第二十一話:調査隊
更新遅れました。申し訳ありません。
十分と少し程歩いて、赤杉の泉に到着。おやっさんに報告して、明日からの宿泊分のお金を払ってこよう。
「おやっさん、帰ってきましたよ」
「おお、タクミ君か。ちゃんと仕事を終えられたようだな。目立った怪我もないみたいだし、無事で何よりだ。取りあえず、飯でも食べるかい?」
「え~っと、明日からの宿泊費を払っておこうかと思ったんですけど…」
「お、了解。何泊分だ?」
「とりあえず、前回と同じで七泊分でお願いします。一日で銀貨一枚でしたよね?」
「おお、七日だから七枚だな」
ウエストポーチの袋部にしまってあった銀貨を七枚ほど取り出す。
「それじゃあ、…これで。銀貨七枚です」
「あいよっ、ああ、泊まる部屋は変わってねえよ。自由に出入りしてくれ」
「はい、それじゃあ、ご飯頂きます」
食堂の方に向かい、料理の注文をする。今までは日替わり定食ばかり頼んでいたが、明日からは経験していない事にも積極的に望んでいくことに決めたのだ、心機一転、と言う感覚で、自分で単品を頼んで組み合わせてみよう。
と言う訳で、今日はご飯(米と書いてあるので、地球と同じ植物なのかも)、サージェス(白身魚の一種らしい)のフライ、スープとサラダの四品にしてみた。
出来上がるのを待って、席に座っておく。
今日は、いつもよりも客が少ないような気がする。ギルドにもこの時間にしては冒険者が少なかったし、東の森に行った調査隊はかなり大勢だったらしい。
当然、いつもよりもかなり静かだ。過ごしやすいとも思うのだが、寂しさも想像より大きな割合で含まれているあたり考え方も変わってきているのだと感じる。昔は、騒いでる輩を見るとすぐに顔をしかめていた気がするんだけどなぁ…。まあ、楽しく話している分にはむしろ俺の方も楽しくなってくる、と言う感覚だ。
「は~い、タクミさん。ご飯持ってきましたよ」
「あ、ありがとうございますマリアさん」
マリアさんから御盆の上に載せられた料理を受け取り、机の上に並べる。
「…別にその作業は、私がやるんですが…。まあ、いいです」
「…あ、すみません。なんだかお仕事を奪ってしまった感じになってしまって」
「私が怒る事では無いですね。お礼を言うと、別の場所に角が立ちそうですのでタクミさんの態度に甘えておきますけれど」
そう言ってマリアさんは厨房へと戻った。
料理を口に運ぼうとして…ふと、思う。
自然な会話の流れだったから今まで気にも留めていなかったのだろうが、みんな俺の名前覚えるの早すぎじゃあないだろうか?ミディリアさんやおやっさんは俺以外にも沢山の人と会っているだろうに…。
いっそ不気味なほどだ。どれだけ記憶力が優れているのか。プロとは恐ろしい…。
まあ、なんだかんだで俺もかなり記憶力が良くなっている感じは有るのだが。二学期になってもクラスメイトの名前が覚えられなかった学生時代が嘘のようだ。
さて、料理を食べるとしようか。
◇◇◇
料理を食べ終わり、部屋へと上がる。カギを開け、中に入ると、
「あ…」
机の上に、丁寧に畳まれたスーツが。
今の今まで忘れていたが、以前服を洗ったまま回収するのを忘れていたらしい。恐らくは珍しい服だったから俺の部屋に置いておいてくれたのだろうが…ありがたい。
明日はスーツを着て…いや、もう一枚服を買おう。まともに服の手入れができない以上、スーツは正装として取っておくべきだ。
明日は少しゆっくりできるな。…寝るか。
◇◇◇
そして、朝。日の高さから想像するに…九時すぎ、と言ったところか?こちらの世界で言い表すなら陽三刻と言った所。
服を買う程度の時間は後からとれるだろうから、少しゆっくりできそうだ。
取りあえずは一回に降りて食堂で朝食。もちろん今日も絶品だった。
さて…ギルドはすぐそこ。十分ほどで着く。しかし、集合時間までは余裕で三十分程は有る。早めに言った所で、服を買うこと以外にはやる事がないし、少し、近くの店を回る事にする。
赤杉の泉亭から外に出て、あたりの建物を見まわしてみる。門の前の広場ではこの時間も出店が出ているのだろうが、もちろん普通の店だってあたりにはある。色とりどりの看板がその証拠だ。それでも、日本の商店街と同じように食品店なんかは外側に商品を並べて出店のような状態だが。
もちろん、今朝食を食べたばかりなので食料調達する気にはなれない。なので、屋内で商売を行っている店に向かおうと思う。
今見える店名は、『エリーゼ流魔術書店』、『家具のルドルフ』、『レイダード服飾』、それに、『武器防具専門店ケリア』
…最後の店、何か看板の下の方にも翻訳された文章が表示されているような…?
