第二十話:繋がりを
「…死んでる?」
「そう、もう死んでる…もう六年くらい前じゃねえかな、確か。魔術の才能が有る奴だったって言ってた気もするけど、うっかり忌種が犇めいてる様な洞窟だかに落ちちまって、全部殺し終わった後には、もう処置が間に合わないくらいボロボロだったって話だ」
レイリ自身にとって、死んだその冒険者とは深いかかわりが有った訳では無かったからだろうか、その説明は淡々としたものではあった。
「たぶん、兄貴が修行とか何とか言って滅茶苦茶特訓し出したのはこのころからだった…と思う。ボルゾフさんとかにも剣の振り方とか教えてもらって、で、いつの間にかランクも上がってた、って感じだったぜ?」
「そ、ッか…冒険者って、誰にでもコンビがいるものなの?」
あまり掘り下げるべき話ではないだろうという思いと共に、純粋な興味も感じたので、話題を転換するようにそう質問する。
「ん、まあ…そうなんじゃねえか?よっぽど人付き合いが苦手か、兄貴みたいに死に別れたり、片方だけ怪我とかで引退したり…ああ、コンビって訳じゃなく複数人で組んでたりとか、いろいろ例外はありそうだけどな」
「へぇ…個人で活動してる人も多いのかと思ってた」
「いや…あのな?タクミもあれだ、他の冒険者と比べたらかなり才能有り余ってる方だからな?アタシと会った時とか【小人鬼とか一人で何体も討伐してたけど、あれもかなりあぶねぇから。忌種討伐すんならコンビ組んで武器整えて、連携組んでから…ってのが普通だかんな?魔術使えて身体も動く、ってのは、それこそ普通じゃねえから】
「…いや、うん。一応分かってはいたんだけど…」
「才能が無いとか思ってんなら勘違いだかんな…?」
アリュ―シャ様から齎されたのは、まさしく一人でも生き抜くことを可能にする力だったわけだ。自分から危険に飛び込んでもいるような現状では話は別だが、一般人達と同じように安全な場所に居て、偶発的に危険に巻き込まれたりしたとして、ある程度使いこなせてさえいれば、身体能力も魔術の才能も充分すぎるほどに俺の命を助けただろうから。
――いやまあ、俺自身に才能が無いのは間違いないと思うけれど。
「ボルゾフさんにも魔術士のコンビがいたし、なんかこう…魔術だけ、とか、近接だけ、って言うコンビの構成ってのはあんまり思い浮かばなかったんだよな…まあ、ぶっちゃけた話、だからハルジィル商会の護衛依頼の時に、タクミの魔術見て、結構思惑込みで友達になろうとしてた所とかはあったんだよ。」
「え、そうだったの?」
「まだコンビとして決めたりとかは無かったんだけどな。単純に、年が近くてちゃんと戦える冒険者の友達がいなかったってのも理由」
その話を聴くのは初めてだった。…まあ、確かにそうかもしれない。あのときは俺も、ちょっと話が急だな、とは感じていたから。勿論、その前に一度、レイリにはエリクスさんに負けた所を見られていたので、初対面では無かったから、という事なのかもしれないと思ってはいたのだが。
「まあ、エリクスさんにボロボロに負ける所を見たような状態で、俺にコンビに成ってほしいとは思わないよな…」
「ああ、あとでミディから聞いたけど、魔術の才能であの戦いする事になってんのに、タクミはまだ魔術使えなかったんだろ?無理があるって」
「…ミディリアさんって無茶苦茶な事する時有るけど、昔から?」
「ん?まあ…アタシの事レイちゃんとか呼んでんのはあれ、普通のギルド員としては多分問題なんだろうな…とか思った事はあるな」
「え、そうだったんだ…でも、ミディリアさんとも友達なんでしょ?だったら別に、問題なんてないんじゃない?」
「いや、もし冒険者同士で諍いが有ったら、ギルドが仲裁する事になってっから、あんまり個人に肩入れすんなって話になってるらしいぜ?まあ実際、いさかいを起こした冒険者の担当が仲裁するような事はないらしいけどな」
…ならば、冒険者と、その担当をしている職員の仲は密接な方がいいんじゃないだろうか…とも思ったが、担当している職員と仲裁している職員の中が密接だと、冒険者に対する制裁を緩くしてほしいという意見が通ってしまったりするかもしれないから、仕方が無いのかもしれない。
そこまで話してから、レイリは、「なんか話がずれてんな…」と呟いて、本題を思い出そうとしているのか、軽く頭を振ってからもう一度話し始めた。
「で、だ。あの後、タクミとコンビ組んで、でもそっからすぐ、タクミは水に流されて聖教国へ…アタシはあの後すぐに手紙出したのに、タクミは何時まで経っても受けとりゃしねえ」
「う、冒険者ギルドに行けてなかったから…って話は、前にしたよね?」
「聞いた。でもあれだ、コンビが、離れ離れになったくらいで何カ月も互いの無事を確かめられないとかおかしいだろ?」
レイリはあたかも当然のことのようにそう言った。俺も、レイリに無事であると伝えられないのはかなり辛かったのを思い出して、同意しかけて…。
「…いや、でもどうやってすぐに無事を確かめられるようにするの?手紙じゃ不確実かもしれないし」
「んー…シュリ―フィアさんからなんか、遠くに居る相手と話す魔術が有る、みたいな話って聞かなかったか?」
