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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第三十一話:脱出

 要塞都市の入り口付近で戦うエリクスさん達に合流し、魔力の残量を考えつつ攻撃を重ねて、十数分。


「――――急げ急げ急げぇッ!」


 ――俺達は一様に都市から背を向け、谷間を超高速で飛びぬけようとしていた。


「ぎりぎりまで引きつけるっつっても限度が有るだろうが!ざっけんな!」

「我々とて命がけなのだ!文句ならば上層部へと告げてくれ!組織の外である冒険者なら可能のはず!」


 どこかからエリクスさんと王国の魔術士(魔術官?)の言い争う声が聞こえてきたが、正直それに何か反応などしていられなかった。


「これは想像していなかった――!」


 何故俺達がこうして退避しているのかと言えば、それは勿論、王国軍の退避がほとんど終了したことによって、王国の司令部から『魔法陣に効力を与えるので即刻退避』と言う命令が発せられたと、その場の指揮官格である軍人が俺達に伝えたからだ。どうやら魔術による通信を行ったらしい。

 『即刻』という言葉に過剰なほど力を込めて伝えてきた軍人の様子に、俺達は一切の疑問など発さず、元々の予定通りに全力で加速して山脈の間を抜けて行った。その間も帝国軍から攻撃を受け、数名はその餌食になってしまったが、それでもほとんどの人が、突然の交代に追いつけない帝国軍を振り切って谷間へと突入したのだ。

 帝国軍も追いかけては来ていたが、平均的な加速時間が同じだとすれば、最初に加速した俺達が先を行くのは当然の事だった。俺達は彼等との距離が縮まっていないかを確認しつつ、自分に出来る限りの加速を施して、谷の中腹を超えた。

 そして、魔法陣の効力が発動したのだ。

 ――山脈の両端が、谷を塞ぐように迫ってくるという形で。

 昔見たマンガかテレビか、その中で描かれていた、自分が通る廊下の壁が急速に狭まり、挟まれるという状況。これはそれに、とんでもない質量を付加した物と言えた。

 一度は、上空へと逃れようと思った。完全に逃れようと思えば、場合によっては抜け出すのと同じくらいに時間のかかる距離が有るかもしれないとも思ったが、この山脈はそもそもこの谷間が端に当たる部分であり、その標高は一度周囲の平原と同じ物になっている。となれば、下部から少しずつぶつかり合って行く筈であり、そうなれば多少は速度も落ちるはずだと。

 だがしかし、そうは問屋がおろさないとばかりに山は俺達の逃げ道をふさいだ。具体的に言えば、両端の山脈に何本も植えられた『特別太い木』を柱とするように周辺の植物や土砂が盛り上がり、山脈の中でもかなり高い峰の標高と同じくらいの高さにまで直角の壁を作り出しているのだ。

 まさかあの魔法陣が、あれほど広範囲に効果を及ぼす物だったとは――などと考えていた俺は、魔力が随分と心許無い事になっていると気がつく。


「掴まっとけ!そろそろ限界も近いだろ?何か起こらないとも限らねえんだからな」

「…そうだね、お願いレイリ」

「よっし、任せろ」


 レイリに横抱き(・・・)に抱えられ、『飛翔』とは違った振動の伴う加速を体感する。レイリも全力で加速しているため、いつもよりも激しい震動を受けている。勿論、この状況で振動に配慮しろなどと言うつもりは毛頭ない。ただ、周りの状況が少し分かり辛いというのは事実だった。


「…クッソ!ちゃんと間に合うのかよこれ!」


 俺を抱えても、レイリの速度は一切落ちず、むしろ徐々に加速している様な節さえあった。

 だがそれは、レイリ自身の余裕が有ることを示すものではなかった。むしろ、彼女の焦りが滲みでた結果と言えるだろう――それほどまでに壁の接近は早く、そして速かった。最早ただ押されているのではなく、植物の集合体が根を足にしてこちらへ駆けているようですらある。

 先程と比べれば、その壁の終わりまでは随分と短い道のりになったが、しかしそれでも脱出できるかは怪しい…ぎりぎりの所で間に合わない目算の方が、わずかに大きいか。


「どうする?押し潰されたらまずいけど…あくまでも木や石だから、魔術で壊せないって訳ではない筈」

「つっても一瞬で次の石に潰されんのが目に見えてんぞ…」


 レイリの言う通り、例えば、『風刃』で目の前に現れた木や石を切り裂いたとしても、その直後に側面から潰されてしまうのは間違いないだろう。即死を免れたとしても、山脈同士の激突だ。耐えきることなど出来る訳が無い。

