第十話:急報
「帝国軍は撤退した」
朝食の後、時間をゆったりと取ってから招集された俺達に侯爵が告げたのは、この、衝撃的な一言。
「…は?」
「これは非常に幸いなことだが、しかし、全く以って気を抜ける状況ではない、数年前より帝国軍は、大規模侵攻の後退却、しかし、再度反転、侵攻に移る…そういう戦法を使ってくるようになっている。
故に、確実に今回の進攻が終了したという判断をとれるまで、君たちにはこの要塞都市にて様々な作業に携わってもらうことになる。よろしく頼むぞ」
そう言って侯爵は壇上を降り、続いて、軍服を着た男性が壇上へ登る。
「そ、そういうものなの…?」
「あー…どうだかな。でもまあ、昨日は帝国側が死に過ぎだろ、とは思った。つっても、無意味にしなせる意味は分かんねえし、うっかり大敗しちまったのかも知んねぇ」
レイリも、はっきりとした答えは出せないようだ。
しかし、エリクスさんは違うようで、小さく『うーん』と唸ってから、こう言った。
「そんなに簡単な話でもない、ってのは間違いねえだろ。ああ、まだ終わらないって意味なら簡単な話か?」
「でも、退却はしたんだろ?」
「すぐにでも後詰めが攻めてくる、って事もあり得る。帝国の戦争に対する積極性は異常だからな。負ける作戦で来るのも、無駄な犠牲を出すのも既に以上だから、自信はねえけど」
エリクスさんがそう言って黙りこむ、すると数秒後、壇上の男性が話し始めた。
「今回の戦いは、双方の損害を鑑みる限り、我々の勝利である。夜襲であり奇襲で有った事も鑑みるのなら、大勝といってもよい。
しかし、奴らの進攻がそう甘い物でない事は貴様等も知る所だろう!
どうせ来るのだ、備えなければなるまい。貴様らにもその手伝いをしてもらう!…されど、貴様等はあくまでも冒険者。正式な軍属ではない。兵たちにとってはこれこそ本業だが、貴様等は本来の生活を逸脱した事をしているわけだ。
となれば、あまり無理強いはできん。故に、貴様等には二つ、仕事を提示させてもらう」
男性が言った仕事は、確かに二種類。
一つ目、壁の補修。成程、妥当だ。兵士たちには他にも細やかで数多くの仕事が有るだろうから、人手と、単純な筋力が必要なこの手の仕事に、冒険者を差し向けるべきだという事だろう。
二つ目、忌種の討伐。やはり妥当。兵士より冒険者の方が忌種の討伐に成れている、というのが皆の共通見解らしいから、冒険者に割り振られる仕事としては当然だろう。
「どちらの仕事を選んでも良いが、人数調整は行ってくれ。半数から五、六人程度までの差に抑えてくれれば問題は無い。
忌種の討伐は、部隊が決まったら中央塔へ、壁の補修は、各々で壁の門前まで行けば、案内を行う。それぞれの詳細は、現場で説明する。以上」
そう言って、軍服の男も壇上を降りる。
――さて、これはもう、自分たちで仕事を選べ、という事だろうか?
「説明不足だが…ま、逆にいえば、特殊な準備が必要な手合いはいねぇって訳だ。俺は忌種討伐だな。そっちはどうする?」
「タクミは?」
エリクスさんに続いてレイリも俺の方針を確認してきたので、ひとまず、深くは考えずに答えを返す。
「俺も忌種討伐が良い、かな?危ないけど、…土木作業よりは慣れてる筈」
「お、危険より慣れを選んだ…じゃあアタシもそっちで」
レイリの言葉を聞いて、ふと、俺自身も違和感を抱いた。…まあ、冒険者は忌種を倒すのが仕事みたいなものだし。慣れだろう。別におかしな事じゃない。
そうやって方針を決めてから数秒後、冒険者集団の何処蚊から、男性の声が響き渡った。
内容は、簡潔に表せば、それぞれの仕事で分かれよう、というもの。広場の右と左――この場合は、冒険者の居る広場中央から演壇を見た際の左右――に分かれていくその姿に、小学校で子ども達が、体育の時間に自分のやりたい種目を選んでいる様な場面を思い浮かべてしまった。
戦争中に考える事じゃないな、などと小さく溜息をついてから、忌種討伐を受ける方へと進む。
一、二分もすれば結果も出た――忌種討伐の方が人が少ない、という結果が。
五、六人という程度の話ではない。間違いなく十人は差が有る。いや、これはあくまでも人数差。平均値からすれば、五、六人の差でしか無いのかもしれないが、…正直、少ない方に居ると何処となく失敗してしまったかのように思ってしまう。そう言えば、日本人って同調圧力に弱いんだっけ?
