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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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閑話二:進化する蜘蛛と漢の成長

「あ、ありがとうございます!貴女はこの村の恩人です!」

「いえ、そのようにへりくだらずとも良いのです。私は私で、やらなければならない事を遂げたまでの事……向かうべき場所も有りますから、向かわせてもらいます。

 この村の周辺は既に危険地域、もっと大きな町へ避難するというのなら、広い道に出るまでは私が護衛をする事も可能ですが?」

「本当ですか!?……半刻お待ちを!村の者全て連れてまいります!」


 噂を聴きつけて『レイラルド王国』と『ミレニア帝国』の二国間で行われている戦場へ向かうのは良いが――神を自称する『アリュ―シャ』の言葉にどうやら嘘はないらしい。


「忌種の増加…確かなようね。私も、あまり一人で動くべきではない」


 そう考えてあの子たち(・・・・・)の数を大幅に増やして人里へと下りてきたのに、そこでもやはり忌種が溢れているのだから困った物だ。

 冒険者という職を得ている以上、奴等を狩る事は財産を増やし、自らの生活を容易い物とする事にもつながる以上、決して忌避感情を抱くものではないのだが――このままでは、『忌種に襲われる人間』の姿ばかりを知ってしまう。

 今や私は主の想定を超えて人間として在る。入手した情報の偏りは、自らの主観で埋める事も可能だが…やはり身についた性だろうか、偏りなく情報を得たいと思ってしまうのは。


「とはいえ、ただでさえ戦時中、その上忌種も増加しているとなれば、平時と同じ精神状態を保っている物の数も少ないかもしれないわね。焦りすぎない方がいいのかしら」


 今も村の周囲を駆け回り、忌種を捜索している筈の子たちへと意識を飛ばす。あの子たちも最近は、一種の生物が数百、数千年の時を掛けて遂げる進化を数百倍の速度で行っているかのように変化している。原型が私の名と同じ蜘蛛(・・)である事に変わりはないけれど、…狩猟に特化する者、糸の生産に特化する者、更には疑似的なものではあっても人間が使う魔術に近い現象を引き起こすもの…私が意識的に変化を求めたわけでもないのに、この変貌ぶり。あの子たちもすっかり生物として在るよう。


「村民集合いたしました!迷惑おかけしますが、よろしくお願いします!」

「…随分と早かったのですね。それに、家財道具もほとんど持ちだしていないように見えますが?」

「それで退避が遅れて命を落とせば元も子も有りませぬ。それに、物を増やして行動が遅くなるのは、貴女様にとっても不都合な事でしょうし…」

「構いません。この村にも馬車が有るでしょう。動けない物を乗せた分の余りには、馬が音を上げない程度の道具を詰め込めばいいですし、積み込めなかった物も必要とあれば私が魔術で運搬します。さあ!」

「は、…ははぁッ!お見それしました!皆、後の生活に困らないだけの財を運ぶのだ!」


 この村の首長であるらしき男には『魔術』と言って見せたが、あの子たちに運搬させるだけの事だ。数も力も増えた今となっては、忌種と戦いながら村人たちの荷物を運ぶことくらいはどうという事もない。

 電波ではない、念波とでも呼ぶべき何かであの子たちを集め、案の定馬車には収まりきらなかった荷物を糸でくるませ、運ばせる。多少雑に扱おうとも、糸の柔軟性が衝撃を吸収してくれる筈。


「それでは、お願いいたします。…はっ!」

「…どうしました?」

「い、いえ、その…失礼ながら、あなた様の御名前を拝聴していないと気がつきまして。遅くなりましたが、御名前を…はっ!儂の名はロイゾ・フォクンでございます」

「私の名は蜘…トフター・スピナーです」


 『蜘蛛娘』と言いそうになったのを止め、大陸で過ごす間に決めた名を名乗る。

 この名もまた、主がつけた『蜘蛛』という言葉を他の言語の読みで発音しただけの家名に、これまた『娘』という名を同じ方法でつけただけの物だが…流石に少しずれた物にもなっているから、違和感を拭えない。


「それでは、トフター様…我々の命、お預けします。主要街道と合流するまで、一人でも多くの命を救うためならば、我々男週の命を使ってくれて構いません」

「そうですか…問題ないとは思いますが、あなた方がこの村における戦士職だというのならば、場合によってはそうさせてもらいます」


 とはいえ、私の前に並んでいるのは高齢か、或いはまだ年若すぎる男たちである。今この国は戦時中なのだから徴兵されて、程良い年頃の男はいなかったのだろう。全く以って運が悪い…いや、結果的には人的被害なしで切り抜ける事も出来ているのだから幸運なのだろうか?

 ――そもそも『運』などというものの話をしていると疲れてしまうと言うのに、私は一体何をしているのか。

 村人たちを連れて街道へと向かい始めて四時間…四刻。馬車が速度を出せない立地の悪さと襲いかかる忌種の多さで、本来なら健康体の男性が一刻で抜けられる山に、これだけの時間を掛けてしまった。

 ともあれ、ここまで来られればあと少し。どうにか人的・物的被害皆無のままに避難を完了させる事ができそうだ――そう思ったのも束の間。

 後方、山の中にまだ残していたうちの一匹が潰された。小型、偵察の為に動く戦闘能力が弱い個体ではあるが、何を発見したのかの情報を私へ送る前に死んでしまうというのは尋常ではない。