 必死に対策を練る間にも、非情に感じられるほどの速度で木々と土砂の壁は迫ってくる。

 必要なのは、潰されることなく外へと抜けられるだけの隙間を確保する方法。谷間の道自体は消滅するのだから、俺達が抜ける程度の隙間が生まれる事に問題は無い筈だから、そのくらいのことに躊躇する理由などは無い。

 だが、肝心な方法を上手く思いつけない。一瞬道を開くだけならば出来ない事は無い。山脈同士の接近速度は変わらないのだから、『重風刃』を時間通りに使えば、山脈の外まで飛び出して行くだろう。一瞬だけ。

 …常に俺達の周囲に空間を作るための手段を思い描けない。相手にするのが二つの山ともなれば、即興で新たな魔術を作ったり応用するのにも無理がある。


「どうすれば…」


 先頭はそろそろ谷を抜けそうだ。その少し後ろに続くエリクスさん達も、谷が閉じるまでには抜けるだろう。…だが、俺達が外へ抜ける直前で、谷は完全に閉じてしまうだろう。

 俺達は決して最後尾ではない。俺達が抜けられない以上、後ろへ続く数名もまた、抜ける事は出来ないだろう。


「今は、アタシ達自身の事を考えとけ…この状況で余所にまで気ぃ割いたら、可能性なんて全部吹っ飛ぶぜ」

「…ごめん。またレイリに言わせたよね」

「ま、まだそれでいいだろ。…しっかし、困ったな。何やっても潰されそうだろ、これ」

「激突まで五十秒…ここを抜けるまでには、一分はいる、かな。レイリはとっくに最高速でしょ?」

「おう。…タクミの方の魔力で、加速したりは出来ねえか?」

「出来なくはない。『飛翔』じゃあレイリごと送らせるだけだろうけど、単純に加速するだけなら、そんな魔術を作る事も出来るとは思う。

 でも、それだけじゃあレイリと同じくらいの速度しか出せない。自分でつけてない勢いに押されながら雷然で加速…って言うのは、流石に難しいでしょ?」


 高速で進む乗物から、その進路へ沿うように飛び降りて駆けだしたとしても、乗り物より早く動ける訳ではない。それどころか、たちどころに体の均衡を崩して転倒してしまうのは目に見えている。

 レイリも同じような事を想像したのか、難しげに顔を歪めた。

 だが。


「…んな事言って何もしなけりゃ、それこそ即死だ。駄目かもしんねぇけど、やらなきゃどうにもなんねえ!」


 エリクスさん達はどうやらもう谷を抜けたようだ。こちらの事を呼んでいるのが大きく腕を振る動きで分かる。

 …悩めるのは精々後二十秒。そこで行動を起こさなければ、どちらにしたって死、あるのみ。


「レイリは俺が『風刃』を使ったとして、雷然ではじいたりできる?」

「そんな器用な事出来る訳ねえだろこんな時に!精々避けるのが限界だし、タクミがこの距離に居るんじゃ無理だっつの!」

「…こんな時じゃなかったら出来る?」

「…まあ、空気そのものが個別に動いてる感じが有るから、それを加速して別方向に飛ばす、とかは出来ると思うぞ」

「…じゃあ、俺を抱えてない状態なら、どう?」

「…そう何回もは無理だ。でも、二、三回だけ、方向も大雑把なら、行ける」

「じゃあ、…これならどうだろう」


 レイリに説明し終えたのは、猶予の二十秒が、残り僅か七秒になった時。


「分かった。それで良いぜ」

「正直、勝算は薄いけど…」

「失敗しても若干可能性が有るならこっちの方がまだマシだろ?…やるぞ!」

「――『重風刃』!」


 いよいよ目前と迫った俺達の進行方向左側に有る壁の内側(・・)、に有った木々と根によって作られた空気が溜まった空間に『重風刃』を発生させ、レイリと俺の進行方向へと飛ばす。

 木々と土砂を撒き散らしながら――その密度を減らしながら――飛んできた『重風刃』は、普段より多くの埃や木屑を纏っており、ほとんど可視状態だった。それをレイリは加速した状態のまま手を伸ばし、その下方表面に触れ…反対側、右前方の壁へと飛ばす。。

