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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第二十六話:視線

「ん…?」


 夜。夜間監視の割り振りから外れた俺は、同じく仕事の無かったカルスと早めに眠ってしまおうと思い、部屋の寝具へと腰かけていた。

 すぐにでも眠りに就こうと思っていたから、意識もかなりぼんやりとしていたのだが…何かに違和感を感じて、小さく声を出すとともに、再び意識が鋭敏化していた。眠気などは吹き飛んでいる。


「どうかした?」

「いや、何か…見られてる感じがした、かな?」

「え?窓も締まってるし…」


 カルスの言う通り、この部屋に有る窓は雨戸を含めてすべて閉じられている。硝子張りという訳でもないから外から覗き込む事も出来ない。勿論扉は締まっているし、ここから見渡す限り、壁に覗き穴を開けられている訳でもない。


「カルスが見てた…って訳じゃないよね?」

「…視線を感じるほど見つめてたら、僕ちょっと危ない人だよね」

「あ、あはは…気のせい、だよね」


 確かに感じた気がしたのだ。こちらに見つからないよう隠れて窺ってくるような視線。だが、口ぶりからしてカルスはその視線を感じた訳ではないだろうし…俺という個人に対してそんな視線を向けてくる理由もよく分からないから、気のせいと考えても良いだろう。


「誰かが近くに居るかどうか、分かる?」

「え?…うーん、宿の中にもいっぱい人がいるから、この人が怪しい、とかは言えないかな」

「そっか…寝ようか」

「うん。僕も早く練られた方が嬉しいから、そうしよう」


 気にしない。だんだんと『殺気』と呼ばれる物についても理解できるようになってきたが、さっきの視線にそんなものは無かったのだから、事実にしろそうでないにしろ、危険は無い筈。

 …カルスの様子も窺わなければいけない。俺とは違って全然大丈夫って可能性も有るけど、今は何でもないように自分でも思っているだけで、あとで恐くなるのが戦争であり、殺人である。俺みたいに怯え出したら、すぐ助けてあげよう。

 ――結局眠れなどしないという事に気がついたのは、それから三刻後。


「大丈夫、大丈夫…」

「う、うん…ごめん、急に叫んだりして。起こしちゃったよね…」

「そんなの気にしてない。落ち着いて、深呼吸して」


 カルスがいつかの俺のように怯え、飛び起きた。…が、実際、俺はそれまで一睡もしていなかった。だから、できる限り冷静に、カルスの話を聞いてあげる事も出来たという事だ。

 冷静になって周囲へと耳を澄ませば、他にも叫び声などが僅かながら聞こえてきていた。今回の援軍には、まだ人を殺していない冒険者も混ざっていたのだろう。何せ空室の多かったこの宿を満室にしたうえ周囲の建物も埋め尽くす勢いで冒険者が来たのだから、当然とも言える。


「タ、タクミもこうなったって…本当?」

「なったなった。カルスより酷いよ?部屋の隅でレイリが来るまで震えて――って言うとかなり恥ずかしいけど。でも本当」

「そう、なんだ…」

「変に落ち込む必要無い。…言っちゃあなんだけどさ、これで恐くならない方が変だよ。人を殺して嬉しいわけ無いんだからさ。…戦いが終わらない以上、戦わなきゃいけないって言う事に変わりは無いけど、でも、戦いを好きになる必要は無いんだから」


 この言葉は何処までも本気で発していたのだが、脳裏に初めて出会った時のエリクスさんの姿――平手へ剣の腹を撃ちつけながら笑っていた姿――を思い返し、戦いが好きになってしまう人はいるよなぁ、と、どこかやるせなくもなってしまった。

 だが、カルスには俺の余裕交じりの表情から何か感じる物が有ったらしく、一度唾を飲んでから、こう言った。


「タクミは…やっぱり、凄いよね」

「…そう?俺、自分を凄いって思った事は正直無いよ?基本的に皆の方が凄いから」

「タクミはそう思ってるのかもしれないけど…ああ、確かに、タクミの視点からだとそうなるのかも。でもさ、僕からすれば、タクミは友達でもあるけど、その……前にも言ったっけ?」

