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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第十三話:壕

「壕の完成を急げ!」


 響き渡る怒号に対して、『加工』と起句を唱えることで応答とする。

 現在、俺達は要塞都市の外側で、帝国軍の襲来に備えて、壕の再建を急いでいた。

 前回の戦いまでに埋まったり、崩されたり、とにかく様々な形でその効果を失ってしまっていた壕を、急いで掘り直す。…但し、俺を含めた魔術士たちには、肉体労働よりも魔術による作業の効率化が求められているので、少し離れた場所から魔術を使っているのだが。

 現在の標的は、壕から引き上げられた土砂と、実際に掘られようとしている地盤の二つだ。

 濠から引き上げられた土砂を壁側に寄せて、低い壁を作り出すのだ。ただ土をまとめただけであり、頑丈とは言えない作りになってはいるが、壕と壁の二段構えでかなり進行の邪魔になるだろう、というのが軍の方針らしい。

 ――と言っても、相手側にずば抜けた個人戦力がいれば、この手の戦術がどこまで通用するかは分からない、というのがエリクスさんの弁だが。

 壁に反りをつけながら、想像してみる。

 敵側にエリクスさんがいたとしよう。多分、雷然で加速したり、或いは壁その物を超えてきたりして、要塞都市の内側で暴れられることになる。都市の内側はこちらの土地だが、それでもやはり、エリクスさんを倒すのはとんでもない手まだ。というか、エリクスさんが逃げ始めればもう追いつけないような気もする。

 或いは、魔術士。ここでは仮に、ラスティアとシュリ―フィアさんの中間ほどの強さと仮定する。

 魔術による攻撃なら、小さい壁の方は容易に破壊できるだろう。この場合、個人戦力には限らず、十人ほどの魔術士がいたのならばすぐにでもおこなえる事ではある。

 飛翔なり何なり、空へと移動できる魔術を持つものならば、やはり町への侵入も可能だ。相当な速度が出せなければ、町からの攻撃で撃ち落とされる可能性も大きいが、脅威であることには変わりない。

 はぁ、と溜息を突くのとほぼ同時、エリクスさんがざるの様な物に土をすくいつつ雷然で俺の壁へとそれをぶつけ始めたのが見えた。手を大きく振って止めるように伝えようとしたが、何故か更に加速してきたので、諦めて、その土をより効果的に壁に変えられるよう魔術の標的を変える。


「…反らせすぎると相手の楯になるし、こう、調整は大事だよな…と」

「成程、それはそうでしょう」


 突然耳元から囁かれ、『ひっ』と小さく声が出てしまった。

 見れば、そこに居たのは例の女性冒険者。何時の間に移動してきたのか、その奥にはもう一人の姿も見受けられる。


「要塞都市の壁の高さは均一…となれば、ある程度の計測は可能です。…そうですね、彼からの土の供給を、あと七回で止めて頂ければ」


 その指示を聴きつつ、エリクスさんの方を向くと…その間も着々と土を投げ続けていた。


「三、二…」

「エリクスさん止めて!止めて!」


 必死さが伝わったのだろうか、エリクスさんは後一回分だけ投げた状態で、普通に土を掻きだす作業に戻ってくれた。


「それでは、あの土を壁の中腹から横へ、壁の傾斜と直角に交わる様に伸ばしてください。……はい、それでいいと思います」


 壁の形状は、ちょうど『入』という漢字に似ているだろう。右側の要塞都市に侵入しようにも、壁には傾斜がかかっており、下側にもそれが有るせいで、隠れる空間も満足に確保できない。…いや実際、これはかなり上出来なものではないだろうか?


「あ、ありがとうございます」

「礼には及びませんよ。当然のことで…おや、どうしましたご主人。奇妙な表情をされて」

「いや、お前、そう言う策あるなら何でこっちに言ってかねえんだよ…」

「おや、ご主人が『工夫が重要だ…』などと呟いていたのではありませんか。ならば、と、自身の考えを冴えてご主人の成長を見守っていたにすぎませんよ」

「お前は…!」


 どうやら二人だけの世界を形成し始めたようなので、作業を再度始める。が、どうやらかなり進んでいるようで、魔術による介入は、それこそ土を掘りやすくする程度の簡単な物しか必要なさそうだった。

 視線を横へと向け、言い争う男女の姿を見る。

 彼等のこう言う姿は、ここ数日よく見た姿である――結局のところ、悪人などではないんだなぁ、というのが正直な感想であり、仕事を選ばないだけでむしろ付き合いやすい人達なんじゃないかとすら思わされている。

 だからまあ、先入観が強すぎたというだけのことなのだ。同じ戦場で戦う仲間なのだから、信頼――とまでは言わずとも、信用くらいできないと危険でもあるだろうからな。…偉そうな言い方だな、なんか。

