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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第三十話:撤退

「――全軍指令通りに動けッ!」


 王国軍と冒険者のそれぞれへ動揺が走る中、それぞれの指揮官格が一様にそう叫ぶ。

 北極の氷河が一斉に崩れ落ちる様を幻視する程の惨状に言葉を失っていた俺も、その言葉を聴いてやるべき事を思い出した。


「…撤退の援護と、山脈上部の仕掛け作動」

「ここに居ても仕方ねえ、か。離脱するぞタクミ!あいつらは、アタシ達に攻撃するのを止めたわけじゃねえかんな!」


 周囲の兵士が、ほとんど壁の崩壊を意に介する様子もなく俺達へと攻めかかってきている事を確認した俺は、慌ててレイリと共にその場を離脱。

 いっそのこと都合がいいとばかりに、崩れた壁の奥、要塞都市へと一直線に進んでいった。


「くっそ!反応遅れた!すまん!」

「いや、エリクスさんを責められなどしないだろう。軍の動きも悪かったし、より近くに居た俺が反応していれば間に合った可能性は高『振るえ』!…かったのだから」

「しかし、これは拙いですね。一応策はあるにしても、要塞都市は王国守護の要。どう転んでも苦戦は免れません」


 戦いながら対応を探っているエリクスさん達の元へと辿り着く。すぐ近くにはカルスとラスティアも来ていた。


「撤退の援護って、どうすればいいんですか!?」


 『飛翔』の勢いが口にも表れたのか、急ぎがちにアインさんへと聞く。


「軍の方が人命優先で馬車なり何なりに鞭打って全力で撤退作業を始めるはずだ。それの護衛と、そもそもそこにまで敵を及ぼさせないための遅滞戦闘…と言っても難しいか。

 まず、町に居る負傷者や軍関係者の退避を手伝ってくれ。その後は、帝国兵が来るようなら戦闘、そうでなければもう一つの目的、谷の封鎖を行うために山の上部へ向かってくれて構わない」

「分かりました。…もう行くべきですよね」

「ああ。私達はここで奴らを食い止める」

 

 アインさんがそういうと、クラースさんが不機嫌そうな顔でそう言った。


「ご主人はもう魔力が限界の筈ですが、戦いを続けられるつもりでしょうか?」

「う…」

「ご主人に肉体的な戦闘能力が無いとまでは言いませんが、いくらなんでもこの状況で魔力のない魔術士をおいておける程易い戦場でもないでしょう。撤退の援護へ、ご主人も回りますよ」

「…すまない、エリクスさん。後は頼んだ」

「――あんまし柄じゃねえ気もするんだが、まあしゃあねえ。…この場に居る奴は全員後ろでいいだろ。行け」


 エリクスさんはそう言って、口端を上げて笑った。

 『じゃあな兄貴、頼んだぜ!』と言うレイリに疲弊した様子は無い。…つまり、今のエリクスさんの発言は、コンビである俺の方に余裕がなさそうだからレイリも後ろへ下げたという事だ。

 あの状況で笑って送り出すとか、エリクスさんには全く以ってかなわないな。王都に戻ったらシュリ―フィアさんと上手く行くようまた応援しよう。

 ――などと、疲れを紛らわせるように適当な事を考えつつ、近場の診療所から順に、患者を馬車へと運びこんでいく。

 多くの兵士が彼等を助けに来てくれているが、最も多くの人手が割かれているのは都市の中心部、軍の司令部が有った塔だ。これは想像でしかないが、その中に有る戦争関係の資料何かを帝国軍に渡さないために必死に運び出しているのだろう。


「ここはこれで終わり?」

「次行くぞ次!ラスティアも、今は運び出し優先…というか魔力足りないんだろ!回復するたび使うなって!」

「ごめん、なさい」


 『癒月』で治療していた患者とレイリの双方に頭を下げて謝るラスティア。レイリの言う通り、今は患者の退避が優先だ。ラスティアが治療していたのは重症患者だったが、それで退避が遅れれば、帝国軍に何をされるか分かった物ではないのだ。医者や看護師も同行するのだから、治療は彼らに任せることにすべきだろう。

 俺達は俺達の仕事をしなければ――そんな事を想いながら、一か所ずつ診療所を巡って行く。


「本当ですか?では、無理のない範囲で護衛お願いします」

「任せてくれ。こんな軽傷で寝込むなんて馬鹿らしいし、奴らに思うままやられるなんてまっぴらごめんだからな」


 そう言うのは、『炸裂』を得意としている例の冒険者。数日間戦場で見ていないと思っていたら、どうやら軽い捻挫で診療所に居たらしい。しかし元々、『飛翔』すれば傷に負担を与えることなく行動出来る彼は、今日の戦いに参加しなかったことで有り余っている魔力で撤退する彼等を護衛してくれるらしい。

 他にも、傷が治りかけた兵士や冒険者などが、次々と護衛を申し出てくれた。体調が万全とはいえないにしろ、想定以上の数が避難する重傷患者や軍関係者の護衛になってくれるようだ。