「何を?」


 『友達でもあるけど』何だと言うのか。少し不安に思いながらも、カルスの表情に影は無く、どうやら俺にとって怖い言葉が飛び出してくる事はなさそうで、少しだけ安心した。…何を言おうとしているのかはさっぱり分からないままだったが。

 そんな事を考えていた俺に対して、カルスは躊躇いがちに――或いは恥ずかしそうに――視線を左右させながら、こう言った。


「だ、だから、その…壁の外から来た日から、知らない事を知っていて、魔術も使えて、凄い人って…尊敬、してた」

「…尊敬」

「タ、タクミがそういうの喜ばない人だっていうのは分かったし、僕も、尊敬より、普通に友達って思いの方が強いけど。でも…昔はそうだった。今も、そう思う」


 真正面からそう言われ、嘘が微塵も含まれていないのだと、夜闇の中でも仄かに光るその白い瞳に理解してしまう。

 ――正直、とても恥ずかしい。『尊敬』なんて感情、向けられるのには慣れていない。


「…そんなに凄い人じゃない、って言うのは分かったでしょ?」

「…そうかもね。でも、タクミは僕達を助けてくれるし、僕達もタクミを助ける…今は友達で、仲間だよ」

「うん。それが一番いい。俺は、あんまり見つめられるのには慣れてないから」


 いつの間にか、カルスも随分と落ち付いていた。戦争への恐怖感ついでに別の物まで勢いよく吐き出してしまったからだろうか?むしろ、今までよりも清々しい表情になっている様な気すらする。


「んー…よし、明日も頑張ろう!」

「うん、また何かあったらちゃんと話は聞くよ。助け合ってこその仲間…そういう事でしょ?」

「うん!……寝よう」


 今度はカルスからそう言ってくるので、再び寝台へと潜り込む。今までの恥ずかしい会話は真実だけど、深夜と戦場の空気で高揚した精神が齎したおかしなものだったのだ…そう考えないと、冷静になりつつある精神が二人とも持たないような気がしたのだ。だから、部屋が静寂に包まれるまでの時間はとてつもなく短かった。

 ……短かった、のだが。


「あ」

「…もしかして、今の?」


 再びの視線。壁を貫いて直接見られているようにも感じるそれはあまりにも不躾で、先ほどよりもはっきりした者のように感じられた。

 カルスも感じ取った様で、上体を起こしてきょろきょろと部屋中を見渡している。だが、そこには勿論誰もいない。

 …本当に覗かれているとすれば、やはり魔術によるものだろうか?この屋敷の外、くらいならばまだ見つけられる気もするが、…魔術となれば何をされているかもわからない。この都市内ですらないような距離だったりすれば、どうあがいても見つけようなどは無い。

 その存在に確信を持ったとしても、出来る事は気にせず眠る事だけ。歯がゆく思いながらも、このせいでカルスと共に明日の戦いで怪我でもすればラスティアに何を言われるか分かった物ではない。溜息を突きながら、二人で再び眠りにつく。

 どれだけ不躾であっても、結局悪意を感じる事は無く、無視すれば眠れない物ではなかったのが幸いだった。…不安ではあったが。


◇◇◇


「彼…で良いんですのね?」


◇◇◇


 一夜明けて、朝食。

 昨日感じた視線の事を皆にも伝えてみたのだが、何かを感じたりする事は無かったようだ。はっきりとそう言われてしまうと、何だか本当に何も無かったのではないかとも感じてしまうが、…いや、昨日は確かに実感が有ったのだ。警戒はしておくべきだろう。


「お…」


 朝食をさっさと食べ終えた俺達の耳に、宿の外から鐘の音が響いて来る――もう襲撃だ。


「いい加減、何か動きが欲しいな…長い事やってられねぇ」


 エリクスさんの呟きに心から同意しつつ、他の冒険者と同じように開け放たれた扉から外へ躍り出る。……今日も今日とて、戦いは続くのだ。


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