第二十話:友達
リィヴさんに作業が終了したと呼びかけて後ろの馬車に戻ると、その中に妹さんが乗っていた。
「あれ?妹さん…」
「妹さんって…お前なあ、もうちょっと言い方ってもんが…そうか、名前教えてなかったな。
アタシの名前はレイリ・ライゼンだ。ま、レイリとか、好きなように呼んでくれ。お前は?」
「あ、はい。俺の名前はタクミ・サイトウです」
馬車が動き出した。
「タクミ・サイトウ…やっぱこの辺の名前じゃねえよな。海に浮かんでたのを漁業組合のお偉いさんに拾ってもらったって話は聞いたけど、かなり遠くから流されてるんだろうな…、大変だな」
「あ…そこまででも無いですよ。記憶もはっきりしていないですし、帰る方法も検討付かないようなら諦められますし」
この言い方なら基本的に嘘扱いされることはなさそうだ。心配してくれるのは嬉しいが、有る程度納得済みの行動では有るんだよなぁ…。
「…いやいや!それはアタシが思ってるより重症なんだが!?記憶喪失まで併発してんのかよ!」
「いえいえ、はっきりしないってだけで、ちゃんといろいろ覚えてますよ。じゃないと、多分一人で生活とかできてなかったと思います」
「ああ…まあお前自身がそう言ってるんだし、そうなのかもな。
…そう言えば、タクミはランクがすぐ上がったって噂を聞いたけど、今のランクは?」
「おとといEランクになりました。今日はペルーダを討伐した帰りなんです」
「ああ、なるほどな。だったらもうすぐアタシのランクにも追いつきそうだな…」
「え~っと、じゃあレイリさんはDランクですか?」
「おう。とは言ってもなったのは数か月前なんだけどな。エリクス兄はもうすぐBランクになるって話だし。
あ~…、アタシたち二人は、結構速いからな。Cランクなんて、才能のある奴がずっと冒険者してて、運が良ければ二十代後半でなれるかどうか、ってくらいなんだからよ。言っちゃあなんだが、タクミだって若干異常なくらいだぜ?」
「う~ん、やっぱりそうなんでしょうか…?」
「疑問形はもう外せって。と言うか、ほんとに自覚しといたほうがいいぞ。あんまりランクを上げ過ぎるのは危険を呼ぶからな。忌種の強さ以外でも、人からの妬みだって有るんだからよ」
「…そうですね。じゃあ、もう少し自分を強くしてからランクを上げる事にします」
「自分がランクを上げられる事に全く疑いを感じてないんだよな…。まあ、才能は有るとは思うんだがな、焦りすぎると自分の首を絞めるぜ、まあ、「急がば回れ」ってやつだよ。ちょっと落ち着く事が必要だな。ま、もう暮らしそのものには困らないだろうし、余裕も出せてくると思うぜ」
そうだな。実際宿に泊る以外にはあまりお金を使っていないせいか結構金銭的な余裕がある。これならとりあえず生きていける。取りあえず自分の身を守れるくらいの実力になったら自分の身の丈に合った依頼を少しずつこなして行く事にするべきかもしれない。
「何だかありがとうございました、レイリさん。確かに生き急いでる感じが有ったかもしれないです」
「分かったなら良いの。………はぁ」
「どうかしたんですか?ため息ついてましたけど…?」
「…ああ、兄貴がな、結構遠い町にまで仕事しに行っちまって、なかなか帰って来れねえらしいんだよ。そうなってくると暇で仕方なくてなぁ。今までは兄貴と同じランクだったし、同じ仕事について行けたりもしたんだけどよぅ…。今回の仕事成功させるとかなりCランク上昇にも近くなるんだろうなぁ…と思うと、な」
それはつまり、エリクスさんと仕事できなくなるのが悲しい、と言うことか。なるほど、確かに兄弟みたいにずっと一緒にいる人がいつの間にかいなくなったら悲しくなるだろう。
「………やっぱり、家族と会えなくなるのは寂しいものですかね…」