近づき、軒下につりさげられた看板を見つめる。左下、看板の端っこに、やはり何か書いてあるようだ。
目を凝らし、読んでみると…、『系列:ハルジィル商会』と書いてあるのが分かった。
………リーヴさんの家の系列店なのか、寄ってみよう。
扉を開け、中に入ると思ったよりも多税のお客さんがいた。まあ、あくまでも系列店だし、リーヴさんはやはりいなかったのだが。
武器や防具もギルドで売ってはいたのだが、この店の品ぞろえと比べれば天と地ほどの差が有るようだ。まあ、限られたスペースの中に商品を配置している以上、品ぞろえの面では専門店が勝たなければいけないだろうが。
しかし、立派な武器が多い。ボルゾフさんが持ってたような大きな剣も、サイズ的には近いような物もあった。値段を見れば、金貨二十八枚。
ギルドで報酬を受け取るとき、銀貨十枚以上を同時に受け取っても金貨に変えてくれた訳ではない以上、金貨のレートは銀貨十枚以上なのだろう。推測でしかないが、単純に考えれば十枚の次は百枚で、と言うことになる。つまり、この剣は銀貨二千八百枚と言うことに…。生活費や、これを購入するまでにも買っていたであろう他の装備の値段も考えれば、少しぞっとする。
冒険者の報酬が多過ぎるのではないのかとも思ったが、消耗品だらけの仕事だと考えれば実は妥当か?取りあえず、貯金は必要だな。武器を使うかは決めていないけど、防具くらいは欲しいと思っているし、使っている金属の量は鎧とかならもっと増える。値段もそれに応じて上がっていくことになるのだろう。
まあ、動きが阻害されるのは嫌だし、全身を覆うような物は着ないと思うけど。多分、胸部とかを守る程度かな?
取りあえず、今の俺がお世話になるには少し早いようだ。早々に退散しよう。
◇◇◇
店を出た後、あまり時間もなくなっていたのでギルドに向かう。着いたころには、陽四刻くらいだろう。
しかし、魔術書と言う物にも興味は有ったのだが…、まあ、赤杉の泉亭からも、ギルドからもすぐの場所に有るんだし、またの機会にしよう。
数分歩き、もう少しでギルドに到着しそうだと言う所で、そのギルドの前あたりが非常に騒がしい事に気が付いた。
いや、騒がしいと言うよりも、むしろ前世で見た医療ドラマのシーンにも近いような…。
「おいっ!怪我人を早く運べっ!医務室に入りきらないなら民間の治療院でも構わないから誰か協力を仰いでこいっ!」
「分かりました!応急処置は出来る限りお願いします!」
やっぱり、そんな感じだ。
…って!怪我人か!?しかも大勢の!何が有ったんだ一体…。
野次馬のようになってしまうが、もう少し近くに行って様子を窺ってみよう。
人込みをかき分け、中心の様子が見える場所まで進む。
そこにいたのは、差の大小は有れど、誰もかれもがけがを負った集団。それも数十人だ。見た目からして冒険者。大けがを負った物の中には、倒れて動かない者もいる。
…この大人数が一度のけがをする理由、一つ心当たりがある。
「調査隊…東の森で、瘴気汚染体にやられたってことなのか…?」
本当に彼らが調査隊だとして、一体なぜあんなことになっているのか。
彼らも瘴気汚染体の事は知っていて調査に向かった筈。少なくとも、この世界についての知識量が少ない俺よりは危機感を持って行動していただろう。しかし、現実に彼らはこれほどの被害を受けて帰っている。
つまりは、彼らの想像よりも強力な忌種が現れたと言う可能性。調査隊として派遣された彼らの実力は高いと思われる。少なくとも俺より強い人が何人もいるだろう。
そして、そんな人たちが逃げるしかないような相手、か…。恐ろしいな。
これからどうなるんだろう。やっぱり討伐しに行くのだろうか?ミディリアさんが以前語っていた様な、更に強力な冒険者を連れていけばどうにかなる可能性は有るだろうか…?
