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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第十五話:初撃

「食事だ。様子はどうだ?」


 一刻の後、アインさんがそう伝えると共に、俺達偵察係へと食事を持ってきてくれた。クラースさんと互いに状況報告を続ける間、エリクスさんが俺達へと持ってきてくれた汁物を啜る。

 ちなみに、食事はこの一品だけだ。濃いめの味付けで、細かく刻まれた肉や野菜などの具材が大量に入っている。忙しくても片手で器を傾けるだけで食べられるように、という工夫なのだろうか?正直ありがたい。

 偵察係として配属されたのは六人であり、エリクスさん達待機組の三人が二食ずつ汁を持ってきてくれたので、全員が食事に有りつけている。


「帝国軍は動いてねえんだよな?」

「はい。あそこに陣地を築いた、という事だとは思うんですけど…」

「これじゃあ、前の時と状況が変わんねえよなぁ…って話をさっきまでタクミとしてた。帝国は、途中で暴走する事はあっても最初から投げ槍ってことは無いんじゃねえのか?」

「…だと思うんだがな。俺も分かんねえし」


 視線の先、すっかり暗くなり、僅かに欠け始めた月明かりの見に照らされた草原の中心に、帝国軍の陣地は存在していた。

 ――が、それは正しい表現とは言えないかもしれない。


「後ろの部隊も不審ですよね…」


 より要塞都市に近い側に、大きな陣地、そこからさらに離れて、丘の(ふもと)程の場所に、小さな陣地が有る。

 構成としては単純明快、先程気がついた黒の軍が大きな陣地を築き、通常の帝国軍らしき姿が後方の小さな陣地を築いているのだ。

 …だが、その意図が読めない。恐らく前方の部隊と後方の部隊で受けた命令が違うのだろうとは思うが、少なくともその内容は分からなかった。


「あんな平原に陣を築く、ってのもよく分かんねえんだよ。丘の方がこっちからも攻め(づれ)ぇんだが」

「あっさり囲まれそう、ってのはあるよな。勝つ気有んのかあいつら」

「でも、兵の数は尋常じゃないですし…」


 これで勝つ気が無いとか国民を何人殺す気でいるのか、という方向性の問題になってくるだろう。


「ま、何やらかすか分かんねえってこった…気をつけろよ?」

「おう、兄貴頼んだ」

「あ、じゃあ俺も、お願いします」


 エリクスさんが真面目に俺達のことを心配してくれたのだが、レイリがそれを気にせず自分の食器をエリクスさんに渡したのを見て、つい俺も便乗してしまった。

 エリクスさんは半目で俺達の方を見つめた後、今度は完全に目を閉じて溜息を()き、しかし俺達の食器をきちんと受け取って、森の奥へと戻って行った。


「…じゃ、見張り続けるか」

「そうだね」


 ――動きが有ったのは、それから三刻後の事だった。


◇◇◇


「おや…」


 最初にそう呟いたのはクラースさんだった。


「単純に陣を築くだけではなく、部隊を展開して陣形そのものを構築してきたようですね。工場へ行きの類も持ち出していますし、夜襲――にしては奇襲としての面が弱すぎますか。ならば訓練…?」


 見れば、確かに先ほどとは人の並びなどが違う。正確にいえば、先程までは一つの大きな集団の中を自由に移動していたような感じだったのが、今はその集団を広げつつ、有る程度の規則に則って動いているように見えるのだ。

 大きな部隊は三つだけだが、それよりは小さな部隊がいくつも分かれて存在していて、そのうちのいくつかはこちらの森にも近い――と言っても、魔術などによる高速移動なしでは、屈強な冒険者達でも五分以上はかかりそうな距離はあるのだが。

 …クラースさんは『夜襲にしては奇襲になっていない』と言ったが、しかしこれが訓練であるようにも見えない。だがしかし、俺のか細い知識ではあるが、確かに夜襲と言うものは、相手が寝ていたり、そうでなくても、その攻撃を察知できない状況に持ちこむ事が大きな利点の一つだと思う。

