表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
239/283

第二十七話:手招き

「死ぬかと思った…!」


 月三刻、半日以上続いた激戦をどうにか生き残って、安堵と共にそう叫ぶ。


「…ちょうど、下に、三人が、居なかったら…危なかった」

「いや、正直アタシ達も危なかったけどな、あれ」

「魔術士って凄いね…」


 まさか、いきなり壁が崩れるとは。大胆に欠けて星空を覗かせる壁の隙間へ視線を槍、その瞬間の事を思い返した。

 ――陽十二刻を越え、月一刻へと差しかかろうとしていた頃。長時間の戦闘が少しずつ両軍を乱戦の形に変えて行き、それによって、本来の戦法絡もずれが見られてきていた。

 具体的には…魔術士として動く部隊の優先的な排除が、追いつかなくなってきていたのだ。


「『土そ…いや、届かないか」

「でも、近くには、味方も…動いてくれた」


 魔術が届かないかと胸壁から身をよりだすように見つめる視線の先、八人組の魔術士が、王国軍の一隊と戦闘に入った。すぐに倒せるわけではないだろうが、これで今、自由に動ける魔術士はいない筈…そう考えた時だ、大きな振動と同時に、自分の体が『飛翔』もしていないのに大きく浮き上がったように感じたのは。

 違和感に従って足元を見てみれば、肉体よりも加速しているらしい壁を構成していた石材の一つが、耳元を掠りながら飛んで行く所だった。


「な…」


 瞳に映った光景は、半径が俺の身長以上も有りそうな球体状に、壁が弾けている、というもの。中心点は俺達の立っていた場所よりも後ろであり、下部であった。

 ――つまり、その衝撃を受けた俺達の進行方向とは。


「落ち…!」


 ほとんど形を崩すことなく落ちて行く胸壁が陰になって下は見辛いのだが、体を包む浮遊感が如実に落下の現実を知らせてくる。

 …だが、落ち着けば何の問題もない。『飛翔』すれば、落下など恐れるような事ではないのだ。


「くそッ!」

「痛ぇ…!」


 周囲から悲痛の声が漏れる。

 見上げてみれば、俺たち以外にも数人が落下に巻き込まれていた。更に上方を見れば、数名の魔術士が落ちてきていた兵士たちを数名抱えているのも見える。どうやら、俺達を含めて五人が、直接的に落下の被害に有ってしまったらしい。

 そんな彼等は、崩落に続き放たれた帝国軍からの魔術に体の一部を貫かれ、空中でもがいていた。彼等も壁上で戦っていた以上魔術士ではある筈だが、痛みで集中できないのか、それとも『飛翔』を使えないのか、ただ落ちて行くばかりのように見える。

 …帝国軍の魔術は、どうやら止まっているように見える。俺達には魔術を使うだけの余裕も有る。…なら助けよう。


「行ける?ラスティア」

「うん」


 胸壁からそっと身を離すように『飛翔』。無重力状態の様に映っていた瓦礫が急加速してくるが、先に予測していれば対処は難しくなかった。むしろ、動揺に一瞬ですれちがう冒険者や兵士の体を抱える方がずっと難しかった。

 そのころようやく、最初に下方向へと加速された瓦礫から順に地面へと打ちつけられ始める。だが、両軍共に事前に避難したようで、特に被害は無かった。……と思ったのだが、胸壁が落下した瞬間、衝撃によって加速した瓦礫同士が互いにぶつかり合いながら遠くまで飛び、数人の体へと嫌な響きを立てて激突していた。あのまま胸壁に身を隠しながら降りていたらその被害に俺達も酷い傷を負っていたかもしれない。


「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ、腕を軽く切っているだけ…助かった」

「『癒月(ゆづき)』…治った、大丈夫、ですか?」

「おお…聖十神教の、ありがたい」


 ラスティアによる治療が終わったようなので、俺が抱えていたもう一人の男性――腹部から出血している――の治療をしてもらおうと、連れて行く。


「お願い出来る?」

「任せて。すぐに、治す」

「ま、待ってくれ…お布施として払えるような金は無いんだ」


 放っておけば命も危ない様な傷を負いながらも、男性はそう言って治療を恐れていた。見れば確かに、男性の来ている鎧は年季物であり、あまり裕福な暮らしをしていないのかもしれないとは思った。

 思ったのだが…この状況で治癒を拒ませるとは、聖十神教の治癒はどれほど高額なのか。


「今は、非常時だから。請求しません」

「ほ、本当か!?…くぅ、恩に着る!」


 滂沱の涙を流しながらラスティアへ何度も感謝を告げる冒険者の傷も無事に癒えた頃、俺達がここへ落ちてきた事を分かっていたらしいレイリ達が周囲の敵を倒して合流してくれた。

 再び壁の上へと上がろうかとも思ったのだが、『そりゃあ良い的だろ』というエリクスさんの意見を参考にして、怪我人を後方へと下げつつ、全員で帝国軍が撤退するまで戦い、――今に至る。


「今日も助かった。助かったけど…」

 再び、上部が削られた壁を見つめる。…壁を全体的に見る限り、どうにも今まで何度も壊されたという訳ではなさそうなのだ。数か所には補修の後も見られるが、それだって随分と前の物のように見えるし、前回の戦争も押し込まれた末に門を破壊された、という形での敗北だったようなので、地味に珍しい状況なのではないだろうか?

