第二十四話:援軍
「王国の北西及び南西方面軍より、帝国軍の別動隊が攻略に動きだしたという報告が上がった」
早朝。広場の情報掲示に新しく貼り付けられていた紙を、エリクスさんが読み上げる。
「昨日の夜間警戒中、帝国軍の陣地西方より北方へと向かった一団は情報を伝えるための部隊だという可能性が高い、か…どうなる事やら」
「…攻撃箇所が三か所に分散するのなら、その分要塞都市への攻め方は弱まるんでしょうか?…あ、いや、駄目ですね多分」
「ま、『禁忌』の増殖速度も俺達には分かんねえし…別に元々の兵がいなくなったってわけじゃあねえだろうしな」
「結局やる事は変わんねえよな…で、今日はまだ攻め込んでくる感じねえの?」
今日、帝国軍に動きは――まだ――無かった。どうせ攻め込んでくるんだろうと言う事に関しては逆に信頼すら出来る程なので、後数刻もすれば俺達も各自の配置につくことになるだろう。
「カルスとラスティアが到着する頃は、まだ戦い始めてないと思う――けど、落ち着いて話が出来るのかって言うと凄く怪しい。すぐ戦い、って言うふうにならないと良いんだけど…」
「…もしかして今、喋ってるって自覚ねえのか?」
「疲れてんな…ま、実際に二人が来たら大丈夫じゃねえか?」
もう一刻も経たずに二人がいる――と思われる――援軍は到着する筈なので、二つの山脈にはさまれた要塞都市の入場門へと進んでいく。
そこには既に、十人ほどの兵士が出迎えと準備のために待ち受けていた。俺達がここへ辿り着いた日と同じように、到着してからも手続きで少し時間がとられるだろうけど…流石におとなしく待っておこう。この状況で都市の外まで出迎えに行くのは非常識が過ぎる。
「…お」
レイリの呟きとほぼ同時、門が音を立てながら開かれていく。その向こうにはずらりと並んだ馬車の列。
王都からの大規模援軍、その到着だ。
◇◇◇
「タクミーッ!」
「カルス!」
こちらへと駆けてくるカルスに自らも駆け寄って腕をがっしと組む。カルスの背後からはラスティアさんもこちらへと歩いて来ていて、どうやら俺の背後に居るレイリに手を挙げて挨拶しているらしい。……何やら俺とカルスが子供扱いされている様な感じもするが、まあ仕方ない。
しかし、こうやって十数年も若返った様な挨拶をするまでには、なんだかんだで更に一刻程の時間が必要だったのだ。具体的に言えば、カルスとラスティア達は援軍として到着したばかりだから、現状の説明と、冒険者がどんな任務をする事になるのか等々、長時間の説明を受けていたのだ。
「皆無事だった…良かった…!」
「う、うん。二人も、大丈夫だった?」
そう訊いては見るものの、少なくとも外傷的な意味で何かが有った様には思えなかった。二人の恰好は、僅かに武器を増やしているようにも見えたが基本的には前と変わらないものであり、その表情にも影は見られなかったから。
「こっちは、大丈夫。王都の雰囲気は少し暗いけど、何が変わったわけでもないし」
「心配されるのは、タクミ達の、方。…怪我はなかった?」
「…一回したけど、もう治ったよ。二人はほぼ無傷だった」
俺も、大きな怪我と言えば帝国軍の魔術で足を深々と斬られたあの時っきりだ。
「良かった…所で、帝国軍は、何時、攻めてくるの?」
「…毎日攻め込んでくるけど、決まった時間は無いよ。いつも唐突に動き出すから、即応隊の人達も凄い疲れるみたいで…!」
――鐘の音。
「進攻開始だ!冒険者も早く動け!」
「はい!」
「えっ?もう…?」
いつもの通りに返事をして戦場へと向かいかけたが、まだ対応しきれていない二人の姿にそれを思いとどまり、詳しい説明を始める。
「え、えっと…ラスティアは俺と一緒に壁の上から魔術で攻撃して。カルスはレイリとエリクスさんと一緒に壁の外で戦って。…で、出来る?」
「やる」
「う、うん。僕もやる。えっと、じゃあ…よろしくお願いします!」
カルスはレイリとエリクスさんの方にそう言いながら頭を下げる。
「急に固くなったな…前と同じで良いって」
「おう。…で、人を殺した事は有ったか?」
「無い、です」
「ならレイリと同じで良いか…よし行くぞ!」
そう言ってエリクスさんが走り出し、続いてレイリが、遅れて、カルスも走り出す。
「…俺達も行こうか」