…一度ギルドに入ってミディリアさんやギルド長とかの事情を深く知っている人の助言を貰いたいものだが、今まさに急がしいのだろうし、俺と話している暇が有るならもっと状況を把握する事を優先するだろう。当然だ。
このまま待っていても埒が明かないな。手伝える事がないかどうか聞いてみるべきだろう。
怪我人の間を注意しながら歩き、指示を飛ばしている構成員さんのもとへ。
「お、おい君!今はギルドには入った所で依頼は出来ないぞ、負傷者の対処で手いっぱいなんだ」
「いえ、依頼をしに来たと言う事ではなく、何か手伝えることはないかと思いまして」
鎧や武器がなかったせいか、依頼をしに来た町人に見られたらしい。今の状況においては冒険者と言う立場が必要と言う訳ではないだろうから、そのまま話を続ける。
「そうか、有難い。…今作業をしている冒険者や衛兵隊と協力して、そこの壁に立てかけてある担架を使って町の診療所や医療魔術所の所に連れていってくれ。場所は他の冒険者たちに聞けばわかると思う」
「了解です」
ギルドの建物へと走り、壁に立てかけられた担架を一つ確保する。あたりを見回し救助活動をしている冒険者たちを探すも、今はもう二人一組の構図がほとんど組みあがっているらしく、一人でいる姿を見つけられない。野次馬の中にも冒険者はいるのだろうが…俺より長い間見ているだけなら、動いてくれるか少し怪しい。
と、そんな時、人込みの中から見慣れた金の長髪が。
「タクミっ!怪我人の搬送なら私も手伝うぞ!」
「レイリさん!助かります!」
この状況に気が付いて助けてくれたレイリさんに感謝をしつつ、近くに倒れこんでいた人を担架に乗せ、運び始める。
「レイリさんは診療所や医療魔術所の場所って分かりますか?」
「そうだな…北門からギルドまでの道沿いに有る診療所とかはもう満員だった。門からギルドまで歩いてきているから当然だけどな。だから、逆側…港近くの診療所に運ぶべきだと思うぜ」
「分かりました、じゃあ、行きましょう!」
今運んでいる人の怪我は、出血ではなく骨折だ。右の二の腕と左足のすねから先が関節の無い部分で折れ曲がり、青黒くなっている。
大量出血の怪我人はすでに診療所に運ばれたのだろう。ギルド前の血痕はわずかなものだったし、優先的に治療されたとみていい。つまり、今ギルドの前に集められた怪我人はすぐさま命の危機が有る訳では無いのだろう。となれば、焦らず丁寧に運ぶべきだ。
俺は、レイリさんと二人でけが人を運び続けた。
◇◇◇
何度もギルドと診療所を往復し、他の冒険者や衛兵と協力しながらどうにか怪我人を運び終えたのは約二時間後、陽も真上に上った陽六刻ごろの事だった。
俺は、診療所に最後の怪我人を運んだ帰り、レイリさんと話をしていた。
「…何とか死人は出なかったみたいだけどさ…、あれって、東の森の瘴気汚染について調査しに行ったっていう奴らだったよな…?」
「ああ、俺がゴブリンの瘴気汚染体についてギルドに報告した時、調査隊を組むって言ってたし、たぶん間違いないと思う」
「お前瘴気汚染体と戦ったのかッ!?…いや、怪我がないならいいけど、気をつけろよな…」
「うん。よく考えたらあの時ってそうとう危なかったんだろうって今思ってるから」
あの日長居したなら調査隊が出くわしたような忌種に出会っていたのかもしれない。
「さてと…これからどうする?」
レイリさんが問いかけてくる。
「とりあえずギルドに行って、何が起こったのかを調べようかと思ってたんだけど…?」
「ならやる事は一緒だな。早く行こうぜ。
…マジでヤバい事が起きてんのかもしれねえ」
「…!」
それからは町を走り、急いでギルドへと到着。