 山脈近く、俺が一度入院したあの診療所では、完全回復として今日の夕方に退院予定だった彼にも協力してもらいながら退避して――少なくとも、俺達が担当した方面の診療所からは全ての患者を退避させる事が出来た。

 だがその頃には、帝国軍も少しずつ町の奥へと侵入してきていた。未だに壁付近ではエリクスさんをはじめとして、冒険者や兵士など多くの人が戦っているようなのだが、それでも見晴らしのいい壁付近とは違い、建物がほとんど――一部は壁からの瓦礫で破損――無事なまま残っている町中の道を数度曲がられると、一人に対して構っていられないエリクスさん達にはとても追いかけきれなくなってしまうようで、少しずつ戦いが町の中心部へと進んできていた。


「俺達も、行く?」

「タクミの魔力はどうだ?魔術は使わなかったけど…」

「少しは回復した、かな?といっても、『魔力が足りなくなる』って言ってた時と同じくらいしか残って無いけど」

「南に突っ込むちょっと前だったか?…あそこに突っ込もうと出来るくらいなんだから、多分どうにかなるだろ。退避が完全に終わるまでにはまだ時間もかかるだろうし、アタシ達で手ぇ出そうぜ」

「――やろうか。でも、余裕を持って山の上に向かおう。仕掛けの場所は詳しく聞けてはいるけど、その物を見ている訳じゃないから見つからなくなったりするかもしれないし…出来る限り確実に帝国軍が止まるようにしたいから」


 もしも仕掛けに不具合が有っても、何か出来るかもしれない――何か出来る程度の時間は確保しておきたい。


「ま、アタシ達だけが行ってる訳じゃねえし、そこまで心配しなくても大丈夫だと思うが…とりあえず今は護衛だな。行こうぜ!」


 レイリと共に坂を駆け下りて、近場の少し高い建物の上から周りの様子をもう少し詳しく見る。この場所からなら、丘の上とは違って建物の間を走る帝国兵を見つける事も出来た。


「『風刃』!」


 魔力の消費を出来る限り抑えるため、俺は建物の上から移動する事なく、レイリが届かない場所にいる敵を優先的に攻めていた。

 レイリは未だに体力に余裕が有るらしい。昔から俺よりずっと体力が有る事は分かっていたが、凄まじい物だ。

 などと感服している間にも刻々と時間は過ぎていく。


「…結構入ってきたけど、兄貴達も下がってきたな」

「山の上に行く人も数人、か…俺達も行こう」

「おう。そろそろいい頃間だろうしな」


 今度は『飛翔』して、山の斜面、より頂上へと近い部分に昇って行く。


「この金属板を、魔法陣が表面へ浮き出るように木へ嵌めていってくれ!」

「わ、分かりました」

「特別太い木だ、等間隔に並んでいる。ここから先は、早く動ける君たちに任せたい。頼む!」

「って事は次は…あの木だな!任せろ!」

「嵌め終わったら崖下から王国方面に抜けて退避してくれ、私達は先に行っている!」


 冒険者達が抱えた金属板、都合十八枚をレイリと共に抱え直し、次の木へと持っていく。その表面には見た事のない程複雑な魔法陣が刻まれていた。…しかも、この金属板そのものが随分と古い物のようにも見える。錆などはかなりとられているものの、所々にあるくすみからそう感じた。かなり昔から、こうして使われるために保存されてきたのだろうか。


「はめる…って、この窪みにか」

「多分ね。正方形で綺麗に窪んでる」


 確認しながら、丁寧に嵌めていく。上下左右の区別が有るのかと一瞬悩んだが、木の方にも若干、その魔法陣と対応する様な溝が掘られているのが分かったのでどうにか間違えることなく嵌めていく事が出来た。

 一直線とはいえ崖部分の森の全てに分布している木に石板を埋めていくのは、すぐに終わる事ではなかった。全てが埋め終わった頃には、全ての馬車が山脈の間の道を走り始め、エリクスさん達は山脈と接している部分に残った壁を崩しながら帝国兵を足止めしている事が窺えた。

 ――どうやら、残っていた兵士達も撤退しているらしい。エリクスさんと、一部の魔術士だけが殿(しんがり)として残っているように見える。


「…まだ戦ってんならアタシ達も行くか?あそこにいるって事は、退避できるって事だろ」

「…うん、そうだね。魔法陣を嵌めたからすぐ何か起こる、ってわけでもないみたいだし…」


 そう決めて、再び要塞都市の方へと近づいて…その途中、ある事に気がつく。


「今残ってる人、って…速く動ける人、速く撤退できる人、って言うのが条件…?」

「…って事は、ここの魔法陣で何かするまえのぎりぎりで逃げる、ってことか?…アタシはまだ余裕だけど、タクミは?」

「…この山脈の間を往復するくらいなら。『飛翔』は、速度と魔力の消費量がほとんど関係ないから、速くも飛べる。…でも、他の魔術を使い過ぎるとちょっと厳しい、かな」

「分かった。…行こうぜ。危なくなっても、一人くらいアタシがきちんと運べる」


 ならば、と再び要塞都市の方へ『飛翔』する。未だに撤退する王国軍の列は山脈の道の中間程、時間の余裕が有る事は間違いなかった。


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