「まあ、な…。家はもう親もいねえし、兄貴が唯一の肉親だってのも有るとは思うけど。家に一人だけ、って言うのはなんだかんだで寂しいんだよなぁ…」
…結構重い話をさせてしまった。
「…なんか、すみません」
「…ま、気にする事じゃねえよ。アタシは振り切ってる問題だ。
………なあ、タクミはまだこの町の暮らしに慣れてないんじゃないか?」
?何だろう、少し唐突だな…。
しかし、町と言うよりこの世界の常識そのものが一週間程度では身についていないだろうし、その質問の答えは決まっているか。
「はい。正直な所、常識にも疎い部分が有るくらいかと…」
「うんうん、そうだよな。だったらいつかアタシが町を案内してやるよ。暇な時に見かけたら話しかけに行くから、そっちも暇なら話しかけてくれよ」
「…、はい。だったら話しかけま」
「ああ!もう、そうやって敬語で話すの止めろよなッ!そりゃアタシの方がランクは上だが、そんなヘコヘコする様な相手じゃあないんだからよ。もうちょっと、友達みたいに話してくれよ」
…友達。
「………ああ。分かったよレイリさん。…これで合ってるかな?」
「…まあ、呼び捨てにしてくれてもかまわなかったんだが、その辺は人次第だしな。そんな感じだろ。それじゃ、これからアタシ達は友達な」
「…!はい」
異世界初の友人。レイリさんは凄く話しやすい人だ。何と言うのか、かなりのスピードでこちらの懐に入ってくるのだが、不快感を抱いたりしなかった。こう言うのも憧れるよなぁ…。
とはいえ、友人ができた事は切実に嬉しい。この世界に遊びに行ったりする場所はないかもしれないけど、日頃あった事を話したりするだけでもかなり楽しいだろうな…。
「もしかして、タクミは話したりするの苦手だったりするのか?なんか話しだすまでに変な間が挟まってるような気がするが…?」
「ああ…多分、友達と話す、って感覚を思い出すのがちょっと難しかったからかな?どのくらいまで気さくに話しかけてもいいのかが、ちょっと分かんなくてね」
友人、親友なんて者が居たのは高校が最後だ。それから十数年。家族以外の親しい間柄との話し方が少しわからなくなっていたようだ。
「そうか…ま、おいおい慣れていきゃあいいよ。そう簡単に死にゃあしないだろうし」
「…あんまり死ぬとか物騒な事言うなよな、もう」
「いやいや、それは心配し過ぎだな~」
その後は、何が好きか、等の他愛無い話を続けた。何だか心が若返るような感覚だった。しかし、よく考えれば何でレイリさんみたいな美少女と動揺せずに話せるのだろうか。それこそ、アリュ―シャ様以外で見たことないくらいかわいいのに…?
◇◇◇
ゴブリンに襲われ、レイリさんと友達になった場所から六時間。ようやくロルナンに着いた。一昨日と同じ場所にリィヴさんが馬車を留めたので、馬車から下りる。
「リィヴさん、荷物下すの手伝いましょうか?」
「…いや、いいよ。そこまで多くないからな。ほら、依頼布を出せ」
「あ、はい」
懐から依頼布を出し、リィヴさんに渡す。レイリさんは…どこか不機嫌そう。リーヴさんは悪い人では無いと思うのだが、まあ、それは感じ方だよなぁ。
達成印の押された依頼布を受け取り、レイリさんと二人でギルドへと向かう。
「レイリさんはさ、リィヴさんってどんな人か知ってる?」
「ん?ああ、リィヴの事か…。あいつはなぁ…」
どうやら何か知っているようだ。もしかしたらこの町では有名な話?俺も、よそ者だって判断されてから反応が柔らかくなったような気がしたし。
「あいつはさ、今でこそ正式にハルジィル商会の次男坊だって扱いになってるんだが、今のハルジィルけとは血が繋がっていないんだよ。今の商会長が、どっかの詳細で出た孤児を、家訓の遂行のために複数の子どもが必要だったから、新しい子供を作るより手っ取り早いから、とかそんな理由で養子にした、とかそんな話は聞いた事が有るんだが…」