 ――隠蔽性の高い忌種か、或いは遠距離攻撃を可能としているのか…そうでなければ、単純な高速移動か。


「来ましたね」


 茂みが揺れ動くと同時、飛び出してくる影が有る。…初めて見る忌種。名も分からないが、端的に表現すれば角を生やした猛禽類だ。

 連続して飛び出した影は僅かに浮上、切り返すように急降下して村人たちに襲いかかる。

 すると、村人たちの頭上に張っていた網に上手く引っ掛かった。


「うわぁ!…あ?」


 不思議そうに頭上を見上げるのは年若い戦士職の男。自分へと飛びかかってきたように見えた忌種が頭上で止まった事が不思議だったようだ。

 その頃には既に走り寄って来た子たちによって忌種の体は糸で包まれ、それぞれが一匹ずつを何処かへと運んで行く。上手く糸に分解してため込むのだろうし、…場合によっては飛べる子が現れるかもしれない。この子たちの成長には、仕留めた獲物が関わっているとも思えたから。

 しかし、あれだけ鬱蒼とした茂みを高速で飛びまわれるとは…あっさりと仕留めてしまったけれど、もしかして忌種としてはかなり強力な者だったのかしら?


「おや、また…」


 また、私を中心として円のように広がる子たちのうち、離れた所に居た子が危険信号を発した。と言っても、今回は潰される前に逃げてきたようだが。

 しかし、その視覚に映るのは人間だった。…忌種と間違えられているらしい。度々こういう事が有ったのだが、見分けはつかないものだろうか?…いや、つかないのだろう。彼等にとって、見覚えのない生き物は忌種なのだ。

 巨大な剣を無造作に振るい下ろした男は、それが空を切ったことでわずかに瞠目したようだ。そこに居た子は非常に小柄。容易く狩れると思っていたのだろう。

 男の服装はこの国の兵隊の物ではない。ならば冒険者だろう。筋骨隆々と呼ぶしか無い肉体で以って、逃げる子を追って私達の方へと向かってくる。その速度は想定より早い――潰された。


「はぁ…」

「ど、どうかなさいましたか!?」


 心なしか先ほどよりも腰が低くなっている首長の言葉を無視しつつ、道を進む。

 もうすぐ森を抜ける。そうすれば、先程の男や、その後方に控えていた大規模な馬車隊とも合流出来るだろう。あえて男の周囲であの子たちに気配を発するような動きをさせながら、私は村人たちに少し足を速めさせようと決めた。


◇◇◇


「すまなかった!」


 そう言って深々と頭を下げたのは、先程、偵察に放っていた子を仕留めた冒険者だ。

 顔を合わせた直後は私が蜘蛛を操っている事も有って警戒していたようだが、誤解はすぐに解け、彼の方から謝ってきたのだ。冒険者の中でもかなり礼儀正しい方だと言える。

 現在は彼と共に居た馬車隊に村人を助けてもらうと同時、私自身も彼が乗っている馬車で、冒険者ギルドの職員や他の冒険者と共に、近くの町へと移動している。


「いえ、先程も伝えた通り、あの子たちはまたいくらでも生まれてくるのです。貴方が気にする必要はありませんね」

「そうか…いやしかし、素晴らしい魔術だな。たった一人であれだけ多種多様な蜘蛛を生みだし、働かせ、村人全員守ってこの山を抜けるっつうのは」


 正直に『魔術では無い』というよりはましだが、しかしこうしてある程度の知識が有る人間に見られれば充分異様な物として見られてしまうのが、あの子たちの欠点だ。魔術士そのものが有り触れているから排斥などを受けたりはしないが、…好意的に扱われ過ぎて組織なり派閥なりに取り込もうとする動きが有るのは煩わしい。


「ま、こっちも色々あって遠出してたら忌種が急増、てんやわんやしつつ町から外れた村人を助けてる所だったからな…中でもあんたが連れてきた村人たちの所は山の奥にも程が有って、もう壊滅してるんじゃねえかって思ってた所だったんだよ。助かったぜ」

「…という事は、この馬車隊の多くは」

「助けてきた村人だ」


 成程、私が連れてきた村人達が渋られる事も無く速やかに馬車隊へと組みいれられたのは、そもそもの目的と合致していたからか。

 私が納得していると、ふいに目の前の冒険者が立ちあがった。


「また来てんな…そんじゃ、冒険者らしく倒しに行くとしますか」


 男の言う通り、馬車の屋根で光を屈折させる糸を使って姿を隠していた子たちに外を覗かせれば、近くの森から忌種が溢れ抱いているのが分かった。


「成程。それでは私も行きましょうか」


 私がそう言うと、立ちあがった男は顎のあたりを何度か掻いてから、気まずそうに言った。


「あ―…一応、この馬車隊を守りきるってのが試験内容だからな。あんたの好意はありがたいが、遠慮してもらえると助かる」

「いや――もう十分だろう。儂の想定以上に人も増えた。儂自身も力を貸そう」


 と、馬車の奥に腰を下ろしていた冒険者らしき老年の男が立ちあがり、そう言った。

 それを聴いた途端、意気揚々と忌種を倒そうとしていた男の表情が一変、唐突に間の抜けたものとなり、体も硬直した。


「…ま、まさか、それはつまり――!」

「正式な発表は帰還してからだぞ、ボルゾフ」


 老年の男の言葉に冒険者――ボルゾフは、大きく両腕を掲げ、次の瞬間には喜び勇んで馬車の外へと躍り出る。

 こちらや老年の男の力など借りず、数分で無数の忌種を殲滅してしまった。


「――オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ボルゾフがいつ終わるかも分からないほど高らかに叫んでいる姿を見つつ、私は内心で、彼等がいれば私が必死に動く必要はないだろうなと考えていた。

 …不審だったのは、老年の男が見定めるようにこちらを見ている事だが。

 まあ、逃げようと思えば逃げられるでしょう。あの子たちは何時でも動かせるのだから。


今まで指摘されなかったのが不思議なくらい酷いミスを発見、修正しました。

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