 再び壁へと炸裂して破片を撒き散らすのを確認するより早く、次の『重風刃』を飛ばす。レイリも同じように対処、再び、俺達の前方には少しずつ広がった道が現れ始めた。

 だがしかし、それも俺達が脱出する前には両端から押しつぶされそうな細い道でしかない。レイリは難しいと言っていたが、最低でも四度、出来れば五度、同じ事に挑戦しなければ。

 などと考えている俺自身、既にとんでもない集中力で魔術を使用していた。『重風刃』を使うには集中力もいるし、『風刃』よりも魔力消費が大きい。『飛翔』と並行使用している現状、うっかりどちらかの魔術を失敗してしまったら大惨事確定だ。


「『重風刃』!」

「ま、かせろっ!」


 威勢よくそう言うが、レイリから余裕が失われつつあるのはいよいよ明確だった。四度目が上手くいくかは分からない。失敗すれば、それは、俺自身の手で彼女を傷つけることに他ならない。


「来いッ!」

「――頼んだッ『重風刃』!」


 四度目。レイリの元へ、壁と、その残骸を斬り飛ばしながら迫る刃に、今までと同じようにレイリは手を伸ばし、方向を変え――僅かに手を切る。しかし、それは恐れていた事よりもずっと小さな傷だった。

 前を見る。いつの間にか、谷の終わりはすぐそこ――そして壁も、すぐそこに迫っていた。


「タクミ、最後だ!もう前に打つだけで行けるだろ!」

「わ、かった!『重風刃』!」


 もう限界がすぐそこにまで迫った魔力を振り絞りながら起句を唱える。すると、俺の求め通りに刃は出現、加速し――想定以上の速度で離れて行った。


「…え」


 違う。俺が減速した…『飛翔』に失敗した!?

 落ちる。地面はもうすぐそこ。落ちれば、推進力は全く無くなるだろう。

 魔力ならまだある。『飛翔』だけではなく、もう一度『重風刃』を打てるだけの物が。

 …だが、時間が足りない。減速した状態から再び最高速度へと持って行き、壁を脱出するための時間は…追加の『重風刃』一度じゃ賄いきれない!

 着々と閉ざされていく壁の隙間を見る。もう届かない。『道が太くなるから、もし間に合わなくても潰されるまでに少しだけ時間が出来る』…なけなしの安全策も、これでは意味が無い。

 もう終わりか――地面へ転がりながら叩きつけられて、そんな諦観を抱く。

 その時だ。


「――諦めてんじゃねえタクミッ!」


 想像よりもずっと近くで、その声が聞こえたのは。

 全力で体を立ち上がらせ、その声がした方向を見る。


「…行かなかったの?」

「当たり前だ。何でアタシがタクミを放って逃げるん…こんな話してる場合じゃねえ、逃げるぞ馬鹿!」


 レイリはそう言って俺に手を差し伸べる。

 ――彼女にとっては理不尽だろうが、少しだけ言いたい事が有った。だがそんな時間はない…谷は閉じた。俺達が今いるこの道も、今にも押しつぶされそうな不吉な音を発している。

 レイリの手を取って、その道の端まで加速を受けながら急ぎ…それでも、もう間に合わないだろうと感じた。

 谷の出口に張った木と土砂の壁は、『重風刃』で壊せない事もない。だがしかし、周囲の壁が俺達の脱出を許さないのはもう確定事項――。


「アタシもさ、シュリ―フィアさんに教えてもらった事、有んだよ」

「え?」

「雷然使ってる時、怒ってたりするといつもより物が速く動いたりする感じがしてたから、何でなのかって」


 加速しながら壁へと走り続けるレイリが語る内容は、いまいちわからなかった。…何が伝えたい?何故、今そんな話を…。


「そしたらさ、言ってたんだよ。『魔術についての話だが、感情で出力が上下する事はある』って。…言いたい事は分かるか?」

「…えっと、もしかして」

「感情で魔術の威力あげて壁ブチ抜けぇ!タクミなら出来る!死にたくねぇだろ!?」


 無茶苦茶な事を言い出すレイリの声には、僅かな悲壮感が漂っていた。自分でも滅茶苦茶な事を言っていると分かっているのだろう。

 だが――俺なら出来ると言ってくれたのだ、それを裏切ってレイリ諸共死ぬなんて事、出来る訳が無い!

