっき言おうとしてた事なんだが、まあ、なんてことはねえよ。ただ、かなり速く瘴気汚染体の暴走が始まるだろうって話だ」
「え~っと。
………えっ!?」
「町人の避難が明日からって話で、まあ避難開始より後になりそうではあるが…避難中、町の外にいる状態で森から忌種が溢れてきたら、かなり絶望だよな」
「そ、それってかなりやばいんじゃないですか?ギルドに報告しないと」
「いや、ギルドは承知済みだろうな。恐らくは町人をかなり分けて移動させ、一番森に近い位置に護衛の冒険者を集めて迎撃態勢を取る、ってとこだろ。でもそうなってくると、最も安全な町の中から魔術中心で攻め続けるって方針がとれねえ以上、死者の数は半端じゃないだろうなぁ…」
「そんな…」
「とはいっても、絶対にそのタイミングって訳じゃあねえけどな。それに、今この町にいない高ランク冒険者にも召集は掛けられてる。義務制じゃあ無いから強制力は薄いが、ここ出身の奴は飛んで帰ってくるだろうよ」
「それでどうにかなるんでしょうか…?」
「多少はましになるだろうが、まあ大勢に影響はないかもなぁ…」
…絶望的な状況な事に変わりはない、か。
「ま、大丈夫だよ。絶望的な状況だって諦めなきゃあ意外とあっさりハッピーエンドは訪れるんだぜ?…って、これはピンチに陥った兄貴の口癖なんだけどな。それで実際今まで兄妹揃って生き残ってんだから信憑性は高いだろう?」
「………まあ、そんなふうに考えてた方がいいかも知れませんね」
思考が悪い方へ流れているのは感じているのだが、どうにも振り切る事ができない。
俺は一度死んだ。でも、あの時は突発的な感情の動きが原因だった。だから恐怖とかを感じるよりも、後悔とか、そういう感情の割合が大きかった。…そのうえ、今は生き返っている。だから、死んだと言うよりも、言ってしまえば気絶の方が近いような感覚だった。
だからこそ、死人が出ると言われたこの状況に対して恐怖の感情が先走って、どうにか冷静に見せようとしても思考が好転しない。
こうやって俺が生きているのは神の戦争の影響だ。それとは関係ない、この世界の一種の災害とも言える忌種との戦いの中で死んでも、もう次なんて無いのだ。
…それが当然だ。
「…まあ、あれだな。タクミはまだ冒険者になって日も浅いし、命の危機って言われてもピンと来ねえかもな。でもまあ、ほんとに大丈夫なもんだよ。本当に死人ばっかりだったら、毎年新人冒険者が大量に入ってくるなんて事にはなんねえ。うまくやれるさ」
「そう、ですか…」
しかし、そう言われても怖い物は怖い。
そんな俺の態度を見かねたのか、レイリさんは、
「…ああっ!もう!」
そう言い俺の顔を掴んで、自分の目線と合わせた。
「タクミはもう暗い顔すんじゃねえよ!いいかッ!そういう顔してるやつが真っ先に死んで行くんだよ!だから笑ってろ!いつまでも楽しくやってりゃあ行きぬけるんだッ!」
その言葉に込められた、年齢とかけ離れた気迫と重みに、俺は、無理やりに悩みが吹き飛ばされた様な感覚を得て、
「は、……ははっ」
「そうだ!もっと笑え!」
「ははっ…ははは、はははははっ!」
「…それでいい。全く、さっきまでの表情はひどいもんだったぜ?身内に不幸でも有ったのかってレベルだったんだぞ?ビビりかよ。
………でも、それならどうにかなったかな」
「ええ、もう深く考えこまないようにします。……確かに今の気持ちのままでなら、そう簡単に死ねない気がしてますし」
実際の所何かが解決した訳ではない。でも、何だか全てが楽観的な考えに変わった様な感じだ。少なくとも、俺にとっては良い事だったのだろう。胸のつかえがすべて取っ払われた様な、心地よい感覚を得ている。
本当に何も問題ない様な感じだ。
…もしかして、兄妹そろって戦闘狂の気配がするのもそのあたりが原因だったりするのか?本当に似た者兄妹だ。
「よっし。じゃあ、護衛についての確認をしたら、明日に備えてさっさと休もうぜ?
………ああ、あと一つ」
「なんでしょうか?」
「うん。そういうとこだな」
「………え?」
…何だ?どこか変な事でもあったか?
「その感じじゃあわかってないっぽいが…友達ってぇのは、そんな言葉づかいで話す相手か?」
「………………あ」
「タメだよ、タメ。敬語が混じってるとど~もしっくりこねえ。後、やっぱり呼び捨てにしろ。明日からは戦友でも有るんだぜ?そんな相手に下から話されるのも上から話すのも気味が悪ぃ。
ほら、やってみな」
「…レ、レイリ?」
「ぎこちないな…まあ良い、これから敬語混じったり、さん付けしたりするたびに“ぶつ”からな。せいぜいがんばれ」
「ええ…」
「ほら、ギルドの構成員どもに確認取りに行くぞ!やっと出てきやがったからな」
「ああ、待って下さいよレイリさん!」
「言ってるそばから!」
腹に良いのを二発もらった。
これから一章最後までは展開のスピードアップをしていきます。