「…それは、かなり重い話ですね。でも、何で冒険者を毛嫌いするんだろう」
「この町に来た当初に、かなり素行の悪い、それこそ盗賊と変わらない所まで堕ちた冒険者に身代金目的で誘拐されたんだと。まあ、私はほんとに赤子だった頃の話だから、これ以上は知らねえけど」
「………」
絶句してしまった。いくらなんでも想像以上に重い過去だったから。
その後も二人で会話しながらギルドに到着した。そこで、互いに違う受付の列に並んだため、分かれる。とりあえず、俺がするべき仕事は受付の人にEランクの仕事を達成してきた事を伝えて、今日の護衛依頼の報酬と、ゴブリンの耳を受け取ってもらうことか。
列の最後尾に立って十分ほど待っていると、ようやく俺の番になった。ちなみに、担当だったのはミディリアさんだ。今回は確認して並んだ訳でもないのにどうしてここまで被るのか。まあ、そちらの方が話は通しやすいのだが。
「お、帰って来たのねタクミ君。で、どうだった?」
「はい、ちゃんと討伐する事ができましたよ。ペルーダ討伐についてはヒゼキヤのギルドで手続きを終えてきました。それと、これが帰りの護衛依頼の依頼書と、その途中で遭遇したゴブリンの右耳です」
「ああ、了解よ。じゃあ、ギルドカード貸して頂戴。確認している間にゴブリンの耳も並べておいて」
言われたとおりにギルドカードをミディリアさんに渡す。ミディリアさんが手元の機械にギルドカードを通して…ポイントカードみたいだ…いるのを見ながら、ゴブリンの耳を御盆の上に並べ、その横に依頼書を置いておく。
先程ギルドカードを通した機械から、カウンターに文字が光って映し出される。何だか、魔術と言うより機械の、SF的な技術に感じられるが、恐らくはこれも魔術だ。多分。
「うん。ペルーダを一体討伐してるわね。これで問題なしっ、と。で、これが今日の分の報酬なのね。
護衛依頼の報酬が銀貨三枚、ゴブリンが十二体だから…銅貨九十六枚で、銀貨九枚と銅貨六枚ね。少し待ってて」
ミディリアさんは、報酬を取りにギルドの奥へと入って行った。
「おーい!タクミ!」
振り返れば、ギルドの真ん中あたりにレイリさんの姿。何か用が有るのだろうか?
「何かあったのー?」
「いや別に。アタシはそろそろ帰るから、それを伝えとこうと思ってな。じゃっ!また明日!」
「ああ!また明日!」
別れのあいさつを交わしたレイリさんは、ギルドから出ていく。
ちゃんと挨拶をしていく、と言うのは素晴らしいな。ただ、この人込みの中で大声を出すのは少し恥ずかしかったけれど。
「あれ?タクミ君ってレイちゃんと知り合いだったっけ?」
いつの間にか戻ってきていたミディリアさんに問われる。
「え~と…互いの名前を知ったのは今日ですけど、初対面は戦闘試験の日に、俺が会議室に向かう時に案内してくれた時ですね」
「じゃあほとんど会ってないわよね…。あの娘が自分から積極的に話しかけたりするのは初めて見たんだけど…?」
「…そうですかね?かなり話しやすかったですよ?あれで人と話す事に慣れてない、なんて言われてもちょっと信じられないんですけど…」
あれだけほとんど関係を持ってない人と気さくに話せる人が…?
そもそも、初対面の時でもレイリさんの方から話しかけてきてくれた気がする。正直、俺としては人懐っこいとか、そんな感じの印象だったんだけれど、他の人から見れば違うように見えるのか。まあ、ミディリアさんはレイリさんの事を『レイちゃん』と呼ぶ程度には親しい中の様だし、そちらの方が正確な感想なのだろうけど…。
だとしたら、なぜ?