 死にたくない!生きたい!何でこんな所で山に挟まれて死ななきゃいけないんだ!

 生存欲求と怒りの混ざった様な感情が渦巻く。普段は(いだ)かないほど大きな感情の揺れ動きだと思うが…しかし、これで足りるという確信はまるでなかった。

 最早一刻の猶予もない状況の中、さらに感情を爆発させるための力になる事を探す。

 ――なら、今は、レイリの事しかないだろう。

 本当はこの時点で壁の外に逃げる事が出来ていただろうに、俺の事を助けに来てくれただけでなく、俺に脱出の為の方法を一任してくれた――そうやって信頼を明確な形として見せてくれる彼女の事を、どうして裏切る事が出来る?どうして死なせられる?

 そして何より、彼女の信頼に応えられないで――どうして彼女のコンビでいられるなどと思えるのかッ!


「『(じゅう)――」


 この空間に残された空気、その全てが蠢動する気配を感じる。自らの魔力、その全てを消し飛ばす勢いで呼び起こす事象を想起する。

 上手く制御は出来ないかもしれない。だがしかし、目の前の壁を、俺達へと接近する部分の壁ごと吹き飛ばす事が出来る程の威力が生まれているという事だけは、確信が有った。


「――(ふう)(じん)』ッッ!!」

「追加ぁぁぁぁあッ!」


 俺達の体を包む空気は丁度、剣の峰となった――つまりは、完全に周囲の空気全てが刃となった。そして、体全てを引き伸ばされるかのような加速を以って動き出す。

 更にはレイリが、叫び声と共に俺達を乗せた『重風刃』その物を全力で加速、最早周囲の景色がどうなっているのかすら分からないほどのとんでもない加速が始まり――。


「――ギィヤァァァァッ!?」


 日の光と共に、聞き覚えのある叫び声を聴いた。

 周囲にはまだ、巻き上げた土砂や木が飛んでいて、正確な状況を知る事は出来ない。だがその数秒後、『重風刃』は瓦礫を落とすと共にその形状をゆっくりと霧散させ、…俺達を、自由落下させる。


『あ』


 レイリと同時にそう呟き、先程までと比べれば圧倒的に遅い加速を体感しつつ、…こんな所で死ぬのか、と。怒りよりやりきれない気持ちで感じてしまった。


「すまん、アタシさっきのでちょっと限界…一回に纏めて使っちまったから、ちょっと今加速できねぇわ」

「…どうしよう。俺も完全に魔力ないから、何もできない…というか意識すら怪しい位なんだよね、正直」


 などと話している間にも、空を見上げている筈の視界はちかちかと明滅を繰り返す。地面へと衝突するより先に意識を失ってしまうのではないかと思ってしまう程度には危険な状況だ。


「大丈夫」


 …耳元に囁かれたのは、これまた聞き覚えのある声。


「…ラスティア?」

「うん。助けに、来た」


 ラスティアはそう言って、俺のすぐ側を落ちるレイリの元へ『飛翔』しながら向かい、その身体を抱え――俺の方に、謎の頷きを送ってきた。


「…え」


 ――ひょっとして、ラスティアは俺が魔力を切らしている事を知らなかったんだろうか。だとすれば、俺の方をほおっておくのは実に妥当な事ではある――だが実際問題命の危機だ!これは拙い!


「『包め』」

「『我が同志にこそ翼は与えられん』」


 …と、焦った俺の体を、更にゆったりとした浮遊感が包み込む。

 自由落下の速度が収まり、それどころか、魔力を使った覚えもないのに『飛翔』している時のように体を動かせるような感じがした。

 地面の方へと目を向ければ、アインさんとクラースさんがこちらを見つめていた。どうやら、この浮遊は二人の魔術によって引き起こされているらしい。

 そのすぐそばにはカルスも走り寄ってきている。どうやら皆、無事に脱出できていたようだ。


「まさかあれほどの現象が引き起こされるとはな…てっきり、土砂崩れ程度の物だと思っていたのだが」

「上に逃げればいいだけ、とたか(・・)をくくっていれば、私達にも命はなかったでしょうな、ご主人」


 地面へと降り立った俺の耳に、二人のそんな会話が届いていた。

 二人と同じように、カルスとラスティアも馬車で先に避難していたから、押し潰されそうになりながら必死に逃げたという訳ではないだろう。だからこそ魔力にも余裕が生まれていたという訳だ。