 だが今回、こちらは完全に防御態勢を整えている。不意をつけるような状況ではないのだ。


「杜撰…罠?」


 クラースさんの呟きが、静かな森の中に呑みこまれていく。

 帝国軍の動きは不自然だった。


「こっち向いてる奴らもいるよな…やっぱ予測はされてんのか。この状況で飛び出せやしねえな」

「うん。それでも流石に、かなり人数は少ないみたいだけど」


 目を凝らしてその一団を見つめれば、やはり黒の装束に身を包んでいる帝国軍だった。――だがしかし、その格好には違和感を覚える所も有る。


「…何か、奥の方と比べると軽装かも」

「ん?そうか?…よく分かんねえんだけど。タクミは目ぇ良いな」

「いや、俺も奥の部隊に関してはちょっと自信ないけど…でも、近い方の部隊って布製の服って言うか、金属の鎧を着けてる感じは無いんだよ。太い袖の服を着てるみたいで…でも、奥の部隊はもっと、鎧とかの重装備に見える。…あの部隊って何の武器持ってるんだろ?」

「武器?」

「うん。剣とか、槍とか、弓とか…そう言う武器を持ってるように見えないんだよね。背中に掛けてるなら別だけど」

「――今、何と?」


 そう問いかけてきたのはクラースさんだ。腕を組んで、顎先に指を当てたまま、こちらへと視線を向けており――その眼は見開かれていた。まるで、気がつかなかった何かに俺達が気がついたかのように。


「武器を持っているように見えないんです。小さいのか、背中に掛けてるのか、って」

「あと、あっちの方が軽装備だって。アタシにはよく見えねえけど」

「…私にも確認できませんね。月明かりだけでは厳しい…タクミさんには、確信が?」

「は、はい…俺、目が良いんです。だからまあ、少なくとも近い方の部隊がそうだってことは確実だと」

「――そうですか。ありがとうございます」


 クラースさんはそう言って、再び考え込み始めた。一応、有益な情報を見つけられたのだろうか?そうだとすれば良いのだが…と思いながら、背負った弓へと手を掛ける。

 先頭の部隊へは、矢が届く。既に普通の弓矢使いの間合いでは無いようだが、しかし結局届くだけ(・・・・)なのだ。素肌に当たっても刺さるかどうかは分からないくらいの威力しか残っていないだろうし、歩いても避けられるくらいの威力しか伴ってはいないだろう。

 だから結局、この森から敵をどうこうするのは難しいだろう。やはり接近しなければいけない。――強いて言うのなら、一部の魔術による攻撃ならば届くだろうか?

 例えば、ラスティアさんの『切開』なら、何処を切るかを先に決めてから発動している以上、距離と発生に時間差が無いし、流石に簡単ではないだろうが、遠くの相手にだって発動させることはできる。

 俺も一応、シュリ―フィアさんとの修行中にラスティアさんからそのあたりの話も聞いたから、基礎的な事ならできるのだけれど…いやさすがに、実戦で使えるのかと言われるとそれは怪しいのだ。

 『土槍』――『水槍』の様に使おうとしていた今までとは違い、地面から生やす様に使うその魔術は、発生地点を決めてから起句を唱える形態になっている。だから、殺傷能力を持つ攻撃方法としては、これが一番遠距離の物となるだろう。何せ『風刃』だって、数百メートルという距離を飛ばして尚殺傷能力を持っている様な事は無いのだから。


「この距離で魔術を当てられる様になるには、それこそラスティアさんが、もっと修行を積んでからだろうな…」


 多分俺だと数年以上かかる。――などと考えた時、気がついた。

 それとほぼ同時、クラースさんが顔を上げて、『一度奥に戻り、意見交換をしてきます。危険かもしれませんので、警戒を今までより厳に』と言い残して森の奥へと入り込もうとする。

