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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第十六話:方針

 焦げ付く匂いと呻き声の元へと飛び込めば、木々の間へと横たえられ、苦しそうに声を上げ、身体を震わせる冒険者達がいた。

 エリクスさんとアインさんがほとんど無傷だったから、実際の所、かなり被害は抑えられたのかと思ったのが――そんな事は無い。恐らくは、傷の浅い、動ける冒険者が炎の中から、重症の冒険者を運び出したのだろう。


「対処にゃ時間が足りなかった…治癒そのものは出来なくても、魔術で傷口を塞ぐなり、洗うなりはできるか!?正直言って、今魔術士としてのお前に期待してんのはそっちの方面だ!」

「や、やってみます!」


 そう答えて、エリクスさんが指示した男性の元へと駆け寄って、炎の前でしたのと同じように『凝集』で水分を集め、洗浄する。

 だが、それで洗い流せるのは精々が土などの汚れだけ。細菌などを流しきる事が出来ているとは思えない――いや、今はそれでもやるしかないのだ。

 横たわる男性の姿を見て思う。既に、放置すれば死は免れないほどの傷を負っている。体表面に広がった大きな火傷、そして出血。どちらかの対処を怠っても命は無い。

 月は大きい――治癒力は、かなり強く発揮される筈だ。だから、薬などを使用した上で絶対安静状態におけば、火傷の方はどうにかなるかもしれない。

 だが、出血による死はより一層差し迫った危険である。――傷を塞がなければいけない。どうやって?


「『凝固』…!」


 無理やりに瘡蓋(かさぶた)を作り出す。そんな現象を想起しながら、起句を唱えた。

 一発勝負。けが人相手に危険だとは思ったが、目の前で死なれそうになっているのだから、止めなければ。

 視線の先、傷口からあふれ出ていた血液はどうにか止まった。僅かな安堵を得るものの、一息つく時間は無い。他の冒険者の元も回って、そんな応急処置を施そうとする――と、そこに、ちょうどアインさんとクラースさんが帰ってきた。


「俺達も手伝う」

「私は重症患者の方へ。タクミさんは、どうぞそのまま」

「お願いします!」


 二人へ短く声をかけて、再び治療へ。

 血液を固めるという特性上、それが完全に体内で発生、血管中で血栓となるような事態は絶対に避けたい。だが、それ自体も俺が想起した事象には含まれていたのだろうか。軽く触れてみた所かさぶたの熱さはそれほどでもなく、どうやら血栓が彼等の命を奪ってしまうような状況にはならなくて済んだようだ。

 この状態なら、どうにか犠牲者は出ないだろうか…そう思ったその時、声が聞こえてきた。


「…くそ、もう間に合わない。すまない、彼はもう…」

「……いや、こいつが、駄目なのは分かってた…こんな、胸から上、全部炭みたいになっちまってよう…」

「気を確かに!要塞都市まで戻れたのなら…いえ、……せめて安らかに」


 死。俺の背後で、既に何人もの人が死んでいる。それを伝えるのは、アインさんとクラースさんだったり、或いは、死した冒険者のコンビであろう親しい物達。

 ――甘くは無い。無事に済む筈は無い。戦争と言う殺し合いの中、見事に先制攻撃を喰らってしまったのだ。だが、それでも諦めるわけにはいかない。医者なんかじゃないけど、魔術を使えば俺にだってできる事はあるのだ。


「撤退信号が出ない…!こんな状況で、まだ潜伏しろと言うのか!」

「側撃出来る状況じゃねえのは分かってる筈だが、な!おい、布かなんか用意しろって!」


 用意され、地面へとしかれた布に、治療した冒険者たちを横たえていく。…出血を止めてはいるが、薬品などは何も使用していないというのが現状だ。いくら月が大きいとはいえ、それは常識外の回復力をもたらすものではない。火傷に対しては、適切な治療を施さなくては如何ともしがたいだろう。


「アインさん!怪我人だけでも要塞都市の方へ戻す事は出来ないんですか!?」

「…あちらが撤退許可を出さないという事は、怪我人を運ぶために俺たち無事な奴らまでがここを離れては元も子もない、という判断を下しているのだろう。現状許可は出来ない…だが、いくらなんでもこの惨状を見て、攻撃を未だ受けていない要塞が俺達の撤退を許さないなんてことは無い筈だ」


 …という事は、撤退の指示が遅れているという事なのだろうか?確かに、帝国軍が動き出した気配は無い。要塞側は、警戒こそすれ、追いつめられてなどはいない筈だが…。

 いや、待て?

 帝国軍は、冒険者に側面から攻撃されることを恐れたからこそ、最初にこちらへと攻撃を仕掛けてきたはずだ。

 そして、俺達は確かにそれで大きく傷を受けている。となれば、帝国軍にとっては今こそまさに、冒険者からの攻撃を恐れることなく要塞都市へと攻め込める好機となっている筈。だというのに、攻め込まない?