「う~ん、考えられる事が有るとすれば、エリクスさんと戦った、とか、そのくらいかしらねえ…?自分と近い年齢で高ランクに成ろうとしていて、実力が有名な自分の兄相手にも諦めることなく抗い続ける姿に友人としての魅力を感じた…みたいな?」
「えぇ~?それはちょっと、理解できないかも…」
「理解できないなんて言っちゃあだめよ!あの娘、年の近い友人なんて全然いないんだからね!お兄ちゃんの背中を追い続けた結果、かなりのランクになって、………女の子には怖がられ、男の子には、…畏れられちゃって。
その情報も知らない、それでいてこれからどんどん強くなりそうな同年代の少年を見つけて、もしかしたら友達になれるかも…、なんて、そんなふうに考えてるのよ。
…あなたも友達なんていないでしょ?なってあげなさいよ」
「いえ、友達にはもうなってますよ。帰りの馬車の中で話もしてたんです」
「あら、そう?なら良かったわ。それじゃ、さっさと仕事の続きをしましょうか。…今日の報酬合計額は、二つの依頼を合わせて銀貨十二枚と銅貨六枚です。確認してください」
「あ、はい…。確認しました」
いきなり仕事口調になられるとビックリしてしまう。でも、素が出てる時間が長すぎて、あんまり意味がないんじゃあないのか、とも思ってしまうのだが…、気にしてはいけないのだろう。
「あと、明日からはどうするの?前も言ったけど、このあたりで一番近いDランクの討伐対象は、ヒゼキヤくらいよ?またヒゼキヤに行く、ってわけじゃあ無いのよね?」
「レイリさんと話をしていて、俺のランクが上がる速度が速すぎるんじゃないのか、ということになったんです。それなら、もう少しゆっくりと、仕事に慣れてからでもいいかもしれないと考えたんです」
「…ふうん。まあ、それもいいかもね。タクミ君が冒険者になりたてだって言うことを知ってるからこそ出た意見だろうし、間違っては無いわ。ただ、それなら積極的に自分の知らない事を経験しなきゃあ意味ないわよ?」
「そうですよね…。慣れるためにやってるんだから、もっといろんな事を覚えないと。と言うか、そもそも常識的な所にも欠けた所が有る気がするくらいです…」
「まあ、冒険者になったばかりで高ランクになった人には共通の悩みだったりもするわね、それ。でも、それはこっちからだと判断できないわ。
…一回、痛い目に有って覚える、と言うのも一つの手よ?」
「…出来れば、遠慮したいんですけどね…」
最終手段程度には考慮するべきかも知れないけれど。
「とりあえずは、自分のやった事のない依頼をしていくのがいいんじゃない?たしか、衛兵隊と合同の依頼、町の警備…とかは、やったことなかったと思うけど?」
「…そうですね。この町の中で出来ますし、今までの依頼とは少し方向性が違う感じがします。じゃあ、明日は警備の依頼を受ける事にします」
「…ああ、今から宿に帰って晩御飯なのよね?だったら、明日は陽四刻過ぎくらいにギルドに来るくらいでちょうどいいわよ。午後からの方が、疲れも癒せるでしょうし」
「え?もしかして、午前の部と午後の部が有るんですか?」
「ええ、衛兵隊の交代の時間と同時にね。何もない事が一番だとは言え、一日中決まった場所を歩き回る、なんてのは精神を傷つける原因にしかならないもの」
「なるほど、じゃあ、明日の朝は少しゆっくりさせてもらいます」
「………う~ん、別にね、冒険者って毎日働かなくちゃあいけない訳じゃないのよ?宿でご飯も食べられるだろうし、多少は休んでも困らないでしょうに…」
「まあ、休んでやりたい事が有るのか、と言われれば、ないとしか言えないのが現状ですから。何かやりたい事が有ったら、それを優先するかもしれないですけど」
趣味も、この世界で手軽に楽しめる物はない。読書にゲーム、ネットにテレビ…地球は娯楽に溢れているのだと痛感するな。
この世界の人の趣味って、なんだろう。読書くらいならあるかもしれないけど…、大量生産なんてできる時代ではないだろうし、ここから見えるギルドの本棚には少し古びた本も大事にしまわれてるから、高級品だと言うことに変わりはなさそう。
「ま、そんなものなのかしらね?息抜きも必要だっていうことは、覚えておきなさい。頑張りすぎるのはよくないし。
…っと、そういえば」
「はい?なんですか?」
「いえ、一応言っておいた方がいいのかな~?と。今日の朝にね、東の森に調査隊が派遣されたのよ」
「…そう言えばギルド長がそんな事を言っていましたね」
「彼らの報告でこれからの対応も変わるわね。今日はこれから?」
「今日はもう、宿に帰ろうかと」
「そう、それじゃあ、また明日」
ミディリアさんに挨拶を返して、赤杉の泉へと向かった。