 その後ろ姿へと向けて、俺は今気がついた事を口に出した。


「クラースさん、あの敵部隊、魔術士の可能性が高いんじゃあ…」

「敵に動きが有ります!」


 だが、俺の言葉を遮るように、偵察部隊の一人が声を上げた。


「杖…の様な物を取り出しています!魔術士なのでは!?」

「――全員後退!」


 クラースさんの指示に従って、偵察部隊は森の奥へと駆けだした。

 最初から杖を出しているのなら話は別だが、唐突に杖を出したというのなら――攻撃の意思、それも、不意を打つ類の性質(たち)が悪い物を感じられる。


「ご主人――!」


 咆哮するクラースさんへと追いつこうと、『飛翔』で加速しようとしたその瞬間――――――爆ぜる。


(あづ)…ッ!」


 軽く跳躍していたことがあだとなり、僅かに吹き飛ばされ、その衝撃を余すことなく体で受け止めてしまう。

 音と衝撃、自らの怯み、それにより遮断された五感が復活した時、そこに有ったのは――見間違える筈も無い程の、大火だった。


「こ、れ…」


 唖然として一瞬固まり、次いで、その炎がちょうど、エリクスさん達が作った広場の方向を中心にして爆発とともに広がってきたものだと理解する。


「――救助を!」


 クラースさんの叫びに応えるように立ち上がり、炎の方へと向かって行く。だがしかし、炎はその勢いを既に増しており、容易に飛び込むことを許さない。


「『凝縮』!『操水』!」


 空気中に存在する水分を集めてみようと魔術を使用するも、上手く出来ない。いや、もしうまく行っていてもこの火の勢いでは焼け石に水。


「タクミ、アタシにその水くれ!それだけありゃ数秒どうとでもなる!」

「雷然で飛びこむ気!?無茶だ!一人一人の正確な場所なんてわからないのに!」

「やらなきゃ死んじまうだろ!タクミは、アタシが出てくる度に同じだけ水くれりゃあいい!」


 逡巡する中、クラースさんが炎の中へと走り込んでいくのが見えた。止める間もなく、その姿は炎の中へと消えていく。


「ちょ…ああもう!」


 その進行方向へと水を飛ばせば、どうにか命中したらしいような手ごたえが有った。勢いは弱めていたから今のでどうにかなる事は無いと思うが――あまりに危険だ


「『凝集』『凝集』」

「タクミ?」

「…俺も行く」

「いや、どう考えてもこの中じゃ一番アタシが早ぇだろ。だったらアタシが」

「コンビを一人で炎の中に向かわせて、外で待ってられる程図太い心臓してないんだ。お願い」

「――分かったよ。行くぜ」


 レイリと自分に、頭から水の玉を掛ける。一応、全身へとその水が回るくらいの量は確保できていたようだ。


「『飛翔』」


 レイリよりわずかに先行して炎へと近づく。文字通りの眼と鼻の先を炎の指先がなぞり、そして――。


「馬鹿何やってる!俺達は外だ!」


 その声に、全身を炎の中へと置きながら全力で停止、転がるように外へと走り出た。


「エ、エリクスさん?」

「兄貴…!」

「動ける奴で先に脱出した!炎の中は意味ねぇ!」


 そう言われ、危機感を抱く。


「ク、クラースさんが先に入って行きました!」

「はぁ!?」

「――俺はここだぁッ!」


 腹の底から全力で、アインさんが炎へと向けてそう叫んだ。だがしかし、炎はごう、ごうと音を響かせて燃え続け、容易には音を通さない。


「くそ、…水は有るか!?俺が助けに」

「いえ、――戻りました、ご主人」


 その声は、アインさんの背後から発せられた。

 振り返るアインさん、その奥に見えたクラースさんは、服の端、髪の端を焦げ付かせながらも、大きな火傷を負っている様子も無く、両の足でしっかりと立っていた。


「…くそ、無茶ばかり」


 アインさんはクラースさんの元へと駆け寄り、俺達の方へと振り返った。


「あ――」

「あっちに怪我人は集めてある!治療なり何なり、できるだけの事はやっぞ!」


 だが、その口が開かれる前に、エリクスさんによって俺達に指示が出される。


「分かりました!」


 返事をすると共に、『飛翔』で加速。エリクスさんの先導の下、炎の領域から外れた木々の奥へと侵入して行く。

 ――僅かに振り返ったその一瞬、アインさんがクラースさんを強く抱きしめていた事は、炎の揺らめきが見せた幻覚だったのだろうか?


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