今日やる予定だった警備の仕事はできそうにないが、今はもうそんな事を気にしている場合では無いのかもしれない。
怪我人は既にいないが、それでも普段より人だかりの出来ているギルドの中へと入る。
中に冒険者はいるが…、皆どこか落ち着いていない様子だ。やはりあれだけの被害がすぐ近くの森の中で起こった、と言うのが効いているのだろう。
一部の冒険者は俺達の目的と同じく、構成員や他の冒険者から何が有ったのかを聞き出そうとしている。受付も、依頼を受ける人より事情を聞こうとする人の方が多いようだ。
「この状態じゃあ、ちょっと混雑しすぎていて聞くに聞けないですね…」
「そうだな…少し待ってみるか。本当に危険事態だって言うならその間に発表される可能性もあるし」
そうして、二人で近くの椅子に座る。
俺は、一つ気になっていた事が有ったので、時間をつぶすという意味も兼ねてレイリさんに質問をしてみた。
「ねえ、レイリさん。瘴気汚染体って、どのくらい危険な存在なの?対応からして危険だっていう事実は伝わってくるけど、忌種はもともと危険な存在だったんだし、対応を本気で帰る程の脅威って言うのは一体…?」
「…まあ、つまりそう言うこと、とも言えるんだが、実際の被害から言った方が分かりやすいだろうな…。
………数年前にも、この国で大規模な瘴気汚染体の発生が有った。ここからずっと北、帝国との国境近くのあまり大きくない町だったな。
そのころは、まだ帝国との関係は一時的な講和状態に近い物もあったし、帝国だって瘴気汚染体の脅威は知っていたから、国境近くに軍を運べないなんて事はなかった。
それでも、軍や守人が動き出してから事態が沈静化するまでに四日。残ったのはほんのわずかな生き残りと、崩れ去った町並みだけ…」
「…ちょ、ちょっと待って下さい。守人って言われる人たちは皆英雄と呼ばれる程の強さだと聞きました。そんな人たちと軍隊が動いて、それでそんな、町が滅ぶような結果に?」
ボルゾフさんに守人についての話を聞いたことは有るが、あの時の印象とレイリさんの話から感じた印象とでは随分違う。守人と言う物は、人間が抗えないような物からも人々を守り抜く、それこそ英雄と言うべき何者か達だと思っていたのだが…。
「ああ、なんかちょっと語弊が有ったみたいだな。守人が実力不足だったんじゃなくて、守人は到着した時には、もう手遅れだった、って事だ。あの町は王都からずっと遠かったから、守人が到着するまで時間がかかったんだよ」
「…なるほど。でもそれって、普通の冒険者でも太刀打ちできるものなんですか?帝国とは講和中だったとはいえ、兵士も多くいたと思うんだけど?」
「その辺は微妙だな。忌種相手に戦っている冒険者の方が戦いやすいし、実際にタクミだってゴブリンの瘴気汚染体を討伐できただろ?でもなぁ…中位忌種が瘴気に汚染されると、洒落にならない事態になるから、もし遭遇したらすぐ逃げろって言われてるんだよ」
中位忌種…ペルーダも低位忌種だった事を考えれば、恐らく今の俺では太刀打ちできない相手だ。そんな相手が更に強力になって現れたら、そりゃあ逃げもするか…。
その後も、レイリさんに色々な事を教えてもらった。実力が高すぎることの弊害か、普通の冒険者の手に負えなくなった場合に守人の要請をする事にも手間がかかって元も子もない事になっていたり、瘴災からの救助の方がよりアクティブに働いているとか、いろいろな事を。
そして、
「冒険者ギルドは、今回の瘴気汚染体大量発生を緊急の対処に必要が有ると判断!王都より守人の派遣を要請することを決定しました!」
事態は動き出す。




