第二十三話:再戦より一週間
「『風刃』!」
加速するレイリの前方へ集まりかけていた帝国兵に対して魔術を打ち込み、その統制をかき乱す。続けて撃ちこんでいくが、散発目が地上へ届くよりも速く、レイリが他の兵士を切り倒していた。
――『禁忌』についての話を受けてから既に七日、一週間が経過していた。その間ほぼ毎日、昼夜を限定せず遅い来る帝国軍の撃退に俺達は心血を注いでいた。
少し離れた所に居る魔術士として動く部隊を発見したので、其方の方向へと『風刃』を『疑似模倣』で纏わせた矢を放つ。
この距離で使った所で、風の刃は文字通り空を切るばかりだったが、しかし、暴風が立てた音は地上にも届き――エリクスさんが動いた。
すぐにでもあの魔術士部隊は壊滅するだろう。そう思いつつ戦場全体へくまなく視線を送り…辟易とさせられた。何せ、見渡す限り黒装の軍勢なのだ。今のような夜、高い壁の上から見渡すと、壁際に陣取る王国軍の姿が見えづらくて余計にそう感じられる。
――毎日のように激突しながら、帝国軍側の数がこれほどまでに減っていないことには理由が有る。
三日に一回程、真夜中に援軍が到着するのだ。つまりは、帝国軍によって生み出されたらしきクローン人間の追加である。
こちらにも援軍は来ているし、これから到着する予定だってある。だがしかし、数が圧倒的なのだ。数千人を毎回送り込んでおり、次の援軍で一万人を超えるとも言われているのだから、そのどうしようもなさは伝わるだろうと思う。
「『土槍』!」
現在、レイリは壁に程近い場所で敵の先頭に立つ部隊と衝突、エリクスさんはそこから離れた場所、敵中へと切り込んで戦っている。
レイリが戦っている所までならば『風刃』も届くが、エリクスさんほど離れた場所では『土槍』くらいじゃないと攻撃する事が出来ないので、適宜使い分けなければならないのだが…それもここ数日で慣れた。両軍共に同じような戦術を基本としているから、しっかりと状況を見定めていれば対処は簡単なのだ。
――現状、王国軍の被害は、帝国軍の黒装部隊到着時の総数から考えて二割ほど。それに対して帝国軍の損害は、四割を超えたとも言われている。
だがしかし、大量の援軍が供給――という言葉を使う事になった――され続ける現状、帝国軍の総数は当初の総数から二割ほど増加しているらしいという事が分かったのだ。……間違いなくこちらがジリ貧になる構図。明日には大規模な援軍が王都から到着する筈だが、それさえも戦いが長引けば焼け石に水。
…本当に、どうすればこの戦争を終わらせる事が出来るのか。主力部隊を後退させ始めた帝国軍の姿を眺めながら、疲労の溜まった頭で考えていた。最も、答えなんて浮かびはしなかったが。
◇◇◇
負傷者を町の各所に有る診療所へと運び、壁上に焚かれた炎で焼いた肉に調味料を塗して乱暴に齧り付きながら、帝国軍の動向を監視する。……夜だからやはり、彼等の陣が有る場所までは見る事が出来ない。だがしかし、もしも後退したふりをして再び大軍で打って出れば、間違いなく見つける事が出来るとも思う。そのくらいの自信を持てる程度には強力な五感を持っているという自負はあるのだ。
「…『暗視』」
一縷の望みに掛けて起句そのままの効果をもたらす魔術を使用してみるも、せいぜいが今見えている場所がより精彩に映る様になっただけ。そもそもこの暗闇で視認できない距離には効果を及ぼす事が出来なかった。
俺はこれから二刻程監視して、その後、訪れるだろう別の冒険者と交代、宿に戻って明日の朝まで休息だ。勿論それは、その間に襲撃が無かったら、という前提ではあるが。
月が新月に近づいているからか、俺を含めて回復能力は皆、目に見えて落ち込んでいるように思えた。こうして監視をしている間も、近くでは大きく欠伸をする冒険者や、焚火を見つめて口を開いたまま停止してしまった兵士なんかが何人もいるのが見える。
…いや、結局のところ、疲れているのは月がどうこうではなく、連日続く戦いに精神が疲れ、『新月が近いから回復しない』と考えることで肉体まで突かれているように感じている面も大きいのだろう。つまりは精神論の問題なのだ。だったらすぐ解決するのかと言われれば決してそんな事はないのだが。
『月煌癒漂』様の伝承が現実の力を伴って広まっているからこその現象だとも思える。月による治癒効果というのは間違いなく人類にとってありがたいものなのだが、探せば何事にも弊害というものは見つかってしまうらしい。
「はぁ…」
「間違いなくアタシの方が疲れてっから」
「うわ…レイリ、何時来たの?」