 そうして、彼らへと心の中で軽く謝罪を入れた時、男性の方が俺に話しかけてきた。


「あー…壁の製作は順調か?壕は?」

「あ、はい。壕の方は大丈夫ですし、壁も…えっと」


 言葉に詰まる。話し辛い、というのも少しはあるが…何より、相手の名前が分からないから。


「…タ、タクミ君、だったな?」

「そう、です…その…」

「あ、ああ。俺の名前は、アインライヒ・ランデスフェラト…長いから、アインなり、ライヒなり、何なりと呼んでもらって構わないよ」


 男性…アインさんは、そう言ってから、小さく溜息を吐いた。


「何日か一緒に仕事していた相手の名前も分からない、というのは、少し不安ではあったからな。うん、これでいい、これで」

「ところでご主人、話し方など、無理に変えなくてもよろしいのでは?…タクミさんには既に把握されているでしょうし、その、見ていて実に滑稽であると」

「お前は…そうだ、お前も名を名乗れよ」


 アインさんがそう言うと、女性は一瞬キョトンとした表情を浮かべてから、こちらへと視線を向けて、ゆっくりとこう言った。


「私の名は、クラース・ファナフレイスです。が、まあ、どう呼ぼうと構いませんよ。それこそ、ご主人の如く乱暴に『お前』などと呼んでもらっても、ええ」

「い、いえ、そんな事は…」


 『出来ません』と口に出すより早く、アインさんがクラースさんの肩を掴み、低い声で『おい』と言った。


「その呼び方は、お前が強制したものだろうがクラース。忘れたとは言わせん」


 妙に焦ったような口ぶりではあったが、嘘は付いていなさそうだという事は何となく伝わってきた。というか、この二人の間においては、クラースさんがアインさんをからかうような流ればかりだから、考えなくても分かる。

 だが、アインさんは素直に認める気は無いようだ…というか、これはもしかして、俺が巻き込まれる流れなのではないだろうか?


「タクミさん、聞いてください。ご主人はこう言いますが、全てはご主人の倒錯した趣味が元凶なのです」

「いや、あの」

「何の話だお前!」


 ちら、と横目で壕の方を見てみると、どうやらほとんどの作業を終えたらしく、片付けに動く人の数が多くなっていた。そちらへと動こうかとも思ったのだが、二人が俺を挟むように立っているので動くに動けず――せめて、作業中に騒ぎだしたと叱られない状況になってよかったと思っておくことにした。…したの、だが。

 その次に発せられたクラースさんの言葉で、そんな安心など一瞬で掻き消えてしまった。


「もともと、私はご主人の護衛にと、ご主人の父君より宛がわれた奴隷でした――ああいえ、今も階級そのものは変わっていませんでしたか」

「――え」


 奴隷。――奴隷?クラースさんが?

 真意を問いただすようにアインさんへと視線を向ければ、幾度か居心地悪そうに視線を左右へと振った後、俺の視線を見つめ返して、ちゃんと答えてくれた。


「ああ、彼女は、俺が七歳の時に、親父が所有権を移してきた奴隷、だ」

「ええ、そしてご主人は、頑なに拒む私を町へ連れまわし、お前お前と呼び、最後には無理やり屋敷からも連れだし、冒険者と言う辛い生活を強いるのです…!」

「悪かったな!だがそんな悪意ある解釈をしなくても良いだろう!?俺の心は脆いぞ、脆いぞ!」


 …あれ。


「何か、その、結局仲良いんですか?」

「いいや」

「いいえ」


 『あ、絶対仲良いな…』と思ってしまうのは、最早仕方のないことだと思う。

 何せ、こうして言い合っている間も両者の口元には微妙に笑みが浮かんでいるのだから。…恐らく、では有るが、クラースさんの言う昔の話と言うのも、本当は全然、印象の違う話だったのだろう。

 例えばそう、奴隷としての生活ばかりだったクラースさんを、言いつけを破ってアインさんが外へ連れ出した、とか?…よそう、他人の過去を妄想するというのは少し趣味が悪い。

 ――だが、少しだけ引っ掛かるのは、そんな二人がどうして、あの依頼を――奴隷商の護衛を、請け負っていたのかという事。

 仕事だからと割り切る、というのは、冒険者にはあまりない発想だ。何せ、嫌なら別の仕事を受ければいいのだから。となれば、あの仕事を受けるに足る理由が有ったということであり――。

 もしかして、二人も奴隷を救出しようとしていた?


「いや、流石に憶測ばっかりか…」

「ん?」

「あ、いや、何でもないです」


 二人にそれを尋ねる事は出来ない。だからまあ、確かめる事は出来ないのだろう。

 ――でも、二人と戦った時は、今の戦場で戦う二人と比べると、ずっと手を抜いていたようにも思える気がした。


試験終了!試験終了!…終了!

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