閑話三:『ソウヴォーダ商会の発展を祝って、万歳三唱!万歳!万歳!』
『万――ッ歳!』
「商会の歴史に、また一行!」
「俺達の商会は永遠だ――ッ!」
「…いくらなんでも騒がしすぎるだろ」
周囲の喧騒に肩を落としながらそう呟いたのは、ソウヴォーダ商会会長リィヴ・ハルジィル。
彼を中心にして騒ぐ彼等は、宴会の真っ最中なのだ。
「いえ、実際の所、これは大きな一歩だと言えるでしょう。会長にとっては、歯がゆく思う所も有ったかもしれませんが…」
「いや。…これも言い飽きてきた言葉だが、僕自身に商才はない。この成功も、『あの蜘蛛』を融通してもらった事と、君の立場が有ってこそだよ。ローヴキィ」
リィヴが素直な気持ちで放った言葉を、ローヴキィは謙遜として受け止めた。
ローヴキィは思う。
(商才が無いのならば、あなたが私を隠して行った商談は、きっと成立しなかったのです。そして、あなたの才能は、単純な商才だけではなく、…言うなれば、そう、出会いの)
だが、その思考は途中で打ち切られる事となった。理由は単純。
――宴会が始まってからそう時間が立っていないというのに、酩酊した一部の商会員達が二人の元へ絡みに来たからである。
「会長!会長飲みましょう会長!素面で立たれちゃ、つまらなーい!」
「フォルト…!お前、『俺達は取り仕切る側ですから、多少は自制心を持たなければいけませんね』とか言っていただろう!?何故誰より早く泥酔して…!」
「まさかとは思いますが、そこの小樽の中身は既に…?」
『空でーす!』
自分たちの商会員が完璧に羽目をはずしている惨状に、思わず閉口してしまうリィヴとローヴキィ。そんな二人の思いに気付かず、部下達は好き勝手に飲み、食い、騒いでいる。
幸いだったのは、彼等が商会そのもの以外に対して被害を与える可能性が無いという事だろう。何か月もの間彼ら彼女らと過ごしてきたリィヴは、近所の酒場と料理や、双方から食事を取り寄せて、商会の一室へと運びいれていたのだ。これにより、部下達が想定以上に料理を注文する等、損害を出してしまう可能性も最低限に抑えられただろう。
これでは余計に酔えないな、とリィヴが小さく嘆息した。
◇◇◇
「結局、飲まされてしまったか…」
頭痛に耐えるように頭を押さえながら、リィヴは階段を下りた。
宴会の翌日とはいえ、仕事はある。会長が二日酔い、ましてや酒臭いなどという事態は商会の信用を貶めてあまりある失態だ。部下達に無理やり酒を飲まされた時にはそれを恐れてかなり飲酒量を押さえていたリィヴだったが、完璧に頭痛を消す事は出来なかったようだ。
「とはいえ、今日の仕事は、陽四刻以降…二刻有るのなら、大丈夫だろう」
そう呟きながら廊下を歩いていたリィヴの目に入ったのは、昨晩の宴会会場として利用された会議室の惨状。
酒樽が転がり、料理の汁が垂れ、泥酔したまま寝込んでしまったのか数人の商会員達が倒れ…何より、部屋そのものに酒精の香りが染みついてしまっていた。
絶句するリィヴを余所に、商会員の一人がもぞもぞと動き出し…顔を上げた。リィヴと視線を交差させた商会員の名はフォルト。まだ小さな商会の中ではあるが、支店長という立場の男である。
フォルトはリィヴの顔を見つめ、呆けた顔のまま、視線を上下左右に揺らし…再び固まる。その顔は酔いを忘れたように青ざめていた。
「…僕は、言ったよな?『先に上がるが、くれぐれも部屋は綺麗にしておく事』と…だと言うのにこの惨状はァ!フォルトォ!」
「落ち付けってリィヴ!まだ間に合う!まだ間に合わせられるから!もともと匂いの残りにくい物を選んだんだから行けるって!」
激情に揺り動かされるように、商会を発足させるよりも前、砦の建設現場で寝食を共にしていた時の様な会話を広げていると、騒ぎを聴きつけてきたらしいローヴキィをはじめとした女性商会員達もそこへ訪れた。
「これは…」
「これは酷い」
「昨夜の『後の事は俺達に任せて、女衆は早く寝ていいんだぜ』って言葉でちょっと見直してたのに…やっぱりこれじゃ」
一人の女性会員の呟きにひっそりとフォルトの心がひび割れる。だがそんな事は知ったこっちゃないとばかりにリィヴがフォルトをはじめ、眠りに落ちた四人の商会員を起こす。
「って、お前以外は全員あの村からの…お前達は酒に弱いだろう!何故無理して飲んだ!」
「フォルトが飲ませてましたよ?」
「ひぃッ!皆だって飲め飲めって言ってたじゃないか!」
周囲の商会員達から一様に視線を逸らされたフォルトの心が更にひび割れる。しかし、そんな彼の心を救ったのは、彼の親友にして上司、リィヴ・ハルジィルその人だった。
「どちらにしても、最後まで片付けずに立ち去った時点で全員同罪だな。勿論、僕も含めて。
だから、急いで片付けるぞ。…この三人は別の所で休ませてやれ」
寝込む、白髪に色素の薄い肌をした男たちを、同じような見た目の女たちが何処かへと運びだして行く。
そうしている間にも部屋のかたずけはてきぱきと行われ、結果的には数十分ほどでかたずけは終わった。…少々強めの香りを放つ花を飾ることで酒の匂いを誤魔化してもいたが。