そう言って、少しずつ人が減り始めた道を、ラスティアと一緒に『飛翔』を使って勢いよく進んでいく。目指すは壁上に最も近い階段の踊り場。そこで着地し、ある程度落ち着いて最後の数段を上る。
「まだここまでは到達していませんか?」
「はい。ですが、そう猶予は無いでしょう。準備をお願いします」
「了解しました」
胸壁付近で佇み帝国軍の押し寄せる様を見つめるクラースさんから情報を聴き、ラスティアと共に再び別の場所へと移動する。
ラスティアはクラースさんの存在に驚いていたらしく、少しの間目を見開いてそちらを見つめていたのだが、やがて僅かに首を横へ振って落ち着きを取り戻し、俺の方を見つめてこう問いかけてきた。
「タクミは、もう、人を殺したんだよね?」
――真正面から聞かれると非常に答えづらい問いなのだと、このときはじめて理解した。少し前の俺に伝えてやりたい。
答えづらい質問だったが、答えない訳にもいかないし、嘘を吐くなど論外だ。正直に伝える。
「殺したよ。ここへ来てから、もう何人も」
「…なら、それで、何か変わった?…タクミの中の、何か」
「俺の中の?」
考えた結果、浮かぶものは数あれど、大きい物と言えるのは一つだけだと分かった。これもまた、口には出し辛い事ではあったが…でも、ずっとここで戦うのなら、どちらにしろそう変わってしまう事だとも思う。ならばせめて、先に伝えておくべきだろう。
「…敵を殺すことに、躊躇が無くなった、かな。戦いになって、帝国軍が来たら、すぐ魔術で攻撃…いやな感じはずっとあるけど、それでももう、慣れたんだと思う」
「それは、…人を殺したい、って事じゃあ、無いよね?」
「そ、そりゃあそうだよ。…でも、敵に対してはもう容赦が無くなったって思うのは事実だから、それが変わった所だと思う」
どこかから、アインさんのよく通る声で『即応隊接敵!迎撃の準備をしておけ!』という声が響いて来る。
「…それが、あくまでも、敵にだけ向くもので…味方に、守るべき相手に向けられるものでないなら、むしろ戦う物が持つべき心構えだ…って、シュリ―フィアさんが。…受け売りだけど、でも、そうでしょ?」
「…俺達が集髪した後に、聞いたの?」
俺がそう訊くと、ラスティアは小さく頷いて、こう続けた。
「戦場にいくなら、殺しに、酔わないようにしろ、って。…本当は、タクミにも、伝えたかったみたいだけど、言えなかったから、不安、だったみたい」
「そ、そっか…ちゃんと出来てるかな、俺」
「私には、まだ分からないけど…でも、タクミは、私の知ってるタクミのままだと、思うから」
…ラスティアはそう言って微笑んで、いよいよ開戦間近となった眼下の大地を見下ろす。
「下は三人、上はタクミ。私が特別守りたい味方は、ここにはそれだけ。だから、…それだけは絶対に守るって決めて、戦う。見てて」
「……自分の事も大事にね?」
ラスティアさんの正直な言葉に若干気圧されつつ、僅かな不安を感じたのでそっと指摘する。すると、ラスティアさんは優しく微笑んできた。…本当に、大丈夫だろうか。覚悟という意味では俺よりも決まっている様な気がするのだが、正直に言うと危なっかしい。
それとも、俺だって周囲から見ればそんなものなのだろうか。
そんな事を考えている間にも、着々と帝国軍は迫ってくる。
「ラスティアさん、その…俺の経験から言わせてもらうけど、始めての後は、凄く不安定になるというか、…色々な事に敏感になったり不安になったりするけど、大丈夫だから。先に言っておく」
「ん…分かった。変になったら、タクミが止めてくれる?」
「うん、そこはちゃんと、同じ場所に居る俺が責任取るよ。…よし」
ラスティアさんと共に見つめる先、王国軍の本隊と帝国軍は既に幾つかの陣が激突寸前となっていた。俺達の攻撃もすぐに始まるだろう。
呼吸を整えて落ち着きを取り戻し、何処を責めるべきかを思い浮かべる。
俺達の真下程に、王国軍の冒険者部隊がいる。金髪が二人に白髪が一人。すぐにどこに居るか分かる。エリクスさんの口ぶりなら、今日はあまり離れ離れに行動する訳ではないかもしれないから、そういう意味でも安心だ。
――そして。
「魔術士は右方に展開した帝国軍から叩け!攻撃開始!」
二人を交えての初戦闘、その火蓋が遂に切られた。