思わずついたため息に、何時の間にやら背後へと佇んでいたらしいレイリが言葉を繋げてくる。『今』と軽く答えたレイリは俺の隣へ腰を下ろし、帝国軍の潜む闇へと視線を送る。
「明日はカルスとラスティアも来んだろ?」
「うん。…多分。手紙とかのやり取りは出来てないから絶対じゃないけど、何も無ければ」
王都からの援軍は、基本的に正式な軍隊なのだが、冒険者も同様に派遣されてくるらしい。ギルド側も戦争参加の依頼を正式に受理した、という話を小耳にはさんだので、それが正しければ明日、二人は此処へと到着するだろうと思う。
――戦争に来るまでも思っていた事だが、やはり二人には正直関わってほしくない環境だと言う事は間違ってなかった。同世代であり俺以上にしっかりしている二人に対して保護者面など自分でも呆れてしまうのだが、人と本気で命を奪いかねないほど激しくは戦ったことのない二人に、この戦争に関わってほしくないと思ってしまうのだ。
二人に直接言えば、きっと怒るのだろう。王都から出発する前、末に二人が自分たちで考えて出した結論だと堂々と伝えてきた以上、とやかく言うのはお門違いだし、二人を止める事が出来るわけでもないだろうから。
「ま、その辺はとにかく明日だろ。来てから確認…っつうか、絶対にこの都市に配属って決まってるわけではねえとも思うんだけどな」
「…ここ以外に来る場所ってあるの?」
「んー…ほとんど有りえねえっちゃぁ有りえねえんだけど、一応、ここの山脈の北と南にも防衛戦は敷いてると思うぜ?こっから確認できないくらい迂回してから攻められたときに守りが無けりゃ意味ねえしな。
但し、そっちにはそっちでちゃんと軍も有る。ここより規模は小せえけど、専門で配備されてんだから充分だろうし…だから基本的にはこっちで良いんだよ。無駄な事話しちまったかこれ…」
確かに、ほぼ間違いなく要塞都市に配属されるのならば、レイリが『無駄な話』と感じるのも無理はなかったかもしれない。ただ…考えれば分かりそうな事だとしても俺にとっては新事実だったので、正直に言って知る事が出来て良かったとも思う。
流石に山脈という自然物だけに国防を任せたりはしないよな…。
レイリと何でもない様な会話を続けつつ、ふと気がついた事も有って、問いかけてみる。
「レイリ、今日は監視役じゃ無かったよね?明日も多分戦いはあるだろうし、今日も早めに休んだ方がいいんじゃない…?」
「お、聞くか…。いや、単純に今日あんま話せなかったし、一緒に戦ってんのにコンビが話せてねえってのはおかしいよな、って考えて来たんだよ。それに疲れてたし、話しゃあ多少楽にもなるかって…何か恥ずいな、これ」
「あ…うん、確かにそうかも…でも、ありがと。俺もかなり疲れてたし、正直助かった」
言いつつ、確かにこれは恥ずかしいと、赤面しつつ意識を闇の向こうへと向ける。
嘘など全くないのだが、正直な気持ちを口に出すとやはり恥ずかしい。子供か?……子供の方が正直か?
「って、なんか…!」
「どうした?」
視線の先、闇の中に小さく光りながら移動する物が有った。
――松明。場所からして、帝国軍の陣地より後方…というか、上方?
「丘の上、かな…ちょっと報告してくる!」
「アタシも行くぜ…いや、何も見えねえんだけど」
『暗視』を使ったままだったからだろうか、どうにかその灯りを見つける事は出来たようだ。だがしかし、その松明を持っているだろう誰かが何をしているのかはさっぱり分からないし、どれだけの人数がそこに居るのかもわかりはしない。
壁の中心へと歩く俺達とどうやら平行に進んでいるらしいその灯りの進行方向は北方――北方から迂回して攻めてくる可能性も有るというレイリの言葉が思い返される。いや、聞いたばかりだから思い出しやすくなっているだけかもしれないが。
ともかく、壁上に居る軍人で最も階級の高いらしい男性へとそれを報告する。その頃には丘の上に有る松明の数も十数本になっていて、数本が集まった部分の灯りは目のいいものならどうにか見えるほどの明るさになっていた。
「ふむ、協力感謝する…本陣の方に連絡だ!伝令!」
伝令が都市内へ続く階段の踊り場から炎を板で隠して明滅による信号通信をしているのを見ていた俺の耳に、小さい鐘の音が届いた。……どうやら、これで二刻経過らしい。
「帰るか…」
「おう。…あ、タクミは晩飯食ったか?」
「焼いた肉だけ」
「じゃあ、きちんと野菜も食っとけよ。取っといたから」
「ほんとに?」
先導するレイリが足を速めるのに従って、俺も急いで階段を下りていく。
…不安要素は多いけれど、それでも、今この瞬間が苦しいかと言われれば、決してそうとは言えないような、不思議な感覚だった。