とはいえ、この部屋そのものを絶対に今日の仕事で使うと言う訳ではないのだ。このような不測の事態が発生する可能性はリィヴ達も予測していたのだから。…だが、急に来客が続いた場合は、そこまで部屋に余りが有るわけでもないこの建物では、ある程度の広さが有るここに招き入れるしかないのだが。
そうこうしている内に、約束の時刻も近付いて来る。リィヴはローヴキィに、念のため、仕事内容の確認を行った。
「聖騎兵団…聖教国軍の武装開発者が、在庫を受け取りに来るんだったな」
――つまり、軍隊との大規模な取引の成功が、昨夜の宴会が開かれた理由なのだ。
「はい。加工済みの各種『糸』装備は余分を含めて発注済み、個数確認も終え、今は共同倉庫に」
「そうか…」
リィヴは、ローヴキィに気がつかれないように深呼吸し、口を開いた。
「まあ、何だ…そう言われるのをあまり喜ばない事は分かっているが、…ローヴキィ。本当に助かった」
「…ですから、それは言わない約束です。私はただ、ここに勤める一従業員として、会長の手伝いをしていただけですよ」
自分でも分かっているだろう無理な言い分に、リィヴは苦笑する。
こと聖教国内において、パコールノスチ家の権力は絶大どころの話ではない。聖十神教の教義を法とし、治世、経済、そのほとんどが健常にも程が有るこの国内では、パコールノスチ家もやはり健常なのだが…そもそも国内経済の六割以上を一家とその組織だけで回している事が異常ではあるのだ。
そして、若くしてその当主となったうえ何故かその座を狙う者の現れない彼女の権力は、やはり国内でも既に有数…彼女が矢面に立たずとも、この商会に対して不都合な事が起こす勢力は、リィヴにはとても記憶になかった。
――一方、ローヴキィにとってそれは違うのだ。
パコールノスチ家の勢力は絶大。自らも聖十神教の教義に思う所のない以上、国内での立場が悪化する事はない。相手の思考が分かる事で、自らに逆らおうとする者がいない事も分かっている…が、同時に、彼女としても何も考えず全て上手くいくような環境は望む物では無かった。
故に、ソウヴォーダ商会との取引においては自らが前に立たない事を先に宣言、気遣いなしに、他の商会と行う取引と同等に対処しろ――そう伝えていたし、それに従う者達に嘘が無い事も見抜いていた。
リィヴに溢れんばかりの商才が有る――訳ではないという事は、少し過ごしていれば分かってきた。彼に有るのは、あくまでも常人より少し多い程度の商才。それも、元から商売の荒波をかき分けて進んできた者達からすれば小さなもの。だがしかし、彼女が引かれる才能は有ったのだ。
「そうですね、私の口から話す事でもない、と思っていたのですが…貴方には、きっと、人を引き付ける…いえ、人と出会う才能が有るのでしょう。貴方と良いつながりを持てる人と」
「…本気で言っているのか?それは…」
今朝の惨状、自らをこき使ってきた要塞建設現場の発注者たち、そして何より、義父と義兄の事を思い出して、リィヴは微妙な気分になった。
「…おや、お客人がいらっしゃったようですね。私はここで、下がっておきます」
「分かった。…これからも、秘書として、末永く頼むぞ」
『言いたかったのはそれだけだ』。部屋から出ていくローヴキィの背へ向けて放たれた言葉を受け、ローヴキィは、久方ぶりに感情を隠せていない自分に気がついた。…具体的に言えば、頬の緩みが抑えられない。
曲がり角から客人――理知的な顔つきでありながら屈強な体つきの軍人――を連れてきた女性商会員が息をのみ、軍人から怪訝な顔を向けられていたことを申し訳なく思いつつ、ローヴキィは自室へ隠れ、一息ついた。
「…いけませんね、これでは」
机へ突っ伏し、小さく呻く。
つい先日隠居した父が、何故自分を儲ける事が出来たのか――何故母を好いたのか。
「内心までが好みでは、否定する事なんて、出来る訳が有りません…」
数度自覚しつつ、しかし否定せず押さえ続けた感情は、いよいよ溢れかけていた。
しかし、ずっとそうしている訳にはいかない。自らの家で手を回している別件についても、彼女は考えなければいけないから。
「……さて、人類の防衛拠点に適した立地とは、一体何処でしょうね」
◇◇◇
「…という事は、そのまま戦場へと向かうのですか?」
「ああ。王国からの救援要請に、聖教国としても様々な理由から応えざるを得ない…今回に関しては、むしろ本望であるとすら言えるだろうが」
男の言葉に、リィヴは噂として聞いていた、『帝国が『禁忌』に抵触、その力で軍隊を動かしている』という噂を思い出していた。
「鎧の方はともかく、剣等の武装に関しては少し癖も有ります。正式な契約を結んだ後だから口をわりますが、どれだけ根をつめても数週間は訓練が必要なのでは…?」
「先んじて届いた武装で訓練している部隊がいる。今回の援軍であの剣と鎧を使うのはその部隊だけだ」
「…成程」
「不思議な技術だが、有用性は高く評価している。貴商会の発展、我々としても願っているぞ」
「感謝いたします。これからも、ご贔屓よろしくお願いします」
最後には典型的な世辞を言いあって、送り出す。
「…帝国軍の侵攻か。王国の状況はいまいちわからないしな…無事なんだろうか」
リィヴは窓から西を見つめ、頭を振って自分の仕事を再開した。
「まだ陽が沈むには早い…やれるだけの事は全てやり遂げよう」