「良かった…!崖が全部閉じた時はもう!」


 涙ぐみながら駆けてくるカルスに苦笑いしてしまったのは、俺自身が既に『助かった』と強く感じているからだろうか。

 少し落ち着いてから、広く続く平原の方を見渡すと、要塞都市の中とは比べ物にならないほど少ない数とはいえ、兵士達も多く留まっている事が分かった。…恐らく、失敗して帝国軍にこの谷を抜けられた場合の為に残っていたのだろう。

  そして、俺達が脱出してきた山脈の方を見る。


「おお…」


 二つの山は完全に閉じていた。木々の枝や根で縫い合わせ、土砂がしっかりとその隙間へと詰め込まれている。

 ここから見れば、もともとは二つの山脈が有ったのかという事も怪しく思えてくるような壮観だった。というか、もともとは二つの山脈の中間地点としてかなり標高が低かった筈なのに、谷を抜ける途中で思った通りにずっと高い山に変わってしまっている。

 …帝国軍もだろうけど、俺達の後続に居た人達も生き埋めになってしまったんだよな…。

 僅かに落ち込む気分と共に、視線を下へ落として行き…その先に、痛そうにぴくぴくと震える金髪の男性がいる事に気がついた。


「――って、エリクスさん!?何で……あ」


 疑問を抱いた瞬間、すぐに理解した。

 壁を破った時に聞こえた悲鳴。聞き覚えが有ると思ったが、あれはエリクスさんの…!


「真正面から受けたんだったら相当危ない!ラ、ラスティアッ!エリクスさんの治療お願い!」

「…多分、大丈夫」

「い、いやあれじゃあ…」


 慌てる俺の元へとレイリが駆け寄ってきて、(うずくま)るエリクスさんの方を見てから、『あー』と疲れた声色で呟いた。


「…兄貴―!流石に此処で痛がる演技は迷惑だろ!」

「演技!?」

「演技じゃねえ―ッ!」


 俺がレイリの言葉に驚いている間に、エリクスさんは立ち上がりながらそう叫び返していた。しかしその潤んだ瞳は――カルスとは違う理由で――涙をこらえていたことは明白だ。

 だがしかし、その身体に斬られたような傷は見当たらなかった。と言うより、撤退前からの戦いや逃走中の傷や汚れなどはあっても、『重風刃』を正面から受けたようにはとても見えないのだが…?


「突き指してんだよ突き指!かなり腫れる奴!」

「突き指ぃ~?」


 レイリは何故かエリクスさんを煽るような声音で呟きながら腕を組んでエリクスさんの方へと近づいて行った。何となく放っておけず一緒に歩いて行く。


「軍の魔術士と言い争いながら颯爽と谷抜けて行ったの誰だったかなー?」

「ぐっ」

「タクミもアタシも死にそうだったんだけどなー、こんなにピンピンしてんのになー、どこぞの兄貴は突き指でみっともなく蹲ってんのか―…情けな」

「はあ!?演技だよ演技!場を盛り上げるためにやってんだよ分かんねえかな!?」


 ――などと言いあっている間も互いに楽しそうなあたり、この兄弟は何時でも仲が良いな、と再認識する。


「二人を、助けようと、してた」


 そう言ったのは、俺の背後に接近していたラスティアだ。


「一番速く動いて、壁を砕こうとして、…二人が出てきて、瓦礫ごと、飛ばされてた」

「…やっぱり巻き込んでるし」

「瓦礫を、はじきながら、横向きに落ちた、から…突き指だけ」

「と言う事は、『重風刃』の刃の所は瓦礫で埋まってたのか…本当に良かった」


 教と言う日が終わった訳ではないが、幾度も死にそうになって、それを乗り越えたからだろうか…達成感と疲労感を同時に感じ始めていた。

 だが、まだ気を抜いてはいけない。戦争自体が終わった訳ではなく、この山を越えた先にはまだまだ(おびただ)しい数の帝国軍が犇めいている筈。すぐに、という訳ではないだろうが、近い内に再び戦いは起きる。数日の余裕が有るかどうか、と言った所だろう。

 ――そもそも、何時増加した瘴気が大量の忌種を生みだすとも限らないのだ。本当の意味で木を抜ける日は、かなり遠い。

 それでも、その日までは今日のように、皆で生き抜く事が出来ればいい――ぼんやりとそう考えながら、俺は二人の終わらない口喧嘩の仲裁を始めた。


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