 ――一連の戦いに限らず、今までの戦争では優先的に魔術士を排除する方法が有効だったからこそ、こうして壁を破壊される事も少なかったという事なんだろう。でも……今回の相手は『禁忌』によって作られていて、全員が魔術を使える可能性が高いんじゃぁ、無かったっけ?


「うーん、凄い嫌な予感」

「たぶんアタシと考えてる事同じだろうし、やべぇとは思うけど…多分上も同じ事考えてんじゃねぇか?」

「…魔術士を、増やされるのは、危ない」


 想像してみる。今までは普通の兵のように攻めてきていた黒装の帝国軍が、一斉に魔術士としての動きに変わり、逃げ回りながら今日の壁を崩した魔術や、森へ放った爆炎の様な物を壁に撃ちこんでくる様を。

 ――控えめに言って絶望的だった。乾いた笑い声が口から洩れてしまうほどには。


「面倒な事になりそうだな…ッつうか、今日あたり来るんじゃねえの?あっちの援軍」

「かもしれない…うわぁ、うわぁ…」


 正直に言って最悪の想像通りにはならないでほしかったが、無駄に攻め込むよりずっと効率がいことくらい帝国軍は理解した筈だ。こうして戦争に参加してみて分かったが、魔術士というのは忌種と戦っている時はそこまででもないのに、対人においては奇妙なほどに有力なのだ。帝国軍の『禁忌』は、その法則に対して最も有効的に働きかけてくる存在でもあるように思えた。


「ま、今日ももう帰ろうぜ?監視は軍の方でやるんだろ?」

「うん。四日後までは冒険者に仕事は無い筈だから」


 そう言って、壁が壊されたことで補修のために兵士が走り回る大通りを避けて裏の細道を通りつつ、宿へと向かう。肉体的にはそこまででもないが、今日は精神的に酷く疲れた。帰ったら夕食を掻きこみ、着替え、泥のように眠るだろう。

 ――実際、都市が陥落した時の動きはしっかりと思い浮かべておいた方が良いな。

 山脈の上部に土砂を崩落させやすくした仕掛けが有るとは聞いているが、もっと詳しく情報を得ておく方が良いだろう。早朝の中に、軍の方に行ってみよう。――そう考えながら、山脈の方へと視線を向けようとした瞬間。

 視界の端に、懐かしい紅色の外套、その袖が映り込んだ。


「…え」

「どうした?」


 レイリからの問いかけにも、上手く返せない。視線の先、外套の袖から覗く白い腕は、手招きするようにゆったりと上下している。

 ……聖教国での別れ方からして、害意を持って当たられる事は無い様な気もするが、彼等の存在について多少考え直している今でも、警戒せず近寄れるかといわれると、少し厳しい。


「ん?…おいおい」

「兄貴まで何だよ…」

「えっと、二人とも何を見て」


 エリクスさんも気がついた様だし、カルスも唐突に言葉が切れていたあたり、手招きする手の存在には気がついたらしい。…無視するわけにも隠す訳にもいかなくなった。


「おい、あれ、あれだろ?何でいるんだ…っつうかこっち呼んでるよなあれ」


 エリクスさんが若干混乱した様子でそう言っている間に、レイリも手招きを発見、『げっ』と声を漏らした。ラスティアも動きが何処となくぎこちないので、これで全員あの腕を発見した事になるだろう。

 俺は腕に背を向けて、皆と話をする事にした。


◇◇◇


「面倒臭ぇ…」


 全てを説明し終えた後、エリクスさんが最初に言い放ったのがその言葉である。


「王都でシュリ―フィアさんと言い争ってたのそれかよ…邪教とか漏らしてたから何事かと思ったら」

「あぁ、成程な…というかアタシ達には話して良かっただろ、詳しく」

「いや、まだ確実じゃない事を広めたら、それこそシュリ―フィアさんとの話し合いの結果を無視するような事になるし…あ、えっと、ホントは二人には話しちゃいけないんだけど、今更見たいだから言ったよ?」

「あ、うん」

「私達が、広めなければ、いいんでしょ?」


 カルスとラスティアにも確認を取って、いよいよ腕の誘いに乗ってみようじゃないかと全員で身を起こし、先程の腕が生えていた路地の方を見つめると。


「うわ…」

「気色悪っ」


 腕が増えていた。具体的に言えば五人分の左腕が路地から生えている。


「待たせすぎた、ってことかな」

「いや、何だこの気安い感じ、あいつらってこんなんじゃなかったろ、逆に怪しすぎんだが」

「僕達は分からないけど…いや、『邪教』とか呼ばれる集団のやる事じゃないのは分かる、かな?」

「…変」


 端的に表現したラスティアさんの声を最後に、路地は静寂に包まれる。決して入り組んだ道という訳でもないのに俺達が話し合っている間も誰ひとり通りかからなかったあたり、何らかの術が使われているのかもしれない――つまり、逃がしてくれないだろうな、という感覚は有った。

 手招きしている時点でおかしかったというのにこんな奇行を疲労されては余計に緊張してしまう。関わりたくないな、と本来の『邪教』に対して向けられる物とは少し違う形で思いながら、俺達は腕へと近づいていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