「それは…聞いた事有るけど、確か、そこまで都合のいいものじゃないって話だった気がするし、そもそもどっちも魔術士じゃないとうまくいかないんじゃないかな…」
思い返すと、確かロルナンに居た時にもシュリ―フィアさんからそんな話を聞いた事が有った様な気がする。…そうだ、思い出した。あの時は「あの人達」がその魔術と同じことを瘴気を使ってしていたから、それを見つけた時に聞いたんだ。
王都で修行している間でも、話題に上がった事はあった。シュリ―フィアさん自身も、守人の何人か、また、任務中に指示を出してくれる人との間では魔術を使ってやり取りができると言っていたのだ。
「それに、出来たとしても練習が必要だって…」
「…アタシも多分、魔術使えっからな?」
「え?」
記憶を手繰りつつその魔術についての情報を口にしていると、レイリからそんな事を告げられた。
「本当に?今まで魔術使った所なんて見たことないんだけど」
「だから『多分』って言ったろ」
「いや、でも…『多分』とは言えるくらいには根拠が有る話なんだよね?」
「おう。冒険者の登録するときに変な魔法陣の水晶玉に手ぇ出せって言われたろ?アタシあん時に、魔力量は十分なのに、属性?が足んねえって言われてさ、だからまあ、水出したりとか、そういう魔術はてんで使えないらしいけど…でも会話なら問題なさそうだろ?」
…そう言われると、確かにそうなのかもしれないと思う。属性、というものは、ある程度ならどうにか無視できる物でもあるとシュリ―フィアさんから教えてもらったし、
だがしかし、正確にどうやって使う魔術なのかがよく分からない。魔術はある程度の道理を無視できるから、今までにある魔術と全く同じ物を目指す必要はない筈だとも思うけれど…何だ、想像が難しいな。
「シュリ―フィアさんに聞ければ一番確実なんだけど…でも、出来るだけ考えてみる。便利だっていうのは間違いない筈だし」
「おう、…アタシが言っといて何だけど、とりあえず今日は休めよ?」
「うん。…明日の昼になってもずっと戦い続きだったら、俺達もすぐに参戦、って事だよね?」
「まあ、たぶんな」
「だったらレイリも、俺と一緒で戦わなくていいんだから、出来る限り休んでね?…そうだ、出来るのかは分からないけど、レイリは一回自分の部屋に戻って一晩しっかり寝てきたら?ほら、ここは…」
『流石に落ち着ける場所じゃないし』とは、周囲に他の患者もいる今、口に出し辛かったが、レイリには伝わったらしい。一度周囲を見渡してから、再び俺の方を見つめてくる。
「アタシはここで良い――というかここが良いから。動かねぇから」
「え、でも、レイリだってきちんと休んだ方がいいでしょ。それとも、コンビの片方が診療所ならもう一人も診療所の中で寝泊まりとか、そんなに厳しい規則で決まってたりするってこと…?」
「んな訳ねぇだろ…。でもまぁ、そういう事でも有んのか?様は、今日はきちんとお前と一緒にいてやるっつってんだ。だからアタシも――」
レイリはそこで言葉を一度切り、再び周囲を見渡した。
そうして、一度小さく溜息を吐いてから、俺を見てこう言ってのけた。
「ここで寝る。寝具に余りがねぇから仕方ねぇな」
「…え」
「いや、そうなるだろ?もう今日はあれだぞ、臭いとかどうとか気にすんなよ?アタシのはタクミの血だから」
「いや、匂いの事を言ってるんじゃなくて…え、えっと、先生!先生!」
何やら疲れを取るように伸びをしている先生を呼ぶと、先生はこちらを見て、何かを確認した後、引きとめる間もなく寝具の並べられていない部屋の中へと入って行き、数十秒後、再び出てきて俺達の方へと歩いてきた。
その手には掛け布団。
「まあ、せめてこのくらいは必要だろう?後は好きにしてくれていいけれど、騒がしいのは他の患者さん達の傷に障るから、精一杯心遣いをお願いするよ。…口出しするのは趣味じゃないが、端的に『程々にしたまえ』と言わせてもらおう。怪我人だぞ全く…」
と、こちらが何かを言うよりも早く言うだけ言って先生は帰って行ってしまった。恐らく他の患者に対しての処置も終わったという事なのだろう。
…さて。
「掛け布団ってことは、寝ても良いってことだろ?」
「…まあ、たぶんね。ちょっと引っかかる所も有るけど、静かに寝れば大丈夫って事だとは思う。…もうあんまり話したりせずに寝るよ?それでいい?」
「分かった分かった。じゃあ、お休み」
レイリはそう言って、掛け布団を自分と俺に掛けながら、俺の隣へと寄り添ってきた。
宿のそれよりも小さいからだろうか、あの時よりもより密着してしまっている様な気もする。
再び気恥しさを感じつつ、どうにか心を落ち着かせて眠ろうとして――足に激痛。
「痛…ッ!ッ!」
「…すまん!今のは完全に無意識だった…!」
レイリが小声で感情を込めつつ謝ってくる。耳に息が吹きかかる程の距離で放たれたその言葉は、しかし俺の傷そのものを癒す事はなかった。
――包帯に染み付く再出血の跡に、明日の正午での復帰が難しいかもしれないと思ったのは余談である。