 一人、また一人と治療を終えながら、しかし頭の片隅で考え続ける。

 要塞都市へと攻め込む準備ができていない?――いや、既に兵士達は陣形を整えている訳だし、準備ができていない段階で俺達へと攻撃を仕掛ければ、回復なり治療なりをする時間を与えることになってしまう。だとすれば、冒険者を排除するという目的の効力は薄れてしまうだろう。

 冒険者に対して攻撃をする事が目的?――可能性はある。だがしかし、その為だけに大勢の兵を動かして、要塞への攻撃を見せかけたりするものだろうか?それではほとんど、今晩の攻撃対象が冒険者だけだったようではないか。

 数で劣る冒険者を早々に退場させる…そこに大きな意味が有るのか、そもそも目的を俺が勘違いしているだけなのか。そこに判断が付けられないが故に結論を出せないまま、助かった(・・・・)人の治療を終えたのとほぼ同時、

 木々を揺らす、再度の爆炎。

 ――幸いにして、頬を熱風が撫でるだけで、俺達への被害はほとんどなかった。爆心地は先程の広場から東北東に少し行った場所だった。俺達は北北東へと逃げていたから、結果的には距離を取る事も出来ていた。


「俺達の撤退を阻害しようとしている…冒険者にとどめを刺しておこうというのか、だが何故だ?冒険者は結局、相手をしないようにすれば帝国軍にとってもそこまで大きな脅威ではない筈…!」

「…まさか」


 そう呟いたのはエリクスさん。そのままアインさんへと、確認を取るように問い詰める。


「俺達がここへ来た日の防衛戦、あの時、城壁の上から魔術やらで突出した戦力になっていたのは冒険者だけか!?」

「…確かに、そうかもしれない。軍の魔術士部隊や、それこそ王宮魔術官だっていたけれど、あの日は力を有り余らせていた冒険者が最も能動的に動いていた筈だ」

「なら…そこの印象があっちに強すぎるのかもしれねえな。城壁に籠られればあの時の繰り返し、そう考えて、外へ出てるこの時にこっちを潰そうとしてるって可能性はあるだろ」


 エリクスさんの言葉を聴いて、思い出す。

 あの日、かなり腰が引けていた俺でさえ、矢と並行する『風刃』によって、かなりの帝国兵を壁から落としていた。それは、周囲の兵士達と比べてもかなりの勢いであったと思う。当然、俺より戦いに成れているであろう周囲の魔術を使える冒険者やレイリ達なら、更に。

 そう言えば、エリクスさんの攻撃は、俺達の場所からでもはっきりそれと分かるような勢いと密度だったような気もする。


「逃げ…いや、駄目だな。ここに居ると分かっているのなら、さっきみたいに進路を予測されて攻撃されかねない」

「魔術の発射には時間差が有ったろ?なら、すぐには撃てねぇんじゃねえか?」

「すぐには不可能だろうが…今のが最短の間隔で放たれたものであるという確証は無い。俺達に動きが無いからこそ、予測で行動したのだという可能性も有るわけだからな」

「爆発は連鎖していません。しかし、相手は複数――恐らくは帝国側の、いつも通りの方法でしょう。魔力を連結させ、一つの魔術を負担なく放つ…」

「どうせならそこまで学んでくるべきだった、と。さて、逃げに打てないならどうするか…」


 結果としては、今まで通りに潜伏するか、或いは、一か八か突撃、魔術士の部隊を撃破後、全力で逃走するか…その二つの方針が示された。

 潜伏を続ければ、魔術によって俺達にとどめをさせたと判断して攻撃を止めるかもしれない。だがしかし、欠点は存在する。


「まあ、気にせず攻撃を続けてくるとか…或いは、そもそも森中に火が回って焼け死ぬか、って事だよな」

「帝国軍側に明確な隙を作る事ができるかは怪しい所が有る。分の悪い賭けだ…が、攻撃を仕掛けるのも安全などとは程遠い策」

「移動速度で考えれば、飛べる魔術士と、俺達…負傷者を抜けば六人か。距離からして、不意を突かなきゃやべぇって事に変わりはねぇ」

「悪い予想を挟む様ですが…こちらへの攻撃を任された魔術士の部隊が、その一組だと決まっている訳ではないのです。上手く先程の部隊を排除したとして、それ以外の者達から攻撃を受ければ相当な危険でしょう」


 エリクスさんと、アインさん、クラースさんのコンビ。その三人が中心となって話し合いが続けられる。

 だが、それもそう長く続きはしなかった。およそ数分の後、さらに森の一角が爆発したその直後に決断は下された。


「やるぞ――一撃離脱だ」


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