そんな事はどうでもいいのだ。しかし、この状況は気になる。最初に少しだけ生まれた人数差で、参加を決めきれなかった人が動いたという感じではなく、着々と、同じ比率で二つの仕事に分かれてできた結果だと、俺の目には映った。
となれば、そこには何らかの理由が有る、という事なのだろうか?
「…えっと、エリクスさん。一つ聞きたいんですけど、このあたりに居る忌種って、相当強かったりしますか?」
「もともと強い忌種が出る場所だったが、王国がここを要塞にするにあたって、本当に強ぇ奴はあらかたかたずけられたって聞くから、せいぜい中位忌種だろ」
なら安全――安全ではないか。それでも、そこまで尻込みするような場所とは思えない。ああいや、何時帝国軍が再び攻め込んで来ないとも限らないのだから、少しでも健康な状態を保ちたい、という事かも知れない。
まあ、これでも問題が無いというのなら、良いか…そう考えてこちらの班を見回してみれば、数日の付き合いで顔くらいは覚えてきた面々の中に、男女二人組、例の冒険者を発見した。
…正直なところ、彼等に対する気持ちは複雑なままだ。顔を変えていたとはいえ、俺は彼等と敵対したわけだし。しかし今は味方で、そもそも彼等には、俺と敵対していたという認識は無いのだから。
とはいえ、あまりこう言う事を考え過ぎるのも危険だろう。特に女性の方の前では。疑り深いというか、観察力が強いというか、油断できないと思わせられる不気味さが有る。
「一昨日のか?」
「うん。…あ、あの人達が裏切るかもとか、そういう話じゃないよ?本当に個人的に思う所が有る、ってだけだから」
「ほー。ま、あぶねぇ話なら、ちゃんとアタシにも言っとけよ?」
「うん。今回は大丈夫。ありがと」
そうして、移動開始。
俺達はすぐに目的地である中央塔に到着した。そこは、名前の通り町の中央に立った塔だ。とはいっても、壁よりは少し短い高さと、足元に建つ建物の広い敷地面積が、迫力を少し弱らせているが。
俺達が到着したのはすぐに分かったらしく、すぐさま兵士が飛び出して来て、説明を開始してくれた。
内容は、忌種の種類と生息地。但し、生息地はほぼ同じで、要塞都市左右の山脈だ。
「中位忌種が二種類…でも、低位忌種は【小人鬼】だけみたいですね」
「あー、あれ何処にでもいるからな」
「北方小国の…何だっけ?一番北に有る国にはいねえって聞いたけどな」
そんな会話をしながら、案内に従って町の外に出て、そのまま左右の山脈へと別れていく。
俺達三人は、南側へとのびていく山脈へと登って行った。例の冒険者二人も同じ側だったが、あちらから接触してこようとしている訳でもないので、俺も意識しない事にする。
数十分ほど歩いて行くと、【小人鬼】が何匹か出現した…のだが、すぐに討伐されてしまう。
「二手に分かれましょう。これだけの人数が一つにまとまっていても邪魔ですから」
そう言うのは、例の冒険者、その男性の方。もっと声を荒げているような印象が有ったのだが、こういう場ではむしろ冷静そうな話し方をする人らしい。…熱くなりやすい、という事だろうか?
とはいえ、その提案も決しておかしなものではない。反対意見が出る事も無く、冒険者達が二手に分かれ――結果、まだ彼等と一緒だった。
五人ずつに分かれたのだ。その結果がこれである。作為的な物を感じてしまうというか、実際に、女性の方が男性の方に何やら耳打ちした後、こちらへと話しかけてきたのだ。『よかったら、私達と討伐に行きませんか?』と。…もし男性の方にそういう意志が無かったとしても、間違いなく女性側には有る。悪意とまでは、言いきれないけれど。
不安だ。…しかし、仕事は仕事。彼らへの警戒も必要だが、それで忌種に隙をさらすのはあまりに馬鹿らしい。今は、彼等に俺の素性はばれていない、という前提で動く事にしようか。
学年末考査が近くなってきたので、また更新速度が落ちます。申し訳ありません。




